Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】 作:ごすろじ
▶レクテューレ視点
婚約が決まってから、屋敷中が温かい祝福のムードに包まれた。
まるで、私の体の不調など嘘であったかのように、世界はきらきらと輝いて見えた。
「お嬢様、本当におめでとうございます!」
マリアは、まるで自分の娘のことのように涙ぐみながら抱きついてくる。
その温もりに、私も涙腺が緩みそうになるのを必死でこらえた。
「ありがとう、マリア。あなたには、たくさん心配をかけたわね」
「とんでもないことでございます。デンケン様と、本当に……本当に良かった」
屋敷の使用人たちも皆、心から喜んでくれた。
血の繋がりはなくとも、デンケンがこの屋敷の皆に本当の家族として愛されていることを改めて感じる。
「式はいつにする?」
デンケンと二人、暖炉の前で肩を寄せ合って相談する時間。
その一つ一つが、かけがえのない宝物だった。
「俺の次の長期休暇は、三ヶ月後だ。それまで待ってもらえるだろうか」
「もちろんよ。でも、準備は間に合うかしら」
「いいのか? もっと時間をかけて、君が望むような盛大な式に……」
「ううん」と私は首を振った。
私には、もうそれほど多くの時間はないかもしれないのだから。
「私は、一日でも早く、あなたの妻になりたいの」
その切実な言葉に、デンケンは耳まで真っ赤にして俯いた。
「……俺もだ」
ドレスの採寸、招待客のリスト作成、式の日の料理の打ち合わせ。
やるべきことは山ほどあったけれど、不思議と疲れは感じなかった。
むしろ、この忙しさが、私の命の灯火を燃え上がらせているようだった。
この準備期間こそが、私が彼に残せる、最後の思い出作りなのだから。
デンケンは休暇が終わると、名残惜しそうにしながらも軍へと戻っていった。
私たちの間には、以前よりもずっと頻繁に手紙が行き交った。
『レクテューレへ
式の準備は大変だろう。無理はしていないか?君の体のことがいつも心配だ。
俺も上官に正式に結婚の報告をしたら、皆が祝福してくれた。マキアスなんか、なぜか号泣していた。
あと二ヶ月。指折り数えて、その日を待っている。
愛している。
デンケン』
『デンケンへ
準備は順調。マリアたちが、自分のことのように手伝ってくれるから、心配しないで。
先日、式の日のドレスが決まったの。あなたが今まで見たこともないくらい、綺麗なドレスよ。きっと驚くわ。
私も、毎日あなたのことを考えています。あなたが、私の夫になる日を。
愛を込めて
あなたの レクテューレ』
この手紙を書いている間だけは、体の不調を忘れられた。
この美しいドレスを、彼に見せるその日まで、私は絶対に倒れるわけにはいかない。
▶デンケン視点
軍での日々は、以前とは全く違って見えた。
全ての訓練、全ての任務に、明確な意味がある。
この腕に宿る力の一つ一つが、レクテューレとの未来、そしてグリュック家の婿養子としてヴァイゼを背負う覚悟に繋がっている。
「もうすぐ結婚か。しかも、あの領主様の所へ婿入りとはな」
訓練の合間に、マキアスが感慨深げに言う。
「ああ」
「大出世だな。羨ましいぜ」
「そういうのじゃない」
「分かってるさ、冗談だ」マキアスはそう言って、俺の背中を力強く叩いた。
「お前が、どれだけ彼女を想っているかは、この俺が一番よく知っているからな。お前が手紙を読んでる時の顔、他の奴らに見せてやりたいくらいだぜ」
レクテューレを守れる強さ。
そして、グリュック家の名に恥じないだけの力を。
それが、今の俺の全てだった。
ある日、マハトから一通の手紙が届いた。
魔族からの、時候の挨拶でもない手紙は初めてだった。
『デンケン様
この度は、ご婚約、誠におめでとうございます。
素晴らしい伴侶を得て、お嬢様は毎日実に幸せそうです。
末永く、お幸せに。
グリュック家魔法指南役 マハト』
飾り気のない魔族からの祝福。
奇妙な感覚だが素直に嬉しかった。
あの日、憎悪に満ちていた俺を鍛え、導いてくれたマハト。
今の俺があるのは、間違いなく彼のおかげでもある。
この魔族にさえ、今は感謝の念を抱いていた。
だが、手紙の最後に添えられた一文が、俺の胸に小さく、しかし鋭く突き刺さった。
『追伸:人間の生命力と魔力には、深い相関関係がある可能性がります。私は切に、お嬢様の輝きが永遠に続くことを願っております』
……レクテューレの、魔力?
昔から身体弱い彼女の体調が優れないことは、手紙の文面や、休暇で会った時の様子から薄々気づいていた。
だが、この一文は、それがただの体調の不ではない可能性を俺に突きつけているようだった。
マハトは、俺に何を伝えたいんだ?
あの魔族が、ただの祝福だけで手紙を送ってくるとは思えない。
これは、警告か? それとも、俺の覚悟を試す、新たな試練なのか?
俺は不安を振り払うように、訓練に没頭した。
あと、一ヶ月。一ヶ月すれば、俺は彼女の夫になるのだから。
どんな不安も、俺がその手で打ち払ってみせる。