あくまのこ   作:江夏ケイ

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見通す眼

 学校から施設に帰ったら、先生のひとりが駆け寄ってきた。何だろう、と思っていたら、その口から出てきたのは想像したこともないことだった。

「ナルト君、あなたを養子にしたいというご夫婦が来ているの。……ただ、外国籍の方達で。日本で暮らしてはいるんだけど、どうなのかしらと思って。」

「俺を……養子……ってことは、その夫婦の子どもになる、って話なのか?」

「そう、その通り。でも外国……アメリカ人なの。今までに外国籍の方と養子縁組……というのは例がない訳じゃないんだけど、話を聞くと熱心なキリスト教徒で、差別や偏見に遭っている子どもがいたら自分達の家庭に温かく向かい入れたい、って。どうする?」

「んー……よくわかんねぇから、一回話は聞いてみる。俺のこの伝承とお札のこと、理解して貰えるのなら……どんな人たちかにもよるけど、ちょっと考えてみるってばよ。」

 先生は少しホッとしたような、でも心配そうな顔で普段は入らない部屋に案内して、「こちらよ」と中に入るように促した。

 扉を開けたら、白人だなぁって感じの少し歳をとったおばさんとおじさんが座って待っていた。おじさんの方は変わった眼鏡をかけている。

「うずまきナルト君! あなたの不幸な生まれと受けてきた差別については聞きました。私たちは日本人ではない、だからこそそんな差別は気にしません。」

「私は病気があって子を産むことができません。ですが、それも神の思し召しだと思っています。あなたのような子どもを我が子のように愛することで不幸な子どもを減らしなさいという。」

 畳みかけるように言われて、なんだか少し違和感のようなものを感じた。席について、とりあえず挨拶をする。

「俺はうずまきナルト、この施設に来た経緯は知ってるみたいだから省くってばよ。ひとつだけ言いたいことがあって、俺の身に起きてるのは差別じゃなくて事実だし、友達もいるから俺は自分のこと不幸とか思ったことねえんだ。だからそんなに不幸な子どもにこだわりたいなら他の子にしてやってくれってば。」

 二人は顔を見合わせて、頷く。

「素晴らしい、きっとこれまでも正しい行いをしてきたのでしょう。前向きで健気で……あなたはとても魅力的な人です。」

「ごめんなさいね、不幸だなんて言ってしまって。ただ、親のいない子どもたちを私たちの愛で育てたい、それだけなの。」

 腹がぐるぐるする。くらまが何か言いたそうだ。少しだけ姿勢を変えて、お札をお腹から少し浮かせる。

『こいつら……邪悪なものを感じる……信用するな』

 くらまがそう感じたのなら、間違いない。

 でも、そのお札が浮いた瞬間おじさんが俺の手を握った。

「試しにホームステイだけでも良いんです、前向きに考えてくれたら私たちは嬉しい。」

 変な眼鏡のせいで表情がうまく読み取れない。

 ……邪悪、変な眼鏡……? なんか、どっか引っ掛かるような……。

「……悪りぃけど、断るってば。俺この施設の先生のこと親だって思ってっから、別の子にしてくれ。」

 立ち上がって部屋を出ようと二人に背を向けた瞬間、その二人が悲鳴を上げる。

 何だ、と思って振り向いたと同時に先生が部屋に入ってきた。

「何がありましたか?」

 おばさんの前腕に今できたばかり、みたいな引っ掻き傷のようなものがあってそれを先生に見せつけている。

「ナルト君のお札について尋ねたら、急に顔つきが変わって……!」

「引っ掻かれたんです、見て下さい、この傷を!」

「ナルト君のような子を集団生活の施設に置いておくのは危険です、私たちの愛で彼を更生させてみせます!」

 何を言ってるのかさっぱりわからなかった。どうやって傷なんか作ったんだ? でもって、こいつら何が言いたいんだ? 俺の中のくらまが危険だとでも? そんな話、ずっと俺をみてきた先生が信じるとでも?

「……落ち着いて下さい。まず、ナルト君がそういったことをした事は一度たりともありません。次に、ナルト君は今朝爪を切りました。引っ掻いたとしてもそんな傷ができるわけがありません。最後に、差別と偏見に塗れているのはどうやらあなた方のようですね。お引き取り下さい。」

 毅然と二人に告げた先生は、俺に部屋から出るように言って、その部屋から出た俺は今このやりとりの中で何が起こったのかわからず疑問符がたくさん浮かぶ。

 わかってるのは、くらまが邪悪な奴らだと教えてくれた事、あいつらが俺をどうにかして連れて行こうとしていた事だけだ。

 でも、いったい何で?

