ヴァルキューレの狼   作:アホの子ヴァルコ

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リアルが少し落ち着いたので更新を再開します。

尚、今回投稿分は数日にわたって書き溜めたので完成度が低いです。
もしかしたら部分的に書き直すかもしれません。

更新しないとサボり続けてしまいそうなので許して……。



特別休養 後半

探偵ウサギを読み進めていると私服姿のカンナが寝室から出てきた。

コーヒーを淹れるの? じゃあお手伝いするね。寝そべっていたソファから立ち上がり、カンナの後に続いてキッチンへ。

 

「お前は休んでいてもいいんだぞ?」

「ううん、お手伝いしたい。なんでも言って」

「そうか。……ではまず、湯を沸かしてくれ。電気ケトルはわかるか?」

「作業室で使ったことあるよ。任せて」

 

電気ケトルに指定された水量を注いでいると、カンナが戸棚から道具を次々取り出した。

確か……豆を挽くハンドコーヒーミル、お湯を注ぐドリップポット、豆から抽出するドリッパー、コーヒーを受け止めるサーバー、だったよね?

 

「正解だ。よく覚えていたな」

「何度も作業を見たからね。それに記憶力には自信がある」

「記憶喪失の人間がそれを言うのか? まったく」

 

カンナが苦笑しながら別の袋を取り出した。コーヒー豆と紙のフィルターだ。

デジタルスケールで豆の量を確認し始めたので私も電気ケトルを台座にセット。温度調整はオートのままでいいよね。

 

次は……っと、今は計量中だから声をかけない方がいいかな。

スケールとにらめっこしてるカンナの横顔は記憶と同じ。でも印象は全然違う。身長は伸びたし体も大きくなってる。着ている服もずっと大人っぽくなった。

Vネックニットにデニムパンツ。カンナの金髪にアイボリーのニットがすごく似合う。足も長くてとてもスマートだ。かっこいいね。……けれど、ちょっと寂しい。

 

「……よし」

 

計量が終わったみたい。円筒形のミルの蓋を開けて豆を投入。蓋を戻してハンドルをぐるぐる回すと豆が粉砕される音が聞こえてきた。

 

「シロコ、フィルターをドリッパーにセットしてくれ」

「ん」

 

袋から紙のフィルターを一枚取り出し、貼り合わせを折って形を整えたらドリッパーにセット。

カンナに視線を向けるとうなずいた。記憶の通りにやったけどあってるみたいだね。

 

豆を挽き終わったカンナが食器棚からカップを二つ取り出した。真っ白なマグカップ。側面に犬の足跡のワンポイントがついててかわいい。

私はそれを見て食器棚の引き出しから黒地に白い足跡のコースターを準備した。これでしょ?

 

「ああ、それだ。ありがとう」

「ん」

 

カンナは大き目のマグカップでゆっくりコーヒーを飲むのが好きだ。そのお供がこのコースター。カップの隣に二つ並べると頭を撫でてくれた。ん、もっと撫でろ。

 

 

 

スキンシップを堪能してたら電子音が聞こえた。お湯が沸いたようだ。

名残惜しいけどカンナのコーヒーも飲みたい。ケトルを台座から持ち上げてドリップポットへお湯を移す。これはドリッパーへお湯を注ぐ専用のポット。注ぎ口が細くなってる。

 

「よし、いいぞ。シロコは離れていろ」

 

ケトルを戻したら指示に従ってちょっとだけ離れる。ドリップポットを手にしたカンナはドリッパーへ少量のお湯を注いでフィルターを濡らし始めた。

これを先にやらないと挽いた粉からうまく抽出できないんだって。素人の私にはよくわかんないけど、そういうものらしい。

 

準備が整ったらいよいよ抽出。ミルから取り出した粉をフィルターに入れ、ゆっくりとお湯を注ぎ始めた。……コーヒーの匂いがしてきたよ。

 

ドリッパーの下から黒い液体が滴り、サーバーに溜まっていく。

それをカウンターに手をついてじっと眺める。昔はこのひとときが待ち遠しかった。

 

だって、すごく真剣で……それでいて楽しそうなカンナの表情が見れるから。

 

