ヴァルキューレの狼 作:アホの子ヴァルコ
頭が……痛い。体も熱くて、思考がまとまらない。
誰かに呼ばれた気がして目が覚めたけど……なにこれ、体がおかしい。普通じゃない。
「……501番。501番、まだ寝てるのか? 早く起きて顔を見せろ!」
……なあに? よく聞こえないけど……看守が来てるの?
もしかして、寝坊した? いけない、すぐに起床しないと―――
毛布を退けてベッドから出ようとしたら視界が回った。体に衝撃。……なにが起きたの?
「501番!? おい501番! ……どうしたシロコ! 返事をしろ!!」
手足が、痺れる。関節が……痛む。耳鳴りも……。熱いのに、寒い。……くるしい。
「配膳作業中止! 一年生、担架を持ってこい! 急病人だ!」
「係長に報告! シロコが倒れました! 高熱、意識なし!」
……目が……かすんで……よく、みえない…………だれ、か……。
「―――! ―――担架、持って―――!」
「――! 医務室―――!」
……カンナ………………―――――――――
窓の外は土砂降りの大雨。昨日から降り続けてる雨は弱まるどころか強くなってる。
私はそれを医務室のベッドで知った。……体調を崩してしまった。
今朝、留置施設の部屋で倒れたらしい。でも私は……そのことを覚えていない。目が覚めたらもう医務室で横になってた。医療スタッフに囲まれてて驚いたよ。
高熱で意識がなかったから解熱剤の点滴を行ったらしい。それでもまだ熱が高く、今日は絶対安静を言い渡された。奉仕作業もお休み。……ごめんなさい。
診断結果は風邪。粘膜検査でウイルスが検出された。主な症状は熱と関節痛と倦怠感。鼻や喉は今のところ大丈夫。ただ、医療スタッフに色々と質問されて答えたとき、眉をひそめる場面があったんだよね。特に指摘はなかったけど……少し不安になった。
ともかく、薬を飲んで一日様子を見ることになった。明日の朝になっても症状が治まらない場合、D.U.の総合病院で診察を受ける。できればそれは避けたい。何日も休んでたら迷惑になる。
なんとしても今日中に風邪を治そう。朝食代わりのプリンを食べて解熱鎮痛剤を飲んでから医務室のベッドでじっとしている。天井をぼんやり眺めていたらため息が出た。
(……うまくいかないなぁ。どうして私って、こうも駄目なんだろう)
迷惑をかけてはいけないのに、迷惑になってしまう。失敗してはいけないのに、失敗してしまう。
まぶたが熱くなってきた。きっと高熱のせいだろうけど、それを誰かに見られたくなくて寝返りをうち毛布を被る。氷枕に巻かれたタオルがこぼれ落ちた涙を吸い取ってくれた。
寝よう。薬の影響か眠気を感じるから寝てしまおう。その方が―――
「失礼します。連絡を受けて来ました」
「ああ、悪いわね。シロコさんは奥のベッドよ」
―――カーテンの向こう側から話し声。よく聞こえないけど、名前を呼ばれた気がする。
足音が近づいてくる。顔をタオルに押しつけて涙を拭うと毛布から顔を出した。ちょうどそのタイミングで目隠しのカーテンが開かれ、そこにはマスクをした医療スタッフと……キリノ?
「おはようございます。これから部屋を移動しますが、起きれますか?」
キリノの発言に医療スタッフが続けて説明してくれたけど、ウイルス性の風邪にかかっているから感染予防のため、個室に移動するんだって。確かにそうだ。私が医務室で寝てたら医療スタッフや生徒たちにうつしかねない。
ベッドから起き上がろうとしたけど……体が言うことを聞かない。上半身を起こすだけでも眩暈と関節痛が襲ってきた。ごめん、ちょっとだけ待って。
「立って歩くのは無理そうですね。私が背負いましょう。看護師さん、介助をお願いします」
キリノと医療スタッフの手を借りてベッドに腰掛ける。用意されていたカーディガンとサージカルマスクを身に着けるとキリノが私の前でしゃがんだ。本当におんぶするの?
