アメリカで流行り始めた新型感染症が米軍関係者も罹患して基地の人の往来が禁じられたり、米軍基地のある場所だけ局地的に竜巻が発生したり、原因不明の故障が相次いで今飛べる軍用機が一機になったりと、アメリカに不幸が起きるたびに俺たち日本人は誰もが「天罰だ」と自然に考えた。
アメリカは頑なに日本の神への言及を避けてきたが、衛星からの映像でアラスカのアメリカ軍基地が爆発炎上し瓦礫となった様子が明らかになり、あの日四つの神社で神々がテレビ中継で語ったことは本当にあったことなのだと信じた人もきっとそれなりにたくさんいるはずだ。
アメリカは実験中の事故による建物崩壊だとコメントを出したが、その実験こそが日本の神をどうこうしようとしたものだったのではないかと多くの人の間で興味深く語られた。
本土での感染症はきっと鬼鮫さんが、そして米軍基地でのことはきっと日本の神が関与しているんだろう。
遠い存在だった神が語った言葉通りにアメリカに不幸をもたらすのを見聞きして、俺も含め皆が神様って本当にいるんだなと改めて思ったんじゃないだろうか。
そんな中、日本人は神への信仰を見直す人が増えたように思う。どの神社の神様はどんな由来でどんな神様で……なんていう解説本が売れたり、自分が住む土地の土地神様を大切にしようという動きが各地で活発になったりと、今まで以上に神様を身近に感じ信仰するような空気が醸成されていった。
寒風吹き荒ぶ冬に入って、ベランダに干していた干柿を入れ替えながら、イタチはまだやらなければならないことを遂げていないのだろうかと思いを馳せる。
またいつ玄関のチャイムが鳴っても良いように夕食を多めに作るようになって、でも成長期に入ったサスケはペロリと全て平らげるから苦笑する。
イタチのいないこの数ヶ月で身長も随分伸びた気がする。声も少しずつ低くなっていて、俺は何かにつけ写真や動画を撮っては、電気街で買ったSIMの入っていないスマホにサスケのデータを移し続けた。
イタチが戻ってきたら俺たちの生活は終わるのかもしれない。サスケは中学に進学することを決めたけど、俺はイタチが帰ってくるのを待ちながら、来るかもしれない将来が近づいていると思うと寂しくも思っていた。
「神様って、本当に凄いんだね。」
こたつに入りながら干柿を食べているサスケに話を向ける。
「そりゃあ、神様だし。」
「サスケだってそうだったじゃない。」
「俺たちは……神と呼ばれてはいたけどただの物怪と同じだ。格が違うというか、本当の神様はもっと次元の違う存在だ。」
「……ふぅん……。」
「俺たちも広義では神……にあたるのかもしれないけど、それなら多分ナルトの中のくらまも神に定義されるんじゃないか。」
なるほど、俺たちは人成らざる者を畏れて信仰することはあれど、あくまでそれは人でないだけであって神とは別物……なのに日本の神々が怒りを表したのは、連れ去られた中に本物の神も混じっていたということだろうか。格の違う存在である神が人間に攫われるなんて有り得るのだろうか。
まあ、考えたって仕方がない。イタチが語ってくれでもしない限り何が起こっていたのか全容を知ることはできない。
頬杖をつきながらサスケの話を聞いていたら、サスケはチラッと俺の方を見て、そして干柿にまた目線を戻した。
「……近いうち、たぶん二~三日くらいで兄さんが帰ってくる。」
「……え、……あ、そっか、見えたのか。……その割には、あんまり元気そうに見えないけど。」
「少ししか見てないし、俺の姿が……西洋の悪魔みたいな風だった。鏡とかに映らないから、俺は身体が黒い、くらいしか知らなかった。そんな姿で兄さんの前には立ちたくないなと思って。」
サスケの、可視化していない姿は確かに悪魔……みたいな姿だ。姿の割に和風な名前だなとは思ったけど、本来はそれとは似ても似つかない全く異なる姿だったのか。……となると、やっぱり戻してあげたい。マスター権限でどうにかならないものだろうか。
「システム、アバターの種類はいくつある?」
『被験体に登録されたアバターは三種類です。』
ひとつは可視化された姿、ひとつは悪魔のような姿、もうひとつは……?
