ヴァルキューレの狼   作:アホの子ヴァルコ

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報告書 「連続不審火事件」

総員起こし五分前に起床。

目覚めの不調はすっかり落ち着いたみたい。よかった。

 

天候は晴れ。脱獄日和だ。これならドローンの試運転ができそう。

昨日はあんなに騒がしかった留置施設も今は静まり返っている。ご近所さんたちも夢の中だ。

 

≪ おはようございます。ヴァルキューレ警察学校が、朝の七時をお知らせいたします ≫

 

日課をこなしてたら朝の放送。今日も一日が始まる。……あ、そうだ。

スマホをタップしてモモトークを起動。カンナに朝の挨拶。すぐに返ってきた。

 

お互いに「おはよう」と短いメッセージのやり取り。たったこれだけでも十分だよ。

だって、カンナと朝に会話をするの久しぶりなんだ。やっぱりスマホはいいね。

 

 

 

本日のメニューは食パンとマーガリンとイチゴジャムと牛乳。いただきます。

住民が大量に増えたから準備も大変そう。牛乳を飲めない子が何人か、交換を要求して騒いでるね。ただの好き嫌いじゃなくて体質なのはしょうがない。

 

メニューに不満をこぼす子もいるけど昨日ほどの元気はない。一晩、牢で過ごして懲りてきたかな?

食事抜きが嫌なら大人しくしてなよ。ごちそうさまでした。

 

 

 

 

 

 

 

更衣室で着替えているとスマホが鳴った。モモトークの通知音。

画面を確認するとフブキからだ。今日は窓口業務で安全局には居ない……ん、了解。

 

窓口業務は来客や市民の対応をする受付のことで、主に一年生が当番に回される。

入学一年目の生徒は様々な仕事を経験させられる仕組み。これはどの局でも変わらない。

警察官として必須な現場や市民対応を覚えさせること。それと生徒同士の交流が目的なんだって。

 

賞金首を確認すると新しい手配書は出てない。

昨日の騒ぎを思うと、まだ賞金が懸かっていないだけなのか。それともたくさん捕まえたからか。後者なら頑張った甲斐がある。

 

賞金は欲しいけど警察は暇な方がいいよね。さて、着替え終わったし装備を選ぼう。

 

 

 

本日の相棒は制式拳銃。本当は今日も散弾銃にするつもりだったけど余ってなかった。

短機関銃と突撃銃のロッカーも全て空っぽ。返却を待つしかない。

 

ヴァルキューレの生徒たちが持つ銃は支給品。学校から生徒へ贈られる物だ。

その代わりメンテナンスは各自で行う。費用も自己負担。基本的に無償供与は一度だけ。

ただし、正当な理由があれば再支給される。私が借りている銃はそのための在庫品だ。

 

昨日の緊急出動の後処理を優先した結果、メンテナンスが間に合わなくて在庫品のレンタルを希望する子が殺到したんだって。仕方なく私物の銃を持ち出した子もいると聞いたのでわがままは言えない。拳銃でなんとかしよう。

 

駐輪場で自転車を借りてホルダーにスマホをセット。ナビを起動して店舗検索を開始。

ちょっと欲しい物があるので寄り道がしたい。……その暇があればの話だけどね。では出発。

 

 

 

 

 

 

 

D.U.を一時間ほど警らしたけど……事件にも騒動にも出くわさない。

昨日は緊急走行するPCのサイレンがひっきりなしに聞こえてたのに、今日は静かすぎる。

 

警ら中の生徒たちも肩透かしを食らって困惑してる感じだ。ちょっと状況を聞いてみよう。

 

「こっちも朝からずーっと暇よ。PCで警らというかドライブしてる気分ね」

「もしかしてさぁ、不良や犯罪者たちも息切れして休んでるのかな?」

「なによそれ? ……まあ連中だって体力が無尽蔵ってわけじゃないか」

「連邦生徒会が行政権を取り戻して活動を再開した。っていう報道も影響してるかもね~」

 

路肩にPCを停めてジュースを飲んでた二人組だけじゃなくて、他の警ら当番も暇してるんだ。

なんか拍子抜けした。

 

「連邦生徒会と言えば新しい組織が……えっと、なんだっけ?」

「ちょっと待ってね。……あった。連邦捜査部S.C.H.A.L.Eだよ」

 

一人の疑問にもう一人がスマホを操作して検索。

見せてくれた画面には連邦生徒会直轄の組織についてのニュースが表示されていた。

 

大人の「先生」が顧問を勤め、あらゆる規制や罰則を免れる超法規的機関……?

