クリスマス前日、つまりクリスマスイブ。
俺はチキンと干柿を求めてスーパーをはしごしていた。チキンはどうにかふたつ確保できたが干し柿がなかなか見つからない。付近のスーパーをすべて見て周り、見つからず肩を落としていたら高齢の女性に声をかけられた。
「あなた、何か探しているの?」
こんな高齢な方から心配されるほど俺は落ち込んだ顔をしていたのか、と情けなく思いつつ、ダメ元で聞いてみる。
「干柿が欲しいんですけど……なかなか見つからなくて。」
するとその女性は俺の肩にポンと手を置いた。
「やだ、干柿なんてみのやに年中置いてあるじゃないの。」
「みのや……? そこはどこに?」
「大きいスーパーなら何だってあるわけじゃないのよ、みのやは篠山商店街の真ん中あたりにある干物屋さん。でも急がなきゃ、もうすぐ閉店の時間だから。ここからなら車で行くには不便だから走ったほうが早いわ、行ってらっしゃい。」
「ありがとうございます‼」
頭を下げながら走った、確かに、商店街が近くにある。シャッター街だとばかり思っていたが営業してる店があるとは……!
篠山商店街はそんなに大きくはない、本当にこじんまりとした通りにぽつりぽつりとお店があるだけで、近所ではあるがあまり興味もなく何のお店があるのかさえ知らなかった。
十七時五十五分、それらしきお店に滑り込み息を切らしながら尋ねる。
「っ干柿……! ありますかっ……‼」
急に走ってきた俺に驚いたのか、店を閉める支度を始めていたおじさんが「そこ」と指をさす。
そこには大容量パックの干柿があった。
こんなに食べるだろうか、などと言っていられない。
「ひとつ、ください!」
こうして無事にチキンと干柿を手に入れた俺は、スーパーに置いてあるカーシェアの車に乗り込んで車を返し、チキンと干柿が入った袋をそれぞれ持ってサスケが待つ家に向かった。
サスケは絵を描きながら待っていた。クリスマスツリーとぬいぐるみの絵のようだ。
「おかえり、遅かったな!」
自由画帳を閉じてクレヨンをしまい、俺が持っている袋に視線がいく。
「干柿! と、こっちは?」
「こっちはクリスマスチキン。クリスマスの前の夜はチキンを食べてお祝いをするんだよ。あと干柿もね。」
さめてしまっているチキンをオーブンに入れて、お皿に干柿を五個並べる。……ケーキの方が映えるけど、まあいい! 我が家のクリスマスは干柿だ、うん。
温まったチキンをそれぞれお皿に出して、テーブルに並べた。バケットをまた別の皿に載せて、もう席に着いているサスケに「食べようか」と俺も席に着く。
「……これ、チキン? かぶりつくのか?」
本来ならナイフとフォークでうまいこと食べるものだけど、まあいいか。
「うん、思いっきりかぶりつきな。」
サスケは大きな口を開けて、チキンにかぶりつく。俺もナイフとフォークは置いたままにして、直接いくことにした。
お行儀は良くはないが、肉をこうしてかぶりつくのって結構気分が高揚する。
甘めのソースと鶏の脂がよく合って、うまい。
アイヌの子なだけあって、サスケは肉を食べるのが上手だった。動物の構造がわかっているというか、ともかく綺麗に骨だけを皿に残していく。
「味つきの肉もうまいな!」
「ご馳走だろ?」
「おう!」
口の周りをソースだらけにしながら、サスケはチキンをペロリと食べて、バケットに手を伸ばした。
「珍しいな、夕ご飯にパンなんて。」
「クリスマスだからねぇ。これ、パンに塗って食べてみ。」
オリーブオイルに塩をまぶしただけのものだけど、こういう食事には合うものだ。
「俺これ好きー!」
どんどん食べるサスケに負けじとチキンを食べ終えて残りひとつのバケットを確保した。サスケは嬉しそうに干柿に手を伸ばしている。
「口元拭いてからにしな。」
ティッシュで口の周りのソースを拭いてやると、こんなに汚れてたのかとティッシュを見つめて、干柿をかじりはじめた。
……何だかシュールだけど、うちのクリスマスはこれでいいんだと再度思い直してバケットを平らげ、俺も干柿をひとつ取る。
子どもの頃の、おせち以来だなぁ。あのおせちに並んでいたのは、綺麗に包丁で切られた小さなかけらだったけど。