「使用していないアバターを適用。」
『注意を要します。オリジナルアバターへの変更を行うとシステムは強制シャットダウンされます。変更用パスコードをどうぞ。』
オリジナルアバター、って、ことは、元の姿⁉
「もやしのナムル!」
『異なるパスコードが入力されました。あと二回認証に失敗するとアバターの変更はロックされます。変更用パスコードをどうぞ。』
マスターのコードとはまた別なのか。しかもあと二回失敗したらロックということは、もう二度と姿を変えられなくなってしまう。
「サスケ、何かないかパスコードの心当たり。」
「わからない……でもオリジナルアバターが元の姿だと仮定して、それでシステムが動かなくなるって事は、研究所はもしかして俺たちを元の棲家に戻す事も想定していたって事なのか。パスコードさえわかれば母さんたちはシステムの影響から解放されて戻って来れたって事か?」
「奴らが何考えてたのかはわからないけど、仮にそうだとしたら、パスコードは……元の姿に所縁のある単語? ……あと二回しかない、慎重に考えよう。」
元の姿……元住んでいた村の名前、もしくは村の人から呼ばれていたトゥスニンケという神の名前……あるいは……。
二回しかチャンスがない。しかしこれだと思えるようなワードも思いつかない。
「……システム、オリジナルアバターへの変更用パスコードが設定されたのはいつだ。マスターなら変更できるか。」
『パスコードはインストール前に設定されました。パスコードの変更権限者は設定されていません。』
「すべてのシステムに同じパスコードが設定されてるのか?」
『パスコードは被験体によって異なる固有の文字列です。』
意外とヒントをくれるものなんだな。俺がマスターだからだろうか。しかし、全員違うなら、村の名前でも神の名称でもない。全員違う固有の……固有、まさか、名前、なんて事はないよな。さすがにそのパスコードじゃ簡単すぎる。
「……うちはサスケ……いや、うん、絶対違う。」
「なら、イタㇰア?」
「……え? 今何て言った?」
「イタㇰア」
「何、それ。はじめて聞い……もしかして、それってアイヌ語の名前?」
「ああ、一族の中で呼ばれてた名前だ。和名はうちはサスケ。一族の中ではイタㇰア。」
プリンターのカセットからコピー用紙を一枚取り出してボールペンを探す。
「ごめん、それ発音正確に教えてくれない? ええと……〝itaqua〟、で合ってる?」
コピー用紙にアルファベットを書く、サスケは俺の持っているボールペンを抜き取って〝itak-a〟とその下に書いた。
「イタㇰア、……イタㇰア。合ってる?」
「ああ、合ってる。」
「……システム、オリジナルアバターへ変更、パスコードはイタㇰア。」
サスケをじっと見つめる。システムは三秒置いて、また音声を出し始めた。
『オリジナルアバターへの変更を承認しました。オリジナルアバターへの変更は二十四時間要します。システムはリカバリモードに入ります。リカバリモード中は複数回再起動が行われます。処理の完了後システムは強制的にシャットダウンし再起動できなくなります。変更を実行してもよろしいですか。』
サスケと顔を見合わせた。
これって、もしかして、もしかするんだよな?
「……カカシ、実行してくれ。」
サスケの言葉を聞いてから、落ち着いて息を吐いた。
そしてサスケに向かって告げた。
「変更を実行。」
サスケの瞳孔が中心で停止する。ふらっと横に倒れたところを抱き止めた。
『被験体はリカバリモードに入りました。クリーンアップ中。三十秒後に再起動します。』
二十四時間後、システムは完全に黙る。そしてサスケは、多分だけど本来の姿を取り戻す。
……ちょっと待てよ、それって、「可視化」も出来なくなるって事じゃないのか。人間としてのサスケは、その存在を消してしまう?
そうだとしたら、……そうだとしたら、本当にこの変更を実行しても、良かったのか?