それを最後に見てから一年以上が経つけど、まるで変わってない。

カンナは成長して立派になった。でもこの瞬間だけは昔のままだ。ん、安心した。

 

 

 

 

 

 

 

マグカップとコースターを手にしてソファに戻ってきた。

カンナと並んで座ったらコーヒーテーブルのシュガーポットを開ける。中身は角砂糖だ。

 

「半分でいいよね?」

「ああ、頼む」

 

トングで角砂糖を一つ持ち上げ、カンナのカップの上で半分にカット。1/2だけ投入して残りは私のカップへ。追加で角砂糖を二個入れたらスプーンでよくかき混ぜた。ん、いただきます。

 

熱いコーヒーを口に含むと懐かしい味がした。香ばしい風味と苦み。それとほんのり感じる酸味。そこに角砂糖の甘味が加わって美味しい。カンナのコーヒーだ。

ただ、ちょっと甘すぎたかも。舌が覚えてる味はもう少し苦かったような……?

 

「……お砂糖変えた?」

「いいや? メーカーも品もずっと同じものだぞ。……口に合わなかったか?」

「そんなことない、美味しいよ」

 

カンナは家で飲むとき角砂糖を半分だけ入れる。だから残りを私がもらってた。二個と1/2が適量だったはずなんだけど変だな。……まさか風邪の後遺症じゃないよね。

 

「それは恐らく、味覚の変化だな。舌が成長して苦みに強くなったからだ。私も経験があるぞ」

「そうなの?」

「コーヒーを飲み始めた頃は缶コーヒーの微糖くらいが好みだった。今では甘すぎる」

 

なるほど、だから昔より甘く感じたんだ。甘い物は好きだから問題なし。むしろ得したね。

コーヒーを一口。ん、この甘さが成長の証。カンナと同じだから何の心配もいらない。

 

「さて、どうする? 家でのんびりしたいと言っていたが、なにか希望はあるか?」

「読書でもいいけど……コーヒーがあるんだし、映画とか見たいな」

 

警察官という立場上、カンナは安定した休みが取得できない。だから趣味の映画を自宅で楽しむために定額制の動画ストリーミングサービスを利用していた。

カンナが仕事を持ち帰った日とかは私もお世話になってたよ。色々なアニメやドラマ、映画を見て暇をつぶしてたからね。

 

「映画か。それなら探偵ウサギの劇場版はどうだ? 三作目をフル3DCG化したものだ」

「いいね。それがいい」

 

提案に賛成するとカンナがリモコンを操作してスマートテレビを起動。メニューから視聴作品を選んでいる間に私は準備を整える。

 

まず窓のカーテンを閉めて部屋を暗くする。そしたら間接照明を点けて光量を調整。映画館みたいな雰囲気になった。そしたらソファの背もたれに使ってたクッションを抱きしめて深く座り直す。

このふわふわしたクッションを抱えながらテレビを見るのが私の視聴スタイルだ。相変わらずのふわふわ具合。カンナの匂いもバッチリ。

 

でも少し小さいような……? いや、私が大きくなったから小さく感じるんだね。もう一つ抱えてこれでよし。準備完了。いつでもいいよ。

 

「ふふっ……」

 

隣のカンナが急に小さく笑った。そっちを見ると……私を見て含み笑いしてる。なに?

 

「なんでもない。再生するぞ」

「ん」

 

今度は頭を撫でられた。……なんかごまかされた気がする。むぅ。

聞こうかどうか迷っていると、テレビの画面に配給会社のCMが映った。いよいよ映画が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

つばのある帽子にロングコート。そしてトレードマークのモノクル。

これらを身に着けた真っ白なウサギの紳士。彼こそがこの映画の主役である。

 

作品名は―――『跳躍探偵ウサギ ~霧に包まれた温泉での滑落~』

探偵ウサギシリーズの三番目の作品で、温泉が湧く山間の田舎町を舞台にした推理ドラマだ。

アクション要素は薄いけど難解なトリックや緊迫感のある展開、登場キャラクターたちの心理描写が高評価の人気作だね。

 

