Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】   作:ごすろじ

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▼第二十二話▶訃報

 

 

 

▶デンケン視点

 

 

 

急ぎ戻ることとなった帝都は、俺の心とは、裏腹に華やかな明るい雰囲気に満ちていた。

レクテューレを一人、病の床に残してきた罪悪感が、常に胸に鉛のようにのしかかっていた。

 

 

叙勲式は壮麗な宮殿で厳かに行われた。

皇帝陛下の前に進み出て、栄誉ある勲章を授与される。

 

 

「――その功績、誠に見事である」

 

 

これまで功績を認める皇帝陛下の言葉に、俺は何も感じなかった。

 

 

――一刻も速く戻らねば……。だが、これで莫大な恩賞が出る。それがあれば、学者を雇い、まだ試していない治療法も試せる。少しの延命でも叶えられればそれでいい。時間さえ稼げれば……研究を進め奇跡が起こせるかもしれない。もうすぐだ、もう後少し手を伸ばせば……レクチューレ、君を助けられる。

 

 

心の中で、必死にレクテューレに語りかける。

この金があれば、まだ間に合う。

 

全てが、上手くいっているはずだった。

 

 

祝賀会。

煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たちの賞賛の声、楽しげな楽団の演奏、グラスの触れ合う軽やかな音。

 

その全てが、俺の耳を右から左へと通り過ぎていくだけだった。

 

俺の心は、遠く離れたヴァイゼにあった。

早く帰りたい。一刻も早く、レクテューレの顔が見たい。

 

 

その時だった。

 

 

 

祝賀会の喧騒の中、一人の使者が人波をかき分けて俺の前に現れた。

ヴァイゼの紋章をつけた、見慣れた顔。

 

 

――グリュック様の側近の一人だ。

 

 

その顔は青ざめ、目には涙が浮かんでいた。

 

 

背筋が、凍りつくような悪寒に襲われる。

 

 

渡されたのはグリュック様からの、封蝋がされた手紙だった。

震える手で、封を切る。

 

 

そこに書かれていたのは、たった一行の、あまりにも短い文章だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『レクテューレが、昨夜、安らかに息を引き取った』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、世界から音が消えた。

 

 

楽団の演奏も、貴族たちの談笑も、全ての音がぷつりと途絶え、絶対的な無音の世界に俺は一人取り残された。

 

 

頭が、真っ白になった。

 

 

――嘘だ。

 

 

レクテューレ。

俺は、お前の死に目にさえ会えなかったのか。

 

 

足元が、ぐにゃりと歪んでいくような感覚。

立っていられない。

 

膝をついた衝撃で、胸元で輝いていた勲章が、価値を失ったガラクタのように床に散らばった。

 

 

こんな物のために、金のために、俺は戦ってきたわけじゃない……。

 

 

何のために戦ってきた? 何のために、この地位を求めた?

 

 

彼女がいない世界で、この勲章に、この金に、一体何の意味があるというのだ。

 

 

背筋の力が抜け、床に手をつく。

 

再び戻ってきた祝賀会の喧騒が、まるで水中のように遠く、くぐもって聞こえる。

どれくらいそうしていたか、分からない。

 

 

 

――俺は、選択を誤った。

 

 

 

例え彼女に拒絶されても側を離れるべきでは無かった。

レクチューレは強い女性だ、だからまだきっと持ち堪えてくれる、心の片隅にでも、そんな浅はかで都合のいい考えを持つべきではなかった。

 

 

「……デンケン殿」

 

 

肩に、そっと手が置かれた。

顔を上げると、レルネンが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

 

彼の後ろでは、ヴァイゼからの使者が慌てふためき、周囲の貴族たちが何事かと遠巻きにこちらを見ている。

 

友の瞳に映る、どうしようもない無力感。

どんな慰めの言葉も、今の俺には届かないと彼は分かっているのだ。

 

 

「立てますか」

 

 

レルネンは何も聞かず、ただ力強く俺の腕を支えてくれた。

彼の支えがなければ、俺はきっと、そのまま一歩も踏み出せなかっただろう。

 

 

「……馬車を手配します。すぐに」

 