 あの変な眼鏡も何だか引っ掛かる。どっかでそんなような話を聞いたような……。俺が話をするとしたら、先生かサスケしかいない。……あれ、確かサスケの家族を攫った奴らが変なゴーグルみたいなのつけてた、って言って……。

 急いで部屋に戻って立ち上がりかけていたふたりを睨みつけた。

「……おい、あんたらアメリカ軍の人間だろ!」

「ナルト君?」

「何を急に言い出すんですか!」

「俺を連れてってどうするつもりだったんだってば! 答えろ!」

「ナルト君ちょっと、落ち着いて、一旦部屋から出て。」

「何企んでやがんだ、おい!」

 先生が俺の身体を押して部屋の外に追いやる。そのまま扉を閉めて、俺の肩に手を置いた。

「一体どうしちゃったの、あのふたりと何があったの?」

 あいつらの前でサスケの名前を出すわけにはいかない、だってもしかしたら、サスケがこの近くにいると知ったら攫いにくるかもしれない

 あいつらに問い詰めたところできっと素直に答えることもないだろう、先生の言う通り、落ち着いた方がいい。

「……先生、悪い、俺ってばちょっと勘違いしたみてえだ。でも、養子の話は断ってくれ。俺は先生たちのこと親だって思ってるからさ! 離れたくねーんだ。だからこれからそういう人が出てきても、断ってくれ。そういうのって、他の、もっと小さい子がいいと思うしさ!」

 先生はホッとしたように口元をほころばせる。

「もう直ぐ夕食の準備だから、支度してくるのよ? 今の二人のことは忘れちゃいなさい。あとは先生が何とかするから。」

 先生の笑顔を見て、自分も落ち着いていく。俺の家はここだ、養子? なんて俺には関係ねぇ。

「わかったってばよ! 後のことは任せた!」

 そう言って自分の部屋に向かいながら、あの二人組のことを考える。多分、サスケの家族と同じように俺も攫って研究所ってとこに入れるつもりだったんだ。でもくらまにどうこうできるのは赤い眼の奴らだけ。……もしかして、あいつら赤い眼の奴らも捕まえてんのか。

 施設の中にいる限りは安全だ、けどくらまみてぇな過去に暴れた記録がしっかり残ってるのをあいつらが簡単に諦めるとも思えない。

「……くらま、次にあいつらがきて、俺たちを攫おうとしたらどうする。」

『俺が追い払ってやるから札を離せ。』

「離せ、って、それは……」

『……安心しろ、必要以上に暴れるつもりはない。ただナルト、お前の身体を少し借りるぞ。』

「……約束だかんな、いつかちゃんとくらまを外に出してやるから、それまでは俺の中にいてくれってば。」

『ナルトこそ、その約束違えるなよ。』

 

 二人がベランダで話している間に、夕食を作ることにした。干柿鬼鮫は座ったままじっと二人が戻るのを待っている。

 しかし四人分、それも結構食べそうなのも含む、炊飯器は三合までしか炊けない。どうするかなぁ、と食品庫を漁って出てきたインスタント焼きそば。……そばめし、なら嵩増しできるか。

 作るものが決まって、下ごしらえを始めた。

 ご飯が炊けた音がして蓋を開けると、ベランダから二人が戻ってきたらしい。振り向いてみてみると、サスケは何だか元気がなさそうだ。イタチの方は変わらない様子。……何だかこういう空気ってやだなぁ、と、三人に声をかけた。

「夕食、適当に作ってるんで。お二人もよかったらどーぞ。」

 干柿鬼鮫はイタチを見上げる。

「どうします、イタチさん。」

「……せっかくだ、頂こう。」

 パワーバランスというか、イタチの方が上なんだなぁとしみじみ思う。サスケは自分の部屋に何かを取りに行ったようだった。夕食を作りながら背中でそのやりとりを聞く。

「何の役にも立たないかもしれない、けどこれを兄さんに託したい。これが、俺の気持ちだ。受け取って欲しい。」

 それを受け取って確認しているのか、紙をめくる音がする。

「……わかった、お前の気持ちとして受け取ろう。ありがとう、サスケ。」

「無事に戻ってきて欲しい、けど、それが難しいことはわかった。だから、すぐにさよならじゃなくてせめて、一晩だけでも一緒にいてくれ。」

「……実行は新月の夜だ、つまり三日後。一晩くらいの時間はある。サスケのためにその時間を使うと約束する。何より明日は……。」

「明日……?」

「日が変わってから改めて言おう。夜更かしはできるか?」

「兄さんと少しでも長く一緒にいたい、話がしたい。夜更かしなんて何も問題ない。なあ、カカシいいだろ。」

 急にボールが飛んできて、そばめしを炒めているフライパンを止める。

「だめ、って言うと思う?」

「ありがとう。兄さん、今日はうちに泊まってくれ。」

 イタチはいいとして、干柿鬼鮫はどうするんだろうと思いながら大皿にそばめしを出す。

「急だったもんで大したものは作れませんでしたが、食べて下さい。」

 

