ヴァルキューレの狼 作:アホの子ヴァルコ
登場するだけでもキャラの掘り下げが深まるので楽しみです。プロットが崩壊しても泣かない!
内容は……ツチノコ? トンチキイベントかなぁ。(遠い目)
目を覚ますと頭痛を感じる。意識もはっきりとしない。……またこれだ。
ひき逃げ事件からしばらく経つけど、目覚めがずっと安定しない。むしろ悪化する一方。
窓の外は……薄暗い。空が分厚い雲に覆われて太陽が隠れているからだ。
天候が崩れることは予報を調べてわかっていたけど、できれば晴れてほしかった。だって今日は約束がある。
先生に頼まれてシャーレに顔を出しに行く。私に用事があるんだって。
それはいいんだけど……空模様がこの様子では車かなぁ。せめて晴れてくれれば自転車で気分転換できたのに。うまく言えないけど、気分が沈んだままでテンションが上がらない。
ベッドから体を起こすのも一苦労。だるくて仕方がない。手洗器までのそのそ歩いて顔を洗う。冷たい水で少しスッキリしたけど、万全には程遠い。
現在時刻は総員起こしの十五分前。柔軟体操……今日はパス。看守の巡回までベッドに座って休んでいよう。
さすがに体調面が不安になってきた。相談するならフブキだけど……今は泊まり込みの支所当番に出ていて戻ってくるのは明後日だ。そしてカンナの邪魔はしたくない。となると、後はコノカ先輩か医務室の医療スタッフだけど……やめておく。
前者は絶対カンナに報告するだろうし、後者も割とお節介焼きだからカンナの耳に入りそう。
医療スタッフは委託サービスでやって来た保健師と看護師のことで、どちらも成人した獣人女性だ。その下に現場救護を得意とする生徒がお手伝いに入り、医務室を回している。
火傷で療養した日も留置施設に経過を尋ねてたんだよね。……うん、やっぱりやめとこ。
他に思いつかないしフブキにお願いしよう。支所当番から帰ってくるまではなんとか我慢する。
≪ おはようございます。ヴァルキューレ警察学校が、朝の七時をお知らせいたします ≫
ん、もう巡回の時間だ。扉の前で待機して看守を待とう。
看守に脱獄することを伝え、食事と準備を済ませたら地下駐車場へ。
今日は社会貢献作業をするつもりはない。先生の用事が済んだら寄り道もしないでヴァルキューレに帰ろう。終日、雨の予報だから部屋で大人しく自習する予定だ。
小型PCを借りて出発確認中に寒気を感じて震えた。最近は春らしい快適な毎日だったのに、今日に限って寒い。ジャケットを着て来るべきだったかも。
……まあ車だしいいや。小型PCに乗り込んでエンジンを始動。エアコンのスイッチを入れた。旧車だけど暖機運転が終わればちゃんと暖かい風が出てくる。ん、これで問題なし。出発しようか。
D.U.の街中を流れに乗って走る。小型PCは快調だ。
いつもなら異常を見逃さないように気を張っているけど、今日はそうじゃない。不調もあるしのんびり走ろう。それにシャーレでは真面目なお話になると思うからリラックスしておきたい。
先生の用事だけど私に会わせたい生徒が居るって言ってた。
それはアビドス高校の生徒で、私と同じように砂漠で目覚めて……記憶を失った子。しかもアビドスに拾われたのが一年と少し前の話。私が私として目覚めた頃と時期が一致している。
名前は黒見セリカ。先生からモモトークで名前を知ってるか尋ねられたけど、私は全く心当たりがない。ただ、向こうはそうじゃなかった。
先生がセリカの身の上話を聞いて「シロコに似ている」と口にした瞬間、その子が反応したらしい。それと火災現場のニュース動画。私の姿を見て会ってみたいとセリカが言い出したんだって。
もしかしたら、私の過去にもなにか繋がるかもしれない。自分自身について知るチャンスだ。
カンナに許可はもらってる。最初はシャーレで先生と会うと聞いて嫌そうな顔をしてたけど、事情を聞いてすぐに承諾してくれた。
同行したがってたけど……都合がつかなくて今回は私一人。でもカンナは公安局長。立場があるから簡単に局を開けることはできない。帰ったらちゃんと報告するから、待っててね。
……シャーレが見えてきた。もうすぐセリカと対面する。どんな子だろう。
シャーレビルに到着。小型PCを駐車場に停めたら不在の札を運転席にかけておく。
これはお話が長引くかもしれないから念のためだ。ヴァルキューレのPCを見て助けを求める人が来たとき、その場で待たせたら悪いしね。札を見て通報するか交番に行くだろう。
ビルに入ったらエンジェル24へ。ソラに挨拶をしてラムネ菓子を購入。その場ですぐに食べる。頭が回らないままだと困るからエネルギーを補給しておこう。
先生は今朝、買い物に来たから間違いなく上に居るみたい。それと生徒の姿を二人、少し前に見たと言う。……セリカだけじゃないのかな?