「待って。風邪がうつるから……いいよ。なんとか歩けると思う」
「駄目です。今のシロコさんが、廊下を長時間歩き回る方が困るんです。迅速に隔離するためにも大人しく従ってください」
それは……そう、だね。キリノが正しい。私が間違ってる。
「……ごめんなさい。お願いします」
医療スタッフの肩を借りてキリノの背中に乗せてもらう。体重を預けるとキリノが立ち上がった。いつもより視線が高くて変な感じ。……キリノの匂いと温もりを感じる。
―――そういえば、誰かの背中を借りたことなんてあっただろうか?
カンナは……背中に引っ付いたことはあるけどおんぶはないはず。だから、これが初めてだ。
「それでは歩きますよ?」
「ん……いいよ」
キリノはふらついたりすることなく、しっかりとした足取りで歩き出した。医務室を出て廊下を進むけどすれ違う生徒は誰も居ない。皆は雨の中でお仕事してるのかな……。
「キリノ……業務はいいの?」
「本日はパトロールの予定でしたが悪天候で短縮になりました。今は手隙なのでお構いなく」
そうなんだ。なら、他の子たちも今日はのんびりできそうだね。少しだけ安心した。
キリノが目指しているのは留置施設の保護室。本来は問題のある被疑者を一時的に収容する部屋だ。病人を受け入れることもあるから私を隔離するにはちょうどいいみたい。
もう少しで到着するんだけど……問題発生。ちょっと酔ってきた。おんぶでも乗り物酔いってするんだね。申し訳ないけど目をつぶって頭を預けさせてもらう。
「……あの、シロコさん? 息がくすぐったいのですが」
「ご、ごめん。揺れると吐き気がして……離れるね」
「ああ、そういう理由でしたら構いません。どうぞ身を楽にしてください」
立ち止まったキリノが許してくれたので、頭を預け直した。首筋に顔を埋めるように乗せて安定させる。これだけでもかなり楽になってきた。
「ふう……ありがとう。このままで、いい?」
「大丈夫です。もうすぐ到着するので辛抱してくださいね」
再び歩き出したけどさっきより揺れが少ない。歩行ペースを落としてくれたみたいだね。気を使ってくれるキリノに感謝だ。風邪が治ったらお礼をしないと。
「キリノは……なにか食べたいものとか、ある?」
「はい? 急になんですか?」
「今日のお礼。それにまた、迷惑かけたから。……今度、警らに出たとき、買ってくるよ」
「不要です。警察官は見返りなど求めません。それに体調不良ばかりは仕方がないことです」
……キリノは立派だね。でも私としてはそう言われる方が困る。コンディションを整えられなかったのは私のミスだ。もうちょっと粘ってみよう。
「でもフブキは、あけすけに……求めてるよ?」
「あの子が浅ましいだけです! 親しくしていますが、あの点だけは本当に……まったく」
……無理か。しょうがないから無難に甘い物にしよう。用意すれば受け取ってくれるはずだ。前も一緒にドーナッツ食べてたしね。そんなことを考えていたらキリノが足を止めた。
「お疲れさまです。生活安全局の中務キリノです。シロ……囚人番号501番を連れて来ました」
「少し待て。……本人確認完了。入っていいぞ」
聞き覚えのある声。看守の一人だ。留置施設に到着したんだね。顔を上げればすぐわかるけど……名残惜しいから保護室まではこのままで。
他人の温もりってとても落ち着くんだよ。それもキリノとの接触なんて……もうないだろうからギリギリまで堪能させてもらう。ほんのちょっとだけのわがままだから、許して。
保護室のベッドに一人で腰掛けて待機している。
キリノは看病の準備を整えると言って部屋を出て行った。ここはベッドが一つあるだけの殺風景な部屋だ。牢屋と違って手洗器やトイレもない。
