北海道の旅を終えて二日後、俺は会社へ、サスケは学童へ、それぞれの日常に戻り夏休みが終わって二学期、テストで満点を取れたけどナルトはドベだったとか、でも短距離走では負けたとか、話題はやっぱりナルトの事が多い。
小学校に入れば何とかなるだろう、と楽観的に考えていたがナルトを恐れる子がやはり大勢のようだった。そしてそんなナルトと友達のサスケもまた避けられているらしい。
まあ、本人達は楽しくやっているみたいだし今はそれでも問題ないだろう。
秋になってサスケが持って帰ったものを見ると「学芸会」と書かれたピンク色のちょっとした冊子だった。中身を開いてみると一年生から順番に劇をやるらしい。
三クラス合同なんだろうか? 結構な人数だと思うが配役はどうなんだろう。
サスケは少し誇らしげに「俺は鮫の役なんだ!」と教えてくれた。
「楽しみにしてるね」
頭を撫でて、その冊子をテーブルに置いた。
あっという間に学芸会の日がやってきて、少し綺麗めな服装で小学校の校門をくぐる。紙で作られた花があしらわれた学芸会の看板に微笑ましく思いながら体育館に入りど真ん中の席に座ってスマホの録画画面を確認した。
ざわめく保護者席は照明が落ちるとしんとなって皆我が子の活躍を見ようと気持ち前のめりになる。
ステージの片隅の照明が光って上級生らしき女の子が挨拶と演目を紹介し、ステージの幕が開いた。海の中の物語らしい。海老やら鯛やらの五人組の子どもたちが演技を始めて、鮫はいつだろうと思っていたら、一番最後に登場した。黒いゴミ袋に穴を開けた服を着ておでこに鮫のイラストをくっつけた五人の子どもたちの真ん中にサスケを見つけて録画しているスマホの画面をズームする。
勇ましい台詞を言いながら泳いでいる風に駆け回る様子は何とも可愛らしく、そして最初に出会った頃の幼いサスケがこんなにも立派に演技をしている様子に少し感動して涙腺が緩みそうになった。
鮫の出番が終わって、今まで登場してきた海の仲間たちと全員で歌って一年生の演目は終わった。
幕が降りると保護者席の前の方の人が一斉に立ち上がり動き出す。あ、そうか、次の二年生の保護者に前を譲るのか。
俺もスマホを鞄にしまって、人の流れに従って体育館から出た。そこに、ちょうど舞台から降りてきた一年生たちが教室に向かうところと鉢合わせる。鮫のイラストを探すと最後の方にサスケたち鮫五人が出てきて、サスケとハイタッチをして「かっこよかったよ!」と声をかけると、移動していくのを見守った。
俺自身は子どもの頃、こういう学校行事をあまり好きでなく適当にこなしていたけれど、今改めてサスケの演技をする様子を見て、こういう行事って保護者に子どもの成長を見せるためにあったんだなと実感した。少し困ったように頭を撫でながら「お前らしいな」と言ってくれた父さんの顔が浮かんで、何だか少し申し訳ない気持ちになる。
父さんがあんなに早く亡くなるとわかっていたら、もっと親孝行していただろう。父子家庭だったから特に、父さんに俺は何も出来なかったなと思ってしまう。
その分、サスケには愛情を注いで育てよう。お兄さんが迎えに来るまでは。
黒いビニル袋の服と鮫の頭飾りはサスケの部屋のクローゼットにずっと置かれていた。一番偉い鮫の役をできたことがよほど誇らしいようだった。
折を見ては「サスケの鮫はかっこよかったなぁ」と声をかけて、少し照れた様にはにかむのを見るのがしばらくの楽しみだった。
冬休みに入ると、すぐにクリスマスだ。サスケの故郷にはクリスマスの習慣はなかったらしい。まあ、アイヌだから当たり前ではあるけど。せっかくだから何かプレゼントをしてやりたいなぁとネットでこの年頃が喜びそうなおもちゃを検索してはサスケにはちょっと違うなぁとプレゼント選びに悩む。そんな風に休み時間にスマホでおもちゃを検索していたのを上司が見かけて声をかけてくれた。
「例の子のプレゼント?」
「ええ、はい……子どもへのプレゼントってなかなか難しいものですね。」
「そうだなぁ、うちは兄弟だったから二人で遊べる物にしたが、はたけのとこはひとりで男の子、だったな。」
