仕事中に、私用のスマホが着信音を響かせてカバンから取り出す。番号の末尾が110……警察?
悪いことをした心当たり、はないし、免許の更新時期でもないし何だろう。ともかく何か大切な用事かもしれないと通話ボタンをタップする。
「はたけカカシさんの電話で間違いありませんか?」
「ええ、まあ……どういったご用件ですか?」
「警察の者です、そちらでうちはサスケ君という子を保護されているはずです。その子の兄を名乗る方が本日署に来ました。」
一瞬言っている意味がわからなかった。一瞬たって俺は思わず大声を出していた。
「本当ですか‼」
周りから視線が集まって、頭を下げてから落ち着いて咳払いする。
「ただ、その人は身分を証明するものを何も持っていないんです。なので本当に親族なのかわからず、どうしたものかと。でも、面影は感じますし、何よりサスケ君も戸籍がわからない状態で保護されているので、可能性は……あるように思えます。」
「多分、会わせてみれば……わかるんじゃないかと、思います。その人は今も警察署に?」
「はい。……二人で来て頂くことは、可能でしょうか。」
先生に電話で事情を説明しながら早足でサスケのいる学校に向かう。早く会わせてやりたいと思う気持ちとは裏腹に、サスケとの生活は今日で終わりかもしれないという寂しさ。
人の姿で現れた、というのは人間の社会で生きていくという意味なのだろうか、それともサスケを引き取るために一時的にそうしているだけで、人ならざるものとして兄弟で暮らしていくのだろうか。
何もヒントがない、何もわからない。けどふたりをちゃんと会わせてやらなければいけないのは確かだった。
学校に着くとサスケが先生と一緒に校門まで歩いてきていた。俺を見て一直線に駆け寄る。
「カカシ、本当なのか? 本当に兄さんなのか⁉」
「会ってみないとわからない、けど、多分間違いない。さ、行こう。」
約六年ぶりに訪れる警察署、受付に要件を伝えながら胸がドキドキしていた。話がどう転ぶのかわからない、本物のお兄さんで、サスケを引き取りますと言われたら……サスケとの生活は。でもそれがサスケのためなら、笑顔で見送るべきだ。俺は大人だ、どう転んだって動じない。ふたりにとって何が一番幸せなのかを考えろ。そこに俺の私情はいらない。
案内された部屋、ノックすると「どうぞ」と低い声。サスケの顔を見るがあまり変化はない。……あ、もしかしたら、サスケの知っているお兄さんはまだ声変わり前、だったのか?
扉を開けるとそこにいたのはふたり、一人は机の向こうで椅子に座っていて、一人はその隣に立っている。立っている方はかなり身長が高いがっしりとした体型だ。それに、ふたりとも、人の姿だが人ならざる者……多分これは、本物の。
部屋の中に入る、続いてサスケも入ってくる。座っている黒髪の青年を見つめて、動きを止めた。
逆に動いたのはその黒髪だった。サスケの元に歩み寄り、その顔を手で包み込む。
「サスケ、……元気だったか。」
「兄さん……!」
兄弟の再会、それを確認した警察官は部屋から出てどこかに行ってしまった。
「兄さん、話したい事がいっぱい、ありすぎて……っ!」
「ああ、俺もだサスケ。こんなところじゃなく落ち着いた場所で話そう。その前に色々とやらなければいけない事があるが……。」
黒髪が俺を見上げる。センター分けで長い髪を結っている、サスケに少し似ているが雰囲気はだいぶ違う。
「あなたがはたけさんでよろしいでしょうか。サスケがお世話になっていると聞きました。」
「ええ、まあ、一応。」
「ありがとうございます。この六年間のこと、感謝してもしきれません。」
「サスケの兄、ということは、あなたもあの村で育った……んですよね? 随分と日本人の慣習に慣れているようですが、今までどうされていたんですか?」
「それはおいおい、お話しします。ここでは少し都合が悪いので。」
「……あちらの方は?」
「俺の相棒です、それもおいおいお話しします。」
警察署で何やら書類の手続きが必要らしく、お兄さんも身分証がなかったからすんなりは帰して貰えなかった。アイヌの村で生まれ育ちそういった手続きをした事がないだとか、ある日サスケが行方不明になってずっと探していただとか、それなりの筋書きは用意してきていたらしい。無事に全員警察署から出られた時にはもう夕暮れだった。
「兄さん、俺の家来てくれ。いいよな、カカシ。干柿があるんだ! 前、一緒に食べた、あれずっと、いつ兄さんが迎えに来てもいいように用意、して、……っ」