なぜかと言うと……自傷防止のためだ。この部屋に入れられる被疑者は精神が不安定な者ばかり。時には錯乱状態の子を拘束して収容し、落ち着くまで休ませるのが本来の用途だ。
そういう子って、衝動的に自分自身を傷つけてしまうことがあるみたい。だから余計な物は置かないようにしてるんだって。
ベッドもマットレスだけで毛布や枕、シーツもない。キリノが取りに行ってくれてる。病人ということで手錠はなしで許された。
まあ手錠の有無はあまり関係がない。この部屋はドアノブが外にしかなくて、内から開けるにはパスコードと生徒手帳がいる。脱走しようがないのも理由なんだろうね。
ん……寒気を感じる。看守が空調を調整してくれたけどすぐには温まらない。体温は汗が出るほど高いのに、部屋が寒くて震えてきた。
さっきまで感じていたキリノの温もりはとっくに失われてしまった。……なんだか心細い。
(毛布……まだかな。……カンナに、会いたいな……仕事中、だもんね……むり、だよね……)
眠気が強くなってきた。視界がぼやけてマットレスに体が倒れる。寒くて、眠くて……怖い……。
扉が開く音。人の声。額に添えられた手の感触。―――だれかいるの?
「ひとりぼっちは……やだ……そばに、いて……」
必死に伸ばした手を誰かが握ってくれた。その感触を最後に、私の意識は深く沈んでいった……。
保護室の硬いベッドに横たわる囚人の少女……砂狼シロコ。彼女の立場は、非常に曖昧です。
受刑者? いいえ。受刑者とは、裁判の判決に基づいて刑罰の執行を受けている人のことです。
被疑者? わかりません。彼女は確かに罪を犯しました。そして逮捕されて……そのまま保留中。
一年以上、ずっと宙に浮いたまま。それに本人は不満を述べることもなく、来る日も来る日も奉仕作業を続けている。
そんな囚人の存在を知って、疑問に思った私は……カンナ局長にたどり着き、説明を求めました。
「……それが私の青臭い夢を粉々に砕いてくれるとは、予想だにしていませんでしたね」
幼い頃、ヴァルキューレの見学会に参加してそこで見た警察官に憧れた。だからヴァルキューレを目指して入学した。これで市民の生活と平穏を守る守護者の一員になれると信じてた。
でも違いました。ヴァルキューレは……ここは、憧れとは程遠い場所だったんです。
真面目な人は居ます。警察官の誇りを持っている人も居ます。なにも知らない生徒の方がきっと多いのでしょう。
だけどそれに隠れて、甘い汁を吸う人が居るんです。それも、上級生になるほど数が増えていく。
私が心から憧れたヴァルキューレは、メッキに覆われた汚物でしかない。
カンナ局長からそれを聞かされたとき、私の中で長年の夢と一緒になにかが壊れました。
それからしばらくは惰性の日々を過ごしていました。
でも、私ができることなんて……結局は警察官しかありません。だってそれしか知らないんです。憧れたから、それだけを目指してやってきたから。
今更、生き方を変えることなんてできません。
だったら……だったらせめて、警察官としての役目だけは果たそう。私はあんな人たちにならない。立派になってみせる。ヴァルキューレだって、変えられるかもしれない。
必死に自分に言い聞かせ、なんとか奮い立たせて……ようやく立ち上がることができた。
そんな私の心を、容易くかき乱す存在が居ました。それが……シロコさんです。
―――コツコツコツ
シロコさんの顔をながめて思案に暮れていると、ノックの音が私を現実に引き戻しました。
保護室の扉の前に立っていたのは……二人の生徒。公安局と警備局の一年生。局が違うので付き合いは薄いですが面識はあります。なにか御用ですか?