「そうなんです、ゲーム機は高いしまだ早いかなと……すごく田舎で育った子なので、電車とか車のおもちゃはピンとこないみたいでして。」
「一年生なら、ぬいぐるみとかはどうだろう。」
「男の子でも、ぬいぐるみ……好きなんでしょうか?」
「少なくともうちの子は好きだよ、プレゼントした直後は毎日抱きしめて寝ていたなぁ。あれは見ていて可愛かった。」
サスケ、にぬいぐるみ……か。ちょっとイマイチ想像出来ないが、試しに見せてみるか。
「ぬいぐるみ……というと、やっぱりテディベア……が王道でしょうか。」
資料館で熊の皮に興奮してはいたが、ぬいぐるみのくまと本物の熊の皮はだいぶ違う、とはいえ、ぬいぐるみといったらやっぱりくま……のような気がする。
学童に寄ってサスケを引き取り、家に帰る道中何気に聞いてみた。
「サスケはぬいぐるみって好き?」
サスケはよくわかっていなさそうな顔で俺を見上げる。
「……ぬいぐるみ……『外から縫っていって中の物を包むようにすること。そう作った物。特に、綿などを中に包んで作った、動物のおもちゃなど。』……おもちゃ? どうやって遊ぶんだそれ。」
どうやって、どうやって? 女の子がおままごとの相手にしている光景しか思い浮かばない。やはり男の子には向いていないだろうか。
「えーと、どうやって遊ぶかはその人次第、かな? 例えば……」
スマホでテディベアを検索する。自分と同じくらいの大きさのテディベアを抱きしめている女の子の写真が出てきた。
「この、女の子が抱きしめてるやつ。こういうのが、ぬいぐるみ。」
サスケがスマホの画面を見つめて、目が輝く。
「大きい……‼ こんなに大きいのか? 一緒に寝られる?」
まさかこんなに食いついてくるとは。……よかれと思ってサスケの部屋を作ったけど、ひとりで寝るのが心細かったのだろうか。
「うん、動かないけどまあ、友達みたいなものだよ。どう?」
「たぶん好き! カカシが買ってくれるのか?」
「いや、サンタさんにお願いしようと思ってね。」
「さんたさん……?」
「サンタクロース、クリスマスイブに子どもにおもちゃとかを贈ってくれる人……人で合ってるのかな……まあ、そういう感じ。」
「俺おもちゃなんて、村のヒトか兄さんからしか貰ったことないぜ。」
「それはサスケがカムイだったからだよ。今は人間と一緒に学校にも通ってるでしょ?」
「あ、そっか!」
自分が異形だからなのか、サンタクロースという謎の存在をすっと受け入れて、スマホの画面に映るぬいぐるみを見て期待に胸を膨らませているようだった。
ほっとしてスマホの画面を改めて見る。スクロールすると一万八千円と書いてあって二度見した。
ぬいぐるみってこんな高いの?
ゲーム機が買える値段だぞ……。
改めて、同じくらいの大きさのクマのぬいぐるみを調べてみる、が、この大きさだと一万五千円程度はするものらしい。しかし、色もたくさんあるし素材もファーみたいな毛足の長いもの、タオル地みたいなもの、と色々あるようだった。明日早退しておもちゃ屋さんに行って実際に見て買うか、しかし二十四日の夜までどこに置いておけば良いのやら。
という悩みを上司に言ってみたら、さすがは二児の父、あっさりと解決策を提案してくれた。
「俺の車で預かろう、で、クリスマスイブの夜更けに届けにいけばいいね?」
神様か……。
「そこまでお願いしちゃって大丈夫なんですか……?」
「子どもに夢を見せるのは大人の役割ってもんだ、はたけの子どものサンタクロースになれるなんてむしろ光栄だよ。」
朗らかに笑う上司に頭を下げて、この部署に配属されて良かったとこころから思った。
予定通りに早退させてもらい、大型ショッピングセンターの中にあるおもちゃ屋さんに足を運ぶ。奥の壁際に並んでいるくま、くま、くま。ぬいぐるみといえばやっぱりくまらしい。サスケと同じくらいの大きさのくまを選んで、抱きかかえてレジまで持って行き、ラッピングをお願いした。
このサイズのくまをラッピングしてもらうとさらに巨大だ。
何だか今年はサスケのためにお金使ってばかりだなぁ、と思いつつ、クリスマスの朝にプレゼントを見つけて喜ぶ様子を想像するとまあいいかと思えてくる。
子どもの笑顔って不思議だなぁ。
