Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】   作:ごすろじ

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▼第二十六話▶蘇生しまーす。

 

 

 

森の奥深く、木々が天蓋のように空を覆う開けた場所。

不釣り合いなほど禍々しい空気が、そこに澱み、蟠っている。

 

 

冷たい夜風が吹き抜ける中、石造りの祭壇に横たえられているのは、レクテューレの遺体だ。

その肌は陶器のように白く、生気はとうに失われていた。

 

 

だが、死してなおその美しさは損なわれることなく、ただ深い眠りについているかのように静かだった。

 

 

その周囲を取り囲むように、地面にはどす黒い液体で描かれた幾何学模様が広がっている。

それは血だ。

 

 

まだ温かさを残した新鮮な血液が、複雑怪奇な魔法陣を形成していた。

鉄錆びた匂いが夜気に混じり、鼻腔の奥を刺す。

 

 

ビチャビチャと生理的嫌悪を催す音が、森に絶えず響き渡る。

 

フルーフは自分自身の手で切り落とした手首から溢れ出る血液で、周囲一帯を規則的に歩き回り、魔法陣が完成すると同時に祭壇へと戻った。

 

デンケンは祭壇から少し離れた位置で、息を殺してその光景を見つめていた。

彼の視界の端で、直立不動で立っていた男――アインザームが、ゆっくりと歩み出る。

 

 

『汝、始めようか』

 

 

その一声と同時に、姿がブレ、アインザームの輪郭が揺らぎ始めた。

変身魔法が解かれ、その身を覆っていた人の皮が霧散していく。

 

 

現れたのは、異形の巨体。

 

下半身はなく、漆黒の霧が渦を巻いて浮遊している。

長い腕、青白い肌、目も口も存在しない。

眼球のあるべき場所には虚無のような闇が広がり、左の眼窩には夕焼けのような炎が燃え続けている。

 

 

しかし、その異形が手にしているのは、重厚な金属の装丁が施された聖典。

首からは錆びついたロザリオが下がり、その立ち振る舞いは高潔な聖職者のそれであった。

 

 

デンケンは軍人としての経験から咄嗟に杖を構えそうになるも、寸前で思いとどまる。

 

悪魔と取引する覚悟を持って、この場にいる。

今更、相手が魔物だから攻撃するなどおかしな話だ。

 

デンケンは邪魔にだけはならないよう、気配を消し、ただ見守ることに徹した。

 

 

アインザームの身体から、濃密な白い霧が溢れ出した。

それはただの自然現象ではない。

 

魔力そのものであり、感覚器官の延長でもある。

 

霧は生き物のように祭壇を這い上がり、レクテューレの身体を優しく包み込んでいく。

繭のように、彼女の全身を覆い尽くしていった。

 

アインザームがゆっくりと聖典を開く。

パラパラとひとりでにページが捲れ、ある一節で止まると、そこから柔らかな緑色の光が溢れ出した。

 

 

それは癒やしの光であり、生命の状態を見定める解析の光でもある。

禍々しい魔物の姿と、神聖な緑の光。

 

その矛盾した光景は、奇妙なほどに厳かで、美しくさえあった。

 

 

「準備はいいですか? アインザーム」

 

 

祭壇の傍らに立つフルーフが、短く問いかける。

その表情からは、普段のふざけた様子は完全に消え失せていた。

 

視線はひたすらに真剣であり、憐憫に溢れていた。

 

 

『あぁ。いつでも。フルーフ……痛みなど感じさせないさ、全て、任せておけ』

 

「いいますねぇ、まぁ……頼みますよ」

 

 

フルーフは一度目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

そして、誰に言うでもなく、小さく呟く。

 

 

「マキナ、私の可愛い娘。見ていてくださいよ、貴女が私に期待してくれた魔法を見せる時だ」

 

 

その声は、祈りにも似ていた。

 

フルーフが祭壇に手をかける。

彼女は杖を持たない。詠唱もしない。

 

魔法使いにとっての常識である手順を、フルーフは一切必要としない。

 

必要とするのは、甚大な代償と不可逆なリスクのみ。

 

 

フルーフが深く息を吸い込み、己の内側にある魂へと意識を沈める。

 

いつも通り。

自らの「命そのもの」である魂を燃料とし、それを燃焼させ、爆発的な魔力を生み出す。

 

荒れ狂うエネルギーの全てを、一点集中で魔法陣へと注ぎ込んでいく。

 

 

バチッ、バチバチッ!