なんか難しそうでよくわかんない。まあ連邦生徒会の組織なら私が関わることはないかな。

 

「昨日の外郭地区の暴動を鎮圧したの、シャーレの先生と他校の生徒数名らしいね。やるじゃん」

()()()()()()()。先生の指揮が凄かったって、参加した子から聞いたわ」

 

外郭地区の方、そんなことになってたんだ。

応援に向かってたらその先生って人と遭遇してたかもしれない。やっぱり行かなくてよかった。

 

情報提供に感謝してその場を離れる。

さて、警らを続けてもいいんだけど……こんなに平穏なのは予想外なんだよね。

 

んー……決めた。先に買い物に行こう。

ナビを再び起動して目的地を選択。場所は―――大型の家電量販店。

 

 

 

 

 

 

 

目当ての品が購入できてよかった。量販店のパーキングでさっそく開封し身に着ける。

買ったのは骨伝導ヘッドセット。Bluetooth接続が可能なネックバンド型。これで運転中でも通話ができる。さらに別のガジェットを一台連動できる優れ物。

 

まずはスマホとペアリング。問題なく接続できた。着信試験に電話して通話も完璧。

続いてウエストポーチからドローンを取り出しスイッチを入れる。スマホの操縦アプリから起動して追従モードを選択。この状態でヘッドセットの多機能ボタンにドローンを連動登録した。

 

これでボタン一つでドローンが起動し、自動的に追従モードに移行してくれる。

スマホを操作して起動シーケンスが終わるのを待つ手間が省略できるのはありがたい。

 

パーキング内を自転車で往復して問題なく追従できることを確認したらドローンを片付けた。

ドローンは便利だけど飛行時間に限界がある。飛ばしたままにはできない。

 

バッテリーの劣化も気になるしお昼休憩のときに稼働時間をチェックしてみよう。

欲しい物は手に入れた。そろそろ警らに戻ろうか。

 

 

 

あちこち走り回って時刻はお昼。成果は小物が一人だけ。

引き渡そうとしたらなぜか生徒たちを見かけない。仕方がないから近くの交番に連れて行った。

 

「やあシロコちゃん。お疲れ……とは言えないかな?」

「ん、今日は変な日。それより警らの子たちを見かけなくなったけど、なにかあったの?」

 

支所当番の一人が顔見知りの子。生活安全局の二年生だ。小物を他の子に預けて少しお話しよう。

 

「ああ、それならパトロールを切り上げて学校に戻ったよ。最低限の生徒は残ってるけどね」

「戻った? なにか問題でも発生した?」

「問題と言えば問題かな。昨日の逮捕者の取り調べや供述調書の作成が遅れていてね、そっちに人手がほしくて手隙なら帰って来いと呼び戻されたのさ」

 

なんだそういうことか。まあ確かに今日のD.U.は不気味なほど静かだし、後回しにしてた仕事があるならそっちを優先するよね。

 

「だからさ、シロコちゃんも今日はゆっくりしなよ。たまには遊んでもいいんだよ?」

「……ううん、それはやめておく。午後も警らを続けるよ」

「そっか。じゃあ私もサボるわけにはいかないね。お互い頑張ろう」

「うん、またね」

 

顔見知りとの会話を切り上げて交番を退出。お邪魔しました。

するとさっきの子が後を追って出てきた。差し出された左手には飴玉が一つ。右手の人差し指を口に当ててパチリとウィンク。

 

……ありがとう。飴を受け取ったら手を振って別れた。

自転車を運転しながら包み紙を開く。飴はリンゴ味だった。ん、美味しい。

 

 

 

今日のお昼はコンビニで調達。近くの公園に移動してそこで食べよう。

 