ソラとお別れしてエントランスの受付機へ。入館許可をもらいガラス扉が開いた。進んだ先の壁にある案内板を見ながらエレベーターを利用し、目的のフロアにやって来た。
シャーレっていろいろな部屋があるんだね。勉強室とか休憩室、居住区だけでも広いのにバスケットコートやテニスコートもある。学校みたいだ。
案内通りに廊下を奥まで進むとオフィスを発見。ここに先生が居る。
扉をノックして返事を確認。失礼します。
先生のオフィスは天井が高く開放感のある一室だ。部屋の中央に横長のデスクが向かい合って設置され、壁の一面はガラス窓。壁際に書類棚や事務用品が並ぶメタルラックが配置されている。
デスクの隣には応接用と思われるソファとテーブルがある。そこに人が三人座っていた。
一人は先生。残りは制服姿の女の子たち。どちらもアビドスの名札を身に着けている。
「いらっしゃいシロコ。今日は来てくれてありがとう」
「ん、おはよう先生。……待たせたかな? ごめんね」
「いや、約束通りの時間だよ。さて、まずは自己紹介から始めようか」
先生がそう言うと座っていた女の子たちが立ち上がった。私も姿勢を正して向き合う。
「初めまして。ヴァルキューレ警察学校の砂狼シロコです」
「こちらこそ初めまして~。アビドス高等学校の十六夜ノノミ。二年生です」
「……黒見セリカ。同じく二年生よ」
背が高くてベージュのロングヘア―の子がノノミ。そして黒髪でポニーテールにまとめた獣耳の子がセリカだね。うん、覚えたよ。……ノノミってお胸がすごい。カンナみたいだ。いいなぁ。
「そういえばシロコ。前に聞いてなかったけど、君は何年生なのかな?」
「……先生、私は生徒じゃない。言ってなかったけど、ヴァルキューレの囚人だよ」
先生とノノミはぎょっとした様子で目を丸くした。でもセリカは無反応。というか、私をじっと見つめて微動だにしない。ちょっと怖い。
「囚人? えっと、それはどういうことか聞いてもいいのかな?」
「うん、別に構わない。あのね―――」
先生たちに私の事情を説明する。過去に罪を犯して逮捕されたことや、その罪を償うためにヴァルキューレから一時釈放されて奉仕活動を行っていることを話した。
事前にカンナと打ち合わせしてたからスムーズに対応が出来て一安心。先生たちも特に疑問には思ってない様子で納得してくれた。
「……そういう事情があったんだね。だから
「そういうこと。それと先生、ヴァルキューレの力が必要なときは、私じゃなくて別の生徒に頼んでほしい。今の私に行使できる権力はないから」
「わかったよ。何人か知ってる生徒がいるから困ったらそっちに頼るね」
よし、これで先生が私に面倒ごとを持ちかける可能性が減った。
どうやら先生の洞察力とか推察力はフブキほどじゃないね。よかった、もしも先生がフブキレベルで察しがいいと面倒なことになってたよ。
「私から話すことは以上かな。……よければ、本題に入りたい。あまり長居もできないし」
「そうだね。私やこの子たちもアビドスに戻らなくちゃいけないし、始めようか。セリカ、早速だけど君からシロコに話してもらうよ。……セリカ?」
先生に話を促すとセリカに振ってくれたけど……相変わらず、セリカは反応がない。私を見つめ続けたままだ。
「セリカちゃん、どうしたの? 会いたがってたシロコさんが目の前に居ますよ?」
ノノミがセリカの肩を叩いて呼びかけるとようやくセリカが反応を返した。でも開いた口から出てきたのは―――否定。