二人はシロコさんのお見舞いに来たそうです。今は眠っているので、顔を確認するくらいしかできません。だからすぐに帰ると思っていたのですが……。
「シロコさんの……過去についてですか?」
「そうなのよ。私たち、シロコさんのことが気になって調べてるんだけど……当てがなくてね」
「シロコちゃんが収監された事件と、その後の事件。カンナ局長は教えてくれなかったのよ」
なるほど、カンナ局長からある程度は聞かされているのですね。私が聞きに行ったときと比べて、ずいぶんと情報を出し渋っているのが気になりますが……まあいいです。
「一つ目の事件なら知っています。ただ、私は監視と看病が役目なので離れられません。……部屋の隅に行きましょうか」
二人が頷いてくれたのでベッドから一番遠い場所に集まり、声を潜めて話し始めた。
事件が起こったのは春が訪れた頃。カンナ局長が進級して二年生になる目前でした。
シロコさんは公安局の資料室に忍び込み、機密書類を持ち出そうとしたんです。その現場を複数の生徒に見咎められ現行犯逮捕。その後の取り調べには……黙秘を貫きました。
「ここまでは知っているのですね?」
「うん。事件を起こして逮捕されたことは聞いた。その後は機密でぼやかされたけど」
「黙秘して送致される寸前に捜査中止……だったわね。そもそもカンナ公安局長って、そのときなにをしてたのかしら? シロコさんの身元引受人なんでしょ?」
身元引受人だからですよ。当時、カンナさんは公安副局長に自制を命じられ動けませんでした。
カンナさんがシロコさんの面倒を見ていたのは、学校の誰もが知ることでしたからね。
『動いては駄目よカンナ。あなたが下手に動けば、シロコかわいさで暴走したと見られかねない』
『他の生徒が逮捕した以上、彼女たちに全面的に任せるのよ。いいわね?』
……話が少しそれますが、カンナさんは一部の上級生から嫌がらせを受けていたんです。それについてはご存じですか?
「知ってる。『子連れ狼』でしょ? 今もシロコさんを『野良犬』って呼んでる人が居るのよ」
「あ、公安局だとその言葉はタブーだから、本当に気をつけてね? たぶん、次はないわよ」
「……わ、わかってるわよ。もう口にしない」
大丈夫そうですね。では話を戻します。
シロコさんが黙秘を続けたため、状況はどんどん進んでしまい……ついには検察へ送致されるのも目前となりました。しかし、ここで事態が急転します。
「突然、捜査が中止。そしてある生徒が教唆犯として逮捕されました。……誰だと思います?」
「シロコちゃんを唆した生徒だから……さっき話題に出た上級生かな?」
「私も同意見ね。というか、それ以外に思い当たる生徒が居ないじゃないの」
まあそうですよね。私もカンナ局長から聞かされていたとき、同じことを考えました。
でも真相はもっと
「逮捕されたのは……公安副局長です」
「はあ!? 嘘でムグググ……!」
公安局の同級生が大声を上げたもう一人の口を塞ぎました。シロコさんは……寝ていますね。
「お馬鹿っ。シロコちゃんが寝てるのに大声出すんじゃないのっ」
「ムググ、プハァ! ……ご、ごめん。だってびっくりして……本当に公安副局長だったの?」
はい、事実です。詳細は私も不明ですが、どうやら副局長は発言に矛盾点などがあり、早い段階で関与を疑われていたそうです。取り調べでシロコさんを唆したことも認めました。
彼女は部下であるカンナさんの失態を捏造し、それを隠蔽するための協力者としてシロコさんを仕立て上げた。そしてシロコさんに犯行を指示してから……梯子を外した。
『シロコ、よく聞いて。カンナが取り返しのつかないミスをしたの。気がついたのはまだ私だけよ。でも明日には発覚してしまう。退学は免れない。だからその前になんとかしたいのよ』