古びた遊具と水飲み場、公衆トイレにベンチ。小さな公園には私だけ。好都合だ。

ドローンを起動してホバリングで待機させたら手を洗う。木製のピクニックテーブルにビニール袋の中身を広げた。

 

購入したのは鶏と野菜の甘酢あんかけ弁当。いただきます。

ヘルシーな胸肉とたっぷりな野菜の炒め物に酢と醤油ベースのあんが絡めてある。美味しい。

 

濃い目の味付けでごはんが進む。ポテトサラダと大根漬けも箸休めにいいね。

野菜は健康維持に必須な食材。たくさん食べよう。

 

お弁当を残さず完食。ごちそうさまでした。

ペットボトルの烏龍茶で一息つく。独特の苦みと香ばしさが食後を爽やかにしてくれる。

 

ごみを処分した後、スマホを確認するとドローンを起動させてから約二十分が経過していた。

バッテリー残量は……65%もあるの? これはおかしい。

 

このドローンの最大飛行時間は四十分間。高速機動なら十五分が安全に飛行できる目安だとマニュアルに書いてあった。それなのにバッテリーが半分も消費していない。経年劣化を考えればもっと減ってるはず。なんでだろう?

 

気になったのでフブキにモモトークで聞いてみよう。

 

 

 

MomoTalk

シロコ_

▶︎
フブキ、ちょっと聞きたいことがある

▶︎
ドローンの性能がカタログスペックより

高い気がする

▶︎
私が使って本当に大丈夫なの?

_フブキ

◀︎
たぶん、前に使ってた子がパーツ交換や

チューニングしたんでしょ

◀︎
普通より高性能ならお得だったね。遠慮

なく使いなよー

シロコ_

▶︎
これ、元は学校の備品だよね?

▶︎
貸与品を生徒がカスタムしていいの?

_フブキ

◀︎
別に珍しいことじゃないよ?

◀︎
壊れた現行型からパーツをリサイクルし

て旧型に組み込むんだよ

◀︎
少しでも無駄を抑えなさいって上層部が

推奨してることだしね

シロコ_

▶︎
そういうことなら納得

▶︎
教えてくれてありがとう

_フブキ

◀︎
はーい。んじゃね~

 

 

 

ヴァルキューレの台所事情を考えると変な話じゃない。まあ余裕を持って飛行できるなら助かる。

 

家電量販店で購入しておいたモバイルバッテリーを接続してドローンの急速充電を開始。

高速機動のテストはまた今度にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

午後の警ら開始してすぐ、サイレンが聞こえる。

PCの緊急走行……じゃない。これは消防車だ。どこかで事故か火災が発生しているみたいだね。

 

数分で聞こえなくなったので警らを続けていたけど、その後も断続的に消防車が走ってる。

もしかしてなにか騒動でも起きてる? 最寄りの交番に立ち寄って情報収集すると……不審火?

 

ごみ置き場、放置車両、空き家と立て続けに小火が発生。どれも調査が開始されて間もないけど火元が特定できない。だから付け火の可能性が浮上した。

そして火災発生後、現場近くで不審者が目撃されてる。騒ぎを聞きつけて野次馬が集まる中、現場とは反対方向に走り去る人物がいた。

 

市民から消防隊員に報告が入り、同じ見た目の不審者が別の火災現場にも居たことが判明。そこで消防からヴァルキューレに情報が届いた。というのが今の状況だ。

 

服装は灰色っぽいパーカーと長ズボン。フードを被りサージカルマスクで口元を覆っていたため、性別や種族、年齢などは不明。推定身長170cm前後の痩せ型ね。

 

特長を覚えて警らを続行。付け火なんて不届きな。見つけたら捕まえてやる。

 

 

 

交番を出発して一時間ほど経った頃だろうか。空に黒煙が昇っているのが見えた。

直ちに自転車を方向転換。煙に向かって全速力で移動を開始。

 

現場は五階建てのマンション。やはり火災が発生していた。

すでに一、二階は部屋の窓が割れて火を噴いている。三階も窓の向こうに火が見えて延焼が始まっていた。

 

