Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】   作:ごすろじ

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▼第十六話▶結婚

 

 

 

▶レクテューレ視点

 

 

 

ついに、この日が来た。

 

 

朝早くからマリアたちが私の部屋に集まり、甲斐甲斐しく準備を手伝ってくれる。

 

 

「お嬢様……本当に、本当にお美しいです」

 

 

鏡に映る自分の姿が、まるで別人のようだった。

 

陽の光を浴びてきらめく純白のドレス、丁寧に結い上げられた髪には小さな真珠が編み込まれている。

そして、母が結婚式で使ったという、繊細な刺繍の施されたヴェール。

 

 

マリアの涙声に、私の目にも涙が滲みそうになる。

 

 

「だめよ、マリア。泣いたらお化粧が崩れてしまうわ」

 

「申し訳ありません……嬉しくて」

 

 

深呼吸をして、込み上げる感情をなんとか押しとどめる。

 

今日は、泣いてはいけない。

人生で一番の笑顔で、彼を迎えるのだ。

 

 

扉の向こうで、父様が待っていた。

 

 

「……美しいな、レクテューレ」

 

「お父様」

 

「母さんに、そっくりだ」

 

「さあ、行こう。デンケンが待っている」

 

 

お父様の腕に、そっと自分の手を添える。

 

――一歩、また一歩。

 

チャペルへと続く廊下をゆっくりと進む。

この一歩一歩が私の新しい人生への、そして、おそらくは最期へと続く道筋なのだ。

 

 

やがて、重厚な扉が開かれる。

柔らかな光と共に、祭壇の前に立つ彼の姿が見えた。

 

 

ヴァイゼに仕える軍人として、最も格式の高い正装に身を包んだデンケン。

いつもよりずっと大人びて、凛々しくて、世界で一番格好良かった。

 

 

目が合う。

 

 

彼の顔が、驚きと、感動と、そして深い愛情に満ちていくのが分かった。

 

 

お父様に導かれながら、バージンロードを歩む。

私のために集まってくれた、大切な人たちの温かい視線を感じる。

 

 

祭壇の前で、お父様が私の手をデンケンの大きな手に託した。

 

 

「頼んだぞ」

 

「はい」

 

 

デンケンの手が少しだけ震えている。

 

 

「緊張してるの?」

 

 

小声で尋ねると、デンケンが苦笑した。

 

 

「……バレたか」

 

「ふふ、私もよ」

 

 

司祭の厳かで優しい声が響く。

 

 

「病める時も、健やかなる時も——」

 

「――死が、二人を分かつまで、愛し続けることを誓いますか」

 

 

いつか必ず来る別れの時。

だけど……今は考えない。この瞬間の幸せだけを心に刻む。

 

 

「誓います」

 

 

デンケンの、力強く誠実な声。

 

 

「……誓います」

 

 

私も震えながら、しかしはっきりと答えた。

残された全ての時間で、彼を愛し抜くと心に誓って。

 

 

指輪の交換。

 

 

デンケンが優しく私の左手を取り、その薬指に、冷たくて重い、永遠の証をはめてくれる。

 

 

「これで、君は俺の妻だ」

 

「ええ……あなたの妻ね」

 

「愛してる、レクテューレ」

 

「私も、愛してるわ、デンケン」

 

 

誓いの口づけ。

 

 

温かくて、優しくて、この幸せが、どうか永遠に続きますように、と。

叶わないと悟りながらも…この時ばかりは、心の底からそう願ってしまった。

 

 

 

 

 

▶デンケン視点

 

 

 

披露宴は身内のみの小規模ながら、温かい祝福の雰囲気に満ちていた。

 

 

グリュック様の心のこもった挨拶、マハトの独特ながらも二人を祝う祝辞、そして屋敷の使用人たちからの温かい祝福の言葉。

 

 

「デンケン大尉、本当におめでとうございます!」

 

 

休暇を取って駆けつけてくれたマキアスも、自分のことのように喜んでくれている。

 

 

「ありがとう、マキアス。遠いところをすまない」

 

「とんでもない! それにしても奥様は、噂には聞いていたが……本当に美しい方だな」

 

「だろう?」

 

 

自慢げにそう言うと、マキアスは「ちぇっ」と舌打ちをして笑った。

 

 

「とんだ惚気を聞かされたもんだ」

 

 

だが、本当に…彼女は美しかった。

 

 

純白のドレスに身を包み、幸せそうに微笑むレクテューレは、この世のどんな宝石よりも、どんな魔法よりも輝いて見えた。

 

 

「デンケン」

 

 

隣に座るレクテューレが、テーブルの下でそっと俺の手を握る。

 

 

「どうした? レクチューレ」

 

「ふふ……幸せ」

 

「俺もだ」

 

 

強く、握り返す。

 

 

これから、俺たちの新しい生活が始まるのだ。

 

 

不安など何もない。

レクテューレが隣にいてくれるなら、俺はどんな困難だって乗り越えられる。

 

 

夜。

ようやく二人きりになった寝室で、俺たちはどちらからともなく見つめ合った。

 

 

「今日から、本当の夫婦ね」

 

 

レクテューレが、恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに言う。

 

 

「ああ」

 

 

「これからよろしくね、旦那様」

 

 

「……こちらこそ、奥様」

 

 

その呼び方が、くすぐったいと同時に、新たな責任の重さを俺に自覚させた。

 

――「旦那様」

 

それは、ただ彼女を愛するだけでなく、彼女の全てを守り、グリュック家の婿としてこのヴァイゼの未来をも背負うことを意味する言葉だ。

 

 

「なんだか、くすぐったい呼び方ね」

 

「すぐに慣れるさ」

 

 

窓の外には、満天の星が俺たちを祝福するように瞬いている。

 

 

「ねえ、デンケン」

 

「ん?」

 

「ずっと、ずっと一緒にいてね」

 

「当たり前だ」

 

 

俺はレクテューレを強く抱きしめた。

この腕の中に、俺の全てがある。

 

 

この幸せを、俺が必ず守り抜いてみせる。

 

 

そう、固く、固く誓った。

 

 

 

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