探偵ウサギはカンナのお気に入りで既刊は全て本棚にそろってる。新刊が発売されると学校帰りに本屋に寄り道するくらい楽しみにしてたよね。

私も逮捕されるまではカンナの本を借りて読んでた。でもこの映画のストーリーはまだ知らない。先がまったく読めないからドキドキする。面白い。

 

面白いんだけど、ちょっとストーリーが過激というか怖いね。ヒステリックな獣人女性が血まみれで発見されて、探偵ウサギでついに犠牲者が!? ……と、驚いたけど実際は赤いインクまみれで気絶してるだけだった。

 

固唾を呑んでたから無事とわかって長いため息を吐いた。マグカップからコーヒーを一口。時間が経って冷めてしまったけど今は飲みやすくて助かる。

 

「……小休止を取るか?」

「ううん、いい。続きが気になる」

 

集中しすぎたのか少しだけ気疲れを感じている。でも先を知りたい。

今のところ、主役の探偵は後手に回っている。ここからどう挽回していくのか楽しみだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ストーリーは佳境を過ぎて終盤に入り、もうすぐエンディングを迎えるところだ。

 

シロコは……眠ってしまった。私の肩にもたれかかり、静かに寝息をたてている。

やはりこうなったか。映画の内容によほど興奮したのか、耳をピンと立てたり揺らしながら視聴を続けていたからな。このパターンは寝落ちすると過去の経験から予測できていた。

 

次第に目をこするようになり、私に寄りかかるとあっという間だった。

下げていたテレビの音量をさらに絞り、シロコの肩を抱き寄せて体を密着させる。時期的に毛布がなくても平気だろうが、先日風邪を引いたばかりだ。私の体温でも多少は効果があるだろう。

 

(しかし……寝つきが良すぎる。これが報告にあった睡眠に関する問題か)

 

シロコを問診した医療スタッフから気になる報告が届けられた。それは睡眠不足が原因で健康面に被害が出ているという内容だった。

 

『シロコちゃんですが、深刻な睡眠負債を抱えている可能性が高いです』

『すぐに眠れてすぐに覚醒する。そういう人も確かに居ますが、シロコちゃんは明らかに普通ではありません。ベッドに横になって三分も経たずに意識を失うのは……睡眠ではなく気絶です』

『これは脳が非常停止しているようなものです。しかも本人は睡眠不足をまるで感じていない。ですが起床が安定しなくなり、慢性的な集中力の低下という兆候が表れている』

『このままだと最悪の場合、日中に突然意識を失いかねません。大至急、安定した睡眠をしっかりとれる環境を整えてあげてください』

 

睡眠負債とは、常日頃の睡眠不足が蓄積して様々な健康被害をもたらす状態を指す。

これは一日、寝て過ごせば治まるような症状ではない。負債を毎日の安定した睡眠で、根気よく返済する必要がある。

 

シロコがいつからこんな状態だったのかは不明だが、このままでは睡眠障害に発展しかねない。

もしも警ら中、突然意識を失ったら? 運転をしていたり銃撃戦の真っ最中だったら? ……どうなるかなど、火を見るより明らかだ。

 

風邪を引いたのはある意味、運がよかったと言えるだろう。

誰も事態に気づくことなく、最悪の結果に至ることは防げた。だが同時に、タイムリミットが近いということも判明した。

 

(突破口はSRTだ。彼女たちの閉校騒ぎを利用させてもらう)

 

SRTの閉鎖と生徒たちの編入。それに伴う、警備局の分校への移設。

これを上層部から聞かされたとき、連中を一網打尽にするチャンスだと考えた。

 

上に不満や不信感を持つ生徒は多く、私に賛同する者や協力者集めも進んでいる。

懸念だった防衛室長にも話は通した。相手の真意は読めなかったが、上層部をこれ以上看過できない点では同意を得た。だが……腹に一物を抱えているのは確かだ。()()()()()()がするからな。

 

(まあ、なにを企もうが関係ない。防衛室長が私を利用するなら、私も彼女を利用するまでだ)

 

限度を超えたときには、牙を突き立てるのみ。

シロコの限界は近い。たとえ刺し違えることになっても構うものか。

 

「……ん」

 