そして四階。ベランダに人が居る。まだ小さい獣人の子供だ。

消防は……まだ来ていない。野次馬たちは騒ぐだけ。このままではベランダの子が危険。

 

―――迷ってる暇はない。行こう。

 

制帽とベスト、手袋、ウエストポーチを脱ぎ捨てて身軽になる。シールドも邪魔だ。

マンションの端にある金属製の雨樋を軽く揺すって問題ないことを確認したら登攀を始めた。

 

樋上りなんて砂漠で何度もやったから慣れてる。

入り口が砂に埋もれて窓もシャッターで塞がれていた廃ビルに侵入するには、屋上から攻めるのがセオリーだったからね。

 

熱気をこらえて四階のベランダに到着。隣室とを隔てる仕切り板を蹴って破壊し、子供がいる部屋にたどり着いた。

犬の獣人。幼稚園児くらいの男の子だ。泣いているけど火傷などの怪我は確認できない。

 

「もう大丈夫。私が下に連れて行ってあげるからね」

「……うん」

 

男の子を片手で抱き上げ、ベランダを引き返し樋にたどり着いた。問題はここからだ。

 

「よく聞いて。これから雨樋を使って下に降りる。君は私にしがみついていればいいから」

「えっ……。そ、そんなの無理だよ。怖いよぉ……」

 

ぐずり出した男の子を一度ベランダに下ろし、正面から抱きしめた。

 

「大丈夫。私がちゃんと守ってあげる。落としたりしないから。ね?」

「……う、うん」

「ん、いい子だね。それじゃ行こうか」

 

男の子の頭を一撫でして私の胴体にしがみついてもらう。それを確認したらベランダから樋に飛びついた。

右手と両足でブレーキをかけながら少しずつ下に滑り降りる。左手は男の子を落とさないように背中から私の体に押しつけた。息苦しいだろうけど我慢して。

 

子供に配慮して時間をかけて地面に到着。消防車とヴァルキューレのPCも来てくれた。

消防隊員に子供を預けて大きく深呼吸。あの男の子に支障なし。無事に救出できてよかった。

 

マンションの消火活動が始まり、隊員と生徒たちが野次馬を引き離しはじめた。

投げ捨てた装備を回収したら現場を離れる。早いけど警らを切り上げてヴァルキューレに帰ろう。

 

さっきから手のひらと大腿部が痛痒い。赤く腫れているから火傷したみたいだ。

手袋をつけて自転車のハンドルを握ると引きつるような痛みが走る。これで戦うのは難しい。

 

本当は不審者の捜索がしたかったけど……今日は諦めよう。後は任せます。

 

 

 

「皆様、お待たせしました! クロノススクール報道部の川流シノンが、火災現場から中継いたします!」

「SNSの投稿によると、勇敢なヴァルキューレの生徒が単身、住民を救出しに突入したと……え、もう終わった?」

「せっかく来たのに嘘でしょ!? えーと、じゃあその生徒さん! その子にインタビューを……もう居ない? なんでですかー!!」

 

 

 

 

 

 

 

ヴァルキューレに帰宅したら医務室に直行。診断結果はⅠ度熱傷。軽い火傷だね。

患部をよく冷やして消炎軟膏を塗ればいいんだ。じゃあ、シャワーを浴びたいから後で塗ります。汗を流したいし髪がチリチリなんだもん。

 

装備を返却したらシャワールームへ。今日は冷水シャワーの水浴びだけだ。

シャンプーとボディソープは使用禁止を言い渡されてる。火傷が沁みるだろうし我慢しよう。

 

満足するまで水浴びしたらシャワーはおしまい。

水気を拭いて下着を身に着けたら軟膏を塗る。少量の使い切りタイプだからケチらずに塗布した。

このまま十分ほど待機してべたつく部分を拭き取れば治療完了。

 

囚人服を着たら部屋に帰ろう。報告書の作成の他にちょっとやることがある。

 

 

 

留置施設の居室エリアに戻ってきたら住民が減ってた。

本館で取り調べを受けてる子。別の施設に移送された子。中には釈放された子もいるかもね。

隣の雑居房も空だ。まあどうせ数日もすれば新しいお隣さんが入ってくるよ。それまでは少しだけ静かに生活できる。

 

