ヴァルキューレの狼   作:アホの子ヴァルコ

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新イベントはやっぱりトンチキでしたね。面白かった!
そしてコノカ実装。キャラクターの掘り下げができました。

ただ、コノカのとあるセリフがピンポイントにぶっ刺さって変な声が出ました。


特別休養 前半

ん、今日は晴天の脱獄日和。なんだけど……お休み。病み上がりで静養を命じられている。

 

風邪の完治に二日もかかってしまった。

だからその分、奉仕作業を頑張ろうと思ったのに出られない。寝坊もしなかったし日課の体操も万全。さあ朝食を食べて脱獄だ。……そう意気込んでたら看守に止められた。

 

『501番、本日は外出禁止だ。奉仕作業も中止である』

『……なんで? 晴れてるし社会貢献作業に出たい』

『駄目だ。そういう通達が届いている。しっかりと体を休めておけ』

 

通達。たぶんカンナだ。モモトークで調子を確認してたから先手を打ってきたに違いない。

心配してくれるのは嬉しいけど、私はもっとカンナの役に立ちたい。これでは恩返しと罪滅ぼしどころか、さらに迷惑をかけているだけだよ……。

 

それに……気がかりが一つ増えた。キリノだ。

風邪で寝込んでいたとき、独り言を聞いてしまった。

 

―――私はあなたに憧れて、そして嫉妬しています。

 

小さな声の短い独り言。しかも意識が朦朧としてたからはっきりとは覚えてない。

そもそもキリノが私なんかに憧れるわけがないし、嫉妬する理由もよくわからないんだよね。だから聞き間違いの可能性が高いけど……こんなのどう確認すればいいんだろう。

 

ただ……私は以前、キリノに迷惑をかけていることに気がつかなかった。それでキリノを困らせてしまった前例がある。

 

(……フブキに相談してみよう)

 

察しのいい大先輩ならなにかヒントをくれるかもしれない。賞金首の精算もまだだし、生活安全局へ顔を出しに行こう。看守が許してくれるかはわからないけど交渉してみる。

 

そうと決まれば脱獄だ。話しかけてくる住人たちを無視して二重扉を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

看守にお願いしたら条件付きで扉を開けてくれた。

条件は二つ。ヴァルキューレの敷地から出ない。そして昼食までに戻ること。ん、了解した。

 

まずは更衣室でお着換え。やっぱり囚人服は目立つしね。

基本の半袖制服にジャケットとタイツを追加。風邪を引いたばかりだから暖かくしよう。外には出ないから防弾ベスト、手袋、ニーパッドは不要だね。靴も今日はブーツでいい。

 

銃を持ってないと変だから制式拳銃をチョイス。レッグホルスターを大腿部に装着して収めた。

制帽を被って準備完了。生活安全局へ行こう。フブキは居るかな?

 

 

 

残念、フブキは不在だった。キリノと交通事故の応援に出たんだって。

これは交通局の管轄なんだけど、現場で人手が足りなくなると安全局に要請が届く。今回は事故車が信号機をなぎ倒して手信号が必要らしい。こうなると簡単には戻ってこないだろう。

 

人が少ない午前中とはいえ、事務仕事中の生徒もいるし移動しよう。お邪魔しました。

 

んー……なにをしようかな。廊下を歩きながら考えるけど特に思いつかない。天気のよい日に学校内を目的もなくうろつくなんて久しぶりだ。

顔見知りのお手伝い……奉仕作業が中止されてるし駄目だよね。なにかの訓練……怒られそう。

 

あ、そうだ。たいした労働じゃないけど暇をつぶすには十分な作業がある。地下駐車場へ行こう。

 

 

 

駐車場の詰所に向かい、当番生徒に工具の使用許可をもらって来た。

車両のメンテナンスに使う工具箱を一つ持ち出して駐輪場へ。そこには生徒用の自転車……軽快車とクロスバイクが停められている。

 

軽快車とは一般的な汎用自転車のことで、ヴァルキューレ近辺の警らとかちょっとしたお出かけに使われる。今も多くの車両が使用中でほとんど残ってない。警らの時間帯だしね。

 