シロコが小さく声を上げて身じろぎ。目を覚ましたかと思ったが、顔を私の肩に何度か擦り付けると再び寝息をたてはじめた。

穏やかな寝顔だ。ほんの一時の短い休養ではあるが、どうか享受してほしい。

 

夕方まではこのまま寝かせてやろう。テレビを消すとスマホを取り出しメッセージを確認。コノカから緊急の報告などは届いていないな。明日の午後まで、留守を頼むぞ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

目が覚めたらカンナに膝枕されてた。

映画の途中で寝落ちしたみたい。起こされたときにはもう夕方で空が茜色に染まっている。

 

やってしまった。カンナの休暇でもあるのに貴重な時間を無駄にさせてしまった。ごめんなさい。

自分も居眠りしてたから気にするなってカンナは言うけど……本当かなぁ。

意気消沈してたら屋台の開店がもうすぐだと促された。急いで準備を整えてマンションを出発。

 

外に出ると少し寒い。昼間は暖かいけど太陽が沈むと冷えるね。カンナは上着に黒いロング丈のコーディガンを羽織っている。

私はタイツを借りてハイソックスから履き替えた。カンナの適性サイズだからちょっと大きいけどショートパンツで押さえるから平気だよ。ん、ありがとう。

 

風除けと人目を避けるためにパーカーのフードを被っておく。できれば手を繋ぎたかったけど、カンナがコーディガンのポケットに手を入れたから諦めよう。私もカンガルーポケットに両手を突っ込んで暖を取りながら歩いた。

 

太陽は完全に沈んでしまったけれど支障はない。街灯やビルの窓灯りなど、人工の光に照らされて街路はとても明るいからね。

この時間になるとさすがに制服姿の子供たちは数を減らし、代わりにスーツ姿や作業着、私服の大人たちが増える。皆、家路を目指しているのかな。

 

疲れた様子の市民たちを横目に、カンナとおしゃべりしながら道を歩いていると……見えてきた。

 

大型のリヤカーフレームと一体化した木製の屋台。お客さんが並んで腰掛けるベンチ。赤い提灯に暖簾。麺屋スズちゃん。昔となにも変わってないね。

まだお客さんは誰も居ない。暖簾をくぐると獣人の店主がお出迎えしてくれた。

 

「こんばんは。……ふむ、今日の限定メニューはなしか。いささか残念だが、それも時の運だな」

「ないものは仕方ないよ。それより早く注文しよう。お腹空いた」

 

フードを下ろしてベンチに座る。目の前のおでんケースからいい匂いがして腹の虫が騒ぎ出した。

 

「私は焼き鳥の盛り合わせ。タレでください。それと特製烏龍茶を。シロコはどうする?」

「まずはおでんかな。大根とはんぺんとウインナーをお願いします」

「あい、少々お待ちください~」

 

注文を伝えると店主が間延びした声で答える。懐かしいやり取りに過去の情景が浮かんできた。

 

 

 

学校からの帰り道。遅くなった日はここで夕飯を食べてた。日が沈んで暗くなると、カンナは少しだけ子供っぽくなる。公安局の警察官から年相応の子供に戻ってたよね。

 

『あっ! 私の串を勝手に取るな! お前はラーメン頼んだだろ!』

『ん、焼き鳥も食べたい。美味いね』

『このっ……じゃあ私はチャーシューをもらうからな!』

『二切れしかないのにひどい!』

 

わあわあ騒いでも他のお客さんが居なければ店主は許してくれた。美味しいものをお腹いっぱい食べて、そして並んで歩いてカンナのマンションに帰宅する。……毎日が楽しくて、一番幸せだった頃の大切な思い出だ。

 

 

 

「焼き鳥とおでん、お待ち~」

 

目の前のカウンターに注文した品が並んだ。追憶にふけるのはおしまい。さあ、冷める前に食べようか。いただきます。

 

まずは王道の大根から。しっかりと煮込まれて箸で簡単に切れる柔らかさ。お出汁と色々な具材の旨味が染みてる。はんぺんはふわふわで味もいいけど食感が楽しい。ウインナーは熱々の肉汁が口の中でお出汁と混ざり合う。どれも美味い。

 

