Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】   作:ごすろじ

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▼第六話▶告白

 

 

 

▶デンケン視点

 

 

 

街から帰ってきてから、何かが決定的に変わった。

 

 

レクテューレが「好き」と言った、あの瞬間から。

俺の中で、ずっと蓋をしていた何かが動き始めてしまったのだ。

 

「友達として」と彼女は慌てて付け足していたが、あの潤んだ瞳と真っ赤な頬は、それ以上の感情を雄弁に物語っていた。

 

 

そして俺自身も、もう認めざるを得なかった。

レクテューレへ抱くこの感情が、ただの感謝や友情などという、生易しいものではないことを。

 

 

訓練中も、ふとした瞬間に彼女のことを考えてしまう。

昼食の時間が待ち遠しくて、時計ばかり気にしてしまうようになっていた。

 

夕食の時間、いつものようにレクテューレが扉をノックする。

 

その音を聞くだけで、心が和らぐのを自覚するようになった日から……俺は自らの手で、あの頑なに閉ざしていた扉を開けるようになった。

驚く彼女を部屋に招き入れ、それ以来、俺たちは同じ空間で食事をするようになった。

 

彼女と食卓を囲む時間が、今では一日の中で最も心が安らぐひとときになっていた。

 

 

「集中力が乱れていますね、デンケン様」

 

 

マハトの鋭い指摘で、はっと我に返る。

放った魔法は、標的から大きく逸れて背後の木を薙ぎ倒していた。

 

 

「……すまない」

 

「何か、悩み事でも?」

 

 

マハトの黒色の瞳が、俺の心の内を見透かすようにじっと見つめてくる。

 

 

「別に、何もない」

 

「そうですか。では、続けましょう」

 

 

だが、その日の訓練は散々だった。

心ここにあらずとは、まさにこのことだ。

 

 

夕方、訓練を終えて屋敷に戻ると、空は不穏な暗い雲に覆われ始めていた。

湿った風が雨の匂いを運んでくる。

 

 

「お帰りなさい、デンケン」

 

 

屋敷に帰ると、いつものように玄関ホールでレクテューレが待っていた。

 

 

「今日の訓練、あまり調子が良くなかったみたいね」

 

「……見ていたのか」

 

「窓から少しだけ」

 

 

心配そうに眉を寄せる彼女を見て、胸が痛んだ。

調子が悪い理由が、他ならぬ彼女のことを考えていたからだとは……口が裂けても言えない。

 

 

「大丈夫よ。誰にだって調子の悪い日はあるもの」

 

 

優しい言葉。

その気遣いが今は少しだけ重かった。

 

 

夕食後、いつものように俺の部屋で一緒に読書をしていた。

 

レクテューレは最近、俺が勧めた簡単な魔法理論の本を熱心に読んでいる。

俺が教えると約束したからだ。

 

 

「ねえ、デンケン。この部分がよく分からないのだけれど」

 

 

隣に座るレクテューレが、本を指差しながら身を寄せてくる。

 

近い。彼女の髪から甘い香りがして、心臓が大きく鳴った。

俺は思わず顔を背ける。

 

 

「どうしたの?」

 

「……いや。ええと、その部分はだな……」

 

 

なんとか平静を装って説明をしようとした時、窓の外で空が閃光し、少し遅れて雷鳴が轟いた。

そして、窓ガラスを叩きつけるように、激しい雨が降り始めた。

 

 

「すごい雨ね」

 

 

レクテューレが窓の外を見る。

稲妻が空を裂くたびに、彼女の横顔が白く照らし出される。

 

 

その時、彼女の体が小さく震えているのに気がついた。

いつも気丈な彼女の初めて見る弱さだった。

 

 

「雷、苦手なのか?」

 

「……少しだけ」

 

 

強がってはいるが、その声は微かに震え、顔は青ざめている。

再び雷鳴が轟くと、レクテューレはびくりと肩を震わせた。

 

俺は気づけば彼女の手を握っていた。

 

 

「大丈夫だ」

 

 

レクテューレが、驚いたように俺を見上げた。

 

 

「デンケン……」

 

「俺がいる。怖がることはない」

 

 

頭のどこかで冷静な自分が「まるで冒険譚の騎士気取りだな」と囁く。

 

我ながらキザで陳腐な台詞だと思った。

だが、想いは本物だった。

 