「違う……違うよ……知ってる、気がする……でも違う……誰なの?」
「ん、誰と言われても……私は砂狼シロコだよ。名前しか覚えてないけどね」
「……っ、違う、違うよぉ……」
セリカが顔をくしゃりと歪めた。何度も「違う」と繰り返しながら涙をこぼす。そのまま声を上げて泣き出した。
セリカを慰めるのはノノミに任せて、私と先生は少し離れて会話を続ける。
まず、セリカは砂漠に倒れていたところをアビドスの生徒が発見。そのまま病院に運ばれて入院してる。熱中症と脱水症状がひどかったけど命に別状はなし。でも……記憶を全て失っていた。
最初は名無しのナナと名乗っていた時期もあったけど、時間が経つごとに少しずつ記憶が戻り始めているらしい。名前も本人が思い出したものだから間違いないようだ。
セリカはノノミと一緒にアビドスに入学。一年生としての時を過ごし……もうすぐ冬の後半に差し掛かるというタイミングで奇妙な出来事が発生した。
「実はアビドスの一年生にね、もう一人居るんだよ。黒見セリカという子が」
アビドス高校に願書を提出しに来た中学生……奥空アヤネと一緒に現れたもう一人の黒見セリカ。
先生が見せてくれたタブレットにはアビドスの五人の生徒が映っている。ピンクの髪の子が三年生の小鳥遊ホシノ、ノノミとセリカが二年生。そして赤いメガネの子が一年生のアヤネ。
最後の一人が一年生の黒見セリカ。本当にそっくりだ。双子……いや、姉妹かな?
二年生のセリカの方が少しだけ顔立ちが大人びてるし背が高い。髪型も違う。一年生の方はツインテールだ。
「先生、この二人姉妹じゃないの?」
「違うよ。一年生のセリカは間違いなく一人っ子で姉妹は居ない。本人も否定してる」
他人の空似にしてもこれはそっくりすぎるよ。ていうかさ―――
「これ、すごく紛らわしくない?」
「……少しだけね。名前を呼ぶと二人とも反応するから」
アビドスの生徒たちはもうすっかり受け入れたらしいけど、先生は相当に面食らったみたい。
「他にも奇妙な点があるんだ。一年生のセリカが拉致されそうになったとき、現場に二年生のセリカが駆け付け、協力して無事に逃走してる。理由が……なんとなくそんな気がしたから。って」
「なんとなく? 情報を集めて行動を先読みしたとかじゃないの?」
「セリカは……どちらのセリカもそういうタイプじゃないんだ。誤解を恐れずに言うけど、二人とも直情的で深く考えて動く性格じゃない。素直で頑張り屋ないい子だけどね」
先生が声を潜めて教えてくれたけど……うん。難しいことを考えるのが苦手なのは私も同じ。これ以上は聞かないよ。
「ところで……シロコはどうかな? セリカと会ってみてなにか思い出さない?」
「ううん、なにも。悪いけどピンと来るものはないかな」
「そっか。まあ二人の反応が確認できただけでも十分だよ。シロコ、協力してくれてありがとう」
感謝するのはむしろ私の方。だって同じような境遇の子が居ると知れたんだから。セリカには悪いけど、安心したっていうのが本音かな。過去を失ったのは私だけじゃない。
ただできれば……少しでいいから手掛かりが欲しかった。私が何者なのか判明すればカンナの負担を減らせられたのに。
「シロコ」
「ん」
先生が私の頭に手を置いて撫で始めた。オフィスに入る前に制帽は脱いでたけど……また急だね。
「なんだか、撫でられたがってるように見えたんだ。嫌ならやめるよ」
「……別にいい」
後でカンナになにか言われそうだけど……撫でられるのは好きだ。ん、もっと撫でろ。