さてと、まずは机の周りを整えようか。

私の部屋にはタブレットとの接続用にUSBポートが一口増設されている。ここに刺さっているケーブル抜いて家電量販店で購入した電源供給専用のUSBケーブルをセット。

 

スマホを繋いで……うん、ちゃんと充電できるね。ヘッドセットやドローンも問題なし。

分岐コネクタを買ってタブレットとの同時接続も考えたけど、イントラネット接続に不具合が出たり電圧不足で故障したら怖い。

急ぐときはモバイルバッテリーを使えばいい。これで十分だ。

 

やりたいことは終わったので報告書を作成しよう。

タブレットを起動してテンプレートを呼び出したら入力を開始。……終了。今日は報告することがほとんどない。昨日とは逆に最小の短さだった。

 

その後は用事もないからベッドでゴロゴロ。昨日までは暇を持て余してたけど今はスマホがある。

プリインストールされてる無料ゲームが結構楽しい。ブラウザの隠しゲームもシンプルだけど暇潰しになるね。

 

夢中になって遊んでたらスマホがメッセージを受信。カンナからモモトークが届いた。

内容は……話があるから本館に来るように? ……え、なんだろう。会えるのは嬉しいけどなんか怖い。呼び出されるようなことしたっけ?

 

了解の返事を送って脱獄。看守に事情を伝えて指定された場所……取調室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

取調室の前でカンナが仁王立ちしてる。……なんか怒ってない? これは間違いなく不機嫌だ。

ちょっと待って、心当たりないんだけど。あ、目が合った。逃亡に……もう無理か。ちくしょう。

 

「……もしかして叱られる?」

「ほう? なにか心当たりがあるのか?」

「えっと……ない、かな」

「……はぁ。まあいい、入れ」

 

カンナが扉を開けて促したので取調室に入った。―――あ、この匂い……。

テーブルの上に丼が一つ。カツ丼だ! そそくさと奥の椅子に座ってカンナを見上げる。

 

「シロコ、待て」

「ん」

 

待つの? こんなにいい匂いなのに待たなくちゃいけないの? まだ駄目? どれくらい待つの?

カンナの目をじっと見つめる。おあずけなんてひどいよ。

 

「まず両手を見せろ。火傷の具合は?」

「全然平気。医務室で医療スタッフに診てもらったし薬も塗った。……もう報告書を見たの?」

「そっちはまだ目を通してない。……水ぶくれは無しか。よし、食べていいぞ」

 

蓋を開けたら卵でとじられたトンカツがお目見え。匂いも強くなって我慢できない。いただきます。

 

 

 

ああ、やっぱりこの味だ。私の一番好きな料理。カンナのカツ丼は最高だね。美味すぎる。

しっかり味わって食べたいけど箸が止まらない。もう食べ終わってしまう。おかわりないの?

ないかぁ……。今日も美味しかった。ごちそうさまでした。

 

「それで、なんの話してたっけ?」

「マンション火災の一件だ。通報を受けて現場に急行した部下が、お前を心配してたぞ」

「……心配?」

「消防隊が放水したとき、金属製の雨樋が湯気を発するのを目撃している。それだけ熱を帯びているのなら、シロコが火傷をしている可能性が高いと考え、私に一報をくれたんだよ」

 

あー……現場で野次馬整理をやってた子たちか。バッジをよく見てなかったけど公安局の生徒だったんだ。カンナの部下なら目の付け所が鋭いのは当然だね。さすがだ。……あれ?

