Memento Vivereー生きる意味を忘れるなー【完結】   作:ごすろじ

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▼第八話▶相応しい男になるために

 

 

 

▶デンケン視点

 

 

 

レクテューレと想いを通わせてから、季節は二度巡った。

 

 

毎日が、満ち足りていた。

 

朝、笑顔の彼女と挨拶を交わし。

夜、彼女の「おやすみ」という声を聞いた後、眠りにつく。

 

そんな穏やかな日々が、俺の心を温かく満たしていく。

 

 

マハトとの訓練も順調そのもので、最近では「私の知る魔法使いと比較しても、遜色ないレベルに達しつつあります」と評価されるまでになっていた。

 

 

だが、幸せであればあるほど、胸の奥に小さな棘が刺さるのを感じていた。

このままでは、いけないのだと。

 

 

現状の俺は、グリュック様に庇護されている居候に過ぎない。

一方、レクテューレはこのヴァイゼを治める領主の、たった一人の愛娘だ。

 

身分が違いすぎる。

 

彼女を本当に俺のものにするには。

彼女の隣に立つにふさわしい男になるには……このままでは駄目だ。

 

 

「……本日は何時にも増して、集中力が乱れていますね、デンケン様」

 

「……すまない」

 

「何か、お悩み事でも? レクテューレ様のことですか」

 

 

図星を突かれ言葉に詰まる。

この魔族はいつも俺の心の内を見透かしてくる。

 

 

「……マハト、聞きたいことがある」

 

「何でございましょう」

 

「……その、結婚というものについて、だ」

 

 

マハトの表情は変わらない。

だが、その瞳の奥に、好奇心の光がわずかに宿ったのが分かった。

 

 

「ほう。やはり、レクテューレ様のことでしたか」

 

「……ああ。貴族の結婚には様々な条件が絡むと聞く。特に、家柄や身分の差は、重要な障壁になるのだろう?」

 

「その通りです。特に貴族階級においては、血筋や財産、社会的地位が個人の感情よりも優先されることが多々あります」

 

 

やはりか。

 

 

「俺には……何もない。血筋も、財産も。レクテューレにふさわしい男になるには、どうすればいい」

 

 

マハトは少し考えるような素振りを見せた後、淡々と、しかし的確に答えた。

 

 

「グリュック様と周囲が認めざるを得ないほどの、客観的な実績を作ることでしょね。例えば、ヴァイゼの魔法使いとして確固たる地位を築き、功績を上げる、などでしょうか」

 

 

軍属か。

確かに……それならば実力次第で身分も、安定した給金も得られる。

 

 

「俺に、できるだろうか……」

 

「デンケン様の実力と才覚があれば、十分可能でしょう。ただし」

 

 

マハトの言葉が、そこで一度途切れた。

 

 

「ただし?」

 

「軍務は常に危険を伴います。最悪の場合、レクテューレ様を深く悲しませる結果になる可能性も、考慮せねばなりません」

 

 

その言葉が、重い鉛のように胸に沈んだ。

 

だが、このまま彼女の優しさに甘え続けるわけにはいかない。

前に進むためには、リスクを冒すしかないのだ。

 

 

その夜、俺は一人書斎で夜が更けるまで考え抜き、固く決意を固めた。

 

 

 

 

 

▶レクテューレ視点

 

 

 

最近、デンケンの様子が少しおかしい。

 

訓練への集中力は以前にも増して凄まじく、夜遅くまで書斎に籠って魔法に関する本を読み耽っている。

それはいつものことだけれど、時々、ふとした瞬間に、何か遠くを見つめるような、思いつめた顔をするようになった。

 

 

「デンケン、大丈夫?」

 

 

夕食後の読書の時間、心配になって声をかける。

 

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 

そう言って微笑むけれど、その笑顔の裏に、何か隠しているのが分かってしまう。

 

 

「何か悩み事があるなら、私に話してくれないかしら?」

 

「……レクテューレ」

 

 

デンケンが読んでいた本を閉じ、真剣な顔で私を見つめた。

 

 

「俺のこと、本当に好きか?」

 

 

あまりにも唐突な質問に、心臓がどきりとする。

 

 

「もちろんよ。愛してるわ」

 

「どんな俺でも?」

 

「どんな、って……?」

 

 

デンケンが、一度大きく深呼吸をした。

 

 

「もし俺が……しばらくの間、この屋敷から遠くへ行くことになっても、気持ちは変わらないか?」

 

 

心臓が、冷たい手でぎゅっと鷲掴みにされたような気がした。

 

 

「遠くって、どこへ行くの?」

 

「……軍に入ろうと思う」

 

 

一瞬、息が止まった。

軍――それは、魔物や、時には魔族とも戦う、命の危険がすぐそばにある場所。

 

 

「どうして、急に……」

 

「レクテューレに、ふさわしい男になりたいんだ。今の俺はグリュック様に養ってもらっているだけの、ただの居候だ。このままでは、堂々と君との結婚の許しを請うことすらできない」

 

 

――結婚。

 

 

その言葉に胸が震えた。

デンケンは私との将来を、こんなにも真剣に考えてくれていた。

 

 

でも――

 

 

「私は、今のままのデンケンで十分よ」

 

「レクテューレ……」

 

「身分なんて関係ないわ。私はデンケンが好きなの。他の誰でもない、デンケンという人が」

 

「だが、世間はそうは見ない。グリュック様も決して認めてくださらないだろう」

 

 

デンケンの言葉は、悲しいけれど正しい。

 

お父様は優しいけれど、領主としての立場がある。

この城塞都市で領主として君臨し続けるには、弱みの一つで致命打になりかねない。

 

マハトのおかげで平定に近づいているとは言え、根深く腐敗した政治闘争は常にお父様の命を脅かし続けていた。

 

 

「それに」

 

 

デンケンが私の手を取った。

その手は彼の覚悟を物語るように、少しだけ冷たかった。

 

 

「レクテューレを守れる力が……立場が欲しい。胸を張って君の側にいられるだけの何かを、俺は自分自身の力で手に入れたい」

 

 

その真剣な眼差しに、私はもう何も言えなかった。

 

 

デンケンは私のために強くなろうとしている。

私の未来のために、危険な道を選ぼうとしている。

 

 

嬉しい。

 

誇らしい。

 

 

でも……それと同じくらい、悲しくて怖い。

 

 

「……いつ、行くの?」

 

「来月、入隊試験がある。それを受けようと思う」

 

 

来月。

あと、たった数週間しかない。

 

 

「……寂しくなるわね」

 

「手紙は必ず書く。休暇が取れたら必ず会いに来る」

 

「約束よ?」

 

「ああ、約束だ」

 

 

デンケンが私を強く、でも壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。

 

 

この温もりを、しばらく感じられなくなる。

その事実が鋭い痛みとなって胸を締め付けた。

 

 

でも、彼の決意を止めることはできない。

止めたくない。

 

 

これが彼が私に示す、愛の形なのだから。

私はそれを信じて待つしかないのだ。

 

 

 

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