先生とお話しながらセリカが落ち着くのを待っていたけど、シャーレに来てからもう一時間は経過してる。天候も崩れてきて予報通りに雨が降り始めた。そろそろお暇したい。
「あの、先生? 私、もう行かないと……」
「わかったよ。奉仕作業を頑張ってるなら引き留めても悪いしね。今日は解散にしよう」
立ち上がった先生に続いて二人の元へ。セリカはノノミに引っ付いて離れようとしないし、ノノミもセリカを優しい表情で撫でまわしてる。……ちょっと羨ましい。
二人にお別れを告げたけど返事をくれたのはノノミだけ。セリカは最後までお話できなかった。先生がまた対話の機会をセッティングするって言うし任せよう。お邪魔しました。
オフィスを出てエントランスまで戻ってきたらエンジェル24に再訪問。
車の中で飲む暖かい物が欲しい。試しにソラにお勧めを尋ねると、慌てながらもココアかほうじ茶を勧めてくれた。……すでに甘いラムネ菓子を食べてるしほうじ茶にしようか。ホットドリンクコーナーからペットボトルを一本購入。ん、また来るね。
外の様子は……小雨だね。でも予報が正しければどんどん強くなるはずだ。
小型PCまで急いで移動して乗り込んだ。エンジンを始動したらほうじ茶を一口。香ばしくて美味しい。体も温まるね。さて、帰り道は安全運転で走ろう。
どうせ雨だから不良や犯罪者たちも大人しくなる。ゆっくりしても問題ないはずだ。
シャーレを出発してしばらく走った頃、スマホに着信。車を駐車帯に停めて画面を見ると……フブキだ。支所当番中のはずだけどなんだろう?
ヘッドセットの通話ボタンを押すとフブキの声が聞こえてきた。もしもし?
『もしもしシロコちゃん? 今、電話して大丈夫?』
「うん、いいよ。なにか用事?」
『捜査局から緊急で回ってきた情報なんだけど、賞金首についてなんだ。シロコちゃんが外出したって聞いたし、大至急知らせないとまずいことでね』
賞金首……。今日はそのつもりがなかったから生活安全局で情報収集をしていない。フブキも居ないってわかってたしね。でも知らせてくれたのを無下にするのは忍びない。
「ん、わかった。どんな情報?」
『今朝手配された元ヤクザの機械人だよ。知ってるよね?』
「ごめん、まだ知らない。最初から教えてくれる?」
『あれ、そうなの? まあいいや、じゃあ説明するねー』
フブキの説明によると、ヤクザを破門された機械人が複数の強盗事件で賞金首になった。それが今朝の話。そして今から少し前、その賞金首を目撃したという通報が入ったらしい。
行方を追っていた捜査局が大まかな居場所を特定したため、確実に逮捕するために他局へ応援要請が飛んだ……というのが今の状況なんだね。
『こいつは無抵抗な子供を狙って強盗を働いている。その上、用心深くて勘も鋭いみたいでさぁ、捜査局が一度見つけたけど逃げられてるんだ』
「だから応援を呼んで包囲網を作ろうってわけだね?」
『そういうこと。シロコちゃんが知らずに追いかけて作戦の妨害をしたらまずいからね。だから電話したんだけど……その必要はなかったかぁ』
なるほど。確かに私が賞金首を追ってたら大迷惑をかけてしまったかもしれない。フブキの心遣いに感謝だ。だけど……子供を狙うたちの悪い賞金首と聞いてはじっとしてられない。
「わざわざ知らせてくれてありがとう。もちろん、捜査局の妨害をするつもりはないよ。ただ、私に手伝えることがあるならするよ?」