 ベランダにいるサスケとイタチのことを思うと落ち着いて眠れない。干柿鬼鮫は浴室を借りますと言って中に入ったままだ。元々海に住んでいたから水の中がきっと落ち着くんだろうと考えてそっとしておくことにした。

 もうすぐ日付が変わる時間、イタチが言っていたのは何だったんだろう。時計の針が動くのを見ながら待っていると、頭の中にシステムの音声が響いた。

『制限されていた機能が解除されました。名称〝見通す眼〟。この機能は人間の体液の摂取を必要とします。摂取可能な体液に精液が追加されました。システムをアップデートします。六十秒後に再起動します……』

 再起動、って事は一旦サスケは倒れる……?

 布団から出て窓を開ける。ぐったりとしているサスケをイタチが抱きかかえていた。

「イタチさん、システムが……」

「……サスケが成人を迎えた。この眼の真の力が使えるようになったんだろう。」

 十二歳で成人になる……成人を迎えた、ということは。

「サスケは、今日が誕生日だったんですね……。」

 少しして、サスケがゆっくりと眼を開ける。眼をこすりながら、見守っているイタチを見つめた。

「サスケ、誕生日おめでとう。その眼で俺を見てくれないか。」

「待ってください、その力を使うには人間の体液が必要だと、システムが……俺の血を飲んでからにしろ、サスケ。」

 サスケの赤い眼が俺を見る。

「何か……変だ、色んなものが……見える……。」

「早く、血を飲め。」

 イタチの腕の中から降りたサスケは、俺の首筋に噛みついてその血を飲み始めた。

 量が、いつもより多い……。

 俺が倒れかねない。頃合いを見てサスケを引き剥がした。システムに操られている……訳ではなさそうだ。

「サスケ、俺の後ろに何が見える。」

 サスケがイタチの方を見る。じっと見つめて、そしてその手を口元に移した。

「兄さんが……血だらけに、なって、兄さん! アメリカに行っちゃだめだ、じゃないと!」

 イタチはそれを聞きながら、ふっと笑った。

「……いや、上出来だ。サスケはちゃんと見えている。奴らを騙すための俺の姿を。」

「騙す……?」

「相手の中には、俺たちの一族もいる。その眼で二日後に起きることも見えているだろう。俺たちが戦いに向かうことを奴らはすでに把握していて対策を考えている。俺たちがやる戦いは〝騙し合い〟だ。奴らにどうすれば俺たちを退けられるのか知らせているんだ。その想定を、覆す。」

 ……サスケたち一族が村の人に与えていた情報について、考えたことがなかった。カムイだからわかるんだろうと漠然と理解したつもりでいた。実際はこの赤い眼には物事を見通す力も備わっていて、成人した時にその力が開花する……ということか。

 だからサスケ達の一族がいることはアメリカにとって戦略上大きい。でもそれを利用してイタチは想定されていない未来を作ろうとしている。

 イタチがその作戦に必要不可欠な理由はこれか……。

「サスケ、もう眼を戻しなさい。見すぎるとまた負荷がかかる。カカシさんが倒れるのは嫌だろう?」

「あ……わかった。……兄さん、兄さんが血まみれになることは、ないって思って、いい、んだよな。」

「もちろんだ、そんなヘマはしない。安心しろ。……サスケが成人する瞬間に立ち会えてよかった。これで心置きなく……アメリカに行ける。」

 

 仲間を取り戻す、と言っていた。けれどシステムに支配された仲間を取り戻しても時間は巻き戻らないし、どうやって入れられたのかもわからないシステムをどうこうするのはきっと難しい。一体、その作戦はどんなものなんだろう。

 サスケの両親は日本に帰ってくるのだろうか。……それとも、兵器と化したかつての仲間は、もしかしたら全員……。

 俺が何を考えたって何も変わらない。見守る事しかできない。イタチが戻って来なければ、俺とサスケは今の生活を続ける事しかできない。……その時は。俺の存在がサスケが帰ってくる場所であり続ける。それが俺のするべき役割だ。何が起きようと。

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