Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】 作:ごすろじ
▶デンケン視点
帝都での日々は想像を絶するほどに熾烈だった。
宮廷魔導師団には、大陸中から集まったエリート中のエリートたちが犇めき合っていた。
誰もが己の才能に絶対の自信を持ち、野心に満ちた目で、更なる高みを目指している。
ヴァイゼでもてはやされた俺の魔法も、ここでは数多ある才能の一つに過ぎなかった。
「貴方が、ヴァイゼのデンケン殿ですか。噂はかねがね」
配属初日、そう声をかけてきたのは貴族出身だという一人の魔法使いだった。
痩身で、どこか神経質そうな男。
だが、その瞳の奥には俺と同質か、それ以上の魔法への探求心が静かに燃えているのが分かった。
「レルネンと申します。以後、お見知りおきを」
それが、俺とレルネンの出会いだった。
出自も性格も相反する俺たちは、最初は少し距離があった。
だが、模擬戦闘で互いの魔法をぶつけ合い、夜更けまで魔法理論について語り合ううちに、互いの実力を認め合い、いつしか不思議と気のあう友となっていた。
「デンケン殿」
ある夜、酒場でレルネンが静かに尋ねてきた。
「貴方ほどの方が、どうして、そこまでして功績や報奨を追い求めるのですか? 私には、貴方が単なる名誉や富のために動く人間だとは思えません」
彼の真っ直ぐな問いに、俺は少し驚きながらも全てを話した。
レクテューレのこと、彼女の病のこと、帝都に最後の望みを託していること。
「そうですか……」
レルネンはそれ以上何も聞かず、ただ黙って俺の杯に酒を注いでくれた。
その不器用な優しさが、ありがたかった。
俺は、がむしゃらに働いた。
昼は宮廷魔導師団の一員として、高度な魔法研究と任務に明け暮れた。
夜はどんなに疲れていても、レクチューレの治療法を探し求めて文献を読み漁った。
休暇が取れる前日には、日の昇る前に馬車へと飛び乗った。
正規の任務だけでなく、後ろ暗い任務にいくつも従事した結果、有限だが国防結界の貼られた関所を通るための通行書を賜ることが出来た。
帝都とヴァイゼ。
その長い道のりを、俺は数え切れないほどに往復した。
夜、屋敷にたどり着くと、レクテューレはいつも起きて待っていてくれた。
「おかえりなさい、あなた」
日に日に痩せていく彼女を抱きしめ、帝都での出来事を話す。
新しくできた友人、レルネンのことを。
愛する妻を安心させるために、帝都での輝かしい日々を語り続けた。
そして、夜明け前の薄闇の中、眠る彼女の頬にキスをして、再び帝都へと向かう。
そんな、二重生活が、数年間続いた。
「正気か、デンケン殿」
レルネンが、呆れと心配が入り混じった顔で言う。
「その生活を続けて、いつか貴方自身が倒れる。そうなっては元も子もないでしょう。いかに報奨のためとはいえ、帝国の闇に触れ続ければ……引き返すことが出来なくなりますよ」
「分かっている。だが、俺には時間がないんだ」
俺の体は疲弊しきっていたが、心は不思議と満たされていた。
彼女の生きている姿を一度でも多く見ることが、俺の全ての原動力だった。
生きていることが奇跡とも言えるほど衰弱していくレクテューレとは反対に、俺は帝都で順調に功績を積み重ねていった。
宮廷内での評価も高まり、レクテューレを救うための、より高度な医療情報や、古代の治癒魔法に関する文献にも、少しずつ手が届くようになってきていた。
帝都は希望の地だ。
あと少し。
あと少しで、必ず彼女を救える。
俺は、そう信じて疑わなかった。
この数年という時間が、彼女から何を奪っているのか、気づかないふりをしながら。
▶レクテューレ視点
デンケンが、今日も帰ってきてくれた。
扉が開く音、彼の足音。
それが聞こえるだけで、私の心は温かい光で満たされる。
この音を聞くために、私は今日一日を生き延びたのだ。
「ただいま、レクテューレ」
帝都での激務で疲れているはずなのに、彼はいつも優しい笑顔で私を抱きしめてくれる。
「おか、えり……なさい」
彼の胸に顔をうずめると、遠い帝都の匂いがした。
それは、私の知らない、華やかで、力強い世界。
彼が生きるべき世界の匂いだった。
「レルネンという、面白い友人ができてな」
「まあ」
「貴族の出で、少し頭でっかちなところがあるんだが、魔法の腕は本物だ。いつか、君にも紹介したい」
楽しそうに話す彼の顔を見ているのが、幸せだった。
彼が語る帝都の話は、まるで遠い国の冒険譚のように聞こえた。
レルネンという新しい友人のこと、宮廷での刺激的な日々。
それは、私がもう決して足を踏み入れることのない、光に満ちた輝かしい世界。
その輝きが眩しければ眩しいほど、私は自分の足元に広がる深い影を意識せずにはいられなかった。
彼が必死の思いで手に入れてくる高価な薬も、遠方から呼び寄せた有名な治癒魔法使いの治療も、その効果は日に日に薄れていた。
夜ごと私を苛む激しい咳は、彼が側にいる時にだけ声を殺して耐え、食事も、彼の前では無理に喉の奥へと押し込む。
鏡に映る自分の姿は、まるで冬の枯れ枝のようだった。
それでも、彼が帰ってくる夜だけは、最後の力を振り絞って頬に紅を差し、一番綺麗なドレスを纏い、「幸せな妻」という役を演じ続けた。
彼が、私のために、自分の身を削って戦ってくれている。
その彼の努力を、私が無駄にしてはいけない。
彼が、希望を失ってはいけない。
「デンケン」
「ん?」
「私、幸せよ。あなたが帰ってきてくれる。それだけで、私は世界一の幸せ者だわ」
「……俺もだ。お前がいるから、頑張れる」
彼の言葉が、嬉しくて、そして……
――悲しかった。
神様、どうか。
もう少しだけ、彼とあと少し……一緒にいる時間をください。
そう、毎晩、祈っていた。
終わりを悟りながら、この静かな部屋で、私の時間が止まってしまう、その瞬間まで。