『え? あー……警察無線がないから連携が取れないでしょ? 今回は特には……おん? ごめん、ちょっと待ってね。今電話中なんだけどー?』
薄っすらと人の話し声が聞こえる。誰かがフブキに話しかけているみたい。大人しくしばらく待つとフブキが電話口に戻ってきた。
『……シロコちゃん、今手が空いてるんだね?』
「うん、大丈夫だよ」
『もしかしたら無駄骨に終わるかもしれないけどさ、一時間くらい待機できる?』
「問題ないよ。なにをしたらいい?」
フブキに指定された住宅地のコンビニで待機を始めて……四十分ほど経過した。捜査局の捕り物も今頃終わっている頃だろう。なにも問題がなければの話だけどね。
今回の包囲網だけど、どうも捜査局内部で意見が割れたらしい。理由は通報者にある。
ヴァルキューレに通報して来たのは匿名希望の誰か。つまりタレコミだ。この情報に飛びついた生徒が主導して包囲網が形成されたけど……一部の生徒は情報元を疑っている。
『もしかしたらタレコミして来たのはホシ自身ではないか?』
賞金が懸かったばかりの人物の通報が入る。可能性はゼロじゃないけど、目撃情報がはっきりしすぎている。用心深い犯罪者にしてはお粗末ではないか? という点が気になるんだって。
だからもし、もしも通報がヴァルキューレを誘導するための仕込みだった場合に備えて、手の空いてる交番勤務の生徒に別の応援指示が飛んだ。それをさっきフブキが受け取ったわけだね。
(何事もなければそれでいいよ。帰宅したら自習の予定だし……)
待機時間も残りわずか。終わったら目の前のコンビニでなにか買って―――スマホに着信。
画面を見るとフブキだ。もしかして……もしかする? ヘッドセットの通話ボタンを押すとフブキが大声で叫んだ。
『シロコちゃん、包囲網が失敗した! やっぱり通報は賞金首の仕業だったよ!』
賞金首が潜んでいると当たりを付けた建物。そこに踏み込んだ捜査局の生徒が見つけたのはメモ書きとプリペイドSIMが差さったスマホが一つだけ。
その電話番号は匿名のタレコミをした番号で、メモ書きにはヴァルキューレを挑発する言葉が書き殴られていたらしい。完全に遊ばれてるね。
『そういうわけだから今から巡回を開始して。続報が入ったらすぐに知らせるから』
「ん、わかった」
通話を終えると小型PCから下車してコンビニに駆け込む。
合羽の代わりにビニール傘を購入して警らを開始した。外はもう本降りで雨音はうるさいし視界も悪い。犯罪者が逃亡するにはうってつけの状況だ。見落としがないように集中しよう。
スマホのナビを確認しながら住宅地を歩く。雨のせいか人通りが少なく聞き込みもはかどらない。
ターゲットは元ヤクザで派手な装飾をした装甲持ちの機械人。フブキが手配写真を送ってくれたから人相風体は確認済みだ。
過去にも強盗・脅迫・傷害で逮捕歴がある。そのときも子供を狙って犯行を繰り返してた。だからこそ同じヤクザからも呆れられて追放されたみたいだけどね。要するに小物のチンピラ。
途中、フブキからモモトークが届いたけどターゲットの足取りは不明のまま。いくつかの逃走予想地点は空振りに終わったみたい。私が警らしてるここも指定範囲の半分は歩いてる。
(スニーカーとソックスが濡れて歩きにくいし、足がむくんできたなぁ)
帰宅したらすぐに熱いシャワーを浴びよう。それと足のマッサージは念入りにやらないと明日が大変だ。腫れすぎて靴が履けないのは困るし、年頃の女の子としていただけない。
「―――!」
……? 今なにか聞こえた。誰かが怒鳴ってる?