クロスバイクはスポーツ走行用の車両で軽快車よりスピードが出る。街乗り向けで操作性も悪くない。でも生徒には不人気。たまにしか使われてない。

 

なぜかと言うと……性能を最大限に発揮するのが難しいからだ。

どれだけ車両性能が高くても動力は人力。加速や最高速、行動範囲が乗り手に大きく左右される。だったら誰が扱っても平均的な性能で乗りやすい軽快車で十分という子が多い。

 

それにヴァルキューレにはPM*1の警ら用スクーターとか大型バイクもある。だからまあ……わざわざクロスバイクを選ぶ理由がないんだよね。

 

じゃあなんでクロスバイクなんてあるの? ってことになるんだけど、この車両たちはメーカーからの寄贈品。ぜひともヴァルキューレで活用してほしいと無償で送られた物なんだって。

だからクロスバイクに限っては、私が乗り回しても誰も文句は言わない。むしろ上もメーカーに顔向けできると喜んでるんじゃないかな?

 

だって、私が使ってる車両だけドリンクホルダーとかシートポストキャリア、パニアバッグが後付けされてるからね。最初はこんな装備なかった。

詰所で鍵を借りたとき、今後はこの車両に乗れって言われたから使ってる。まあ便利だし助かるからいいんだけどね。たぶんこれも、フブキが前に言ってた「上層部の飴」なんだろうなぁ。

 

さて、そろそろ作業を始めよう。いつもお世話になってる自転車に洗車と油差しだ。

 

 

 

駐輪場から地下駐車場の出入り口横にある外水栓に自転車を移動させてきた。

まずはパニアバッグを外しておく。そしたらメンテナンススタンドで車両を固定。最初にチェックするのはチェーンだ。……たるみはないね。張り調整もまだいらない。

 

工具箱からクリーナーとブラシを取り出し、汚れをかき出したらウエスで包んでペダルを回す。チェーンを一周させるとウエスが真っ黒。こまめにメンテしてあげられなくてごめんね。

タイヤは溝と弾力がある。交換はまだ不要。ブレーキはちゃんと効くし鳴きもない。問題なし。

 

それじゃあ洗車しよう。バケツに水とカーシャンプー……は高いから使えない。安い中性洗剤を入れて泡立てる。ヴァルキューレは予算不足だから仕方ないんだよ。

洗剤の用意ができたら車体全体を軽く水洗いして砂ぼこりを流しておく。いきなりゴシゴシ洗うのは駄目。傷だらけになるからね。

 

そしたらスポンジでフレームを優しく洗う。ブレーキ回りとタイヤのハブは触らない。チェーンと接触するスプロケは洗っていい。最後にタイヤをブラシでたたき洗い。洗浄はこれくらいでよし。

 

ホースの散水ノズルをシャワーに切り替えて水洗い。中性洗剤は手早く流さないとグリスまで落としてしまう。泡が流れ落ちたら洗車は完了だ。

水気をウエスで拭き取ったらサーキュレーターで強制乾燥を開始。しばらく放置しよう。

 

洗車道具だけ先に片付けて小休止。建物の外壁に背中を預けて一息ついた。

今日は本当にいい天気でそよ風が心地よい。これなら自転車もすぐに乾くだろう。そんなことを考えながらピカピカのクロスバイクを眺めていると、ふと懐かしい記憶が浮かんだ。

 

 

『自転車に興味があるのか? 乗り物だぞ。使い方は……説明するより見た方が早いか』

 

『いいか、自転車の二人乗りは禁止されている。今回は学校敷地内だから特別だ。手を離すなよ』

 

『運転したい? 馬鹿を言うな。お前の足の長さではペダルに届かん。大きくなるまで我慢しろ』

 

『もう十分だろう。降りろ。……おい、ジャケットが破れる。……はぁ、もう一周だけだぞ』

 

 

あれはカンナが私の身元引受人になって……二日目か三日目だったかな。

これから生活するヴァルキューレの教室や施設を覚えるために、カンナの案内であちこち見て回ってた。それで駐輪場に立ち寄ったのが自転車との出会いだった。

 

その頃の私は知らないことの方が多かった。だから自転車もよくわからなくて……乗り物と聞いて、動く姿が見たいとカンナにお願いした。

 