「……偶然、ですかね? イタチさん。」
「偶然だ。……干柿か、懐かしいな。俺のためにずっと……ありがとうな、サスケ。」
「……家に帰ったら、ええと、イタチさん? あなたが今までどこで何をしていたのか、教えて貰えますか。俺もサスケとの事を全部話すので。」
「そのつもりです。」
サスケに向ける視線は穏やかで優しい、しかしそれ以外のときは何かを内に秘めているような強い意志を感じる目をする。
ただ迎えに来た、わけではなさそうな……。
玄関を開けて、とりあえずリビングに全員座る。サスケはベランダの日陰に干してあった干柿を持ってきてイタチさんに渡した。
「話が終わったら頂くよ。……さて、どこから話すか……。」
「俺が話している間に考えておいてください。まず、サスケは一族と一緒に白い服の集団に連れ去られた。その数ヶ月前に、サスケの故郷の村を見学に来たおそらくアメリカ人、の存在が確認されています。サスケたちは連れ去られた後、恐らくはサスケたちを制御して操るシステムを入れられました。サスケは幼かったからか、そのシステムがデバック中だった。それが関係しているのかは不明ですが、サスケはその研究所から脱出し、恐らくですが飛行機と思われるもので横須賀基地まで移動、その後東京に自力で来たものの力尽きたところを俺が発見、……俺は訳あってこの左眼は人でないものが見えます。サスケは自分が見える存在である俺についてきて、何だかんだあって……イタチさん、あなたが迎えにくるまでは一緒に暮らすことになり、今に至ります。」
「サスケの中のシステムは今、どうなっていますか。」
「今、俺をマスターとして登録してあります。……システム、可視化を解除。」
サスケの姿が半透明になる。服がばさっと床に落ちて、出会った頃の姿、しっぽにツノ、翼のある悪魔のような姿に変わった。
……そんな事よりも、このお兄さんが話を聞いて少しも動揺もしないのが気にかかる。
「ところで、何故システムのことを知っているんです?」
「サスケ……そんな姿に、させられたのか。……悪趣味だな。……ああ、すみません。俺達の仲間が研究所で潜入調査をしている関係で大体のことは知っています。……では、俺のことを話します。白い服の集団、研究所の連中が常につけているゴーグルは俺達が見えるようになり、そして俺たちの力を及ばなくする効果があるようです。あの夜奴らを眠らせようとしましたが敵いませんでした。小型の船に運ばれ連れて行かれたのを見送ることしかできず、一人になった俺は周辺の他のカムイを頼りながら海の向こうへ行く方法を尋ねて周り、そんな中で会ったのがこの男、干柿鬼鮫です。」
「……以後、お見知りおきを。」
「鬼鮫はオホーツク海のカムイを見守る立場だった。しかし鬼鮫もまた、見守ってきたうちの一部の一族がある日白い服の集団に連れ去られたと話しました。そこで、奴らは俺たちのような人ではないものを連れ去って何かを企てていると仮説を立てた。
俺たちは本土へ向かい、本土の同族の話を聞き集め、日本という国のあらゆる所で似たような事が起きていることを知り、神々が集まる月、場所に行きそれを訴えました。そうして集まったのが俺達の仲間です。皆、仲間を奪われた……ヒトによる信仰の対象だった者達です。」
「……集まって、どうするつもりなんだ?」
真剣な顔つきに変わったサスケがイタチに尋ねる。イタチもまた、真剣な目でサスケを見た。
「単刀直入に言う。俺達はあの研究所、つまりアメリカ軍を相手に戦いを起こす。そして仲間を取り戻す。……その前にお前の成長した姿を一目見ておきたかった。俺はお前を引き取るつもりで会いにきた訳じゃない、さよならを言いにきたんだ。」
サスケが持っていた干柿が床に落ちた。
「え、え? どういう、こと、なんだ。なんで、さよなら、なんだ。」
「母さんから教わっただろう。憎しみのこころでヒトを殺めてしまうと俺達はウェンカムイになってしまう。俺のこころにある憎しみは消えるどころか燃え上がるばかりだ。だからきっと敵である研究所の人間を殺す。……もし一族の者が完全にシステムに乗っ取られていれば、アメリカ軍の手先となって過ちを犯す前に俺の手で終わらせる。……そしてウェンカムイになるだろう。そうなってしまったらもうサスケに会うことはできない。」
「なら、……なら俺も兄さんと行く! 俺も一緒にウェンカムイになる、それなら、いいだろ兄さんをひとりになんかさせない!」
「……駄目だ、サスケ。お前は弱い。敵と戦うための力の使い方も知らない。足手纏いだ。」