「―――! ―――いいから来い!!」
「―――誰か助けて!」
……! 大人と子供の声。子供が助けを求めてる! 傘を捨てて声を目指して走る。もう雨なんて気にしてられない。近付くと声がはっきり聞こえてきた。
「騒ぐんじゃねえ、クソガキが! ぶん殴られてぇのか!?」
「やだぁ! やーだー! 放してよぉー!!」
スマホを操作してフブキに発信。繋がったらポケットにしまう。ヘッドセットを購入しておいて本当によかった。
『もしもし?』
「至急対応! 誘拐か拉致か強盗。たぶん子供が襲われてる。急行するから発信元探知して」
『……りょーかい。通話はそのままにしてね』
雨で転ばないように注意しつつ、急いで現場に向かうと袋小路に雨合羽の小さな子供と機械人。
装甲に派手な装飾。ターゲットだ! 私が制式拳銃を抜いて構えるのと、ターゲットが子供を抱え上げて拳銃を突き付けたのは……ほぼ同時だった。
「誰が来たかと思えばヴァルキューレとはな。だが一人ってことはパトロール中かい?」
「……子供を放しなさい」
「はぁ? お巡りさんよぉ……命令できる立場かよ、ええ? 状況わかってんのかテメェは?」
……確かに状況は苦しい。子供が人質に取られていて私から行動に移せない。ターゲットとの距離はそんなに開いてはいないけど、相手が発砲する前に詰め寄るには遠すぎる。
救いはフブキに通話が繋がっていること。こちらの会話は聞こえているはずだ。
「さてさて、お巡りさん? テメェが俺の機嫌を損ねればどうなるか……わかるよな?」
「ヒッ……」
こめかみに銃口を押しつけられた子供が怯えて震えている。大丈夫、絶対助けてあげるから。
「さぁて、まずはなにをしてもらおうか。……そうだなあ、銃を向けられるのは不愉快だ。捨ててもらおうか? 俺の足元に放り投げろ」
「……わかった」
いきなり要求を拒否すると激昂しかねない。この場は従っておく。制式拳銃をターゲットの足元に投げ捨てた。
「それでいい。テメェが馬鹿な選択をとらなきゃ、このガキが痛い目見ないで済むからな?」
「……」
「ようし、動くなよ? その場を動いたら……」
……? ターゲットが自分の銃を腰に戻した。そして私の制式拳銃を拾うつもりなのか、姿勢を低くして片手を伸ばし始める。どうしてそんなことを? 背後に蹴り飛ばせば終わるだろうに。
理由はわからないけどチャンスだ。ターゲットが制式拳銃を握るために視界を外した瞬間、私は全力で距離を詰めた。
拳銃を拾い上げたターゲットに正面から組み付く。左手で制式拳銃のシリンダーを握り、ハンマーに小指を回して押さえつけた。
「このっ!? クソ、なんで弾が出ねぇんだ!」
トリガーを引いても無駄だよ。この銃はシリンダーとハンマーが連動してるから仕組みを知っていれば発射の妨害なんて簡単だ。そのまま制式拳銃を外側に捻る。トリガーにかかっていた指の関節が逆向きに引っ張られ、さすがの機械人も悲鳴を上げた。
隙だらけのターゲットの顎に右手で掌底打ち。下から突き上げる一撃で首を仰け反らせ、抱えていた子供を落とした。ダメージは与えたけど……まだ落ちてはいない。
『装甲持ちの機械人はタフだ。格闘で攻めるなら弱点の頭を集中攻撃しろ。他は殴るだけ無駄だ』
わかってるよカンナ。教わった知識と技術、カンナから学んだ逮捕術。どれも無駄にはしない。
これくらいの困難、軽く突破して見せるからさ。……だから、安心して見ててよ。
ターゲットの後頭部を掴んでブロック塀に叩きつける。顔面が少しブロックにめり込んで動かなくなった。ワンダウン。
「フブキ、推定強盗犯を制圧。犯人はターゲットの賞金首だった。応援をお願い」
『でかした! もうPCが向かってるよ。すぐに現着するはずだからねー』
ターゲットの機械人を結束バンドで拘束したら武装解除。武器は自動拳銃一丁だけ。
マガジンを抜いたら弾が入ってなかった。だから私の銃を奪おうとしたんだね。どこかで撃ち尽くしたのか、それとも弾代にすら困ってたのか。まあ取り調べで白状するだろうし任せよう。
雨合羽の子供に怪我はなし。服がちょっと濡れてしまったけど元気いっぱいだ。
妹の誕生日プレゼントを購入した帰り道。突然あの機械人に腕を引かれて袋小路に連れ込まれ、財布とスマホとカバンを要求されたけど必死に抵抗。そこに私が駆け付けたんだね。
守り通したカバンの中身、プレゼントも無事だって。よかったね。
応援のPCと生徒が続々とやって来たのでターゲットと子供を任せた。さて、私の役目はおしまい。現場を去ろうとした私の背中に、さっきの子の声が飛んできた。
