機動戦士ガンダム BB戦士 SD戦国伝 ノベライズ 〜コミックワールド武者から大将軍へ!〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
闇皇帝という絶望が消滅し、天宮(アメノミヤ)の国に真の静寂が訪れた頃。
瓦礫の山となった戦場には、ようやく死の臭いを追い払うように柔らかな風が吹き始めていた。
遠くからは、華々しく凱旋する二代目大将軍と七人衆を称える民の歓声が聞こえてくる。だが、その熱狂の列から離れ、一人、激戦の痕跡が無惨に残る大地を見つめる武者がいた。
「……終わったか。兄上」
その男は、今や天宮の頂点に立つ大将軍と瓜二つの顔を持ちながら、その身に纏うのは飾り気のない、しかし実戦の傷跡が刻まれた黒き装束。
武者農丸頑駄無(ムシャノーマルガンダム)。
彼は七人衆の中でも、もっとも異質で、もっとも不可欠な存在であった。ある時は正体不明の「隠密頑駄無」として闇軍団の深部へ潜入し、ある時は獅子の面を被って兄の影となり、絶体絶命の窮地を幾度も救ってきた。彼という「影」がいなければ、七人衆が揃う前にこの国は闇に呑み込まれていただろう。
農丸の傍らには、黄金の獅子へと姿を変える守護獣『スピリット』が寄り添い、主人の心情を察するように低く唸り声を上げている。
「スピリットよ。我らの役目は、光を称えることではない。光が当たらない場所に、二度と闇を芽生えさせぬことだ。……たとえ、この戦果が誰の記憶に残らずともな」
農丸は、自らの象徴である『日輪の兜』の飾りにそっと手を触れた。
かつて父、将頑駄無から「お前は兄の影になれ」と命じられたあの日。農丸は迷うことなく、その宿命を受け入れた。派手な戦功も、民の喝采も、歴史に名を残す名誉もいらない。ただ、兄が歩む正義の道から石ころを取り除く。泥にまみれ、血に汚れ、誰にも知られずに敵を討つ。それが農丸の選んだ、彼だけの「武士道」であった。
「農丸! やはりここにいたか、探したぞ!」
背後から響いたのは、威厳に満ちながらも、弟を想う慈愛に溢れた声。ボロボロになった鳳凰の翼を休め、大将軍その人が歩み寄ってきた。
「兄上……。いえ、大将軍。私のような日陰者を、わざわざ直々にお探しになるとは」
「何を言う。お前が影で支えてくれなければ、私は鳳凰の力を得る前に闇の毒牙に掛かっていただろう。お前がいたからこそ、私は前だけを見て剣を振るえたのだ」
大将軍は、農丸の肩を強く掴んだ。その手には、共に地獄を生き抜いた兄弟の絆が宿っていた。
「農丸、お前も立派な七人衆の一人だ。いや、私にとってはそれ以上の存在だ。さあ、共に参ろう。民もお前を待っている」
農丸は一瞬、戸惑うように目を逸らし、それから少しだけ困ったように微笑んで首を振った。
「私は、やはり影が似合います。大将軍が太陽ならば、私はその足元にある影。……ですが、そうですね。たまには、皆と毒にも薬にもならぬ話をしながら、酒を飲むのも悪くないかもしれません」
農丸は愛用の『獅子の面』を再び被った。
その瞬間、彼の発していた強烈な気配は霧が晴れるように消え、周囲の風景へと完全に溶け込んでいく。
平和な時代が来ても、彼の戦いが終わることはない。若き武者たちの誰よりも早く闇の兆しを見つけ出し、誰よりも早くそれを断つ。日の当たらない場所で天宮を守り続けることこそが、彼にしかできない平和への道標なのだ。
「さらばです、兄上。……良き、世を」
農丸が大地を蹴り、スピリットと共に走り出す。その速さはもはや風と同化し、誰の目にも止まらない。
だが、これから先、天宮に平和の風が吹くたび、民はふと感じるだろう。どこかで見守ってくれている、優しくも鋭い「影」の守護者の存在を。
東の空から、まばゆい朝日が昇り始める。
大将軍の放つ光が大地を黄金に照らし、農丸の影がその光を力強く支える。
光と影が一つに溶け合い、天宮の国に、誰も見たことのない新しい時代のページが刻まれていく。
これこそが、武者七人衆。
天を駆け、地を這い、ただ平和のために命を燃やし尽くした漢たちの、真実にして最期の記録である。