Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】   作:ごすろじ

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▼第十八話▶露見

 

 

 

▶レクテューレ視点

 

 

 

結婚してから、五年という歳月が、夢のように、そして残酷なほどに速く過ぎていった。

 

 

デンケンは順調に出世を重ね、今ではヴァイゼ屈指の魔法使いとして名を馳せていた。

彼が率いる部隊は、数々の困難な任務を成功させ、ヴァイゼの平和に大きく貢献していた。

 

 

それに伴い、彼の不在は日常となり、家を空ける期間も格段に長くなった。

大規模な魔族の残党討伐の遠征に、数ヶ月単位で参加することも珍しくない。

 

 

寂しくないと言えば、それは嘘になる。

 

デンケンがいないこの広い屋敷は、時々、静かすぎて胸が張り裂けそうになる。

夜、一人で眠る大きなベッドはあまりにも冷たく、彼の温もりを思い出しては、枕を濡らす夜も一度や二度ではなかった。

 

 

でも、彼の目覚ましい活躍は、私の何よりの誇りだった。

 

遠征から帰還した彼が、少し日に焼けて、精悍さを増した顔で「ただいま」と私を抱きしめてくれる瞬間。

遠征先での武功を、少し得意げに、でも少し照れくさそうに語る顔。

 

 

それらを見るたびに、私の心は温かい光で満たされた。

それが、何物にも代えがたい幸せだった。

 

 

「まあ、また勲章が増えたのね。本当に、あなたはすごい人だわ」

 

 

彼の軍服の胸に輝く新しい勲章を、そっと指でなぞる。

 

 

「ああ。これも全て、君がこの家を守り、俺の帰りを待っていてくれるからだ」

 

 

帰還するたびに、彼はそう言って、以前よりもずっと力強く、確かめるように私を抱きしめてくれる。

 

その腕の中にいる時だけ、私は全ての不安を忘れられた。

この温もりがある限り、どんな寂しさも乗り越えられると、そう信じていた。

 

 

だが、信じるだけではどうにもならないことがあるのだと、私の体は静かに終わりを告げ始めていた。

 

 

もう、体が思うように動かなくなったのだ。

 

 

この5年。言い聞かせた、ひたすらに……言い聞かせた。

 

階段を上るだけで息が切れるのも、動悸がするのも、朝、鉛のように重い体をベッドから引きずり出すのも、疲労と年齢のせいだと。

もう三十路を越えたのだから、仕方ないのかもしれないと、必死に自分に言い聞かせて、身体を騙し続けてきた。

 

 

「奥様、近頃本当に顔色が優れませんよ。旦那様がご不在の間に、一度……」

 

 

マリアが心配そうに何度も進言してくれるけれど、私はいつも笑顔でそれをごまかした。

 

 

「大丈夫よ、マリア。ちょっと寝不足なだけ。デンケンの帰りが待ち遠しくて、つい夜更かししてしまうの」

 

 

嘘。

本当は、夜中に激しい咳が止まらなくなり、眠ることさえままならないのだ。

 

 

デンケンに、心配をかけたくなかった。

 

彼は今、ヴァイゼにとって、なくてはならない重要な存在になっている。

私のことで、彼の輝かしい未来に影を落とすことだけは、絶対にあってはならない。

 

 

だから、彼が屋敷にいる間は、無理をしてでも元気なふりをした。

彼が好きだと言ってくれた料理を作り、笑顔で彼の武勇伝を聞き、庭を散歩する時は、倒れないように彼の腕にしっかりと掴まった。

 

 

でも、体は正直だった。

 

一人でいる時に、ふと鏡を見ると、そこに映る自分の顔色の悪さに、自分でもぞっとすることが増えた。

頬はこけ、目の下には黒い隈が焼き付いている。

 

 

鏡の中の女は、幸せな「デンケンの妻」ではなく、ただ死の影に怯える、見知らぬ誰かだった。

私はその姿から目を逸らし、再び笑顔を浮かべ、化粧で繕った仮面をつける。

 

 

「デンケン……」

 

 

早く帰ってきて。

あなたの顔を見れば、きっとこの不調も、嘘のように治るはずだから。

 

 

私は、そう信じることしかできなかった。

 

 

 

 

 

▶デンケン視点

 

 

 

軍務はその責任の重さを増していた。

 

昇進し、一つの精鋭部隊を任されるようになってからの五年。

 

俺の日常は戦場と共にあると言っても過言ではなかった。

部下たちの命を預かるプレッシャー。だが、それ以上に、この手でヴァイゼの民を守っているという自負が、俺を支えていた。

 

 

そして何より、俺の活躍が、屋敷で待つレクテューレの誇りと安心に繋がるのなら、どんな困難も乗り越えられると信じていた。

 

 

遠征先から送る手紙には、いつも彼女の体を気遣う言葉を書き添えた。

 