カンナが軽快車で駐輪場をぐるりと一周。それにすごく興奮して乗りたいと強請った。カンナの背中に引っ付いて……はしゃいだの、覚えてるよ。

 

小さな私は本当にわがままな子供だった。それでもカンナは見捨てないで隣に居てくれた。

でも今は……遠く離れてしまった。私のそばにカンナは居ない。

 

カンナは三年生。来年の春で卒業だ。卒業したら……置いていかれるよね。私はもう子供じゃないんだし当たり前だよね。縁が切れて当然なんだよね。

 

そんなのわかってる。カンナに迷惑をかけないためにも、私はこのまま囚人でいいんだ。牢屋生活だって気に入ってる。だからその先は、先のことは……。

 

……考えるのが、怖い。

 

 

 

物思いにふけてたら自転車が乾燥してた。

サーキュレーターを片付けたら最後の仕上げ、注油だ。ペダルをゆっくり回しながらチェーンにオイルを垂らしてなじませる。これを一周やったら余分なオイルが飛び散らないように拭きあげた。

 

もう一か所、ブレーキレバーの可動部分にスプレータイプの潤滑油をさしたら完了。これでメンテナンスはおしまい。

本当はもっと細かい手入れが必要だけど……それはプロのお仕事。アマチュアの私が触れる範囲じゃないからね。年に二回ある総点検に任せよう。

 

道具を片付けたらパニアバッグを元通りにして駐輪場へ。所定の位置にクロスバイクを停めた。

さてと、時間は結構つぶせたよね。フブキが戻ってないか確認―――

 

「シロコ、待て」

「ん」

 

背後から呼び止められた。振り返るとしかめ面のカンナが仁王立ち。前にも同じことあったよね?

危険を察知! 逃亡に……失敗。アイアンクローで捕獲された。痛かった。

 

「お前は今日、外出禁止だろうが。ここでなにをしている?」

「看守に許可をもらってお散歩中。さっきまで自転車のメンテしてた」

 

ヴァルキューレの敷地から出てはいない。だから外出禁止は破ってないよ。問題なし。

目が吊り上がったカンナの詰問に堂々と答えたら再びアイアンクロー。さっきより力が強い!

 

「百歩譲って散歩はいい。だが自転車のメンテだと!? 病み上がりがなにをしとるかぁ!!」

 

二回攻撃はずるい! ん! ごめんなさい!

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「まったく、お前のために奉仕作業を中止にしたんだぞ。今日は部屋で大人しくしていろ」

「……はい」

 

強く責めるつもりはなかったが、私の言葉にシロコは落ち込んだ様子だ。

立場上、叱らないわけにはいかない。それに誰かに見られている可能性もある。シロコを快く思わない生徒だって居るんだ。今は甘やかしてやれない。

 

「せっかくだ、暇なら自習しろ。タブレットの学習用アプリを起動していないのは知ってるぞ」

「あれはその……飽きちゃって……」

「飽きただと? ほう、飽きるほど自習したならテストも余裕だろうな。近々、覚悟しておけ」

 

失言をしたシロコがしどろもどろな言い訳を始めるが耳を貸さない。嫌がっても駄目だぞ。お前の成績、久しく確認してないからな。では部屋に戻れ。……行け!

 

とぼとぼと歩き出したシロコの背中を見送る。その姿が校舎内に消えてからため息を吐いた。

 

(……シロコ、すまん。もう少しだけ我慢してくれ)

 

自主学習にテスト、そして奉仕作業。意義が見いだせないからモチベーションを維持するのも難しいだろうな。

特に奉仕作業は……社会貢献作業は終わりのない持久走と変わらない。上が許すまで、延々と走り続けるしかない。そうやって、シロコを食い物にしている。

 

そして……「お食事券」という秘匿された汚れ仕事。

シロコ、お前はフブキの協力で私に隠し通せていると、そう思っているんだろう?