 

「待って、公安局が出動したの?」

「短時間に不審火が連続して発生したんだぞ。放火を疑うのは当然だ。ましてや不審者の目撃情報もあった。シロコ、放火は重罪だぞ?」

「……あ、そっか。度忘れしてた」

 

キヴォトスでは付け火……放火の罪は重い。

建物を爆破したとか戦車で破壊したっていう話題に事欠かないけど、結果的に燃えたのと最初から故意に火をつけたのでは話が変わってくる。

 

食い逃げのときみたいに犯人の取った行動や動機、状況や自供で罪が変わる。ややこしいね。

今回は状況からして放火の疑いで公安局が動いたんだ。治安の悪化もあるし、たぶんテロリストの可能性も視野に入ってたんだと思う。

 

「そういえば不審者はどうなったの? まだ捜索中?」

「すでに逮捕した。複数の放火を()()()()()()()()

「そっか、それはよかった」

「よくない。昨日の後始末で午前は潰れ、午後は少し楽ができるかと思ったらこれだ。それに……はぁ。いや、なんでもない」

 

―――? カンナが急に言い淀んだ。苛立ちが強くなったような気がする。怖い。

 

「シロコ、話は変わるがお前に伝えておくことがある。連邦生徒会との関わりだが、部分的に制限を解除することになった」

「それって……本部に近寄るなとか、生徒会メンバーと接触するなっていうアレ?」

「そうだ。連邦生徒会長の失踪とSRTが活動不能状態に陥ったことで、ヴァルキューレの負担が増すことになる。その上で、無視できない存在が現れた。……連邦捜査部S.C.H.A.L.Eだ」

「連邦生徒会直轄の組織だよね? 少しだけ知ってるよ」

 

警らの子たちが話してた組織。大人の先生がいるんだよね。どんな人なんだろう。

 

「シャーレは非常に強い権限を持っている。それは所属、学籍を問わずに生徒へ協力を要請することができる。当然、ヴァルキューレも例外じゃない。すでに数名の生徒が手を貸している」

「……あ、もしかして昨日の外郭地区の騒動?」

「そうだ。不良からシャーレを奪還するときに警らの生徒がな……。勝手なことをしてくれる」

 

カンナが不機嫌を隠そうとしない。そうか、妙に苛立ってたのはこれが原因……だけじゃないと思うけど、まあ大半はそうなんだろう。

 

「シャーレはD.U.の外郭地区に拠点を構えて活動を開始した。つまり、我々の行動範囲と完全に被っている。そして顧問の先生は権限の元、自由に歩き回るだろう。……意味はわかるな?」

「私と先生が接触してから騒ぐより先に……ってことだよね。でも可能性は低いんじゃない?」

「それは楽観視が過ぎるだろうな。なぜならお前は、注目を集めすぎてしまった」

 

カンナがそう言ってスマホを取り出し、画面を何度かタップして私に差し出した。

その画面には―――私だ。火災現場のマンションで雨樋を昇る私の姿がはっきりと映っていた。

 

「これは野次馬が撮影してSNSに投稿した動画だ。クロノスが現場で騒いだことで、拡散はさらに続いている。削除申請をしてもイタチごっこ。もう手遅れだ」

「―――――」

「まあ、上もいつかこうなると考えていたことだ。それ自体は()()()()()()()。ただ、タイミングが悪かった。先生が人手を求めたとき、近場のヴァルキューレに……シロコ?」

「……ごめ……なさい」

 

私は……大変なことをしてしまった。ヴァルキューレに……カンナに迷惑をかけてしまった。

子供を助けることしか頭になくて、それがどういう結果に繋がるかなんて……考えてなかった。

 

失敗した。私はまた間違えたんだ。後悔の思いで体が震えて涙がこぼれた。

泣いたってカンナを余計に困らせるだけなのに、それを理解してるのに止まらない。

 

「ごめんなさい……間違えて、ごめんなさい……ごめ「違う!」

 

「お前はなにも間違えてなどいない。お前は、シロコは人を救ったんだ!」

「間違うどころか正しいことをした。だからシロコ、偉いぞ! よくやった!」

 

カンナの力強い言葉と頭を撫でる手。悲しいけど嬉しくて……心の中がグチャグチャだ。

ごめんなさいカンナ。私、自分でもどうしていいかわかんない。わかんないよ。

 

ただ、もう少しだけ……もう少しだけ撫でてほしい。子供でごめんなさい……。

 

 

 

「落ち着いたか?」

「……ん」

 