他の誰でもない……俺自身の手で、震える彼女の手を止めてやりたかった。

そのか細い手が、二度と不安に震えることのないように。

 

 

レクテューレの手が、おずおずと、しかし力強く俺の手を握り返してきた。

 

 

「……ありがとう」

 

 

小さな声。

でも、彼女の震えは少しだけ収まっていた。

 

 

激しい雨音だけが部屋に響く。

手を繋いだまま……俺たちは黙って座っていた。

 

 

なぜか、今なら言える気がした。

胸の奥で燻っていた、この想いを。

 

 

「レクテューレ」

 

「……?」

 

「俺は、お前のことが――」

 

 

言いかけた瞬間、ひときわ大きな雷鳴が夜空を引き裂いた。

びくりと震えたレクテューレが「ひゃっ」と小さな悲鳴を上げ、ほとんど無意識に、俺の腕に強くしがみついてきた。

 

 

華奢な体、伝わってくる微かな震え、そして驚くほど近くにある彼女の温もり。

その全てが、俺の思考を停止させた。

 

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 

はっと我に返った彼女が、顔を真っ赤にして慌てて離れようとする。

 

だが、俺の腕は動かなかった。

いや、動かさなかった。

 

この温もりを、この距離を、失いたくないと本能が叫んでいた。

俺は離れようとする彼女の腕を、逆に強く、しかし優しく掴んで引き留めた。

 

 

「レクテューレ」

 

 

もう一度、彼女の名前を呼ぶ。

今度こそ、ちゃんと伝えなければ。

 

 

「俺は、お前のことが好きだ」

 

 

時が止まったような沈黙。

レクテューレの大きな瞳が、信じられないというように見開かれる。

 

 

「友達として、じゃない。一人の女性として、特別に想っている」

 

 

 

 

 

▶レクテューレ視点

 

 

 

心臓が、雷鳴よりも大きく、耳元で鳴っているかのようだった。

 

 

デンケンが、私のことを。

特別な意味で、好きだと。

 

 

「……ほんとう?」

 

 

震える声で、やっとそれだけを問い返す。

これは夢じゃないの? 雷の音で、聞き間違えたわけじゃないの?

 

 

「ああ。最初は分からなかった。でも、レクテューレと一緒にいると胸が温かくなって、離れていると無性に会いたくなるんだ」

 

 

デンケンの頬も、少し赤い。

彼は一生懸命、言葉を探しながら紡いでくれている。

 

 

「街で、お前が『好き』って言ってくれた時、すごく嬉しかった。でも、友達としてだって言い直されて、少しだけ……がっかりした」

 

「それは、だって……」

 

「レクテューレはどうなんだ? 俺のことを…本当に友達や家族としてしか見ていないのか?」

 

 

雷を怖がる自分の弱さを見せてしまった。

 

彼の腕にしがみつくという、子供のような行動をしてしまった。

もう、気丈で優しい「年上のお姉さん」の仮面は、剥がれ落ちてしまった。

 

 

でも、それでいいのかもしれない。

 

 

隠し事が出来なくなった今だからこそ、本当の気持ちを伝えられる。

弱さを見せた今だからこそ、本当の強さで、彼の想いに応えなければ。

 

 

「違うわ」

 

 

私は……はっきりとそう言った。

震える唇を、強い意志で引き結んで。

 

 

「私も、デンケンのことが好き。可愛い弟だとか、大切な家族だとか、そんな言葉でごまかしたくない。一人の男性として、特別な意味で……あなたのことが、大好き」

 

 

その言葉を聞いたデンケンの顔が、ぱあっと、見たこともないくらい明るく輝いた。

まるで、私の心を覆っていた暗雲を、彼自身が光となって照らしてくれるかのように。

 

 

「本当か……?」

 

「ええ、本当。最初はただ、昔のように貴方に笑ってほしかっただけなの。でも、今は違う。はっきりと違う感情を抱いていると、断言できるわ」

 

「……ありがとう、レクテューレ」

 

 

デンケンが、そっと私を腕の中に引き寄せた。

優しくて、温かくて、少しだけぎこちない彼の抱擁。

 

 

「俺はまだ弱いし、誇れるものなど何一つ持っていない。歳もレクテューレより下で、頼りない男だろう。……それでも」

 

 