 

だがな、私はとっくに知っている。

上層部が作り出したその()()()()()()()の全貌も……知っているんだよ。上はシロコに耳触りのいい説明しかしていない。嘘はついてないさ。だが、肝心な部分はなにも教えていない。

 

この状況がいつまで続くのかは不明だが……遠からず、シロコが先に潰れるだろう。

そうなったら上層部は確実にシロコを切り捨てる。末路は言うまでもない。

 

私はそれを、黙って見ているつもりはないぞ。

 

(シロコを縛りつけてしまったのは私だ。だから私がシロコを解放してやる。必ずだ)

 

 

 

 

 

 

 

調理実習室でジャケットを脱ぎ、代わりに無地のエプロンを身に着けた。

冷蔵庫を開いて献立を考える。病み上がりだから軽い物……鶏肉を入れた粥にするか。

 

材料をテーブルに並べ、作業を始めながら思案する。

私がやることは裏目に出ることが多い。特にシロコに関してはそうだ。良かれと思ってした行動が悪い結果に繋がる。最たる例が……キリノだな。

 

キリノは実直な人柄で評価されていた。そんな後輩がシロコのことを聞きたいと私の前に現れた。このとき私は……もしもに備えて、キリノに後を託せないかと考えてしまったんだ。

 

私はもう三年生。卒業まで一年を切っている。今後を考えると卒業できるかも怪しい。だから一年生のキリノが、シロコの味方になってくれればと……それがいけなかった。

 

ヴァルキューレの隠された闇を知ったキリノは、強いショックを受けて変わってしまった。正義を疑うことなく信じていたキリノはもういない。

 

(後輩たちのためにも、腐りきった膿は出し切る必要がある)

 

……それが私の、ヴァルキューレでの最後の仕事になるだろう。

 

 

 

よし、料理が完成した。ホタテと鶏ガラ出汁のお粥。具はシンプルにささみと白菜のみ。みじん切りにした生姜とごま油で仕上げた。

デザートはすりおろしたリンゴと無糖ヨーグルトを混ぜ合わせ、角切りリンゴを散らしてある。

 

お粥は冷めてしまったら台無しだ。手早く片付けて運ぶとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

留置施設の看守係長と挨拶を交わしてから居室エリアに入る。

牢屋の不良たちが騒ぎ出した。私を見て怯える者、目を逸らす者、反抗的な者……様々な反応を向けてくる。これでは看守を煩わせてしまうな。仕方ない。

 

「―――黙れ」

 

反抗的な不良に冷ややかな視線で威圧しながら一言。……静かになったな。それでいい。大人しくしていろ。騒ぐ不良を黙らせながらシロコの牢にやって来た。

 

「……カンナ?」

 

机に向かっていたシロコが私を見て目を丸くする。扉を解錠して中に入り、タブレットの画面をのぞき込むと学習用アプリが起動していた。ちゃんと勉強しているようだな。

 

「501番。少々話がある、出ろ。……スマホとマネーカードを携帯しろ

「? ……わかりました」

 

囚人番号で呼んだことで察したのか、シロコは疑問を返さず大人しく従って動きだした。

タブレットを終了させ、スマホとカードをズボンの尻ポケットに収めると上着で隠す。準備を整えたシロコが両手を差し出したので手錠をかけた。

 

紐を引いて廊下を歩く。向かうのは留置施設の取調室だ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

カンナに先導されて取調室にやって来た。

少し前に叱られたばかりだからお話の内容がちょっと怖い。それにスマホとカードを用意しろとか……もしかして、今から病院へ行くのかな。それともなにか別のお説教だろうか。

 

憂鬱な気分で項垂れていると、手錠を外したカンナが私の頭に手を置いた。優しく撫でられて気持ちがいい。……お説教じゃないの?

 

「話すことはあるが、まずは食事にしよう。昼食を用意した。準備を手伝ってくれ」

「ん……わかった」

 

差し出された濡れ布巾を受け取って机を拭く。カンナは部屋の隅にあるテーブルで食器を並べるとお鍋の蓋を開けた。取調室に生姜の匂いが広がる。それを嗅いだら急にお腹が空き始めた。

 

お椀によそわれたのは雑炊……いや、お粥かな? ほかほかと湯気が立っててまだ暖かい。ごま油の匂いもしてきた。早く食べたい。

水を注いだコップとレンゲを並べる。カンナと一緒のご飯なんて久しぶりだ。とても嬉しい。

 

 

 

 