どでかい包み紙を抱えてカーシェアで借りた車に積み込み、会社に向かって駐車場まで来たところで、上司にメールを送った。
『今駐車場です。例の物、よろしくお願いいたします。』
少し待って、上司が駐車場に入ってきたのを確認して車から降り、トランクにある大きな包みを取り出して上司の車まで運ぶ。ワンボックスカーの後ろの席に座らせるように置いた、と思ったらシートベルトまで着けられた。
「ぬいぐるみは家族と一緒だからね。」
上司、神様か……。
改めて頭を下げた。
「よろしくお願いします、眠ったらメールしますので。」
「任せておけ、それよりもちゃんとチキンとケーキも用意するんだぞ。大手チェーンのチキンは予約で埋まってるから、調理済みのチキンを買うなら早めに大きめのスーパーに行ったほうがいい。スーパーも時間が遅いと売り切れるからな。あとケーキも今からじゃあ予約が間に合わないだろうから、スーパーにあったら一緒に買うといい。無ければ、コノハマートは予約なしで売ってるから早めに買いに行きなさい。他のコンビニは予約制だから諦めろ。」
上司、歴戦の戦士か……。
ありがたく情報をスマホにメモして、明日のイブに備えることにした。
クリスマスツリーも欲しいところだが、おもちゃ屋でいい値段だったのを見て、あとくまと一緒に運ぶのは無理だと諦めた。しかし、やっぱり欲しい。一緒に飾り付けとかしたらきっと喜ぶ。
くまを上司に託して俺はおもちゃ屋にとんぼ返りして、控えめのツリーとオーナメントを何種類か買って家に戻り、買った荷物を置いて車を返しに行った。
いつもの時間にサスケを迎えに行く。いつもの様子のサスケを引き取って、しかし俺のこころはワクワクしていた。サスケはどんな反応をするだろう、と。
家に着いて、大きな箱と袋があるのを見つけたサスケがさっそく駆け寄って「何これ?」と興味津々だ。
「これはな、クリスマスツリーだ。クリスマスが近づくと、こういう木に飾り付けをしてサンタさんを待つんだよ。」
「飾り! 俺もやっていい?」
「もちろんだ、一緒にやろう。」
話を聞くと、学童にもこれより小さいツリーがあって、何だろう、とは思っていたらしい。
「これを目印にサンタさんが来るから、たくさん飾らないとな!」
「わかった!」
家やら光る玉やらをふたりで飾り付けて、最後にてっぺんに大きな星を乗せて、電源コードを繋ぐとマイクロファイバーのLEDがキラキラと光り出す。
「わぁ、すごい光ってる!」
二万円……ぬいぐるみと合わせて三万七千円。……少し懐は痛むが、サスケの笑顔には変えられない。
「明日の夜だよな! サンタさん来るの!」
「ああそうだ、明日の夜はご馳走を食べて早めに寝るんだよ。」
「ごちそう――!」
「ケーキ、って、食べたことあるか?」
「………………ケーキ?」
興奮していたサスケがトーンダウンする。なんだ?
「ケーキ。ふわふわしてて甘くていちごが乗ってて……。」
「……俺甘いの苦手。」
あっ、……そう、だった。
「ケーキ食べなきゃダメか?」
想定外だった。という事は、ケーキはどこかで食べたことがあって……そうか、学童は明日は休みだ。早めのクリスマスケーキを食べたのかもしれない。で、苦手だったということか。
「……ケーキじゃなくても大丈夫だ! サスケはどんなデザートが好き?」
「デザート……甘いのばっかり……。」
必死に頭を回転させる。甘くないお祝いっぽいお菓子かフルーツ……何だ、何がある……。
いちご単体ならおそらくいけるが、この季節にいちごが単体で売られているわけがない。
お祝い、食後のデザート、ダメだ甘いものしか思いつかない。頭を悩ませていたら、サスケが袖を引っ張った。
「俺干柿なら食える」
干柿って……クリスマス通り越しておせちの具じゃないか……!
いや、でもサスケが食べたいものを食べさせるのが一番だ、どうにかして探そう、干柿。
「……わかった! じゃあご馳走と、……干柿な!」
「おう!」
クリスマスイブの前夜はこうして更けて行った。
ピカピカ光るツリーに背を向けて、明日の動きを確認しながら布団の中で目を閉じる。
サスケにとって、良いクリスマスになりますように……。