彼の声が、私の耳元で決意の固さに小さく震える。

 

 

「それでも?」

 

「君を守れるくらい、強くなる。必ず……強くなってみせる。約束する」

 

 

涙が、勝手に溢れてきた。

嬉しくて、愛しくて、胸がいっぱいだった。

 

 

――約束。

 

 

昔、彼がしてくれた、幼い約束を思い出す。

「レクチューレを守れるくらい強い魔法使いになるんだ」。

 

あの頃の彼は、ただ無邪気に夢を語っていた。

 

 

でも、今の彼の言葉は違う。

それは私の人生の全てを受け止め、共に歩むという、何よりも重く、そして尊い、本物の誓いだった。

 

 

「もう、十分強いよ」

 

「いや、まだだ。マハトより強くなって、どんな魔族からも、どんな悲劇からも、必ず君を守り抜く」

 

 

真剣な顔で誓うデンケン。

その決意の強さに、胸が熱くなった。

 

 

雨はいつの間にか優しい音に変わっていた。

嵐が過ぎ去り、私たちの世界に、新しい夜明けが来たことを告げるかのように。

 

 

 

 

 

▶マハト視点

 

 

 

廊下を歩いていると、デンケンの部屋から話し声が聞こえてきた。

どうやら、二人は重要な話をしているようだ。

 

 

立ち聞きをする趣味はないが、観察対象の重要な変化を見逃すわけにはいかない。

ほぉ……どうやら、デンケンがレクテューレへの想いを告白し、レクテューレもそれに応えたようだ。

 

 

恋愛感情か……魔族が持ち得ない、人類が持つ感情。

人間を知る上で避けては通れない要素だ。中々に興味深い。

 

 

理論的には理解できる。

種の保存と繁栄のための、極めて合理的な本能。

だが、それだけでは説明できない何かが、そこにはある。

 

 

互いを思いやり、守りたいと願い、そのために自らを変えようとする力。

それは一体どこから生まれるのか……。

 

 

「マハト」

 

 

背後からの声に振り返ると、グリュックが立っていた。

彼は、この結末を予期していたのかもしれない。

 

 

「聞こえましたか」

 

「ああ。ついに、か」

 

 

グリュックは父親特有の苦々しさと安堵が入り混じったような顔で笑っている。

 

 

「まだ、ただの子供だと思っていたんだがな……。近頃の若者は早熟しているな」

 

「人間は成長が早いものです。特に、恋を知った人間は」

 

「ふぅ……相変わらずそれらしい言葉を吐くのが上手いな、マハト。その調子だ、意味などわからずとも言葉にすること、それ自体にも意味はある」

 

 

グリュックは懐から葉巻を一本取り出し火をつける、長い一呼吸を終え、煙を吐く。

少し寂しそうな顔で、しかし満足げに頷いた。

 

 

「デンケンは良い子だ。レクテューレを、きっと大切にしてくれるだろう」

 

「そうですね。彼はお嬢様を守るために強くなりたいと、そう誓っていました」

 

「ほう」

 

「私よりも、強くなると」

 

 

それを聞いて、グリュックが声を上げて笑った。

 

 

「それは頼もしいな。マハト、君を超えるのは並大抵のことではないだろう」

 

「ですが不可能ではありません。彼には才能がある。そして今、憎悪よりも遥かに強力で、純粋な目的ができたのですから」

 

 

守りたい者のために強くなる。

人間の感情が生み出す力。

それは時に、あらゆる理論や法則を超えた結果を生み出す。

 

 

死に体でありながら子を庇ってみせた親、魔力は既に底を尽きていながら弟子を逃がすために魔法を放った老人。

俺は経験則でその可能性を知っていた。

 

 

「そうか……だが、マハト。あの子たちに君が望む答えは用意出来ない。意味はわかるな?」

 

「えぇ、無論。心得ています」

 

 

手を出すなという忠告か。

 

デンケンとレクチューレ、二人の人間の行く末に興味が無いわけではない。

だが、グリュック以上の価値はみいだせない。

大人しくグリュックの言葉に従うのが最善だな。

 

 

だが……デンケンという魔法使いが、これからどのような変化を遂げるのか。

レクチューレという何の力もない一人の人間が、彼にどのような影響を与えるのか。

 

それをただ観察する程度は許されるだろう。

 

 

 

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