 

彼は、俺の目を見て静かに、しかし確かな口調でそう言った。

 

 

俺は……ただ無言で頷くことしかできなかった。

 

 

夜通し馬車を走らせた。

一睡もせずに、窓の外の闇を呆然と見つめながら、ただヴァイゼを目指した。

 

 

屋敷に着いた時、朝日が昇り始めていた。

 

 

静まり返った屋敷。

 

使用人たちの、押し殺した泣き声。

そして、老け込んだような顔をしたグリュック様が出迎えてくれた。

 

 

全てが、悪夢が現実であることを……俺に無慈悲に突きつけていた。

 

 

レクテューレの部屋へ向かう。

 

 

棺桶の中で眠る彼女は、信じられないほどに、穏やかな顔をしていた。

まるで、長い苦しみから解放されて、安らかに眠っているかのようだった。

 

 

でも、その肌は雪のように白く、触れた頬は、氷のように冷たかった。

 

 

「レクテューレ……」

 

 

声をかけても、返事はない。

 

 

「レクテューレ……っ」

 

 

もう一度、強く呼んでも、彼女のまつ毛が震えることは、もう二度とない。

 

 

俺は、彼女の冷たい手を握りしめて、ただ呼びかけることしか出来ない。

無意味とわかりながらも何度も、不意に目を覚ましてくれるのではと期待し呼びかけた。

 

 

「昔から体の弱い子だった。覚悟はしていたつもりだったのだがな。デンケン。君は本当によく頑張ってくれた。娘もきっと幸せだろう」

 

 

幸せ?グリュック様が何を言っているのかわからない、何もかもが空虚で耳をすり抜けていく。

 

どれくらい時間が経っただろうか、俺は棺桶で眠る彼女の前に跪き、身動き一つ取れていない。

ただ彼女の顔を見続けたまま、一歩を踏み出す力すら脚に入らなかった。

 

 

グリュック様が、そっと俺の肩に手を置き、一枚の便箋を渡した。

 

 

「これが、レクテューレからの、最後の手紙だ」

 

 

震える手で手紙を開く。

そこには彼女の、少しだけ力の抜けた、それでも懸命に書かれた文字が並んでいた。

 

 

 

『愛するデンケンへ

 

この手紙を読んでいる時、私はもうあなたのそばにいないかもしれません。

 

恨んでくれてもかまわない、ごめんなさい。

 

ただ、あなたの輝かしい未来の邪魔にだけはなりたくなかった。

 

デンケン、あなたと過ごした日々は、私の人生の、その全てでした。

 

あなたがこの屋敷に来てくれた日、話してくれた日、笑顔を見せてくれた日、一緒に街に行った日、そして、あなたの妻になれた、あの結婚式の日。

 

全部、全部、私の宝物です。

 

あなたと出会えて、私は本当に…心の底から幸せでした。

 

だから、どうか、自分を責めないでください。

 

あなたは、私の誇りです』

 

 

「誇り」

 

 

その言葉が、鋭い刃となって俺の胸を貫いた。

 

俺は、お前の誇りにふさわしい男になれたのか? 違う。

俺は、お前の苦しみに気づくことすらできなかった、愚かな男だ。

 

 

 

『どうか、これからもあなたの道を、力強く歩んでください。

 

そして、時々でいいから。本当に、時々でいいから、私のことを思い出してくれたら、嬉しいです。

 

ずっと、あなたを愛しています。

 

あなたの妻、レクテューレより』

 

 

手紙が、涙で滲んで、もう読めなくなった。

 

 

「俺は……」

 

 

俺は、何一つ、彼女を守れなかった。

 

 

一番そばにいるべき時に、そばにいられなかった。

 

 

この後悔は、この痛みは、きっと一生消えることはないだろう。

 

 

あの日。

 

両親を失って、俺の世界は一度、音もなく灰色に染まった。

だが、レクテューレがその世界に再び色をくれた。

 

 

そして今、その彼女を失った俺の世界は。

 

 

再び灰色に戻るのではない。

色を失うことさえ許されない、光のない永遠の闇に沈んでいた。

 

 

 

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