サスケがしているみたいにかぶりついてみた。干し芋に少し似た自然な甘さが口の中に広がる。こんな食べ方だと、子どもの頃に食べた干柿とは全然違う味わいに感じる。ほんのちょっとのかけらをひとつずつ食べるよりも全然うまい。
「……おいしいね、干柿。」
「一回さ、昔村にいたけどでかせぎに行ってるっていう人がほんどの土産だって持ってきたんだ。村の人がそれを捧げ物にしてくれて、ふたつしかなかったから、俺と兄さんでひとつを半分こして食べて、うまかった、から……。」
サスケが黙って干柿をかじる。……お兄さんとの思い出の食べ物、だったのか。
「兄さんにも分けたいな……。カカシ、これって確か腐りにくいんだろ。いつ兄さんが来てもいいように何個か残しておいてもいいか?」
「もちろん、いいよ。ベランダにでも干しておくかな?」
寂しがるばかりでなく、将来のことも考えられるようになってる。サスケの成長が感じられるやり取りのような感じがして、切ないけど少し嬉しくもあった。
サスケのお兄さんは今どこにいるのか……。香燐さんからもあれ以来連絡はないし。手がかりが全くないままだ。
干柿を食べ終えたサスケは手を合わせてから食器を台所まで運んで、自分でお風呂にお湯を張り始めた。早く寝たい、ってことだろう。
俺も食器と鶏の骨を台所に運んで皿を洗う。その間に、サスケはパジャマと下着とタオルを俺の分まで用意して、まだ半分も溜まっていないお風呂を見守り始めた。
洗い物を終えてお湯の量を確かめに覗き込むと、サスケが俺に尋ねる。
「ナルトのところには、サンタさん何を持ってきてくれるのかな。」
楽しそうに話すサスケとは裏腹に、俺はしまったと内心思っていた。施設の子ひとりひとりに、プレゼントなんてきっとありえない。だって、以前ニュースになったくらいだ。孤児施設にタイガーマスクを名乗る人物から、ランドセルの贈り物があったと。
そのあとしばらく、孤児院や乳児院におもちゃや衣類なんかを寄付する匿名の人がたくさん現れてブームのようになった。けれどそのブームも去って、今はまた落ち着いている。ナルトのところにはきっとサンタさんは……。
お風呂にささっと入り、サスケはすぐにパジャマに着替えて歯を磨いて布団に潜り込んだ。
あかりを消しても、楽しみなんだろう。しばらくもぞもぞと布団の中で起きている様子で。
俺はその隙に玄関の外に出て、ナルトの施設に電話をしていた。こんな夜更けに繋がるわけがない、けどどうしても話を聞きたい。
十コール待って、やっぱりだめか、と電話を切ろうと耳からスマホを離したとき、女性の声がスピーカーから聞こえて慌ててまた耳に当てる。
「緊急の要件でしょうか?」
「あ、いえ、そうではないんですが、確認したいことが……」
「緊急でないのでしたら、平日の九時から……」
「そちらの施設の子どもたちには、サンタさんは来ますかっ!」
「……え、っと……一応、プレゼントの用意はありますが……」
「ナルト君の分も⁉」
「……すみません、うちは施設ですので、入所している子どもたちの持ち物というものは、ないんです。元々持っていたものか、自分のおこづかいで買ったもの以外は。なのでプレゼントも、施設のみんなへ……という形です。もしナルト君へのプレゼントをお考えでしたら、善意を無碍にするようで申し訳ありませんがご遠慮ください。貰えなかった他の子がどう思うのかまでご考慮を……。」
「……そちらの施設に入所している子どもの年齢と人数を教えていただけますか。」
「……ええと……それは、……まさか、本気で言っているのですか。」
「お願いします、年齢と、人数を。」
電話を切って、スマホを握りしめながらそっと家に戻ってサスケの様子を伺う。どうやら、眠っていそうだ。
パジャマの上にダウンコートを着て家の鍵を閉めて上司に連絡する。
「寝たと思います、よろしくお願いいたします。……の、ついでに少しだけ甘えさせていただけないでしょうか。」
すぐに着信音が鳴った。
電話に出ると上司は心配そうに「何かあったのか」と尋ねてくれる。俺は事情を説明して、三歳から十八歳までの二十人にささやかな贈り物をしたいと伝えた。
「……タイガーマスク運動みたいだな、話はわかった。国道沿いの大型玩具店が深夜まで営業してる、そこに行こう。」
家の前まで来てくれた上司の車に乗り込むと、施設にいる子どもの年齢と人数を伝えた。
