二人一組で行動しながら指示を出す。仲間とは全員波長を合わせているから人間のようにインカムなどなくとも意思疎通が可能。そして研究所に潜入していた仲間から得た建物の構造、仲間がいる場所、ゴーグルをつけた者の配置、それらを指揮する者。
戦において重要なのはまず司令塔を崩す事。
恐らくはその傍に俺の仲間の誰かがいて情報を伝えている。「事前に見た通りの動きです」とでも言っているのだろう。
その証拠に、俺たちが練った作戦を妨害するように、その二人一組のうちのどちらかの仲間が敵として立ちはだかっている。
『そいつは木偶だ、本物じゃないが、本物と信じているように見せかけろ、あとは作戦通りに。』
『次の角を曲がると子どもがいるが、手遅れだ。躊躇したふりをして確実にやれ。』
『上の階にゴーグルが三人、天井を破壊して戦闘不能にしろ。』
『鬼鮫、この先だ。俺の仲間が六人いるようだ。』
壁をすり抜けた鬼鮫が大刀を振り回す。その風圧に倒れる者、大刀に薙ぎ倒された者、立ったまま残っているのは三人。そしてその三人が護るように一人の人間。表情はあまり動かしてはいないが、その顔は想定と違う、という焦りを見せている。
最初に地下に行く〝はずだった〟俺たち。次の想定では一族を捕らえていた部屋に向かっている〝はずだった〟俺たちが急に目の前に現れたのに、その程度しか表情を動かさないのは、流石だ。
そして自身の周りに配置した三人も、俺が指揮をとっているからこその人選だろう。
「……父さん。」
「イタチ、立派になったな。」
懐かしいアイヌ語で俺に微笑みかける父さん。……残念だったな、俺の父さんはそんな顔はしない。精神を弄りすぎて元の人格を失わせるからそんなチグハグな状況を生む。
背中の刀を抜刀、そのままの勢いで胸を貫く……前に、鬼鮫の大刀が、父さんのその身を真っ二つにしていた。
『……鬼鮫、予定と違う行動をするな。』
残るは司令官の隣にいる二人、母さんと……イズミ。
三人まとめて斬り倒す、父さんを貫く予定だった刀を握り直す。しかしやはりそれよりも先に鬼鮫の大刀が三人を薙ぎ倒していた。
『おい、鬼鮫何のつもりだ』
『次はゴーグルの殲滅、でしたね。行きましょう。』
人間が使っていたインカムを拾って装着する。どうやら、順調に制圧は進んでいるようだ。
『想定通り、全員駄目だった。この手で終わらせた。』
『……そうか。』
俺はまだひとりもこの手にかけていない。相棒の鬼鮫が勝手に動いて俺よりも先に。
『待て、先にこの部屋だ。』
鬼鮫よりも先に部屋にスッと入る。顔を見なかった残りの一族と人間が二人。今度こそ……。
急に現れた俺に人間はさっきの男とは違って恐怖に顔を歪ませる。一族の者達に何か指令を出したようだが、遅い。その首を飛ばす軌道に乗った刀を一直線に動かした、が、手応えがない。
その場にいたはずの人間は、天井近くにいた。頭部を水が覆っていて苦しそうにもがいている。
『鬼鮫、いい加減にしろ』
振り向いたとき、そこに立っていたのは鬼鮫ひとり。一族の者は皆、頭部を削り飛ばされて倒れ、血を流していた。
その鬼鮫が右手を前に突き出して小指からゆっくり手を握ると、暴れていた人間二人が静かになり、そして床にドサッと落ちる音がした。
『何故予定通りに動かない』
『あなたは前衛には不向きです。後衛で指示を。』
『俺が弱いと言いたいのか。そもそも同族は同族が終わらせてやるという話だったはずだ。』
『すみません、つい……海にいた頃も、掟に従わない者は私が直接手を下していたので、その癖が出たようです。早く次のゴーグルをやりに行きましょう。』
今になって、こいつは何を考えている。駄目だ、今思考のリソースはそこにかけるべきではない。
『四階、制圧完了』
『爆破の準備に入れ』
ゴーグルのいる研究室に入る。広いが、ごちゃごちゃと物が多く見通しが悪い。だがこの眼には関係ない。
『扉の裏に一人、棚の向こうに一人、ガラスのケース下に一人』
『お任せを』