しばらく泣き続けて、ようやく涙が引っ込んだ。カンナに借りたハンカチはしっとり濡れてる。

子供みたいにボロボロ泣いて……そんなんだから大人になりたくてもなれないんだよ。私の馬鹿。

 

「もう一度言うがシロコ、お前はなにも悪くない。上も多少の騒動よりも、ヴァルキューレの活躍と名声が広まることを喜んでいる。だから深く気にする必要はないぞ」

「でも私……脱獄してる囚人だよ?」

「それを市民たちが知る術はない。連邦生徒会は外を構う余裕はなくなり、粗探しが得意なSRTは動けなくなった。だろう?」

 

ええ……いや、うん。まあその通りなんだけど。でも絶対バレない保証はないよ?

 

「そもそもだ、お前はヴァルキューレに逮捕された囚人であり、特例で……罰として社会貢献作業に出ているんだ。朝に出かけて奉仕を行い暗くなる前に必ず戻る。どこが脱獄なんだ?」

「どこがって……勝手に牢の扉を開けて出るのは脱獄でしょ?」

「そこはお前の自室だ。本人が鍵を用いて出入りしているだけだな。……いいかシロコ、留置施設には居室エリアを区切る二重扉があるだろう。あそこは看守に開けてもらわないと通れない。即ち、看守が一時釈放したのだから脱獄ではないぞ」

 

カンナが真顔でとんでもない詭弁を言い出した。

確かに二重扉は看守にお願いして開けて貰ってるけど、特に審査も手続きもなく「ん、開けて」「いいよー」っていう有様なんだよ? ただの見て見ぬ振りなんだけど……。

 

「シロコ、時には妥協も必要だ。大人にならんとな」

「……カンナ……なんか、少し変わったね……」

「公安局長なんてやっているとこうもなるさ。さて、脱線が長くなったな。話を戻すぞ」

 

カンナの話をまとめると、まず外郭地区の立ち入り制限が解除された。

今後は私の判断で自由に立ち寄っていいらしい。次の脱獄……じゃない、一時釈放で賞金首がいなければ行って見よう。道や建物を覚えないとね。

 

次にシャーレとの接触も許可。先生と会ってもいいんだ。少し楽しみだ。

ただし、自分から積極的に手を貸すのは駄目。あくまでも求められた範囲で協力すること。

囚人であることは明かしても構わないけど、奉仕作業のために一時釈放中であると説明するように。返答に困る質問は直ちにカンナに連絡して後を任せること。

 

最後に、連邦生徒会との接触は変わらず禁止。

シャーレで遭遇しても極力関わらない。スルー推奨。ん、了解。

 

「とにかく、対応に困ったら迷わず電話しろ。いいな?」

「わかった。ところでシャーレの先生ってどんな人? カンナはもう会った?」

「いや、まだだ。成人男性らしいが……。おっとそうだ。先生は私たちのように丈夫じゃない。銃弾一発が致命傷になりうる。同行するときは注意するように」

 

先生ってそんなに弱い大人なの? それでキヴォトスでやっていけるのかな。

 

「私からは以上だ。なにか質問は?」

「特にないよ」

「ではこれで終わりだ。解散とする」

 

カンナが席を立ったので私も続く。おぼんに用意してある濡れ布巾で机の清掃。食べたのは私だからね。これくらい自分でやらないと。

 

「ところでシロコ、確認するが火傷は手のひらだけか? お前、雨樋にしがみついただろう」

「え? ううん、太ももの内側も火傷してる。あ、隠したりはしてないよ? 報告書にはちゃんと書いたからね?」

「まだ目を通していないと言ったぞ。……昨日も大腿部を負傷したとあったな。見せてみろ」

 

ん、わかった。じゃあズボン脱ぐね。そうしないと見せられないし。

囚人服のズボンを下ろして股を開く。上着も邪魔? 少しめくってカンナが確認しやすくする。

 

「ふむ。こちらも赤くなっているが水ぶくれはなしか。……撃たれたのは右だったな?」

「うん、右の大腿部。もう痛みはないよ」

 

カンナがしゃがんで皮膚を確認してきた。触るのはくすぐったいからやめて―――

 

「すみません失礼します! カンナ局長、申しわ……け…………え?」

 

