Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】   作:ごすろじ

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▼第十二話▶休暇

 

 

 

▶デンケン視点

 

 

 

三日間の特別休暇。

それは、戦場に身を置く俺にとって、夢のように甘く、そして残酷なほどに短い時間だった。

 

数年ぶりに帰ってきた屋敷は、何もかもが懐かしく、胸が締め付けられる。

軍での無機質な日々とは違う、温かい空気がここには流れている。

 

 

 

そして――

 

 

「デンケン」

 

 

玄関の扉が勢いよく開き、待ちきれないといった様子でレクテューレが飛び出してきた。

 

 

以前より、とても大人びて見える。

 

陽の光を浴びて輝く髪も、離れていた年月を感じさせるように長くなっていた。

だが、俺の名を呼ぶその声と花が咲くような笑顔は、記憶の中の彼女と少しも変わらない。

 

 

「ただいま、レクテューレ」

 

「おかえりなさい、デンケン」

 

 

駆け寄ってきた彼女の華奢な体を、強く抱きしめる。

 

花のようないつもの香りに混じって、微かに、しかし確かに薬草の匂いがした。

胸の奥に、小さな棘が刺さる。

 

 

随分と痩せている、と思った。

 

服の下に隠れてわからないが抱きとめた腕から骨の角張った感触が伝わってくる。

俺は急速に湧き上がる不安に息を飲むも、その不安とは裏腹にレクチューレを安心させるように微笑んだ。

 

 

「見ない間に、また立派になったわね」

 

 

腕の中で、レクテューレが俺の顔を見上げる。

 

確かに、軍での過酷な訓練で体つきはがっしりとし、顔つきも精悍になったかもしれない。

だが、その代償として、俺は彼女をこれほど長く一人にしてきたのだ。

 

 

「レクテューレこそ、ますます綺麗になった」

 

「もう、お世辞ばかり上手くなって」

 

 

照れくさそうに頬を染めて笑うレクテューレ。

その仕草一つ一つがたまらなく愛おしい。

 

 

グリュック様も、穏やかな笑みで出迎えてくれた。

 

 

「おかえり、デンケン。大手柄、見事だったな」

 

「はい。全ては、グリュック様と皆様のおかげです」

 

「後で、遠征の話をゆっくり聞かせてくれ。だが今は、レクテューレと過ごしてやるといい」

 

 

その優しい配慮に、俺は深く頭を下げた。

 

レクテューレの部屋で、俺たちは積もる話をした。

 

 

「軍での生活は、やっぱり大変?」

 

「慣れればそうでもない。規律正しい生活は性に合っているようだ」

 

「そう。でも、この間の任務みたいに、危険なこともあるのでしょう?」

 

 

心配そうに、俺の顔を覗き込む。

 

 

「大丈夫だ。俺は、もうお前に心配をかけないくらいには、強くなったつもりだ」

 

「分かっているわ。手紙で、あなたの活躍はいつも読んでいるもの。でも、心配するのは私の権利よ」

 

 

その素直な気持ちが嬉しくて、俺は彼女の手をそっと握った。

 

 

「レクテューレこそ、変わりないか? 無理はしていないか?」

 

「ええ、いつも通り。元気だわ。あ、そうそう、最近料理のレパートリーが増えたの。今夜は腕によりをかけて、あなたの好きなものを作るわね」

 

 

嬉しそうに話すレクテューレ。

 

その屈託のない笑顔を見ていると、俺の胸の奥で燻っていた小さな不安も、いつの間にか消えていくようだった。

この短い休暇を、一秒たりとも曇らせたくなかったから。

 

 

夕食は、レクテューレが心を込めて作ってくれた、豪勢な手料理だった。

 

 

「本当に、腕を上げたな。街のどんな高級料理店より美味い」

 

「ふふ、あなたに喜んでもらいたくて、たくさん練習したのよ」

 

 

そんなことを言われたら、どんな料理だって世界一の味に感じる。

 

 

食後、二人で月明かりの庭を散歩した。

 

 

「星が綺麗ね」

 

「ああ」

 

 

どちらからともなく、自然と手を繋ぐ。

 

以前のあのぎこちない感触とは違う。

当たり前のように、互いの指が絡み合う。

 

 

「なあ、レクテューレ」

 

「なあに?」

 

「待っていてくれて、本当にありがとう」

 

「当たり前のことを言わないで。私たち、愛し合っているんだもの」

 

 