『私はカンナのために危ない橋を渡る。あの子のためならできるわ。協力者が居てくれたら、それを確実なものにできる。……お願い、カンナのために手伝ってほしいの』
そんな言葉で無知な子供を騙し、操ったんです。……彼女は事前にこうも言ったそうです。
『もし見つかったら黙秘しなさい。私たちが捕まっても、カンナが無事なら我慢できるわよね?』
これがシロコさんが黙秘を貫いた理由でした。副局長が梯子を外して知らんぷりしているとは知らずに、カンナさんのためにじっと口を閉じて耐えたんです。
シロコさんが罪を犯したことは事実です。唆されたとはいえ彼女は実行犯。しかし、本当に悪いのは教唆犯の副局長です。彼女は副局長の任を解かれ、停学処分を受けました。でも―――
「上層部は隠蔽に走りました。事件そのものを闇に葬り、公安副局長は個人的都合で辞任したという嘘の筋書きを用意してまで。これは……ヴァルキューレが批判されるのを避けるためでした」
この事件に関わった生徒たちには箝口令が敷かれたそうです。ただ、この後のカンナさんの行動で上層部の思い通りにはなりませんでしたけどね。
「隠蔽したことが我慢できなくて暴きたてたのよね? そこは聞いてるわよ」
「でもどうして強引な手段に出たのかしら。もう少し、スマートなやり方があったと思うけど」
それは公安副局長が逮捕されたからですよ。カンナさんにとって、公安局に配属されてからずっと面倒を見てくれていた先輩だったんです。だから冷静さを失い、真実を知ることにこだわった。
思い出してください。カンナさんは事件が発生した後、副局長に自制を命じられていましたよね?
カンナさんはその命令に従い、じっと動かなかったんです。
異変を感じたときには……もう手遅れでした。上層部は隠蔽を決定して箝口令を敷き、シロコさんの赦免と、教唆犯の副局長が逮捕されたことだけが通達されました。
でも副局長の行動の理由……動機がわからない。知りたくても関係者たちは口止めされていて、なにも話してくれない。それがカンナさんは我慢できなかったと言ってました。
カンナさんは副局長を信頼していました。きっとなにか、事情があったんだろうと……。
カンナさんは真相を知るために副局長を探しました。
誰もが口を噤むのなら、もう本人に問いただすしかないと考えたそうです。寮の部屋や留置施設を尋ねて回り……本館の一室に隔離されていた副局長を発見。
上級生が警告に現れたそうですが、カンナさんはこれを強引に突破。扉の鍵も破壊しています。それで騒ぎになり、生徒が集まってきた中で……副局長が動機を語り始めたんです。
『目障りなのよ。私より優秀で、その上クソ真面目な堅物。扱いにくいったらないわ。比較され続けるのもウンザリ。私が進級して局長になる前にあのガキ共々……排除したかったのよ』
『乱暴なクソガキの世話を押しつければすぐに失敗すると思ったのに、予想通りにいかなかった。だから盗みをやらせたのよ。本当はお前を主犯格に仕立て上げて追い出す計画だったのに……!』
カンナさんがリスクを承知で暴きたてた真実が……これだったんです。あまりにも幼稚で身勝手な動機でした。
「この発言を大勢の生徒が耳にしてしまい、もはや関係者だけで終わる話ではなくなりました」
「まあ……そうなるよね。なにも知らない生徒からすれば寝耳に水でしょうし」
上層部は外部への流出だけは食い止めようとしました。生徒たちに事の次第を説明した上で、改めて箝口令を敷いたんです。だから当時一年生だった生徒……今の三年生なら皆知ってることです。
カンナさんは拘束され、処分が決定するまで謹慎を言い渡されたそうですが……その最中に、副局長が新たな事件を起こしたと聞きました。
「そちらは最初に言った通り、私も……本官もわかりません。知っているのは以上です」