 

 

フルーフの周囲で、赤黒い雷が弾けた。

焦げた空気の匂いが鼻腔を刺し、大気そのものが軋むような低い唸りが耳の奥で鳴り続ける。

 

それは魔力というよりも、圧縮された高密度のエネルギーの暴走。

絶えず身体から溢れ出す魔力が、地面に描かれた血の魔法陣へと流れ込んでいき、光が強まっていく。

 

 

ドクン。

 

 

魔法陣が、まるで心臓のように脈動した。

血のラインが赤熱し、闇夜を不気味に照らし出す。

 

かつて、マキナを生き長らえさせるために編み出した術式。

その原型を基に、数百年以上の歳月をかけて改良を重ねてきた。

 

数え切れないほどの失敗と、自身の死を積み重ねて完成させた、神の理に逆らう禁忌の魔法。

 

 

「悪いですね、レクテューレさん。気持ちよくご就寝のところ……そろそろ起床の時間です。貴女達のような、愚息夫婦と似た方達に、そういう結末は似合いません。愛し合う二人は常に側にいるべきです」

 

 

彼女の手が、レクテューレの胸の上にそっとかざされる。

赤黒いエネルギーが、漏斗を伝う水のように、一点に集中してレクテューレの心臓部へと注ぎ込まれていく。

 

デンケンは、その光景に目を奪われていた。

常識を逸脱した、あまりにも乱暴な魔力操作。

 

破壊的なまでの魔力を、蓄積された圧倒的魔力量の濁流で針の穴へと溢れさせ、強引に通していく。

 

 

フルーフの視界には、見えていた。

レクテューレの肉体から剥がれ落ち、今にも霧散して彼岸へと旅立とうとしている、儚い魂の灯火が。

 

それを、魔力で作った不可視の糸で絡め取り、強引に、しかし傷つけないように慎重に、元の肉体へと引き戻していく。

 

 

壊れた器を、己の血肉を素材として修復、再生。

同時に、戻ってきた魂を、器の底にしっかりと縫い付ける。

 

「死」という超常的であり絶対不可侵な概念を、頭のイカれる理論と頭のイカれたゴリ押しエネルギーで真っ向から捻じ曲げていく。

 

カッ――!!

 

 

魔法陣から強烈な光が放たれ、周囲の景色が一瞬白く染まる。

光が収束し、祭壇の上が再び闇に包まれた時。

 

 

「……っ、ぁ……」

 

 

静寂の中に、小さく、空気を吸い込む音が響いた。

止まっていた心臓が、再び力強く鼓動を打ち始める。

 

 

「成功ですね、次……ッ!! 次ですよ次! ハイヤー、アインザームぅ!」

 

 

だが、安堵する暇はない。

死者蘇生など慣れたものだ、今回は大規模な魔法陣まで使用した。

 

失敗する可能性は限りなく低かった。

ここからが、本番。正念場だ。

 

 

『急かすな』

 

 

アインザームが動いた。

聖典をかざしたまま、その巨大な手をレクテューレの頭部へと伸ばす。

 

 

『汝、今しばらくの闇に耐えられよ。目覚めの時はすぐそこだ』

 

 

アインザームの霧が、レクテューレの鼻腔から吸い込まれ、脳へ、心臓へ、全身へと流れ込んでいく。

 

幻影により五感全てを制御下に置き、浮上し始めた意識を再び強制的に沈める。

レクテューレは穏やかな顔色になり、寝息を立て始めた。

 

 

「後遺症、経過観察中の突然の不調、そんなありきたりな展開は完全に潰しておきます。念には念を入れて……頼みますよ、アインザーム」

 

『意識は落とした。全て心得ている、安心しろ』

 

 

その後、アインザームは聖典を開き、レクテューレの内臓の細部にまで治癒を施していく。

霧全体が緑色に包まれる程の圧倒的な女神の加護。

 

 

その微細な粒子一つ一つがアインザームを構築する身体の一部であり、手足のようなものだ。

そしてそれらは今、レクテューレの内部の血管一つ一つにまで染み渡っている。

 