「犬のおまわりさーん! 助けてくれてありがとー!」
「ん、私は狼……まあいいか。どういたしまして。バイバイ」
PCの前で手を振る子供に私も振り返す。生徒に促されPCの後部座席に乗り込んだのを見届けたら雨の住宅地を歩き出した。どうせもうずぶ濡れだし、雨の中をゆっくり散歩しよう。放り投げた傘も回収しなくちゃね。
それにしても……誕生日かぁ。あの子、家族の誕生日をすごく嬉しそうに話してた。
誰にでもある特別な日。その人が生まれてきた記念の日。でも私には―――それがない。
(ううん、私にもあるはずなんだけど……思い出せないんだよね)
私の……砂狼シロコの過去は一切が不明だ。いつ、どこで生まれたのか。家族は居るのか。幼少期をどう過ごしたか。記憶を失った原因は。砂漠でひとりぼっちだった理由は。なにもわからない。
最近はすっかり鳴りを潜めてたけど、失われた記憶を取り戻したいという気持ちが心に湧き上がってくる。たぶんセリカの影響だ。仲間を、同じ境遇の同類を見つけたことが原因だと思う。
「クシュン! ……ん、これはいけない」
鼻がムズムズしてくしゃみが出る。いつの間にか足を止めて棒立ちしてた。物事を考えるにしてもこんな雨の中でする必要はないよね。
(冷静に考えれば雨に打たれながら散歩なんて……馬鹿だよね。急いで帰ろう)
体調面が不安なのを思い出したので走って小型PCを目指す。もちろん傘はちゃんと回収した。コンビニに到着したらタオルと暖かい飲み物でも買おう。
それにしても五月に入って少し経つのに、今日は何でこんなに寒いんだろう? いくら雨だからってもう少し気温は高くても……ん?
―――五月……
なにか、脳裏に浮かぶ。なにかを思い出せそう。
―――五月の……
そうだ、五月……五月の……。
あっ。
ヴァルキューレに帰宅したらシャワールームに直行。お湯を浴びて冷えた体を温めた。
囚人服に着替えたら装備を拭いてから返却し、ランドリールームでバスタオルを借りて地下駐車場へ。車のシートもびっしょりだったから水分を拭き取って鍵を返却した。
本校に戻るともうすぐお昼だったので購買に寄る。あんぱんと牛乳を購入して、いただきます。
パンを食べながらモモトークを起動。カンナに帰宅を報告したけど今は対応中だって。忙しいみたいだし夕方頃にまた送るね。
フブキにも協力感謝のメッセージを送っておいた。賞金首の精算は明後日のお楽しみ。体調の相談もあるしちょうどいい。
あんぱんを食べきったところでお腹を空かせた生徒が集まり出した。邪魔になる前に引き上げよう。ごちそうさまでした。
看守係長に帰宅を報告し、自習することを伝えて部屋に戻ってきた。
タブレットを起動して報告書の作成。シャーレの先生については……個人的なことだしカンナに伝えてるから書かなくていいよね。賞金首の件だけ記入して送信完了。
そしたらタブレットの電源を落として少し休もう。なんか体がだるいしお昼寝だ。んー……一時間ほど寝よう。ではおやすみ。
目を覚ましたらおやつ時だった。体内時計が完全に狂ってる。これはまずい。それと体の節々が少し痛む。雨に打たれて冷やしすぎたかもしれない。
ベッドから出て床に座るとマッサージを開始した。自習してる場合じゃない。明日までに不調を少しでも整えておかないと、奉仕作業に影響が出てしまう。
スマホで検索して足のむくみを解消するリンパマッサージを実行。足先から鼠径部にかけて揉み込むように撫でる。何度か繰り返すと足の指先がポカポカしてきた。これでよし。
続いて柔軟体操……ストレッチで筋肉を伸ばす。朝の日課をサボったせいかもしれない。長めにやったけど関節の痛みはあまり緩和せず。一晩寝て治ればいいんだけど……。
できる限りの体調メンテナンスを終えるともう夕方だ。
カンナにモモトークを送るけど既読がつかない。まだ忙しいみたいだね。じゃあ用件だけ伝えておこう。急ぐことじゃないし、報告だけ済ませておけばいいよね。
メッセージを送信したら夕食の時間。指が痛いから入力が遅くなってしまった。スマホを片付けて看守の点呼を待つ。今日の夕食メニューはなんだろう。
食事の後は自由時間。カンナからの返信はなし。既読もまだだね。
欠伸も出るし早いけど寝よう。しっかり寝れば関節の痛みも治まるはずだ。
ベッドに潜り込んで毛布を被る。おやすみなさい。
今日、一つ思い出したことがある。私の誕生日。五月十六日。ん、嬉しい。
シロコが捕獲した賞金首の取り調べに駆り出されて……もう何時間だ?