カンナと向かい合って椅子に座った。そしたら手を合わせて、いただきます。

 

レンゲを手にしてお粥を口に運ぶ。水分が多めでさらりとした口当たりだけど鳥の旨味がすごい。他にもなにか入ってると思う。たぶん貝類かな? 淡白なささみも下味がついてて美味しい。

白菜も火が通ってて甘いし生姜がいいアクセントになってる。飽きずにペロリと食べきった。

 

「食欲があるのはいいことだが、よく噛んで食べろ。おかわりが欲しいならあるぞ」

「ん、まだ食べたい」

 

二杯おかわりして大満足。デザートのリンゴヨーグルトも食べきって、ごちそうさまでした。

 

「美味しかった。カンナ、ご飯作ってくれてありがとう」

「大した手間じゃないし気にするな。それより、風邪はもう心配ないんだな?」

「うん、すっかり治った。元気だよ」

「ならいい。……本題に入れそうだ」

 

カンナの言葉に姿勢を正す。ご飯に夢中になってたけどお話があるんだよね。

……ん、いいよ。それで、どんな内容なの?

 

「かしこまる必要はないぞ。シロコ、お前の特別休養が決定した」

「……なにそれ?」

「本日、13:00より一時釈放する。明日の同時刻まで、監視員を同伴する条件でお前は自由だ」

 

一時釈放? 私が自由? それは……いや、嬉しいけど……でも私、風邪で二日も寝込んだし今日も休んでる。監視する人も私から離れられないんでしょ? だったらいいよ。遠慮する―――

 

「なお、監視員は私だ。宿泊先は私の自宅。そしてこれは、私の休暇も兼ねている。つまりシロコが拒否すると自動的に休暇が消えるな。ああ、休みたかった」

「それ卑怯じゃない? 私、断れないじゃん……」

 

この間の脱獄に対する詭弁といい、カンナがなんていうか……()()()()()。やっぱりカンナは少し変わった。キヴォトスのろくでなしな大人たちの影響を受けていないか心配だよ。

 

「それでどうする? 明確に答えてくれ。本気で嫌なら別に拒否しても構わないぞ」

「受けます。ありがたく承諾するよ。……お泊りできるのは素直に嬉しいから」

「そうか。ではこの機会にしっかりリフレッシュするといい」

 

そうと決まれば善は急げ。カンナと一緒に取調室を片付けると本館に移動した。

そのまま調理実習室へ向かい二人で洗い物。昔はちびの私が皿拭き担当だったよね。でも背が伸びた今なら、カンナと並んで作業できるんだ。えっへん。

 

洗い物が終わったら次は更衣室だ。制服でいい? それともジャージ?

……カンナが名札の張ってないロッカーから紙袋取り出した。これに着替えるの?

 

「私は公安局に顔を出してくる。ここを動くなよ」

「着替えたらそっちに行こうか?」

「いや、お前の特別休養はまだ一部の生徒しか知らない。あまりうろつくな」

「……わかった。大人しくしてるね」

 

カンナを見送ったら紙袋の中身を確認。フード付きパーカーにショートパンツ。ハイソックスとスニーカーだ。色はパーカーとソックスが白。パンツとスニーカーが紺色。靴紐だけライトブルー。

 

私好みのシンプルな無地の服だ。色合いも気に入った。早速着替えよう。

 

 

 

着替え完了。パーカーは春先用のやや薄手な生地で着心地がいい。パンツとスニーカーは私の体型にピッタリ。普段選んでる制服からサイズを割り出したのかな?

全部新品みたいだけど……一度、洗濯されてるのか柔軟剤の匂いがする。このほのかな香りはカンナが使ってるやつだ。カンナは鼻が効くから強い香りを避けてる。香水もつけないしね。

 

(……服からカンナと同じ匂いがするの、落ち着く)

 

一緒に暮らしてた頃はなんとも思わなかったけど、久しぶりに嗅ぎ慣れた匂いに包まれて気分が高揚する。風邪で休んだこととか、叱られて憂鬱になってた気分がどこかへ飛んで行ってしまった。

我ながら単純だ。でも今は許して。パーカーの裾を顔に当てて深呼吸。……ん、嬉しい。

 

忙しいだろうに、わざわざ服を用意して洗濯までしてくれて……本当に嬉しいんだよ。

ありがとうカンナ。私、カンナに出会えてよかった。拾ってくれて感謝してる。空っぽだった私に居場所をくれたこと、ずっと忘れないからね。

 

 

 

……うーん、匂いを嗅ぐのがやめられない。やっぱり私、狼なんだなぁ。ただ欲を言えば、カンナ本人の匂いとか温もりがあればもっと―――

 

「……なにをしているんだ?」

「幸せになってるの……ん?」

 

―――人の声と気配。目の前に誰かいる。ていうかこの声は……カンナ?