レクテューレの身体が内側から緑色に溢れ、淡い光を放ち発光する。

 

 

『これで問題はない……血管の損傷、臓器の炎症、私に癒せる部分は全て修復が済んだ。……だが、汝の見立て通り魔力に違和感がある。やはり、これが病の根源か』

 

「見立て、というより断言してたつもりなんですがね。では次、この不治の病にサクッと対処していきましょうか」

 

 

フルーフが、足元に置いてあった鞄から、一つの小さなガラス瓶を取り出した。

 

デンケンの目には、それはただの空っぽの瓶に見えた。

中には何も入っていない。

 

ただの空気だ。

だが、フルーフがその瓶を見つめる目は真剣そのもので、確かに「何か」がそこに在るのだと、その態度が雄弁に物語っていた。

 

 

フルーフの目には、はっきりと見えていた。

瓶の中でカサカサと蠢く、半透明の甲殻類のような奇妙な生物が。

 

 

それは物質ではない。

フルーフが自身の魂の一部を切り離し、変質させて作り出した生命体。

 

魔族に対し人間性を移植するために作られた寄生虫だが、今はその機能を完全に書き換えられ、魔力の循環を補助する、純粋な「魔力ポンプ」とも呼べる補助器具に作り変えられている。

 

 

フルーフが瓶の蓋を開け、逆さにして掌の上に乗せるような仕草をする。

「見えない何か」を鷲掴みにすると、躊躇なくレクテューレの口元へと近づけた。

 

『絵面が酷いな……』

 

「何ごく自然と、私の知覚を盗み見てるんですか。私の視界を通して見ないでもらえます?」

 

 

フルーフはアインザームに一言文句を呟くと、その手をレクテューレの唇に押し当て、中身を喉の奥へと押し込んだ。

 

 

フルーフの視界では、寄生虫がカサカサと不気味な動きで食道を下り、心臓の裏側、魂が定着している場所へと到達するのが見えていた。

 

寄生虫はそこで足を広げ、魂にしっかりとくらいつく。

 

 

寄生虫が脈動を始めた。

ドクン、ドクンと、レクテューレの心臓のリズムに合わせて鼓動する。

 

それは彼女の魂から溢れ出し、行き場を失って滞留していた魔力を吸い上げ、濾過し、全身へと送り出し始めた。

 

魂に滞った魔力は詰まることなく、血液のように循環し正常な流れを形作っていく。

詰まっていたパイプが掃除され、新鮮な水が流れ始めたかのように。

 

か細く不安定に揺れていた魔力の波は、みるみるうちに安定した揺らぎを見せ、力強いものへと変わっていく。

 

レクテューレの顔色は少しずつ血の気を取り戻し、死人のようだった白さが消え、健康的な桃色が頬に差していった。

 

 

『私から判断して違和感は感じない。無事、成功か?』

 

「感覚的には成功だと思いますよ。後は経過観察次第ですかね。ここまで丁寧に人間を蘇生をしたのは初めてなので、きっと大丈夫でしょう」

 

『そうか』

 

 

アインザームが聖典を閉じ、深く眼窩を閉じた。

レクテューレを覆っていた霧が、すうっと薄れ、離れていく。

 

 

フルーフもまた、肩の力を抜いてその場に座り込んだ。

へらへらと笑みを浮かべているが、余程緊張していたのか、額にはびっしりと汗が浮かんでいる。

 

 

「はーい。皆さん、お疲れ様でした、終了でーす」

 

「……終わった、のか?」

 

 

気の抜けた終了の合図に、固唾を呑んで見守っていたデンケンが動き出し、恐る恐る声をかけた。

 

 

「はい、終了です。勿論成功です、よかったですねぇ、こんな名医に診てもらえて」

 

『ヤブもいい所だろう』

 

フルーフはアインザームのツッコミを無視し、デンケンに振り返る。

ニカっと笑って親指を立てた。

 

「どうぞ、すぐ起きると思うので。手でも握っていてあげてください。ってかしてください、そういうの見るの好きなので」

 

 

デンケンは、よろめく足取りで祭壇へと近づいた。

そこに横たわるレクテューレを見る。

 