返ってくる手紙は、いつもと変わらない、優しくて温かい言葉で満たされている。

俺は戦場の過酷さを書かず、彼女へと手紙をおくる。

 

 

 

『デンケンへ

 

お手紙、ありがとうございます。あなたの武功は、いつも父様から聞いております。

 

本当に、あなたは私の誇りです。部下の方々からも、深く慕われているそうですね。

 

あなたが誰よりも優れた指揮官であることは、私が一番よく知っています。

 

こちらは変わりありません。毎日、穏やかに過ごしておりますので、ご心配なく。

 

ただ、あなたの帰りを待っています。

 

どうか、ご自身の体を一番に大切にしてください。絶対に、無理はなさらないで。

 

愛を込めて

 

あなたの妻、レクテューレ』

 

 

不安など何一つない、はずだった……。

 

だが、時々、その流麗な文字が、ほんの微かに震えているような気がして、胸騒ぎがした。

一度芽生えた不安の種は、心の隅で静かに根を張っていく。

 

 

「また奥様からの手紙ですか、大尉」

 

 

遠征先の野営地で、今や俺の信頼する副官となったマキアスが、呆れたように、しかしどこか羨ましそうに言う。

 

 

「ああ」

 

「本当に仲がいいことで。遠征の度に惚気話を聞かされる、俺たちの身にもなってくださいよ」

 

「お前も、早くいい人を見つけるんだな」

 

 

軽口を叩きながらも、不安は消えない。

レクテューレは、何かを隠しているのではないか。

 

 

数ヶ月に及ぶ遠征を終え、ようやく屋敷に帰還すると、レクテューレはいつもと変わらない、完璧な笑顔で出迎えてくれる。

 

 

「おかえりなさい、あなた!」

 

 

その笑顔を見ると、俺の心に巣食っていた不安も、どこかへ霧散してしまう。

 

 

「顔色が悪いぞ。無理をしているんじゃないか?」

 

「していませんわ。あなたこそ、長い遠征でお疲れでしょう? さあ、お風呂の準備ができていますわよ」

 

 

そう言って俺の世話を甲斐甲斐しく焼く彼女を見ていると、「大丈夫」という言葉を信じるしかなかった。

 

いや、信じたかったのだ。

俺が自分自身の手で築き上げた幸せが、永遠に続くと。

 

 

だが、ある帰還の夜、俺はその残酷な現実を目の当たりにしてしまう。

 

 

夜中に喉が渇いて水を飲みに部屋を出ると、隣の寝室から、微かな光と共に、押し殺すような苦しげな音が漏れていた。

レクテューレの部屋だ。

 

 

胸騒ぎを覚え、そっと扉を開ける。

 

 

そこにいたのは、ベッドの上で体をくの字に折り曲げ、激しく咳き込む彼女の姿だった。

肩で荒い息をし、額には脂汗がびっしりと浮かんでいる。

 

 

――今日一日、無理をしていたのか……?

 

 

だが、その考えはすぐに打ち消された。

月明かりに照らされた彼女の顔は、ただ青白いというだけではない。

 

まるで命の蝋が溶け落ちていくかのように、生気が失われていた。

血の気の引いた唇が、か細く震えている。

 

 

違う、これは今日一日の無理などという生易しいものではない。

 

俺が戦場で見てきた、死にゆく兵士たちの顔だ。

蓄積された疲労が、彼女の体を内側から蝕み尽くしていた。

 

 

「ッ!?――レクテューレ……ッ!」

 

 

俺が駆け寄ると、彼女は驚いて顔を上げた。

その顔は、月明かりの下で、紙のように真っ白だった。

 

 

「デンケン……どうして、起きて……」

 

「どうしてじゃない! なんだ、その咳は! いったい、いつからなんだ!」

 

 

問い詰める俺に、彼女は、ただ悲しそうに微笑んだ。

 

 

「ごめんなさい……。あなたに、心配をかけたくなくて……」

 

 

その言葉に、頭を鈍器で殴られたような強い衝撃を受けた。

 

 

俺は……一体今まで何を見ていたというんだ?

彼女の笑顔の裏で、どれほど深い苦しみが蝕んでいたのか全く気づかずに。

 

 

積み上げた功績?手にした地位?レクテューレの夫?そんな結果と役割に浮かれ、達成感という安酒に酔いしれていた。

 

輝かしい未来が、当然のように約束されていると、愚かにも信じ込んでいた。

そして今……その全ての代償が、冷たくなった彼女の姿となって俺の目の前にある。

 

 

「すぐに医者を呼ぶ!」

 

「待って、あなた。もう、夜も遅いし……」

 

「そんなことを言っている場合じゃないだろう!」

 

 

俺は生まれて初めて、愛する妻に、声を荒らげていた。

 

自分の無力さと、愚かさに、絶望しながら。

 

 

 

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