エルフの森はなぜ焼かれたのか? ~平和な森が炎に包まれた理由~ 作:第616特別情報大隊
……………………
──空白
情報軍の撤退が始まったとき、リリエルの改革は暗礁に乗り上げていた。
「……私が始めたことは全てが止まっていた。トウモロコシ畑は広がらなくなり、学校の通う子供は減り、エルフたちはまたホワイト・ピークを育て始めた」
彼女は悲しそうに当時の様子を語る。
「ディザータによる度重なる脅迫に屈したエルフは少なくなかった。だが、それ以上にホワイト・ピーク栽培で得られる利益が増えていたんだ」
「しかし、ホワイト・ピーク農園は減少してアルフヘイム株式会社の利益は下がったはずは……?」
私はこれまでの話からディザータたちの苦境などについて知っている。
アルフヘイム株式会社もその影響で利益は減っているはずだが……。
「ソフィエルはその点で状況をコントロールしていたんだ」
彼女は仕組みについて語る。
「改革が進むことでルナリエンからホワイト・ピークが消えることをディザータに匂わせる。焦った彼らは利益を確保するためにソフィエルに譲歩する。その過程でこれまではディザータものだった工場や輸送機をソフィエルは次々に獲得。アルフヘイム株式会社の取り分は増え、その分を働くエルフたちの給与に回した」
それによってトウモロコシ畑より多くの給与が払われるホワイト・ピーク農園に再びエルフたちは移動し始めたのだとリリエルは語る。
ソフィエルは改革によるホワイト・ピーク農園の危機をチャンスに変えたのだ。
ホワイト・ピーク農園の完全閉鎖をディザータにちらつかせて彼らから譲歩を引き出し、取引の主導権を完全に自分たちで握った。
一見すれば自分の体制すら脅かす改革にソフィエルが前に向きだった本当に理由を知って私は彼女の計算高さに感心すると同時にぞっとするものも感じた。
彼女にとっては教師が殺されたり、子供が誘拐されることも計算のうちだったのだろうか、と。
「それから学校に通わせると子供が誘拐されるという噂が流れ、親たちが子供を学校に行かせなくなった。私たちが誘拐に対して有効な手だてが打てなかったことが理由だが、やりきれないよ……」
ディザータに攫われた子供のほとんどは二度と戻ってこなかったとリリエルは語る。
戻ってきた子供も性的虐待を受けており、心を閉ざしてしまっていたという。
「そんな中で魔族内戦が終わったことを知った。ソフィエルが長い講和会議から帰国してすぐにRLA司令部の私の部屋を訪れたんだ。彼女は言ったよ。『戦争は終わった。ルナリエンの独立はついに保証された』と」
そのときリリエルはほんの僅かにだけ微笑んだと言う。
完全に笑えなかった理由は、やはり旧ルナリエン王国の領土のほとんどを放棄しなければならかったからだろう。
彼女は若いエルフたちに約束したことを果たせなかったのだ。
旧ルナリエン王国の領土を取り戻し、そこで再びエルフを繁栄させるという約束を。
「そのときまだ私は戦争が終わったことの意味を完全に理解していなかった。当時のルナリエンがあるのが、ある意味では戦争のおかげだったということを失念していた。私たちは戦争で必要とされていたから、武器を与えられ、知識を与えられ、利益が与えられていたということをね……」
ルナリエンは巨大な戦争機械の一部であったとリリエルは回想する。
キメラ作戦と魔族の戦争がその機械を動かしていたが、今やその機械は止まったと。
「私たちは急に不要な存在になった。情報軍はルナリエンの基地を畳み、挨拶もせずに撤退していった。最初は私たちは何が起きているのかさっぱりわからなかった」
情報軍はこれからもルナリエンに駐留するものだとリリエルたちは思っていた。
だが、七尾が言っていたように『物語』は終わった。
英雄が魔王を倒す絵本は最後にページを迎え、ハッピーエンドで締めくくられた。
本の終わりの『英雄と姫様は幸せに暮らしましたとさ』のあとは何も語られない。
そこにはまだ続きがあるというのに。
「私たちは七尾を捕まえて話を聞こうとした。七尾はこう言った。『我々の戦争は終わった。だから、我々は国に帰る。それだけだ』と。私は呆然とした。情報軍がいなくなるということはキメラ作戦は終わり、佐藤たち傭兵も、武器を売却してくれるワンも撤退するということを意味してるのだから」
そこでようやく事の深刻さを彼女は認識し始めたと語る。
「ルナリエンがあそこまで発展し、そして持続していたのには地球の関与が大きい。それがいきなりなくなるというのは、間違いなく混乱を呼ぶ。それも致命的な混乱だ」
リリエルは祈るように手を合わせてそう言った。
「私はすぐにソフィエルに相談した。『ソフィエル。地球の人間たちが撤退してしまう。私たちはまた以前のような暮らしに逆戻りだ』と。彼女は冷静だった。『この日のためにずっと備えてきた。戦争が終われば彼らがここから去るのは明白だったから』と言って私に計画を語ってくれた」
ソフィエルは一応この危機に備えていたとリリエルは語る。
「『まず情報軍を省いていた取引を拡大する』と彼女は言った。『私たちは情報軍抜きにホワイト・ピークを輸出してる。それを強化して外貨を稼ぐ』と。私はそこでソフィエル、ディザータ、ブリガンテ、ワンの取引ネットワークのことを知った。ある時点からそのホワイト・ピークを巡る取引が動いていたことを」