「全員に、ぬいぐるみを贈りたいんです。小さくても良いので。」
「しかし、小さいとは言ってもぬいぐるみって案外高いぞ、二十人分も大丈夫なのか。」
「冬のボーナス、あるんで。」
「……あのな、こういうのは一回で終わりじゃだめなんだ。来年も再来年も続けるつもりでやらないと。毎年冬のボーナスを注ぎ込むつもりか?」
……言われてみればその通りだ。ナルトが施設を出るまで、じゃない。一度始めたらやめるときに子どもたちが悲しんでしまう。サンタさんが来なくなってしまったと。でも、とはいえ一生贈り続けるのも現実的じゃない。サスケがこのまま成長していけば高校や大学の受験もあるわけで金が必要になる。
「……難しいことは後で考えます、とりあえず今は二十人分のぬいぐるみを……。」
国道まで出た車が北へ向かう。
煌々と光る看板が流れていく中、トイザらスのロゴが見えてきた。広い駐車場には十台ほど車が停まっている。店の入り口に近いところに停めてもらい早足で店内に入った。
ぬいぐるみのコーナーは広かった。メモをした年齢と人数を確認しながら、カゴに入れていく。その子たちにとって大切な友だちで相棒になるぬいぐるみ。
ナルトのぬいぐるみは、……狐を選んだ。尾がたくさんある、くらまのような。
上司も選ぶのを手伝ってくれて、カゴにいっぱいのぬいぐるみをレジに置く。
「全部ラッピングお願いします、あと中身が何かがわかるふせんみたいなものをつけてもらうこと、できますか。」
ナルトの施設に立ち寄ってから家の前に車が停まった。後部座席でシートベルトがつけられている彼の包装紙がなるべく音を立てないようにゆっくりと運び、玄関からサスケの部屋の様子を伺う。身じろいだりはしていない。靴を脱いで近くに行き、規則正しい寝息を確認してから、クマを抱えている上司に目配せをした。
音を立てないようにそっとベッドの足元に彼を座らせて、サスケが起きないようにこそっと玄関の外に出る。
車の前まで来て、俺は上司に頭を下げた。
「ただでさえ寛大なご配慮を頂いているにも関わらず、急なお願いにも応じて頂き、こころより……」
「そういうのはいいから、頭上げろ。」
「しかし……」
「……俺は男だから腹痛めるわけでもないし腹ん中の小さな命を感じるわけでもなく、突然この世に我が子が出てきて、あなたがこの赤ちゃんのお父さんです、と言われて、男が親になるってそっから始まるんだよ。子どもの成長は早い、すぐでかくなる。だから常に今、この瞬間が大事だと思っていてな。その瞬間瞬間すべてが俺を父親にしてくれている。母親は妊娠したときから母親だ、けど父親は子どもが教えてくれるんだ、あなたが自分の父親だって。それを理解してからは子どものことしか考えなくなった。……お前も自分の子どもじゃないが、立派にあの子の父親をやれてると思うよ。気持ちはよくわかる、俺の息子の親友が施設の子だったら……同じことをするだろうよ。」
「ええと……それはつまり……」
「難しい事は大人に任せておけお前はまだまだ若造だ、今夜の行いに関して俺個人としては立派だと思う、でなければ協力もしていない。ま、とりあえず今日はもう寝て明日の朝を楽しみにしておけ、寝坊するなよ。」
穏やかに笑う上司にまた頭を下げようとしたら止められて、さっさと帰れと背中を押された。
静かに玄関に入り、ダウンコートをハンガーラックにかけて布団に潜り込む。
手足は冷え切っていたのに、胸の奥だけは……あたたかかった。
翌朝、ガサガサという音で目が覚めて、サスケの部屋の様子を見てみたら半分ラッピングをはがしたクマのぬいぐるみの上半身に抱きつきながら頬を寄せていた。
おはよう、と声をかけると興奮気味に朝目が覚めたらこれが、と話すのを聞いて、そのラッピングの袋も捨てたくないと大切に畳んでタンスの中にしまっていた。
……ナルト達は、どんな朝を迎えただろうか。
しかし今日も仕事だ、学童も休みだけど新しい相棒がいるから多分問題はないだろう。
シャツを着てネクタイを締め、ジャケットを羽織ってコートを着てから、サスケに声をかけた。
「もしナルトが来たら、家にあげてもいいからね。冷蔵庫のジュースも二人で飲んでいいよ。……行ってきます。」