Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】   作:ごすろじ

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作者です。
外伝的作品なので、いるかはわかりませんが。
もし、ご愛読頂いている方がいらっしゃればありがとうございました。

アインザーム編のようなネバネバ描写とは違い、とにかくサクサク進行することを意識して書きました。
なので、軍周りとか帝国周りとか、その他もろもろ削れる所はとことん削っています。



▼第二十三話▶終わり

 

 

 

▶デンケン視点

 

 

 

レクテューレの葬儀は、彼女が望んだ通り、家族と本当に親しい者たちだけで静かに行われた。

 

 

俺は、涙を流さなかった。

いや、流れなかった。

 

 

全て枯れ果ててしまったようだった。

 

 

ただ、ぼんやりと、彼女の棺が土に還っていくのを眺めていた。

 

土塊が棺に打ち付けられる、乾いた音がやけに耳につく。

グリュック様が、俺の隣で静かに泣いていた。

 

 

マリアたち使用人も、声を殺して泣いていた。

レルネンも、遠い帝都から駆けつけ、静かに祈りを捧げてくれていた。

 

 

皆が悲しんでいるのに、俺だけが、何も感じなかった。

心が、死んでしまったようだった。

 

いや、死ぬことさえ許されず、ただ虚ろな器だけが、そこに立っていた。

 

 

葬儀が終わった後も、俺はヴァイゼの屋敷に留まった。

 

 

帝都の方には長期の休暇を申請した。

正確には、レルネンが気を利かせて手配してくれたのだ。

 

俺自身には、もはや何かを申請するという、主体的な意思さえ残っていなかった。

戻る? 何のために?

 

軍人として国を、ヴァイセを守る? 笑わせる。

愛する女一人守れなかった男が、何を守れるというのだ。

 

 

俺は、レクテューレの部屋に引きこもった。

 

 

彼女の匂いが、まだ残っている。

陽だまりのような、甘くて優しい花の香り。

 

その香りを深く吸い込むたびに、彼女がまだすぐそばにいるかのような錯覚に陥り、そしてすぐに、それがただの残酷な幻であることを思い知らされる。

 

 

この狂おしい繰り返しが、俺の精神を少しずつ、確実に削り取っていった。

 

 

部屋の隅には、彼女が読んでいた魔法の本が、開かれたまま置かれている。

 

俺が教えると約束した、魔法のページ。

栞代わりに挟まれたリボンが、虚しく揺れている。

 

 

『はい、先生』

 

 

不意に、楽しそうな幻聴が聞こえた。

 

 

『だから、その先生というのはやめてくれ』

 

 

あの日の、俺の困った声。

 

そうだ、俺は彼女に魔法を教える約束をした。

彼女は才能がないと謙遜しながらも、俺と同じ世界を見たい一心で、必死に魔力を操ろうとしていた。

 

 

彼女の白い手のひらに、初めて蛍のような小さな光が灯った時の、あの弾けるような笑顔。

 

 

「できた! デンケン、見て、できたわ!」

 

 

幻の彼女が、すぐ隣で無邪気に笑っている。

その笑顔が、今はガラスの破片となって俺の胸に突き刺さる。

 

 

「うるさい」

 

 

俺は、誰に言うでもなく吐き捨てた。

幻を振り払うように、強く頭を振る。

 

 

化粧台の上には、彼女が使っていた櫛や、小さな香水の瓶が整然と並んでいる。

その一つ一つに、彼女の指先の温もりが残っているようで、触れることさえできなかった。

 

 

銀の台座に嵌められた青い石のペンダント。

俺が贈った、役立たずの護符。

 

 

『大切にするわ。絶対に、肌身離さず持っている』

 

 

あの旅立ちの前の夜、涙ぐみながらそう言った彼女の声が、耳の奥で木霊する。

 

こんなもので、何が守れるというのだ。

俺はそれを強く握りしめた。冷たい金属の感触が、俺の愚かさと無力さを嘲笑っているかのようだった。

 

 

