そんな中、質素堅実に生きてきた俺は毎日の様に目に入る値上げの波にイラついていた。
こんな不確かな状況で大事に蓄えてきた貯蓄になんの意味があるのだろう?
自問自答する俺の目に、金相場好調とのニュースが飛び込む
乱高下する景気に上がる一方の物価。
景気は上がったり下がったりするクセに、なんで下げる時に物価が下がらないんだよ!と値段を下げないメーカー達にイラつくが、企業からの広告料で飯を食っているマスコミがそこをツッコめる筈もなく、今日も無難に政治批判をしている。
「いざという時はお金だけが頼り」
父親の浪費癖に苦労させられていた母親が口癖の様に言っていたが、これだけ物価が上がってしまってはその「お金」すら頼りにならないと不安になる。
そんな漠然とした不安の中、通勤途中の前に座っているおじさんの呼んでいる新聞に「金相場、3万円突破!」という見出しを見つける。
「これだ!」と直感的に思った。
俺のカネ、引き出す度に毎回馬鹿みたいに手数料取る割にちょびっとの利子しか付かない銀行なんかに預けるより、金(キン)に換えた方が良いのではないか?
そう考えた俺は「金」について調べた。
結論をはじめに言うと、「小難しい」だった。
金が小難しい訳じゃない。金を売買する時の手間やら換金の手続きがとてつも無く面倒なのだ。こちらは金を買っておきたいだけなのだ。現物の金を家に確保しておけば、将来への不安も少しは和らぐのではないか?と、それぐらいのモチベーションなのだ。
言い換えれば、突然の腹痛や熱に備える為の置き薬的役割を金に求めたに過ぎない。
なのに金の取引を取り巻く現状は手数料やらはかかるし、やたらと書類を書かされる上、提出書類が足りないと何度も足を運ばせられた人も少なく無いらしい。現物の金が客の手元に残らない様に意図的にややこしくされている。
逆にこれはビジネスチャンスなのでは無いか?と考えた。
そういうややこしい事を代わりにやってやるだけで、結構稼げるんじゃないか?
俺は早速、有り金はたいて金を手に入れた。
とは言っても1g3万円以上、200gを手に入れるのがやっと。
それでも手数料やら登録料を払い、その上、現物で渡すのを散々しぶられた末にやっと手に入れられた。
しぶられた原因は実は俺の方にもある。
金の購入の際、それを1gを100個、5gを10個、10gを5個に分けて貰ったからだ。それぞれ鑑別書付きで。
しかも、こちらの指定の用紙にして貰った。
薄く、小さ目の用紙に。
手に入った金は、アニメとかで見る金の延べ棒を小さくした様な形をしておらず、マイクロチップの様な形をしていた。
でもちゃんと一個一個に重量と純度の刻印があり、一応「金」の荘厳さを維持出来てはいた。
それにしても受け渡しの際の所員の対応はなかなか雑だった。
よほど面倒くさい客だったのだろう。二度とくるなという姿勢がありありと伝わってきた。
しかし、こちらとしても金1個につき、価格+鑑別書代+手数料、これを個数分払っているのだ。
総額で800万円近くだ!
それだけの金を払うからにはこちらの要望にもちゃんと答えてもらわなければ!と自分を鼓舞して無理を通した。
そこまでして何故小分けして、鑑別書まで取ったのか?
鑑別書については全部で100万近くかかっているのに…。
理由はこれだ。
俺は事前に業者から手に入れていた小さな容器を取り出す。
形は円形。500円硬貨より一回り大きく、厚みも2倍ほどある。真ん中には小さな長方形のガラスの窓が付いている。容器だというだけあった当然蓋は開く。窓の付いている蓋の方には中に先ほど買った金をはめ込める様になっていて、外から窓を通して金が見える様になっている。金をはめ込んだ後、鑑別書を折り畳んで入れて、蓋を閉める。
まるで一枚の通貨の様なものが出来た。
容器は1g、5g、10gの3種類あり、10gが一番大きい。
この小さな容器に入れられる様に小さく薄い紙にして貰ったのだ。
金と鑑別書の入った持ち運びにも邪魔にならないオールインワンな一品!
装飾は特に無いが、金というそれそのものが価値のあるものが入っている事こそがこの品物の価値である。
これが!俺が作り出した!新たな商品!
その名も、「1g金通貨、5g金通貨、10g金通貨」だ!
これを通販で売ってみようというのが俺の新たな商売だ。
なに、最悪別に売れなくても良い。
元々、自分の精神安定のために買った金(キン)だ。
家に帰ると、早速机の上に並べてみる。
1gの金がずらりと100個。
5gが10個。
10gが5個。
合計200g。
重さにするとたいしたことはないのに、視覚的な圧はあった。
不思議な安心感だった。
ここにあると言う確かな存在感。
人類が文明を持って以来、人類を魅了し続ける「金」という、それそのものに宿る価値が、そして、それを所有しているのだという事がこれ程までに安心感を与えてくれるとは予想していなかった。
これは売れる!