 

慌てて腕を顔から離すとやっぱりカンナだった。困惑した表情で首を傾げている。

なんでもないから。違うから。……具合が悪いとかじゃないから、気にしないで。平気平気。

 

「支障がないなら、まあいい。それよりこれを渡しておく」

「……拳銃?」

 

カンナがジャケットの内ポケットから取り出したのは、ホルスターに収められた小型の自動拳銃。これは確か……護身用のポケットピストルだっけ?

弾も小さくて制式拳銃より非力な豆鉄砲。キヴォトスではアクセサリーみたいなものだ。

 

「一時保釈中だが、非武装で歩き回るのは悪目立ちする。これを見える位置に装備しろ」

「ん、わかった。弾は入ってないよね?」

「いや、念のためマガジンに装填してある。ただし、許可なく発砲するなよ」

「了解」

 

渡されたのはクリップ式のインサイドホルスター。じゃあパーカーのカンガルーポケットに挟んでおくね。これならクリップと銃の一部が正面から見えるはずだ。

スマホとマネーカードもショーパンのポケットにしっかり入ってる。忘れ物はない。

 

「カンナ、準備できたよ」

「……もう暫し待て。13:00まで数分ある。ここで待機するぞ」

 

カンナがスツールベンチに腰かけた。私も隣に座るね。

今のうちに銃を確認しておこう。ホルスターから抜いて目視確認。操作部分はトリガーとマガジンリリースボタンしかない。ハンマーレスのコンシールドキャリーだね。

 

マガジンには小口径の拳銃弾が七発。銃本体だけだと軽すぎておもちゃみたいだ。トリガーはかなり重い。安全装置がないからこれが仕様なんだろうね。

 

「それは間に合わせの安物だ。性能には期待するなよ」

「ヴァルキューレの備品じゃないんだね?」

「近くのコンビニで投げ売りされていた代物だ。子供の練習用とあったが……使用用途が合わん。恐らく、仕入れ担当が一杯食わされたんだろうな」

 

グリップが小さいから子供でも握れそうだけど、不慣れな人間にこのトリガーの重さで正確に狙うのは難しい。あくまでも護身用。またはバックアップガンだ。確かに用途が合ってない。

 

「いざとなったら捨てる覚悟で使え。壊したり無くしても構わん」

「わかった。……ただ、私もあまり使いたくないかな」

 

苦笑しながらマガジンを戻してホルスターへ収めた。安全装置がないから薬室への装填はしないでおく。暴発とかしたら大変だしね。

 

その後は世間話で時間をつぶし、十三時になったら静かに廊下を移動。徒歩で学校を出発した。

カンナとふたりきりでお出かけ。そしてお泊り。夢のようだ。……まさか夢じゃないよね?

 

歩きながら自分の頬を抓ったけどちゃんと痛かった。ん、安心。さあ行こう。

 

 

 

 

 

 

 

ヴァルキューレを出発した私たちはカンナのマンションを目指している。

カンナはどこにでも付き合うって言ってくれたけど、私は遊びに行くよりのんびりしたい。

 

だからカンナの自宅で一日過ごすことにした。どのみちカンナが制服姿だしね。なにをするにしてもまずは着替えだ。

 

「のんびりするのは構わんが、夕飯だけは早めに決めておきたい。食べたい物を遠慮なく言え」

「……なんでもいい。って言ったら余計に困るよね。えっと、じゃああそこ、屋台に行きたい」

 

帰宅が遅くなった日、カンナが連れてってくれた思い出の屋台。スズちゃん、だっけ?