胸が、規則正しく上下している。

肌に触れると、確かな温もりが戻っていた。

 

死の冷たさではない。

生きている人間の、温かい熱だ。

 

 

「レクテューレ……」

 

 

デンケンはその場に崩れ落ち、妻の手を握りしめて額を押し付けた。

言葉にならない嗚咽だけが、森の静寂に吸い込まれていく。

 

 

フルーフはその様子を少し離れた場所から眺め、満足そうに一つ頷くと、ポケットから管を取り出し草を詰めた。

 

だが、火をつける前にアインザームの方を見る。

 

 

『マキナの前で吸っていたものか……今回だけは見逃してやろう。だが、煙を患者の方に向けるなよ』

 

「分かってますよ。気の利く愚息を持って、幸せもんですねぇ」

 

 

フルーフは少し離れた岩場に腰を下ろし、ゆっくりと紫煙をくゆらせた。

深く息を吸い、煙を夜空へと吐き出す。

 

 

「…………」

 

『大人しいな。どうした……?』

 

「愚息。お前さぁ……あれから結構経つけど……本気で私のこと恨んでないの?」

 

『何度も言わせるな、しつこい。既に結論づいた答えが変わることなどない。恨みなど……あってたまるか。マキナも私も……あるとすれば、あの家族と魔族に対してだけだ』

 

「そう。変な奴」

 

 

フルーフは煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 

 

「……アインザーム、私、あの子の母親として、ちゃんとやれたかな?」

 

『あぁ。お前は褒められた人間ではないだろう……だが、マキナにとっては誇れる親だったさ。もう、いい加減胸を張れるだろう?』

 

「あぁ。そうかもしれないな。今なら私は……」

 

 

――私を許せそうだ。

 

 

舌にこびり付く懐かしい煙の味。

脳裏にこびり着いた笑顔がチラつき、目頭が熱くなる。

 

 

たった少しの年月を共にしただけの、娘の顔。

義母さんと呼ばれ、一緒にお風呂に入り、食事を共にし、毎年誕生日を祝い合った……何よりも大好きな家族。

 

救うことすら出来ず、血溜まりの中で死なせてしまった息子の嫁。

 

色褪せない記憶が溢れ出し、視界が歪む。

苦しい、息が詰まりそうだ。

 

だがそんな泣き言は許されない。

愛しい義娘を死に追いやったのは他ならない自分自身だからだ。

 

己が手を出したばかりに、あの子に苦難苦節を強いた。

その果てがあんな結末……自分で自分を許せるはずがなかった。

 

でも、本当は許されたかった。

悪夢だって何度も見た、その度に頭がおかしくなりそうだった。

 

 

だから……。

 

 

愚息に似たデンケンと、義娘に似たレクテューレから目が離せなかった。

 

デンケンとレクテューレは知る由もないだろうが、結構な年月をひっそりと見守った。

 

お互いがお互いを想って傷ついていく様が……。

地獄に近づいていく様が……。

 

どうしようもなく息子夫婦と重なった。

 

だから……。

あの二人をもしも救えたのなら、あの子が褒めてくれた己の魔法で未来を明るく照らせたのならば……。

 

自分で自分を許せるような気がした。

 

 

今、どんな気持ちなのか?

それが自分自身でもわからない。

 

感情が歯止めなく押し寄せ、何も考えられない。

視界が滲み、鼻をすする音が漏れる。

 

上手く喋ることも出来ない。

 

「な、なぁ……もう、いいかな。ぐずぅ……わ、私、もういいか? ずびぃ……いい、かなぁ……」

 

『あぁ』

 

「うぅ……ごめん、なさい……ごめんマキナぁ……アイン、私のせいで……私があの時余計なことしなきゃ……ごめん、ごめんなさい」

 

徐々に精神が不安定になり始めるフルーフに、アインザームはそっと近づき、肩に手を添えて強く抱きしめた。

 

 

この天邪鬼で捻くれ者で、何も気にしていないような顔をする不器用な母親が、どれだけマキナや自分たちのために尽くしてくれたか。

 

マキナの死にどれほど傷ついていたか。

アインザームだけは知っている。

 

 

いくら言葉を尽くそうが、当人は許されることを拒み続けていた。

 