しかし、ソフィエルの提案にリリエルは失望したと言う。
「結局はそれはホワイト・ピーク頼りの策だった。そのホワイト・ピークにもいずれX-デイが訪れる。地球とこの世界の両方でホワイト・ピークが完全に禁止されてしまう日がやってくる。そうなったときにどうすればルナリエンは飢え死にせず済むのか?」
彼女はそうソフィエルに疑問を呈したと言う。
「『地球はともかくとして私たちの世界ではホワイト・ピークを完全にできる日は遠い』とソフィエルは言った。『今は軍用ドラッグとしても使われているし、そもそもこの世界には薬物取締のノウハウがない』と彼女は断定していた。私はその見込みは甘いのではないかと疑っていたよ」
リリエルの懸念は正しいものだったとのちに判明する。
「結局のところはソフィエルも既得権益を手放したくはなかったんだ。ホワイト・ピークは利益が上がる。トウモロコシよりもずっと。そもそもトウモロコシは人類諸国に輸出できなかったから」
その理由について彼女は自分の口で説明してくれた。
「人類国家は広大な農地で小麦などを育てている。とても大規模な農場であり、規模が大きければ価格は抑えられる。薄利多売が可能になるんだからね。さらに言えば人間たちはまだ奴隷制を有しており、人件費という面でも我々よりコストを抑えられた」
思えばエルフたちに奴隷はいない。
奴隷のように働かされたエルフはいても、制度や身分としての奴隷はいない。
人類諸国が奴隷制を維持していることと比べると進歩性を感じる。
だが、その進歩性も市場競争では不利になるだけだった。
奴隷を使って農業を行っている人類諸国に価格の面でルナリエンの穀物は勝てない。
「ホワイト・ピークはそれに対して競争相手存在しない。独占市場だ。それを考えればソフィエルがホワイト・ピークを手放し、トウモロコシをほそぼそと育てて暮らそうとは思わない気持ちもよく分かった」
ホワイト・ピーク取引で生まれた利益でアルフヘイム株式会社や国家保安隊、RLAの幹部たちは豊かな暮らしをしていた。
今さらトウモロコシで作ったパンだけを食べて、それだけで暮らしていく貧しい暮らしに逆戻りしたくないのは当然だろう。
一度豊かな生活を知れば、元には戻れないと言う言葉は世界のあちこちで言われている言葉だ。
「だが、私はそれでも諦められなかった。もし、ルナリエンが真っ当な国家として認められ、国連に加盟することで国際社会が助けてくれるならば望みはあると思ったんだ」
農業を機械化することやゴムの木のような異世界で競合相手の少ない作物で勝負を挑むなど方法があったことをリリエルは私に語った。
しかし、そのためには地球の国際社会がルナリエンを認め、助ける必要があった。
そして、そのときは地球の国際社会はルナリエンの名すら知らなかった。
「問題が山積みだったことは理解している。ソフィエルの独裁は続いていてルナリエンには憲法すらない。アルフヘイム株式会社を中心に汚職は蔓延り、そして、ホワイト・ピークは未だ主要産業だ。地球の国際社会が私たちを無法なならず者と扱ってもおかしくなかった」
それでもその状況を変えるのに支援が必要だったと彼女は語る。
「そんな状況の私たちを支援することは難しかったことは私にも分かっている。だが、ホワイト・ピークの蔓延を止めるのには、私たちを支援してくれればそれでよかったんだ。それだけで地球のホワイト・ピーク問題はすぐに終わっただろう……」
望みが果たされなかった。
唯一の望みが裏切られた。
そんな無念を抱く女性の顔をリリエルはしていた。
「ただ、そのために地球の人間と接触する方法が情報軍の撤退で絶たれようとしていた。情報軍の撤退は佐藤たち傭兵たちの撤退も意味する。彼らは私たちではなく、情報軍に雇われていたから。そして、彼らの撤退は友好的な地球の人間に接触する機会を失わせるものだった」
事実、
確かにワンやモリがドラック問題に立ち向かうために力を貸してくれる地球の人間に接触させてくれるとは思えない。
「それによって状況はますます絶望的になりつつあった。佐藤たちに残ってもらうためにソフィエルに彼らの中から数名をこれからも軍事顧問として契約を継続しようと訴えたよ。彼女は『前向きに考える』とは言ったものの明白に契約を継続するかは言わなかった。あいまいにはぐらかしていた」
佐藤たちが去れば、リリエルたちの周りにいる地球の人間はホワイト・ピークという利権で繋がった人間だけになる。
そうなってしまえばルナリエンがホワイト・ピーク依存の経済から脱するのは無理だっただろう。
「しかし、暗い顔をしていたのは私だけではなかったがね。佐藤たちはもちろんワンやモリですら浮かない顔をしていらいらしていた様子だった」
情報軍の撤退が具体的に彼らのビジネスにどう影響したか分からないとリリエル。
「彼らから話を聞いてみてはどうだろうか? よければ私にもあとで彼らが何を思っていたのか聞かせてくれ。彼らが何を考えていたのか知りたいんだ、私も……」
リリエルにそう言われ、私はもう一度佐藤たちにインタビューすることを決意した。
情報軍が撤退した日、彼らが何を考えていたのかを。
……………………