死を視る少年と大魔女様 作:カラス
目が覚めた。
そう認識するのに、少し時間がかかった。
なんとか意識できた頃には、自身が横たわっていることに気づく。
窓際のカーテンがゆらゆらと揺れて、光が漏れ出している。
まるで、自身にスポットライトが当たっているみたいだと、おかしな感想が出てきた。
「─────!───────!」
唐突に、声が聞こえてきた。
確かに大きな声だったけど、不思議なことに不快な感じはしなかったのをよく覚えている。
今思えば、それは当然のことだったのだろうけど。
急いでドタドタと走り去っていく声の主とおもしき人影が見えなくなったと認識したと同時に、周りが騒がしくなった。
話し声が急に聞こえてきて、慌ただしく動く人が増えた。
そしてしばらく経ってから、白い人がここにきた。
「初めまして、
今度ははっきりと声が聞こえた。
ボーッとしていた頭を必死になって回し、その人の顔を見ようとする。
優しそうな笑顔を貼り付けた人だった。
たくさん何度も繰り返した行動なのだろう。
そうでなければ、こんな安心させるためだけの笑顔なんてとてもすぐに出すことは出来ない。
「────は、い」
まるで久しぶりに声を出したみたいに、掠れたものが口から出てきたことに、自身でも驚いた。
でも、目の前の人は気にしなかったらしい。
「そうか、よかった。実はね、君は事故で大怪我を負っていたんだよ」
そう言われた時、少し頭痛がした。
何かの衝撃で蓋をしてしまった、その中身を取り出すために、こじ開けようとしているのだろうか。
少し経って出てきたものは、何か大きなものが自身に向かってきた記憶らしきものだけ。
しかし、先ほどの頭痛で反射的に頭を押さえてしまったからか、白い人は隣の人に何かお話してからこちらに言ってきた。
「すまない、少し唐突過ぎたかもしれないね。今はゆっくり休むといい」
そう優しく言って、立ち去ろうとするその人に自分は声を掛けた。
どうしても、気になることがあったから。
「あの、すみません……」
「うん?どうしたんだい?」
幸いなことに立ち止まってくれたその人に、疑問をぶつけてみることにした。
「───なんで、壁や天井、人に線が入っているんですか?」
そう言った途端、白い人と周りの人の顔が変わった。
笑顔を消し、深刻そうに相談をしている。
何か不快にさせることを言ってしまっただろうかと不安になるが、それでも気になってしかたなかったのだ。
しかし、同時にこの光景に良いしれぬ既視感もあった。
ここではないどこかで、この光景を見たことがあるような。
「やはり脳機能に障害が残っているかもしれないな」
「しかし検査では……」
「もう一度調べてみてくれ、頼む」
「わかりました」
考え事をしているうちに、話し合いは終わったらしい。
こちらに振り返ったその人は、また笑顔を貼り付けていた。
「式くん、君は多分疲れているんだ。だから、少し休むといい」
そう言ってきた白い人───医者の先生は、それだけ言って去っていった。
残されたのは、歪な線の世界の中にいる自分だけだった。
「どうやってベットを壊したんだね、式くん」
そう言われて、初めて自分が犯したことの重大さに気付いた。
したことは簡単だ。
線をなぞった、ただそれだけ。
でも、もはやそれは取り返しのつかないものだった。
気軽にしたことは、終わりへと誘うものだった。
気になったからそうしただけ、だけれどもそれはまさに、ものを⬛︎してしまった。
気持ちが悪かった。
気味が悪かった。
こんなことができる自分に、嫌悪が渦巻き続ける。
医者の先生が何か言っているけれど、そんなことは耳に入らなかった。
自分がしたことを認識した時、己が形容し難い何かになってしまったことがわかった。
──────
また、目を覚ました。
いや二度も目を覚ましたわけではないだろう。
先ほどのものは、記憶だ。
懐かしい日々を、思い返したに過ぎない。
最も、いい記憶とは言えないが。
「………昼寝で嫌なもの見た」
せっかくの目覚めが最悪なものになったと呟きながら、さっさと体を起こす。
自身の姉が見れば、居眠りは正しくないと怒りそうなものだが。
まあ、今はそれはいい。
「……やっぱり見えるよな」
そう言って映るのは、あの歪な線。
既視感が拭えない、あの光景。
そこで
あの事故以来、見えるようになってしまった歪な綻びを、今日は見ている。
ここ一年、見ることはほとんどなかったのに。
「あんな夢を、見たからかな」
そう呟くと、目を閉じていつも通り支度を再開する。
次の授業まで少し時間があるため、さっさと教科書を出してしまおう。
「あら、ようやくお目覚めですか?」
準備の途中で、鈴の鳴るような美しい声が聞こえて来なければだが。
思いっきり嫌そうな、と言うより面倒そうな顔をして振り向く。
「どうも、月代さん。まあ今起きたとこなのは間違い無いです」
月代ユキ。
自分の姉とその友人の親友とも呼べる存在であり、自身も懇意にさせてもらっている人だ。
掴みどころがない人物であり、いつもふわふわと浮いているような感覚さえ覚える。
その感覚とは別にして、あまり関わりたくはないと思ってしまうが。
「そうですか、やはりあなたは少し変ですね」
「居眠りくらい誰でもしますよ、それに貴女に言われたくないですけどね」
「失礼ですね、私のどこが変だと言うのですか」
「そう言うところですね」
そう、この人は変人だ。
この儚そうな雰囲気とは別に天然も大いに入っているし、それに加えてこの人は。
「───
これだ。
自分が
初めて会った時から、そう言われたことでこの人が苦手になってしまった。
悪い人ではないのは、わかるが。
「私は見てみたいですけれどね、貴方の目を」
「悪いですけど無理です」
そうやって冗談を言うから、自分はこの人が苦手だ。
人が嫌だと言っているのがわからないのだろうか。
いや、わかっていてやっているのだろうか。
そうやっていると、チャイムが鳴り響く。
次の授業に合図だろう。
「授業ですよ、席に戻った方がいいんじゃないですか?」
月代さんの顔を見て、そう皮肉げに笑って言う。
しかし、やはりそれは少しの反抗にもならないようだ。
「そうですね、あなたを揶揄うのはここまでにしましょうか」
そう言って、微笑みながら席に戻っていく。
相変わらずな人だと思った。
ふと、気がつく。
周りの視線に。
自分にではなく、彼女に向けられた嘲りの視線に。
その光景に、目を逸らして窓の外を見た。
憎たらしいほどの、青い空だった。
「くっだらない」
万感の思いを込めて、そう呟いた。
どうですかね、恐らくは駄文になってしまっているでしょうが、面白いと思っていただけたら幸いです。
続くかは分かりません。