クローゼットを開ければ、彼女のドレスが並んでいる。

 

初めて街へ行った時の、サイズの小さい空色のワンピース。

そして、結婚式で輝いていた、純白のドレス。

 

 

そのどれもが、幸せだった日々の記憶を鮮明に呼び覚ます。

楽しかった思い出が、今は鋭利な刃となって、俺の心を何度も何度も切り刻む。

 

 

『デンケン、手を繋ぐ? はぐれないように』

 

『私、待ってる。あなた以外の誰とも、結婚なんて考えられない』

 

『おかえりなさい、あなた!』

 

 

記憶の中の彼女が、次々と俺に語りかけてくる。

その声は温かく、優しく、そして、残酷なほどに俺を打ちのめす。

 

 

「デンケン様、お食事を……」

 

 

マリアが、遠慮がちに扉の外から声をかける。

 

 

「いらん」

 

「ですが、何も召し上がらないと、お体に……」

 

「いらないと言っているだろうッ……――すまない」

 

 

声を荒らげてしまった。

 

だが、マリアの気遣いが、今はただ鬱陶しい。

俺には、食事をとる資格も、生きる資格もない。

 

 

扉の向こうで、マリアが小さく息を呑む気配がして、やがて静かに遠ざかっていく足音が聞こえた。

 

 

俺は、ベッドに倒れ込んだ。

 

シーツに残る、彼女の微かな温もりと香り。

それに顔をうずめ、目を閉じる。

 

 

『デンケン、愛してるわ』

 

『ずっと、ずっと一緒にいてね』

 

『あなたは、私の誇りです』

 

 

彼女の言葉が、声が、笑顔が、頭の中で無限に再生される。

 

それは、かつて俺を生かしていた光だった。

だが今は、俺を苛む呪いの言葉にしか聞こえない。

 

 

なぜだ。

なぜ、俺は気づけなかった。

 

身体が弱いことなど、昔から知っていただろう。

 

 

手紙の文字が震えていたこと。

休暇で会った時に、彼女が以前より痩せていたこと。

花の香りに混じっていた、あの微かな薬草の匂い。

 

 

笑顔の裏に隠されていた、僅かな翳り。

 

 

兆候は、いくらでもあったはずだ。

 

 

だが俺は、自分の功績に、未来への希望に、浮かれていた。

 

もてはやされ、いい気になっていた。

彼女が、俺のいない場所で、一人で静かに死に向かっていることにも気づかずに。

 

 

「……馬鹿な男だ」

 

 

自嘲の笑みが漏れる。

 

 

俺は、彼女にふさわしい男になりたかった。

 

彼女を守れる力が欲しかった。

だから、軍に入り、功績を上げた。

 

 

だが、その結果はどうだ。

 

 

俺が手にした地位や名誉は、彼女を救う何の役にも立たなかった。

それどころか、俺を彼女から引き離し、最期の瞬間に立ち会うことさえ許さなかった。

 

 

俺が彼女のためにしてきたことは、全て、無意味だったのだ。

いや、むしろ、彼女を追い詰める結果になったのかもしれない。

 

 

俺が活躍すればするほど、彼女は自分の病のことを言い出せなくなったのではないか。

俺の未来の邪魔になりたくないと、一人で苦しみを抱え込んだのではないか。

 

 

そう考えると、吐き気がした。

 

 

「デンケン殿」

 

扉が、静かにノックされた。

レルネンだ。

 

 

「……何の用だ」

 

「少し、よろしいですかな」

 

 

返事をする前に、扉が開かれた。

レルネンが、心配そうな顔で立っている。

 

 

「……いつまで、そうしているつもりです」

 

「……」

 

「お気持ちは分かります。ですが、貴方はこのまま終わるような男ではないはずだ。ヴァイゼの民も、そして宮廷も、貴方を必要としている」

 

 

レルネンの言葉は、正論だった。

そして、だからこそ、今の俺には何の慰めにもならなかった。

 

 