追加で卵と焼きちくわを食べたらラーメンを注文。カンナも同じ品を頼んだ。

鶏ガラの醤油スープにストレートの中華麺。具はチャーシュー、ネギ、もやし、海苔。レンゲでスープを一口。濃厚な鶏と魚介、野菜の出汁に醤油タレの旨味。ああ、この味だ。

 

次に麺を口に運ぶ。少し短めに茹でられた麺を噛み締めれば小麦の風味が口に広がる。安いチルド麺とは違う。これも昔のまま。美味しいね。

 

合間に食べる具も美味い。懐かしくて、嬉しくて……隣のカンナのこともすっかり忘れて、夢中でラーメンを食べた。スープも飲み干して、ごちそうさまでした。

 

「およ? お客さん、大丈夫ですか?」

 

店主が急に声をかけてきたけど……意味がわからない。大丈夫って、なにが?

 

「シロコ、涙が……」

「涙? あ、本当だ」

 

カンナに指摘されるまで全く気がつかなかったけど……私、泣いてた。

店主が差し出してくれた紙ナプキンをもらって目元を拭く。ごめんなさい、ラーメンはとても美味しかったよ。ちょっと昔を思い出してただけだから。

 

 

 

 

 

 

 

屋台を堪能してマンションに戻ってきた。

その帰り道、カンナから手を繋いでくれたのが嬉しかった。寒い夜道でも温もりがあればへっちゃらだね。ただ、屋台で泣いたせいか体調を心配されたけど大丈夫だよ。本当に元気だってば。

 

さて、夕食の後はお風呂だね。風呂掃除を任せてもらったけど浴槽はすでにピカピカ。カンナはきれい好きだもんね。作業はたいした手間もなく、すぐに終わった。

給湯器のリモコンから湯がたまったアナウンスが流れると、着替えを渡される。先に入れってカンナは言うけど……えっと、一緒じゃ駄目かな?

 

「昔ならともかく、今はお互い成長したんだぞ。二人で入るには狭いだろ」

「……ん、わかった。変なこと言ってごめんね」

 

まあそうだよね。ちびだった頃とは違うんだし、別々に入るのが普通だ。家主のカンナに言われた通り、先にお風呂をいただこう。

少しだけしょんぼりして脱衣所に向かい、服を脱いだところで扉がノックされる。下着姿のまま気にせず扉を開けたら、着替えを手にしたカンナが立ってた。

 

「あー……さっきは断ったが、やはり一緒に入ってもいいか?」

「うん、いいよ。一緒がいい」

 

 

 

コップの冷水を一気飲み。入浴で体が火照ってるから爽快だ。

 

お風呂ではカンナと交代で背中を流したり、二人で浴槽に入ったらやっぱり狭くて大変だったけど楽しかった。昔話も弾んでつい長湯してしまったね。

それとカンナの成長がすごかった。いや、服の上からでもわかるけど……やっぱり直接見るのは違うね。大迫力。私もあれくらいになりたいな。

 

その後は読書をしたりボードゲームで遊んだりした。楽しい時間は瞬く間に過ぎさり、現在時刻は二十一時。留置施設だと消灯時間だ。そろそろ寝よう。

カンナが用意してくれたパジャマに着替える。前ボタンの長袖と長ズボン。これもピッタリの大きさだしすごく着心地がいい。安物って言うけど絶対嘘だよね。まったくもう。

 

歯磨きを終えたら寝室へ。

カンナの寝室はセミダブルベッドとサイドテーブル、時計とナイトスタンドしか家具がない。造り付けのクローゼットがあるからタンスも置いてないんだよね。すごくシンプル。

昔はベッドの隣に布団を敷いてた頃もあったけど、一緒に寝るようになってからはクローゼットに片付けられたまま。たぶん今も収納されているはずだ。

 

「……どうする? 布団を敷くか?」

「……」

 

やっぱり処分してないんだね。でもそれは嫌。カンナの袖を摘まんでじっと見上げる。久しぶりに一緒に寝たい。もしかしたらこれが最後になるかもしれないんだよ。だから、お願い。

カンナは苦笑して私の手を握るとベッドに誘ってくれた。先にカンナが横になって、その隣に私が滑り込む。一年以上ぶりのカンナとの添い寝。

 

 

