Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】   作:ごすろじ

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▼第七話▶手のひらの光

 

 

 

▶レクテューレ視点

 

 

 

あの雨の夜から、私たちの関係は名前を変えた。

 

 

劇的に何かが変わったわけではない。

 

相変わらず一緒に食事をして、一緒に読書をして、デンケンは毎日厳しい訓練を続けている。

屋敷に流れる時間は以前と同じように穏やかだ。

 

 

でも、たくさんの小さなことが、どうしようもなく愛おしい形に変わっていった。

 

 

朝の挨拶の時に、デンケンが私の目を見て優しく微笑んでくれるようになった。

 

訓練の合間に、ふとこちらに視線を送り、目が合うと少し照れたように顔を逸らすようになった。

夕食後の読書の時間は、どちらからともなく肩が触れ合うくらい、近くに座るようになった。

 

 

そして時々、廊下ですれ違う瞬間に、誰も見ていないのを確かめてから、そっと手を繋ぐ。

その温かい感触が、私の心を幸福で満たしていく。

 

 

「今日は、防御魔法の応用を学んだんだ」

 

 

夕食の席で、デンケンが少し得意げに訓練の報告をしてくれる。

これも、最近始まった二人の大切な日課だ。

 

 

「マハトの攻撃を、三回連続で完全に防げた」

 

「すごいわ。どんどん強くなっていくのね」

 

「まだまだだ。あいつは本気を出していない」

 

 

謙遜しているけれど、その横顔は確かな自信に満ちている。

 

再会した頃の、光を失っていたデンケンとはまるで別人のようだ。

その成長が、私のことのように誇らしい。

 

 

「そういえば、レクテューレ」

 

「なあに?」

 

「明日、約束通り簡単な魔法を教える。まずは、光の球を作る魔法からだ」

 

「本当? 楽しみだわ」

 

 

デンケンが魔法を教えてくれる。

 

彼が愛する魔法の世界をほんの少しだけ共有できる。

その経験は、私にとっては何よりの宝物になるはずだ。

 

 

「無理はするなよ。魔法は魔力を精密に操る。慣れないうちは、ひどく消耗するからな」

 

「はい、先生」

 

「だから、その先生というのはやめてくれ」

 

 

心底困った顔をするデンケンが可愛くて、ついからかってしまう。

 

食事を終えて、いつものようにデンケンの部屋で読書の時間。

今日は彼が新しく手に入れた高位の魔法理論書を二人で覗き込んでいる。

 

 

「この部分、面白いな」

 

「どこ?」

 

 

身を乗り出して本を覗き込む。

 

自然と体が触れ合う距離。

彼の体温を感じて、胸がドキドキと高鳴る。

 

 

「魔力運用の応用論文について書いてある。体外の魔素を取り込み、自身の魔力へと変換する際の……」

 

 

真剣な眼差しで、難解な理論を分かりやすく説明してくれるデンケン。

魔法の話をしている時の彼は、本当に生き生きとしていて、輝いて見える。

 

 

「デンケンは、本当に魔法が好きなのね」

 

「ああ。知っているだろうが、昔から魔法使いに憧れていたんだ」

 

 

その言葉に、デンケンの表情がほんの少しだけ曇った。

 

でも、彼はもう俯かない。

私から視線を逸らさずに、微笑んでみせた。

 

 

「両親が生きていた頃だ。魔王を倒す冒険譚を擦り切れるほど読んでいた。物語に登場するエルフの魔法使いのように、いつか自分も……そんな風に考えていた」

 

 

彼の口から過去の話を聞く時、もう以前のような鋭い痛みは感じられない。

それでも、拭いきれない寂しさが滲んでいるのが分かる。

 

 

「きっと、お父様もお母様も、今のデンケンを見たら誇りに思うわ」

 

「……そうだといいがな」

 

「そうよ。だって、こんなに立派で、優しい魔法使いになっているもの」

 

 

デンケンが、そっと私の手を握ってきた。

 

 

「レクテューレが、そばにいてくれたからだ」

 

「私は何もしていないわ」

 

「いや、してくれた。だから……今度は俺が君に返す番だ」

 

 

握られた手が温かい。

この温もりをこの先もずっと……感じていたい。

 

 

 

 

 

▶デンケン視点

 

 

 

翌朝、俺はいつもより早く目が覚めた。

 

 

今日は、レクテューレに魔法を教える日だ。

 

簡単な光の民間魔法だが、彼女にとっては初めて本格的に自分の力で起こす奇跡。

失敗はさせたくはない。

 

 

朝食を急いで済ませ、訓練場の一角を念入りに準備した。

レクテューレが怪我をしないよう、小石一つ残さず周囲を片付ける。

 

 

「おはよう、デンケン」

 

 

振り返ると、レクテューレが立っていた。

動きやすいようにと、簡素なワンピースに着替えている。

 

 

「早いな」

 

「楽しみで、早く目が覚めてしまったの」

 

 

子供のような無邪気な笑顔。

その笑顔を見るだけで、俺の心は満たされていく。

 

