Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】   作:ごすろじ

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▼第十七話▶生活

 

 

 

▶レクテューレ視点

 

 

 

結婚して、一ヶ月が経った。

夢のような日々だった。

 

目的を果たしたデンケンはヴァイゼの軍人として、以前のように功績を焦ったりせず、余裕をもって屋敷から軍部へと通うようになった。

 

 

「行ってきます」

 

 

毎朝、玄関で彼を見送る。

軍服を纏った彼の背中は、とても頼もしかった。

 

 

「行ってらっしゃい。どうか、お気をつけて」

 

 

背伸びをして、彼の頬にキスをする。

 

それが、新妻としての私の大切な日課。

この瞬間のために、私は毎朝目を覚ますのだとさえ思った。

 

 

日中は、家事を手伝ったり、デンケンの好きな料理の腕を磨いたりして過ごした。

 

 

「奥様、そのようなことは我々が……」

 

 

マリアが心配そうに言うけれど、私は笑って首を振る。

 

 

「いいのよ。これも、私の楽しみなのだから」

 

――「奥様」

 

その響きは、私が彼の妻であるという、甘美な事実を思い出させてくれる。

 

だから、彼のいない時間も、私は「完璧な奥様」を演じ続ける。

愛する人のために何かをすることが、こんなにも心を満たしてくれるなんて、知らなかった。

 

 

夕方、デンケンが帰ってくる時間になると、もうそわそわして落ち着かない。

 

 

「ただいま」

 

 

その声が聞こえた瞬間、私は玄関へと駆け寄り、彼の胸に飛び込む。

 

 

「レクテューレ。もう少し、落ち着け」

 

 

そう言いながらも、彼が照れくさそうに、でも優しく私を抱きしめ返してくれるのが分かる。

 

 

「お疲れ様でした。お風呂にしますか? それとも、お食事にしますか?」

 

「……君で」

 

 

たまに、彼は子供のようにそう言って甘えるようになった。

 

 

顔が真っ赤になるけれど、それ以上に、彼に必要とされていることが嬉しくてたまらなかった。

 

 

夕食は、いつも二人で。

 

 

「今日はどうだった?」

 

「新兵の魔法訓練があった。皆、真剣でな。教えることの難しさを痛感している」

 

「あなたは、きっと良い先生になるわ」

 

「そうか?」

 

「ええ。だって、あなたの教え方は、とても丁寧で優しいもの」

 

 

私が、彼に初めて魔法を教えてもらった時のことを思い出す。

 

 

「レクテューレも、また魔法の練習をするか?」

 

「うーん、今は他のことで忙しいから」

 

「他のこと?」

 

「ええ。あなたの、可愛い奥さん業でね」

 

 

また照れるデンデン。

その反応が面白くて、ついからかってしまう。

 

 

夜、一つのベッドで寄り添いながら、他愛もない話をする。

 

 

「……幸せだな」

 

 

デンケンが、私の髪を撫ぜながら呟く。

 

 

「私も、幸せよ」

 

「こんな生活が、ずっと続けばいい」

 

「続くわよ。私たちが、そう望む限り」

 

「そうだな」

 

 

 

でも、彼の腕の中で幸せを感じれば感じるほど、一人になった瞬間に、体の奥底から這い上がってくる冷たい影に怯えてしまう。

 

 

結婚式の前後は、喜びと興奮で忘れていた体の不調が、この穏やかな日常の中で再び、しかし以前よりも確かに顔を出し始めていた。

微かな咳、消えない倦怠感、そして時折襲ってくる、立っていられないほどの眩暈。

 

 

でも……この幸せを一秒でも長く守りたい。

彼に、心配をかけたくない。

 

 

私は、見て見ぬふりを続けた。

 

 

「レクテューレ?」

 

「……なんでもないわ。おやすみなさい、あなた」

 

「おやすみ」

 

 

デンケンの腕の中で目を閉じる。

 

 

これ以上の幸せはない。

だからこそ、この幸せが失われることが、怖い。

 

 

 

 

 

▶マハト視点

 

 

 

新婚の二人を見ていると、人間という種族の不可解さが、より一層深まるのを感じる。

 

 

「生き急ぎすぎていたデンケンも、すっかり落ち着いたな」

 

 

執務室で、グリュックが満足そう口にする。

 

 

「ええ。レクテューレ様という存在が、彼の強さに、確かな『意味』を与えたのでしょう」

 

「そうか……。意味、か」

 

 

グリュックは、どこか遠い目をして呟いた。

 

 

「これで、レクテューレも……」

 

 

彼は、言いかけて言葉を飲み込んだ。

この男は普段から感情というものを表に出さない、だが娘のこととなると例外だ、微細な変化だが声色に重苦しいものを感じる。

 

 

グリュックはレクチューレのために、一度だけ医者を呼び寄せて以降一度も呼んでいない。

 

なるほど。

 

どうやら……やはり、レクチューレはもう駄目のようだな。

 

 

「グリュック様?」

 

「いや、なんでもない。ただの、父親の繰り言だ」

 

「……」

 

 

白々しく適切な返事を返すことも出来るが、俺は無言を貫く。

魔族としてではなく、グリュック家に仕える者としてはこれが正解だ。

 

 

あの二人の平穏が、いつまで続くのか。

私にも、それは分からない。

 

俺はデンケンにヒントを与え、レクチューレの不調を誤魔化す手助けこそしたが、二人を助けるために奔走する気などない、この男が見守るというのであれば、その意に沿うだけだ。

 

 

 

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