―――扉を開けて誰か入ってきた。公安局の一年生。ノックはしようよ。

 

「どうした。緊急の要件か?」

「え、あ、あのあのあのっ、れ、例の被疑者が、そのっ……! と、とにかく来てください!」

「はあ? 報告は簡潔かつ明瞭に……いや、急ぎのようだな。シロコ」

「ん」

 

カンナが立ち上がったのでズボンと上着を戻す。差し出されたおぼんを受け取った。

 

「調理実習室のテーブルに運んでおいてくれ。それだけでいい」

「わかった。カンナ、またね」

「ああ、またな。……おい、行くぞ」

「はわっ、は、はい!」

 

カンナは部下を連れて足早に立ち去った。私も調理実習室に寄ったらすぐに部屋に戻ろう。

目が真っ赤だろうし顔を洗いたい。

 

……ごめんねカンナ。次は、ちゃんと失敗しないように頑張るから。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

廊下を歩きながら落ち着きを取り戻した後輩の報告を聞く。

 

「例の被疑者―――放火魔の様子は?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()。供述も二転三転しています」

「そうか」

 

本館から渡り廊下を使って別館に入る。ここは大人の犯罪者が収容される専用の留置施設だ。

つまり()()()()()しかいない。子供たちに悪影響を与えないように隔離されている。

 

「コノカ副局長がその、口調がスケバンになってました。三年の先輩からすぐにカンナ局長を呼ぶようにと……お、お邪魔して申し訳ありませんっ!」

「別に邪魔などされた覚えはないが? コノカは……慣れろ。堪忍袋の緒が切れると、少し人格が変わるだけだ」

「少し……?」

 

しかしそうか。コノカが切れたか。……まあだろうな。アイツはシロコを気に入っている。

馬が合うのかすぐに仲良くなった。そしてシロコは構えば素直に甘えてくる。ガキ大将が懐く下の子を可愛がるのと同じだ。

 

そんなシロコが危険に飛び込んで負傷した。挙句に盗撮によるネットへの無断投稿。

そして……私の前で流した涙。心にまで傷を負った。それはいったい、誰のせいだ?

 

「こちらの取調室です」

「わかった。後は任せろ」

 

使用中の札が貼られた扉をノックして開いた。

小さな部屋の中には部下が二人。そして被疑者の機械人。

 

「私が代わる」

「了解しました!」

 

部下と交代して椅子に座る。被疑者と目を合わせ、まずは挨拶だ。

 

「尾刃カンナだ。狂犬の名を、一度は聞いたことがあるだろう?」

 

私情を挟んだりはしない。だが優しくしてやる理由もない。さあ、尋問を始めようか。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

SNSのニュース動画を再生すると、火災現場で救助活動を行う少女の姿が映った。

 

「この制服……ヴァルキューレの子だね」

『そのようですね。うわぁ、窓から火が出てますよ』

 

ベランダに取り残された少年を抱え、危なげなく地上に到着。無事に救助を完了させた。

 

「ヴァルキューレは立派だね。私も昨日、助けてもらったんだ」

『うぅ~……私はその時まだ寝て、じゃなくて! 待機モードでしたから見てませんよ』

「おっと、そうだったね。ごめんごめん」

『まったくもう。……ん? あ、メールが届きました。内容は……おお! 依頼ですよ!』

 

タブレットに存在する私のアシスタントが気になる報告を届けてくれた。いよいよ初仕事だね。

 

「その依頼の内容は?」

『はい! ええと、ペットの捜索です! 迷子になった猫ちゃんを探してほしいそうです!』

「……猫の捜索?」

『そうです! 写真がついてますよ。可愛いです!』

 

猫探しかあ。……千里の道も一歩から、だね。じゃあさっそく取り掛かろう。

 

「それじゃあ行こうか、アロナ」

『はい、先生! 連邦捜査部シャーレ、出動です!』

 

 







救助された犬の男の子は後にこう語ったそうです。

「かっこよくて、やわらかくて……いい匂いだった」

なにかがねじ曲がってしまいました。警察官のお姉さんのせいです。あ~あ。


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