 

「まず、自分の内にある魔力を感じるところから始めよう」

 

「はい」

 

 

真剣な顔で、こくりと頷くレクテューレ。

 

 

「目を閉じて。体の中を流れる、血液とは違う温かい力の流れを感じるんだ」

 

 

かつてマハトに教えられた時、俺が感じていたのは憎悪の熱だった。

 

だが、俺は彼女に違うイメージを伝える。

「暖炉の火のような、穏やかで温かい光を想像して」と。

 

 

教える立場になって初めて、俺は自分が魔法をどう捉え直しているかに気づかされた。

 

 

レクテューレが言われた通りに目を閉じる。

 

長いまつげが、白い頬に柔らかな影を落とす。

その集中した横顔が、神聖なほどに美しい。

 

 

「感じるか?」

 

「……うん。何か、温かいものが、ゆっくりと流れている気がする」

 

「それが魔力だ。その流れを意識して、手のひらに集めてみてくれ。そしてイメージを強く持つんだ」

 

 

レクテューレが眉間にしわを寄せて集中する。

その真剣な表情も、ひどく愛おしい。

 

 

「できたら、ゆっくりと目を開けて」

 

 

レクテューレがおずおずと目を開ける。

彼女の白い手のひらの上に、小さな、本当に小さな光の粒が、蛍のように儚く浮かんでいた。

 

 

「できた! デンケン、見て、できたわ!」

 

「すごいじゃないか」

 

 

心から褒める。

確かに微かな光だが、初めてにしては上出来すぎるほどだ。

 

 

「もっと大きくできるかしら?」

 

「やってみるといい。だが、焦るな」

 

 

レクテューレが再び集中する。

 

光が少しずつ、だが着実に大きくなっていく。

彼女は才能がないと言っていたが、そんなことはない。

 

ただ、一歩踏み出す切っ掛けさえ与えれば彼女は何にだってなれる。

 

 

しかし、その光が急に不安定に揺らぎ始めた。

 

 

「レクテューレ、力を抜け」

 

「で、でも……!」

 

「大丈夫だ。俺がいる」

 

 

俺は慌てて彼女の手に自分の手を添える。

俺の魔力を通わせて、彼女の暴走しかけた魔力を優しく宥めるように安定させる。

 

 

「ごめんなさい……」

 

「謝ることはない。初めてにしては本当によくやった。大したものだ」

 

「本当?」

 

「ああ。俺なんか、独学の頃は光の粒一つ出すのにかなりの時間がかかった」

 

「じゃあ、私、才能あるのかも?」

 

 

得意げな顔をするレクテューレ。

 

その表情が眩しい。

彼女は何事においても必死に努力して、怠けようとはしない。

 

その健気さが……俺にとっては、たまらなく愛おしかった。

 

 

「ああ、きっとあるさ」

 

 

その後も休憩を挟みながら練習を続けた。

レクテューレは驚くほど飲み込みが早く、昼頃には安定して光の球を手のひらに浮かべられるようになっていた。

 

 

「疲れただろう。今日はここまでにしよう」

 

「もう少しだけやりたいわ」

 

「駄目だ。魔力の使いすぎは体に毒だ」

 

 

心配そうに見つめると、レクテューレは少し不満そうにしながらも素直に頷いた。

 

 

「……分かったわ。先生の言うことを聞きます」

 

「だから、先生というのは……」

 

 

言いかけて、諦めた。

彼女は楽しそうに笑っているのだから、もうどうでもよくなった。

 

 

暫く時間が立ち、木陰で休憩しているとマハトがやってきた。

 

 

「お楽しみのところ、申し訳ありません」

 

「どうした?」

 

「午後の訓練の時間です、デンケン様」

 

 

もうそんな時間か。

レクテューレと一緒にいると、本当に時間が経つのが早い。

 

 

「行ってらっしゃい、デンケン」

 

 

レクテューレが手を振る。

 

 

「夕食の時に、今日の訓練の話、聞かせてね」

 

「ああ、分かった」

 

 

立ち去ろうとして、ふと振り返る。

 

レクテューレが、まだこちらを名残惜しそうに見ていた。

日々の小さなやり取りが、俺の中で確かな愛情となって積み重なっていく。

 

そして、それはもう、抑えきれないほどに大きくなっていた。

 

 

「レクテューレ」

 

「なあに?」

 

「……愛してる」

 

 

自分でも驚くほど、自然にその言葉が口から出ていた。

 

突然の告白に、レクテューレの顔が一瞬で真っ赤に染まる。

 

 

「な、なに、急に……」

 

「言いたくなっただけだ」

 

 

それが、正直な気持ちだった。

彼女といると、愛しさが胸から溢れてくるのを止められない。

 

 

「……私も、愛してる」

 

 

小さな、でもはっきりとした声が聞こえた。

 

 

背後でマハトがわざとらしく咳払いをするのが聞こえた。

俺は慌てて訓練場へと向かったが、胸の高鳴りは、しばらく収まりそうになかった。

 

 

 

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