過去に逮捕歴がある元ヤクザというだけはあり、場数を踏んでいて簡単に口を割らない。中々に気骨がある。まあ、やっていることはそこらのチンピラ以下だがな。
部下と応対を交代して小休止を取る。シロコのシャーレ訪問。そして同じ境遇の生徒との面会。それがどうなったのか気になるが今日はもう遅い。明日に回すしかないだろう。
一年生の後輩が差し入れしてくれたパンと缶コーヒーで腹を満たしながらスマホを取り出す。何度かモモトークを受信していたようだが……全てシロコからだ。
箇条書きにまとめた簡易報告? 気を使ってくれたんだな、助かるよ。順に目を通して確認する。
先生に奉仕作業の説明完了。打ち合わせ通りの内容で特に不審に思われず。
……よし、先生に首を突っ込まれると事態がややこしくなる。今はこれでいい。
アビドス高校の黒見セリカと接触。今回はまともな対話にならず次回に持ち越し。収穫はなし。
……これは詳細を聞かんと判断できんな。やはり明日、時間を作るか。
帰宅中に誕生日を思い出す。五月十六日。
……ほう、そうなのか。それはいいこと―――ちょっと待て。
五月十六日……もうすぐじゃないか!!
取調室は重苦しい空気に包まれていた。逮捕された元ヤクザは口を開かず、時間ばかりが過ぎていく。公安局長と交代した生徒は己の力の無さを感じた。―――自分ではまるで歯が立たない。
(情けないけど、局長が休憩を終えて帰ってくるまで椅子を温め続けることしかできない……)
彼女は無力感に押しつぶされそうになったが、せめて役割だけは果たそうと自分を奮い立たせる。
しかしその直後、取調室の扉が勢いよく開かれた。
振り返った生徒が目にしたのは―――憤怒の顔で、目を血走らせた狂犬の姿だった。
「ヒェッ」
漏れ出た小さな悲鳴は誰の物か。部下の生徒か? それとも元ヤクザの機械人?
「代われ」
「は、はい!」
狂犬が……公安局長が椅子に座り、目の前の機械人を睨みつける。
「……貴様に構ってる暇はなくなった。だからここからは一切、容赦はしない」
拳を鳴らすと取調室の机を叩き、音と衝撃で威圧する。機械人の体が跳ねた。太々しい態度で頑なだった元ヤクザが……怖気づいている。
「だがその前に、もう一度だけ言っておく。白状するならさっさと吐け。これが最後だ!」
「~~~っ! わ、わかった! 話す! 話すからなんでも聞いてくれぇ!!」
「ようし、それでいい。ではまず―――」
元ヤクザはついに自白を開始。自分の犯罪行為を洗いざらい吐いた。
部下はそれを見て、さすがは局長だと感心したそうだ。
シロコは先生に最低限の説明しかしていません。そして先生もセリカたちの手前、発言に気を配りました。
その結果、ちょっとした思い違いが発生しています。
これは先生の経験が浅く、キヴォトスの常識に疎いからです。先生が事の重さに気がつくのは……。