「昔とは違うんだ。ベッドから落ちても文句を言うなよ」

「じゃあ落ちないようにするね」

 

カンナの背中に両手を回してハグ。顔を胸元に埋めると暖かくていい匂い。私がポジションを確保するのに合わせて、カンナも私を抱き寄せてくれた。……鼓動が聞こえるの、すごく安心する。

 

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

私が失ったかけがえのない温もり。今夜一晩限りの幸せ。嬉しいなぁ。本当に嬉しいんだよ。

だから早く寝よう。そうじゃないと、また泣いてしまいそうだから。

 

尾刃カンナ。私に居場所をくれた人。私を受け入れてくれた人。私に寄り添ってくれた人。

私のなによりも大切な人で、お姉さんとかお母さんみたいな人。家族だと思ってる。

 

そんなカンナのしてくれたことを台無しにしてしまったのが私なんだ。

だから私は囚人のままでいい。カンナのためならどんなことでも我慢できる。卒業もちゃんと笑顔で送り出すよ。大丈夫、私はもう子供じゃないから心配しないで。

 

溢れだしそうな感情を必死に抑えつけ心に蓋をする。どうか来年の春まで破裂しませんように。

 

おやすみカンナ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

―――違和感。なにかがモゾモゾと動く感覚に意識が覚醒する。

起床時の習慣で時計を確認すると……朝の六時前。普段よりも遅い目覚めだが、今日の十三時までは休暇だから焦ることはない。

 

体に感じる違和感の正体はシロコだった。……なぜ私の胸を触っているんだ?

目を閉じているし寝息も聞こえる。だから寝ているのは確かだ。悪ふざけというわけではないようだが……。

 

シロコの頭を撫でると獣耳が反応して揺れた。

これは深い睡眠から目覚めつつある状態……寝ぼけているな。なら別にいいか。シロコはスキンシップを好むから身体の接触などよくあることだ。昔は睡眠中に私の服の中に手足どころか、頭まで潜り込もうとしたからな。

 

それを思えば、これくらいの行動はかわいいものだ。睡眠負債の件もあるし、七時までは寝かせてやろう。

 

(それにしても昨日は結局、なんのそぶりも見せなかったな。まさか誕生日をもう忘れたのか?)

 

五月十六日。シロコが思い出した誕生日。モモトークで伝えられたときは、喜びより焦りの方が強かった。誕生日の数日前だぞ。もっと早く思い出してくれ。

仕事の合間を縫ってプレゼントを考えたり、有給の申請や一時保釈の手続きをするのは苦労した。協力してくれたコノカにもなにか礼を考えないとな。

 

「ん……ふわぁ」

 

考え事にふけているとシロコが目を覚ました。まどろむ瞳にあくび。まだ夢うつつな様子だ。

 

「シロコ、まだ起きるには早いぞ。もう少し寝ていような」

「……うん」

 

シロコを抱き直して背中を軽く叩くと、私の胸に顔をうずめて再び寝息をたてだした。

私ももう一眠りしよう。シロコの獣耳が頬をくすぐる感触が心地よくて、後を追うように意識が沈んでいった。

 

 

 

 

 

七時に二人そろって起床。おはようシロコ。

背筋を伸ばして朝の挨拶をしたら洗面台で身だしなみを整える。ルームウェアに着替えて私は朝食の用意。シロコは洗濯機を回してベッドを整える。同居してた頃と同じ役割分担だ。

 

朝食は春キャベツのホットサンドと卵スープ。旬のキャベツを千切りにして塩をふり、水気を少し抜いてからハムとチーズで挟んで焼き上げた。スープは卵と新玉ねぎのコンソメ仕立て。

 

簡単な料理だがシロコはとても喜んでくれた。

片付けと歯磨きを終え、さあなにをして遊ぼうかとソワソワするシロコをソファに座らせる。寝室のクローゼットに向かい、用意しておいたプレゼントと……もう一つ、預かり物を取り出す。

 

厚みのある紙箱とハンカチ。それらをコーヒーテーブルの上に並べるとシロコの隣に腰かけた。

 

「シロコ、お前に渡す物が二つある。まずはこちらだ」

「あ、これ……私の」

 