障害物など無かったかのように振り回された大刀は全てを破壊し、人間も削り飛ばす。鬼鮫が手前の二人をやっている間に奥の棚の人間を。走り出したままの勢いで空中を横切り、棚を越えると同時に刀を振り下ろす。
しかしその刀は空を切り、人間は棚ごと破壊した大刀に吹き飛ばされて壁に打ち付けられ、抉り取られた腑から血を流し絶命した。
『鬼鮫お前、まさか……』
『私は〝お任せを〟と、言いましたが?』
他の仲間の報告から上がったゴーグルの数と合わせると、事前情報の人数と同じ。あとはただの人間だ。
『ゴーグルは殲滅した。同胞の状況は。』
『全員駄目だった。』
『同じく。』
『こっちもだ。』
『……わかった。では仕上げに入る。』
破壊された研究室の中で、頭がくらっとする。……眼の使いすぎか。すぐそこにいる血を流しているゴーグルの服を引き剥がす。幾重にも重なった防護具の奥に見えた肌に牙を立てたところで、鬼鮫が俺の肩を掴んだ。
『薄汚い人間の血なんかよりも、私の血を。』
『俺たちは人間の血しか飲まない。』
『人間などよりも余程精力はあります。』
『必要量飲むと鬼鮫が倒れかねん、それでは支障が出る。』
『血ならこの大刀が十分に吸いましたから有り余っています。』
『……』
……一体、何を考えている、こいつは。しかしこんなやりとりに時間を割けるほど悠長にしているわけにもいかない。
鬼鮫の肩に牙を立てて溢れ出る血を飲んだ。人間とは少し違うが、確かに人間よりも少量で済む精力がある。
手早く済ませて口元を拭い、次の場所を目指した。
建物の外には潜入していた者を含む仲間がすでに脱出していた。屋上にある装置を確認してその上空から勢いよく炎を出す。
建物全体を覆う炎は屋上のそれにも届き、連鎖するように次々とあらゆる箇所が爆発、爆炎を上げて最後にはガラクタの山と化した。
『イタチさん……仇を取った筈なのに私の中では尚憎しみの炎が消えません……。』
ガラクタになった建物を見ていた俺は、鬼鮫に目を向けた。その身体が、色を変えていく。
「鬼鮫お前……、……ウェンカムイに、なりかけている……!」
「ああ……そうでしたね、これが……ウェンカムイ……。」
「何故俺に手出しをさせなかった、共にウェンカムイになると言ったはずだ。」
「……あなたには、家族がいます。弟さんが。私は海から去る時に後釜を残しました。しかしあなたには帰るべき……。」
「……まさか、その為に俺に手を出させなかったとでも言うのか。」
「……憎い、全てが……ふ、この国で不幸を振り撒く存在になるのも悪くない……。」
「……鬼鮫……。」
「私の我儘をひとつだけ……聞いてはくれませんか。あなたには、弟さんの元へ帰って頂きたい……。あなたには……待っている人が、」
鬼鮫の身体は、もう炭のように黒くなってその形も変わり始めていた。空中に浮かんでボールのように丸くなり、そしてその形が徐々に霧散して空気に馴染んでいく。もう鬼鮫ではない、災禍を振り撒くウェンカムイの姿になりながら、最後に一言だけ残して空気に溶け込むように消えてしまった。
〝あなたには、生きていて欲しい〟
「……誰か、知っている者はいないか。邪神となった神を元の姿に戻す方法を。」
瓦礫が燃えて崩れる音が響く中、誰も返事をしない。
「……一緒に行くと、約束していただろう……鬼鮫。」
今、俺の中を流れている鬼鮫の血だけが鬼鮫が居た証となってしまった。一人で全て抱え込むなと俺に言ったのは鬼鮫だったのに、お前は……本当に馬鹿だ。
「……作戦は終了、帰るぞ。日本に。」
アラスカにあるこの研究所だった場所から、日本に向けて小型の飛行機が一機飛び立った。
アメリカの軍用機、しかし乗っているのは具現化した神だった者たち。アイヌではない彼らも、人を殺めた事で、鬼鮫ほどではないが、少しずつ変化している。災いをもたらす邪神へと。
早く太陽の神に清めてもらわなければ、全員。
……全員、その覚悟を持ってこの作戦に挑んでいた。けれど俺ひとりだけが無事で生き残るなんて事は俺が許さない。必ず穢れを清めて元の姿に……!