「……終わったんだよ、レルネン。俺の人生は、あの日、彼女と共に終わったんだ」

 

 

初めて、友に弱音を吐いた。

情けない。だが、もうどうでもよかった。

 

 

「彼女も、きっと貴方が再び立ち上がることを望んでおられるはずだ」

 

 

レルネンは、必死に言葉を探しているようだった。

だが、そのありきたりな慰めが、俺の逆鱗に触れた。

 

 

「お前に何が分かる!」

 

 

思わず、声を荒らげていた。

 

 

「お前は、彼女がどんな想いで俺を送り出したのか、知りもしないだろう! 俺が、どんな想いで帝都へ向かったのかも! 俺が歩むべき道だと? その道は、彼女の死体の上に続いていたんだぞ!」

 

 

俺は、レルネンから顔を背けた。

 

 

「彼女がいない世界で俺が歩くべき道など……どこにもありはしない。俺は、彼女のために強くなりたかった。彼女を守るために戦ってきた。その目的を失った今、俺が魔法を使う意味も、生きる意味もない」

 

「デンケン殿……」

 

「帰ってくれ。一人にしてくれ」

 

「……」

 

 

レルネンはそれ以上何も言えず、静かに部屋を出ていった。

 

彼の優しさが、今はただ痛かった。

何も知らない人間の善意が、何よりも残酷に感じられた。

 

同情されることが、何よりも苦痛だった。

 

 

部屋に、再び静寂が戻る。

 

 

俺は、レクテューレが最後に書いていた手紙を、もう一度取り出した。

震える文字で綴られた、彼女の最後の想い。

 

 

『あなたと出会えて、私は本当に…心の底から幸せでした』

 

 

嘘だ。

 

 

俺は、お前を幸せにできなかった。

 

 

『だから、どうか、自分を責めないでください』

 

 

無理だ。責めずにはいられない。

 

 

『あなたは、私の誇りです』

 

 

やめろ。

その言葉が、一番俺を苦しめる。

 

 

俺は手紙をくしゃりと握りつぶそうとして、寸前で思いとどまった。

 

これは、彼女が生きた、最後の証だ。

俺が、これを無下に扱うなど許されない。

 

 

窓の外は、もう夜だった。

月明かりが、部屋を青白く照らしている。

 

 

俺は、ふらりと立ち上がり、庭に出た。

 

 

月光を浴びて、レクテューレが植えた青い花が、まるで宝石のように、静かに咲き誇っていた。

 

 

彼女の、形見だ。

 

 

その花の前に、俺は膝をついた。

 

 

「レクテューレ……」

 

 

名前を呼んでも、返事はない。

 

 

「俺は、どうすればよかったんだ……」

 

 

答えなど、あるはずもなかった。

 

 

もし、あの時、軍に入らず、ずっと彼女のそばにいたら?

もしかしたら、病の進行にもっと早く気づけたかもしれない。

 

もっと、一緒にいられる時間があったかもしれない。

 

 

いや、違う。

もし軍に入らなければ、俺は無力なまま、彼女が衰弱していくのを、ただ指をくわえて見ていることしかできなかっただろう。

どちらにせよ、結末は同じだったのだ。

 

 

どうしようもなかった。

俺の力では、運命には抗えなかった。

 

 

それが、何よりも腹立たしかった。

 

 

「会いたい……」

 

 

声が、漏れた。

 

 

「もう一度だけでいい。君の声が聞きたい。君の…笑顔が見たい……」

 

 

頬に、冷たいものが伝った。

枯れたはずの涙が、また溢れ出していた。

 

 

俺は、彼女のために強くなりたかった。

 

 

だが、彼女を失った今、この力に何の意味がある?

 

 

この先、何年、何十年と続くかもしれない、この真っ暗闇の世界で俺は一体……何のために生きていけばいい?

 

 

答えは、どこにもなかった。

 

 

ただ、彼女のいない世界という耐え難いほどの静寂と、胸を抉るような後悔だけが、そこにあった。

 

 

 

 








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