ラーメンも焼き鳥もおでんも、どれを食べても美味かった。それに日が暮れてからなら知り合いと鉢合わせする可能性も低いと思う。駄目かな?

 

「あそこか? まあ、シロコが行きたいと言うなら構わないが」

「ん、楽しみが増えた。……ところでカンナ、公安局の方は大丈夫なの?」

「問題ない。明日の昼まではコノカが局長代行として責任者だ。それにこれは、不測の事態に備えての訓練でもある。私抜きで局が回るかのテストだな。心配は不要だぞ」

 

そう言いながら私の頭をポンポンと軽く叩く。……そのまま撫でてくれるかと思ったけど、すぐに手が離れちゃった。うん、まあ外だしね。撫でまわしながら歩くのなんて難しいよね。

 

だけどなんだかモヤっとする。あれだ、美味しい物を見せびらかして取り上げられた感じ?

うまく言葉にできないけど、車道側を歩くカンナの右手が気になって仕方がない。

 

(どうせ空いてるんだし……いいよね?)

 

左手を伸ばしてカンナの右手を捕まえる。子供っぽいけど手を繋ぎたい。……駄目かな?

 

「……少しだけだぞ」

「ん」

 

カンナは嫌がらなかった。私の手を握り返してくれる。暖かくて優しい温もり。嬉しいな。

そのまま何気ない会話を続けながら歩いた。最近のニュースとかSNSのトレンド、D.U.の治安にカンナのお仕事。話題はなんでもいい。一緒に居られるだけで私は幸せだからね。

 

 

 

結局、手を繋いだままカンナのマンションに到着した。さすがに階段を上がる前に離したけどね。

 

カンナのお部屋は三階の角部屋。鍵を開けてもらったらお先に失礼。ん、一番乗り。

玄関はなにも変わってない。私が逮捕される前と同じだ。2LDKの間取りで廊下沿いにトイレやお風呂、洋間のドアがある。

 

突き当たりのドアを開けると広いリビングダイニング。奥に見える引き違い戸が寝室だ。

小物に多少の違いはあるけど家具は記憶の通り。なにより、カンナの匂いがする。

 

……帰ってきたんだ。カンナと一緒に暮らしてたここに。涙が出てきた。

 

「シロコ、私は先に着替えるから好きに―――シロコ?」

「なんでもないよ。ただ懐かしくて……ちょっと、嬉し涙が出ただけだよ」

 

涙を拭うと部屋を見渡し、本棚に探偵ウサギシリーズを見つけた。私が知らないのが何冊もある。

 

「カンナ、これ読んでいい?」

「好きにしろ」

 

カンナは着替えるために奥の寝室へ向かった。それを見送ってから本を一冊手に取り、ソファに寝そべる。明日までの自由時間、目一杯堪能しよう。ん、楽しみ!

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

寝室の引き違い戸を閉めるとジャケットを脱いだ。

壁面に造り付けられたクローゼットからハンガーを取り出し、シワにならないようにジャケットをかけて収める。

 

ネクタイピンを外し首元を緩めながらため息を一つ。

 

(シロコは……体が育っても、中身はあまり変わらんな)

 

昔のようにわがままは言わなくなった。精神的な成長も見て取れる。

だが根っこの部分、口に出さずに静かに甘えてくる部分は変わっていない。

 

最近はどこか遠慮している様子だったが、今日は久しぶりにシロコらしさを感じられた。

しかし同時に、形容しがたいものを感じる。なにか、大事なことを見過ごしているような……。

 

(少し注意して観察するか。……それにしても)

 

脱いだスカートをクリップハンガーに吊るした後、カレンダーに視線を向けた。

今日は五月十五日。……そして明日が十六日だ。シロコが思い出したという誕生日である。

 

(前日だというのに、なにも言わなかったな。プレゼントの要求くらいあると思ったが……)

 

まあ今日はまだ半日あるんだし、そちらも含めて様子を見るとしよう。もしなにか希望するようなら可能な限り叶えてやるさ。

 

さて、シロコを待たせすぎても悪いな。さっさと着替えてコーヒーでも淹れるか。

 

*1
パトロールモーターサイクル




長くなったので半分に切ります。続きはもうちょっとお待ちください。
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