操縦桿を握って最上神が座す神聖な場所を目指した。
「新月、だね。」
「そうだな……。」
ベランダから空を見上げながら、ふたりで思い耽っていた。
今頃、研究所では仲間を奪われた神々が戦っているのだろうか。騙し合いは成功しているんだろうか。
考えたって仕方がないのは分かってるんだけど。
「やっぱりさ、考えちゃうよね……。」
「……ああ、何かの奇跡でも起きて、無事に帰ってこないかな……。」
「今……その眼で俺たちの未来にお兄さんがいないか、見れないの?」
「……悪い、……怖くて、見たくないんだ。」
「……そうだよね、ごめん。」
街灯の光しかない空を見上げる。
サスケがイタチに託したのは、米軍について調べていたあのノートだった。
自分の代わりに、復讐を遂げて欲しいと兄さんに託したと、サスケは話してくれた。
復讐するつもりだったから、中学に行く気はなかった事も、俺のもとに帰ってこられるかわからないから、さよならは言わずに行くつもりだった事も。
俺は相槌を打ちながら、聴くことしかできなかった。ただ、無事に復讐を遂げたときには帰ってくるつもりだったと聞いて、ありがとねと頭を撫でた。
あの二人が出て行ってから二日、サスケは珍しく「オビト」を抱きしめながら眠っていた。
さよならを言いにきたお兄さんとの別れは……つらかったんだろう。
作戦がうまくいったとしても、いかなかったとしても、俺たちがそれを知る由はない。どちらにしたってサスケの兄さんは、帰って来ないんだから。
「……サスケ、祈りって通じるのかな。」
「祈りを……聞く神がいれば。けど、あんたも分かってるだろ。そんな神は今この辺りにはいない。」
「サスケだって、神と呼ばれた一族じゃないの。」
「……その祈りなら、俺だってしてる。けど届かせる方法がわからない。」
生温かい夜風が肌を撫でる。
こうして空を見上げていても時間の無駄だ。
わかってるのに、祈ったところで意味がないとわかっていても、祈らずにはいられない。
人間ってのは我儘な生き物だな、都合のいいときだけ奇跡を信じて神に祈って、その神の想いなんて知らずに……本当に身勝手だ。
「そろそろ、寝ようか。」
「……俺はもう少しここにいたい。大丈夫、ちゃんと寝るから。」
「それなら、サスケの気が済むまで俺もここにいるよ。」
「……うん」
数日、サスケは元気のない様子だった。そうなっても仕方がない。だって唯一無事だったお兄さんとあんな別れ方をしたんだから。
学校に行っても元気がないのは変わらなかったらしく、ナルトが朝、家を訪ねてきた。
「……何かあっただろ、吐いてもらうってばよ。」
サスケの知らないところで話すのは気が引けたけど、事情を簡単に話した。ナルトは納得した様子だった。
「いや、俺んとこにも来たんだってば、変な眼鏡の奴。多分、サスケの家族攫った奴らの仲間だ。いつまた現れるかと思ってさ、しばらくひとりで登下校して様子見てたんだけどよ、何日か前にくらまが〝邪悪な気配が消えた〟つって。俺はただ俺のこと諦めたのかと思ってたんだけどよ。……きっと、サスケの兄さんの作戦、成功したんだと思うぜ。」
ナルトはサンキュ! と走り去って行った。
出会ったばかりの頃とはまるで違う成長した様子を垣間見て、サスケもナルトも成長してるんだと改めて思う。出来事に対する見方も、考えも、まだ子どもだと思っていたけどその実は全然違った。
大人の階段を登っていく子どもたちを見守りながら、自分だけ置いて行かれているような気持ちになる。
ナルトから今の話を聞いたら、サスケは喜ぶだろうか。それとも、イタチがウェンカムイになってしまったことを悲しむだろうか。
その日家で待っていたサスケは、幾分か明るい表情だった。それにほっとしながら、いつものように一緒に夕食を作る。
かつてのように笑顔で溢れる……事はないけれど、何かがあってもサスケは俺のところに帰ってくる、そう思うと嬉しいし、兄さんの分までサスケのこころを支えてやりたいと思う。
サスケと食卓に料理を並べていると、玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろう?
「ちょっと待ってて」
箸を置いてから、玄関に向かって行き扉を開ける。
「どちらさ……ま……え……?」
扉の隙間から見えたのは、センター分けの黒髪の青年の姿。
「カカシ、どうしたんだ?」
サスケも玄関に歩み寄ってきた。
扉を開いて、その青年を迎え入れるとサスケは目を見開いて、そして目から涙が溢れる。
「にいさ……なん、で……」
イタチは少し疲れたように微笑んで、サスケの頭に手をのせた。
「鬼鮫から言われてな……〝あなたには、生きて欲しい〟と。」