さらりと、しかし少しだけ頬を赤らめながら言うレクテューレ。

 

 

「……俺も、愛してる」

 

「知ってるわ」

 

 

満ち足りた、幸せな時間。

 

だが、この時間は有限だ。

三日という時間は、あまりにも、あっという間に過ぎていく。

 

 

 

 

 

▶レクテューレ視点

 

 

 

デンケンと過ごす時間は、まるで美しい夢のように、瞬く間に過ぎていった。

 

一緒に厨房に立って料理をしたり、書斎で新しい魔法の本について彼から教わったり、ただ暖炉の前で他愛もない話をしたり。

 

その全てが、色鮮やかな記憶となって私の心に刻まれていく。

この三日間だけは、病のことも、迫りくる影のことも忘れられる。

 

完璧な「元気な妻」を演じきってみせる。

 

 

「もう少しで、魔導大尉に昇格できそうなんだ」

 

 

デンケンが、少し照れくさそうに、でも誇らしげに将来の話をしてくれる。

 

 

「そうなったら、給料も上がるし、立場も安定する。休暇も、今よりずっと長く取れるようになるはずだ」

 

「それで?」

 

 

その先にある言葉が分かっていて、私は意地悪く先を促す。

デンケンが、観念したように頭を掻いた。

 

 

「その時は、改めて、グリュック様に……」

 

「に?」

 

「……結婚の、許しを、いただこうと思っている」

 

 

――結婚。

 

 

その言葉は、私にとって、甘く、そして残酷な響きを持っていた。

 

彼が掴み取ろうとしている輝かしい未来。

そこに、私は本当にいることができるのだろうか。

 

叶うか分からない夢だと知っていても、彼の口からその言葉を聞けるだけで胸が熱くなる。

 

 

「私、待ってる」

 

「本当に、待っていてくれるか?」

 

「何度でも言うわ。あなた以外の誰とも、結婚なんて考えられない。ずっと、待ってる」

 

 

私の言葉に、デンケンは心から安心したような顔をした。

その顔が見たくて、私は嘘をつき続ける。

 

 

でも、同時に、申し訳なさそうでもある。

 

 

「すまない。もっと早く、一人前の男になれれば……」

 

「謝らないで。デンケンは私の誇りよ。あなたは、あなたのペースで、あなたの道を歩んでくれればいいの」

 

 

本心だった。

むしろ、彼は頑張りすぎているくらいだ。

 

 

休暇の最後の夜、二人きりで過ごした。

この貴重な時間が、砂時計の砂のように、刻一刻とこぼれ落ちていく。

 

 

「次は、いつ帰れるの?」

 

「まだ分からない。だが昇進すれば、少しは融通が利くようになるだろう」

 

「じゃあ、私も頑張らないとね」

 

「え?」

 

「あなたが安心して任務に集中できるように、私も、元気でいなくちゃ」

 

 

本当は、頑張らなくていいと言ってほしかった。

危険な場所へ行かず、ずっとそばにいてほしいと、そう言いたかった。

 

 

でも、それは彼の誇りを、彼の生き方を否定することになる。

 

 

だから、私は笑顔で応援する。

それが、今の私にできる、唯一の愛情表現なのだから。

 

 

愛する人が、私を想って選んだ道を、私はただ信じて待つ。

たとえ、この身がどうなろうとも。

 

 

 

 

 

▶グリュック視点

 

 

 

テラスから、庭を散歩する若い二人を眺めていた。

 

 

楽しそうに語り合うデンケンと、幸せそうに微笑むレクテューレ。

どこから見ても、未来を約束された恋人同士だ。

 

 

だが、私には見えていた。

 

娘の完璧な笑顔の裏にある、痛々しいほどの覚悟と、日に日に濃くなる衰弱の影。

そして、デンケンの明るい報告の裏にある、娘を一人にしていることへの罪悪感。

 

 

互いを想うが故に、互いに本当のことが言えない。

なんと不器用で、そして、なんと愛おしい二人なのだろうか。

 

 

医者からは、もう、手の施しようがないと告げられている。

 

 

このつかの間の再会が、娘にとってどれほど貴重な時間か。

それを思うと、父親として、領主として、私は何も言うことができなかった。

 

 

この残酷な真実を、いつ、あの実直な若者に告げるべきか。

 

 

私は、ただ、二人の幸せそうな後ろ姿を、静かに見守ることしかできなかった。

 

 

 

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