俺は早速、通販サイトに自分のページを作り、購入希望者を募った。金額は1g金硬貨で48,000円!そこそこ高額だけど、金や鑑別書と容器代、原価が結構掛かったので、儲けは1万円もない。
サイトを作り終えたら次は、先ほどの容器に金と鑑別書を詰め込む作業に取り掛かった。
全てを詰め込み終わる頃には夜が明けていた。
早速、通販サイトの反応を見るが、注文は入っていなかった。
まあ、世の中そんなものかと少しガッカリする。
しばらく注文は入らなかった。
しかし、確実に自分の中で何か余裕の様なものが生まれていた。
翌日から、世界の見え方が少し変わった。
いつも行っている食堂で値上げされたのを見ても、
「俺の金の値段も上がったかな?」
株価の動向や、円安の記事も金の値上がりにつながると、むしろワクワクする様になった。
相変わらずマスコミはネガティブな話ばかりして、その都度政治の悪口をしているが、それはもう俺の生活とは少し距離のある話になった。
ある日、会社の後輩に聞かれた。
「最近、なんか余裕ありますよね。」
俺は少し考えてから答えた。
「保険に入っただけだよ。ちょっと変わったね。」
「変わった?」
後輩は保険と聞いて一気に関心を無くしたが、「変わった」という言葉に食いついてきた。狙い通りだ。
「その保険は約款もなく、更新もなく、誰かの破綻で紙切れになることもない。」
後輩は訝しげな顔をする。
「えっ!?そんな都合のいい保険あります?なんか友達に聞いても、定期的に見直ささせられたり、健康診断チェックされたり、なんか面倒だなって迷ってて。」
うんうん、そうだろう、そうだろう。俺もそうだったよと心の中で呟きながら、
「俺さ、「金」始めたんだ。」
サッと財布に入れてあった10g金通貨を見せる。
大きさは500円硬貨の1.8倍、そして、その真ん中には金が嵌め込まれている。見るものを魅了するその輝きは、後輩の目をも釘付けにしている。
「中にちゃんと鑑定士の鑑別書と入っているんだぜ。」
慣れた手つきで蓋を開け、中に入れていた鑑別書を広げて見せてやる。
「あっ!本当だ。しかもちゃんと財閥系の超大手じゃないですか」
おお!金の販売している会社を知ってるなんて凄いなと思いつつ、蓋に嵌め込んでいる金を蓋を軽く叩いて取り出し、後輩の手に乗せる。
「わぁあ!10gって言ってましたけど、なんかスゴいズッシリしているんですね。」
金に直接触るというおそらく未知の体験に頬をほんのり上気させている。
「まあ実際、これだけで30万以上の価値があるからね。株も似た様な性質あるけど、不祥事や流行の移り変わりでなかなか読めないとこあるだろ?その点、金なら人類史上ずっと価値があり続けている。今も価値は上がり続けているし、投資先としては安心だろ?」
話しながら後輩の手から金を回収し、蓋に嵌め込み、鑑別書をしまい蓋を閉める。後輩は名残惜しそうな顔でそれを見守る。
「いいですね!これ!どこで手に入れたんです?」
よし!食いついた!
心の中でガッツポーズを決めながら、俺が密かに立ち上げた通販サイトのアドレスをちスマホのチャットに送る。
その夜、はじめて1g金硬貨が一つ売れた。
そこからは数日に1件くらいのペースで注文が入る様になる。
そして、あるブロガーが紹介した事で注文が殺到した。
翌月には追加の金を仕入れなきゃいけ無かった。
薄利多売とはいえ100個売れれば80万くらいの儲けにはなる。
原資は回収出来た。
思い切って500gの金を仕入れた。足りない分は銀行から借りた。
そして、その金も売約済みとなった辺りで人を雇い、次は1キロの金を購入。前の借金は返したが、足りない分はまた借金した。
そうして、順調に俺の商売は成長していったが、俺の手元には対して何も残らなかった。金はお客さんへ、稼ぎは借金とその利子に消え、人件費もかかる。ついでに金相場は最近順調に値上がりしている。元々の原資はむしろ目減りさえしていた。
でも、注文は来るし、従業員は買わせてやらなきゃいけない。
なんだか訳がわからないままに、この作業を続けた。
ある日、そんな日々も終わる時が来た。
ニュースでは宇宙服を着た人が何も無い殺風景な場所で何かを掲げている。
アナウンサーは言う、
「火星で大量の金の鉱脈が発見されました。」
数十年のうちに月から産出された金が地球で流通し出すだろうと言う予測と共に、金の相場がはみるみる落ちていく。
永遠の価値と希少性が売りの金の希少性が失われたのだ。当然の反応だろう。金硬貨の注文もバッタリ無くなった。
俺は久々に味わう静かな時間の中で、異様なほどに冷静に
「絶対の安心なんかないんだなあ」
とどこか他人事の様に呟いていた。