折りたたまれたハンカチを開くと、そこには逆さ十字をモチーフにした水色の髪飾り。

出会った当初からシロコが身に着けていたアクセサリーだが、収監のときに没収された物だ。それを私がずっと保管していたんだよ。

 

言葉が出ない様子のシロコに髪飾りをつけてやる。砂狼シロコのかけていたワンピース。パズルの最後の一片がはまるように、前髪に納まった。

 

「もう処分されたと思ってた……」

「身元不明者の唯一の所持品だぞ。おいそれと処分などするか」

 

髪飾りを触り感慨深そうなシロコにもっともらしい嘘をつく。本当は没収されてすぐ、心無い上級生の手でごみ箱に捨てられていた。だがそれを目撃した同級生が回収して届けてくれたんだ。

そんな悪意に満ちた事実、シロコが知る必要はない。髪飾りはシロコの元へ戻りシロコが喜んだ。それでこの話は終いだ。

 

 

「もう一つは私からお前へのプレゼントだ。開けてみろ」

「……マグカップ?」

 

紙箱の中身は梱包材に包まれた陶器製のマグカップ。

ライトブルーの表面塗装に並んで座る白と黒の二頭の狼。輪郭だけのシルエットイメージだから犬にも見えるがな。

 

「既製品だがシロコの瞳と瞳孔の色合いによく似ているだろう? 店で見かけて、お前にピッタリだと思ったんだ。受け取ってくれ」

「プレゼントって……なんで?」

 

マグカップを手に困惑した様子で尋ねるシロコ。……お前、やっぱり忘れてるな?

 

「今日は五月十六日。シロコが生まれてきた日じゃないか。―――誕生日おめでとう、シロコ」

 

シロコは耳をピンと立てて硬直。マグカップをテーブルに静かに戻すと……飛びかかるように勢いよく抱き着いてきた。背中に回された腕の力が強くて少し苦しい。

おいおい、嬉しいのはわかったから落ち着け。顔を擦りつけすぎだ。摩擦熱で熱いぞ。

 

……待て、首元で匂いを嗅ぐんじゃない。くすぐったいから止めろ。舐めるのはもっと駄目だ!

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

代わり映えのしない牢屋に囚人服の私。……楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。

 

カンナが開いてくれた誕生パーティー。プレゼントのマグカップにコーヒーを注いでもらって甘いケーキでお祝い。年齢はまだ思い出せないからロウソクを一本だけ立てた。

嬉しくて楽しくて……夢中でおしゃべりしてたら十一時。昼食の都合もあったから早めにマンションを出発してヴァルキューレに帰宅。

 

更衣室で囚人服に着替えると私服と拳銃をカンナに預けた。そのまま公安局に向かうと言うのでお別れ。今日は本当にありがとう。またね。

私も午後から刑務作業だ。何日も休ませてもらった分、しっかり働いて返すよ。

 

今は自室で待機中。刑務官を待ってる。机の上の時計を見れば十二時前。もうすぐ現れるだろう。

時計の横にはマグカップと髪飾りが置いてある。それを眺めているだけで心が弾む。

 

私の誕生日。思い出せた大切な記憶。忘れたりなんてしないよ。

ただね、誰かが私を祝ってくれるなんて想像もしてなかったんだ。

 

私が私として目覚めてから、今日が初めての誕生日。お祝いされて……すごく嬉しかった。

 

『誕生日おめでとう、シロコ』

 

カンナに送られた言葉。それを思い返すだけで落ち着かなくなる。じっとしてられなくて部屋の中を無意味にうろつく。狼なのに犬みたいだ。

柔軟体操でもしようかと考えていたら足音が聞こえてきた。きっと刑務官だ。

 

扉の前に立って待機する。さて、今日の刑務官は知ってる子かな? 昼食のお弁当も楽しみだ。

 

 

 

牢屋の硬いベッド。清潔な枕とシーツと毛布。そして返ってきた髪飾りと宝物のマグカップ。

私はここがもっと好きになった。ん、頑張ろう。

 

 




連邦矯正局長のミスズ。
新キャラは嬉しいけどプロットが完成しているので、場合によっては登場しないまま完結するかもしれません。
まずは15日更新のミニストーリーを見てからかな……。
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