「そんなっ……!」
「……既に奴らは攫ったを神の一部を実戦に投入している。精神が完全にシステムに乗っ取られたか、もしくは命令を聞かざるを得ない状況を作っている。相対するのは人間だけじゃない。それがどれだけ危険かわかるな。」
「そんなの兄さんだって危険じゃないか……」
「……サスケ、目の前に母さんが現れて笑顔で手を広げていたらどうする。その腕の中に飛び込みたくなるだろう。でもその母さんはもう俺たちの母さんじゃないかもしれない。システムに乗っ取られた敵である可能性が高い。お前はそう割り切る事ができるか。母さんを殺す覚悟はあるか。……俺は、やる。その覚悟はもう持った。」
「兄さ……」
ウェンカムイ……悪い神、邪神……になってでも、かつて親や親族だった相手でも敵であれば相手にする覚悟、見たところ人間で言う成人はしていないイタチがそうまでして研究所、アメリカ軍を相手にする、なんて。
「奴らは計画の実行にあたり、八百万の神を信仰し、各地で神への深い信仰がある日本に目をつけた。同じように信仰深い国があったが、キリスト教圏であり重要な同盟国であった為その打診をしたが断られた。自国の基地が各地にある日本は奴らの計画にとって都合がよかった。そして日本の政府に対しては打診すらしなかった、つまり奴らの中で日本という国は対等な同盟国ではなく、未だに配下に過ぎない。日本で集めた神々が有効な攻撃手段になると実証が終われば次にまた別の国をターゲットにするだろう。そんな計画を野放しにはできない。」
「そんな、ことまで……。」
……ナルトから聞いた話だと、サスケの頭の中には一族を取り戻すことしかなかった。イタチはそれに留まらず、他の国の神の事まで視野に入れている。考えの差は歴然としていて、そして今まで異形の力を少ししか使ってこなかったサスケには、その計画に参加するだけの力はない。
「イタチさん、話は一応理解できたと思います。けどひとつ疑問がある。あなたとその仲間が企てているその計画の成功の可能性はどの程度なんですか。」
それに答えたのは干柿鬼鮫とやらだった。
「九割九部、成功しますのでご安心を。イタチさんがウェンカムイになった時には、私もまたウェンカムイになっているでしょう。そうなったら私たちはそのままアメリカという国に取り憑いて、復讐をし続けます。」
「……だから、さよならを言いにきた。サスケ、二人だけで少し話せないか。」
サスケが俺の方を見る。半透明の悪魔のような姿で。
「その姿じゃ何でしょ、システム、可視化しろ。」
再び人間の子どもの姿になったサスケは、落とした干柿を拾って立ち上がった。
「ベランダに行こう、兄さん。」
イタチも干柿を手に立ち上がって、サスケが開けた窓の外に出ていく。
残った俺に干柿鬼鮫が話しかける。
「……長くなりそう、ですね。」
「積もる話もあるでしょうからね。」
「俺は……サスケを大切にしてきました。その兄であるイタチさんを、あなた方に託す……というか、そのままにしておく事に少し抵抗を感じます。イタチさん抜きでその計画は進められないんでしょうか。」
「イタチさんが抜ければ成功率はだいぶ落ちるでしょうね。固有の能力だけでなく、思考の早さ、分析力、指揮力、そして覚悟、どれを取ってもこの計画にイタチさんの存在は欠かせません。」
「……そうですか。ところで、他の仲間……はどんな方々なんですか?」
「あまり詳しくは話せませんが……私はイタチさんからの紹介の通り、北の海のカムイを束ねる立場でした。海に棲むカムイは私の家族同然……それを奪った敵は正直なところ、殺しても殺したりないほどに憎い。……仲間もそんな奴らばかりです。あとはご想像にお任せします。」
海の神の王、を目の前にしているのにそんな威光が感じられないのは、人の姿だからだろうか。
しかしそんな神が従い、「さん」をつけるイタチという存在は彼らにとって一体どれだけ大きいのだろう。
「日本の神々の頂点におられる天照大神も人間が神を配下にするという行いに対し大層お怒りです。私も本土に行くまでは知りませんでしたが……蝦夷地だけでなくこの国はすべてのものに神が宿っています。九十九神とか八百万の神と表現されていますが……そういった神々を貶すとはどういう事なのかを思い知らせてやりますから安心して下さい。」
イタチと違って笑顔を交えながら話す干柿鬼鮫に、俺も苦笑いを返した。
「そこまで言われてしまうと、……俺は無事成功することを祈るしか出来ないですね。」