それが、ようやく……。

アインザームは空洞の眼窩に夕焼け色の炎を揺らめかせながら、固く目を瞑った。

 

 

『いいんだ。もういい……母さん。何度でも言うさ、恨んでなどいない。マキナの代わりに言おう、ありがとう母さん』

 

「そぅ、かぁ……ズズゥ、わた、わたしを……ゆるして、くれるん、だねぇ……あ、あぁ、マキナ、アイン、ごめんなぁ……」

 

 

アインザームの冷たい肌に抱かれながら、フルーフは滲む視界で遠くの祭壇を見つめる。

涙を流し抱き合うデンケンとレクテューレを見つけ、また新たな涙が溢れ出てくるのがわかった。

 

 

二人の姿が、記憶に焼き付いたあの頃と重なる。

愛しい義娘と息子が抱きしめ合って笑顔を浮かべていた、あの光景が――

 

 

「う、うぅ゛……あ、あいし合う、ふたりは……あぁ、じゃないと……そう、だろう?」

 

『あぁ、そうだな。そして、お前があの二人を救い上げた』

 

 

アインザームは母親の背中をさすりながら、静かに言葉を紡いでいく。

 

 

『マキナは私に多くのものを残してくれた。お前はいつかのように、私がおかしいと断ずるかもしれないが……。私は確かにマキナと今も共にある。だからもう後ろめたく思わないでくれ。自分だけが悪いなどとは思わないでくれ。マキナはお前が大好きだった、その魔法を、フルーフという母親を誇りに思っていた。だから……もう後悔しなくていい、謝らなくていい。お前の空元気は見ていて痛々しいんだ』

 

「う、うぅ゛……ぐず……」

 

 

情緒が安定せず、ただ泣き続ける母親を、アインザームは抱きしめ続けた。

 

アインザームもまた、遠くで抱きしめ合う二人を静かに見守っていた。

彼もまた、かつての妻の面影を、この奇跡の中に見ていた。

 

 

夜明けが近い。

空の向こうが、薄っすらと白み始めていた。

 

 

それは、死の淵から生還した一人の女性と、彼女を愛し抜いた一人の男の、新しい人生の始まりを告げる光だった。

 

 

そして、長い間続いた人外の化け物と一人の人間の女性との物語にも、ようやく終点が訪れようとしていた。フルーフという母親にかけられた後悔の呪いが、一つ、また一つと解きほぐされていく。

 

 

 

潤んだ視界に、朝日の光が差し込む。

眩しくて、何も見えない。

 

だが、その中に何かが見えた気がした。

 

真っ白な光の中に、天使のように白い何かが確かに見えた気がしたのだ。

 

 

それは、どことなくあの子と似ているような気がした。

だから……柄にもなく、縋るような想いを抱いてしまう。

 

――あ、あぁ……マキナ。私の娘……。わたしを……私を……許してくれるかい? こんなどうしようもない奴が……君のような娘に許しを乞うてもいいのかな……。

 

聞き慣れた声が――帰ってきた。

 

 

"義母さん……"

 

「―――ッ」

 

"はい。私は義母さんが大好きですから、許します。恨んでなんていませんよ"

 

 

確かに、そう聞こえた。

母親として娘の声を聞き間違えるはずがない。

 

これを幻聴と切り捨てることなど、できるはずもなかった。

 

 

――そっ、かぁ……。私の娘。ごめ、ごめんねぇ……夫婦揃って心配ばかりかける母親で……。ありがとう……マキナぁ……私は……私は、ずっと……あなたを愛していますよ、忘れませんから……。

 

"私もです……大好きです、義母さん――!!"

 

――あぁ……そう。私は、ようやく……。

 

 

フルーフは息子であるアインザームの胸の中で目を閉じ、幸福そうな笑みを浮かべた。

強張っていた肩から力が抜け、長い長い緊張が、ようやく解けていく。

 

 

しばらくしても離れることはなく、やがて穏やかな寝息が聞こえてくる。

 

 

『フルーフ……。寝たのか――……』

 

 

アインザームは眠る母親を見下ろし、その頭をそっと撫でた。

幼子をあやすような、ぎこちなくも優しい手つきで。

 

 

『おやすみ。母さん』

 

 

 




実はこの話自体、アインザーム編とセットで作ってたんすよ。
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