「あ、ちょっと待って。さっきの説明で気になったんだけど、当時の副局長って二年生なの?」
「はい、優秀な生徒なら二年でも役職を任されますよ。今年の公安局もそうでしたよね?」
「そうだよ。コノカ副局長は二年生だね。……怒るとスケバンだけど」
実はカンナさんも進級と同時に、副局長への昇進が決まっていたそうです。そして副局長が繰り上がり昇進で局長へ。恐らく副局長は、それを知ってカンナさんを排除しようとしたんでしょうね。
内心では疎ましく思っていた部下が、自分のすぐ下につくのが嫌だったんでしょう。立場に就けば発言権……口を出す権利も生まれますから。まあこれは、私の推測にすぎませんけどね。
二人の同級生は保護室を出て行きました。
もう一つの事件。そちらを知るために聞き込みを続けるそうです。
私は……その事件については本当に知りません。カンナ局長の話す内容に耐えられなくなり、途中で逃げてしまったので。それからはお互いに避けています。
(それにしても公安局と警備局ですか。昔の私なら、彼女たちを羨ましがるでしょうね)
入学当初、生活安全局に配属されたのが不満でした。私は警備局に入りたかったんです。だから結果を出して転属を認めてもらおうと躍起になっていました。
でも、失敗続きで……始末書の書き方だけが上達するばかり。
そんなときにシロコさん。あなたの姿を見たんです。自転車で颯爽と現れ、瞬く間に事件を解決してその場を去る姿に、強く憧れました。
どの局の生徒だろうと調べたら……囚人? どういうことかと聞き込んで、カンナ局長にたどり着いて、そして……現実を知りました。
それで一度は折れてしまったけど、なんとか立ち上がろうとした私の前に……再び、あなたは現れた。
「シロコさん。私はあなたに憧れて、そして嫉妬しています。本物の私ができないことを、偽物のあなたがなぜ……」
独り言と共に、涙がこぼれました。
いっそあなたが、救いようもない悪逆非道な犯罪者だったらよかったのに。
もしそうだったら、私はきっとこんな惨めな思いを抱えないですんだのに。
……そんな責任転換のような考えを持つ私は、公安副局長と同類なのかもしれませんね。
―――ピピッ!!
っ! ……アラームが鳴りました。シロコさんの額に貼られた冷却シートの交換時間です。
ハンカチで涙を拭いたら看病に戻ります。氷枕はまだ大丈夫。両脇の保冷剤は……すっかり温くなっているので新しい物が必要ですね。
看守に少し留守にすることを伝え、留置施設を出ました。
ついでにタオルと洗面器を用意しましょう。高熱だと冷却シートは気休めにしかなりませんから。
「……キリノ」
今しがた届けられたばかりの書類に目を通す。
内容はD.U.の治安に関する報告書です。私の部下が調査してまとめた物と、ヴァルキューレから提出された物。どちらもチェックして、その内容に満足しました。
「治安に関する不満の声は減少傾向にありますね。いやあ、実に助かりますよ」
ヴァルキューレが目立つ活躍をすることで、防衛室も評価され支持が上がることでしょう。
これは同時にSRT閉鎖の後押しになります。私にとって、実に都合がいいことですね。
「あの野良犬、中々使えますね。狂犬の泣き所というのも好都合です」
デスクの引き出しを開けて別の書類を取り出す。それは狂犬から提出された要望書。
それにもう一度目を通した後、サインと認可の印を押した。
私を主と認め、きちんと伺いを立てて求める。結構なことです。
道理をわきまえた行動ならば、私も
「今、潰れられても困りますからね。家族ごっこくらい許可しますとも。ご自由にどうぞ」
その代わり……まだまだ、働いてもらいますよ?
シロコがヴァルキューレに拾われたことで様々な影響が出ていますが、一番振り回されているのはキリノです。
頑張れキリノ! この小説はある意味、君の成長物語だからな!