眠っているかのように意識を失っているサスケをベッドに運んで、その傍に「オビト」を寝かせる。
二~三日したら、イタチもここを訪れる。元の姿を取り戻したサスケは、イタチと共に……そうなるかもしれない。
いや、待て待て、イタチは人間の姿で俺たちの前に現れている。という事は、サスケだって人間の姿にもなれるはずだ。
だから、どう転ぶかはわからない。
もしかしたら、イタチとサスケと俺と、三人で暮らすことになる可能性だってある。
ひとまずは二十四時間待って、サスケがどうなるのかを見守らないと。
「……あくまのこは、作られた姿だったんだね。イタチが悪趣味だと言っていた意味が今やっとわかったよ、サスケ。」
『メモリの解放が完了しました。ソフトウェアの初期化を開始します。』
メモリの……まさか、システムが入っていた間の記憶もなくなる、なんてこと……ありえるかもしれない。サスケを見つけてから今までの思い出が蘇ってきて、思わず目頭が熱くなった。
「もしも、全部忘れちゃったとしても……俺はサスケとの六年間、絶対に忘れないからね。サスケに何があろうと、俺はサスケが帰ってくる場所として待ち続けるから。……サスケが覚えてなくても、俺は、いつでも……。」
二十四時間、俺にはとんでもなく長く感じた。会社を休んで、学校にも休みの連絡を入れて、寝食を忘れてサスケをずっと見守り続けた。時々流れるシステムの音声を聞きながら、最終的にシステムが強制シャットダウンされたあと、目を覚ましたサスケは俺の顔を見て何て言うだろうかと思いながら。
どうなろうと、サスケにとってはこれが最良だったはずだ。ヘンテコなシステムから解放されて元の姿に戻れるんだから。
あと二時間。
というところで、玄関のチャイムが鳴った。イタチ、か。いいタイミングだな。
玄関の扉を開けて迎え入れると、いつもの無表情が少し眉を顰める。
「……何かあったんですね、カカシさん。サスケは?」
「詳しくは、サスケが目を覚ましたら……話します。」
「目を……眠っているんですか?」
俺はサスケの部屋に目をやった。
「イタチさんにとっては、きっと朗報になります。サスケは恐らく今、元の姿に戻るために眠っていて……二時間後に目を覚まします。」
俺はリビングに置いてある、SIMの入っていないスマホとその充電器を手に取って、イタチに渡した。
「これは?」
「前回お見せした写真や映像を入れてあります。これをイタチさんに渡したかったんです。」
「……ネットワークには繋がっていない。つまり、写真と映像の保管と鑑賞用、ということですね。」
「俺のエゴかもしれないけど、あなたには今までのサスケの成長を見せたくて。」
イタチはスマホの画面を指ですっと撫でて顔を綻ばせた。その待ち受け画面は、ナルトとサスケがぬいぐるみで遊ぶ姿。
「いえ、……ありがとうございます。大切に、します。」
イタチはスマホを握りしめて、サスケの部屋の方を見る。イタチと一緒に、サスケの部屋に入ってベッドの横でその寝顔を見守った。
再起動はもう終わったのか、ここ一時間ほど静かだ。
最後の、強制シャットダウンに入っているんだろうか。
残り四十分、サスケの目がパッと開いた。その瞳孔は静止したまま、システムとはまた違う音声が聞こえ始めた。
『多言語化対応……よし、動いている。この音声を聴いている人がいるならば、私の悔いを語りたい。東洋の島国の各地に拠点を置き、私は彼の国を信仰の国と呼んだ。軍という巨大な組織の中で疲弊する兵士の為に祈る神父である私は、彼の国の信仰が興味深く、各地に残る伝承を聴きノートに書き留めるのをささやかな趣味としていた。そのノートの内容が、ある日軍の幹部の目に留まり、そしてこの作戦が発足することとなった。
最初に目をつけた地域、蝦夷地と呼ばれたその地に伝わる言葉を選び、その作戦は1226クンネチュプと呼称される事となった。
全土から集められた「見える」者たちの角膜を研究して試験運用が始まったMH-5.17、神職者から得た情報を元に悪魔祓いの道具を取り入れた防護具と捕獲用の綱、海に棲む人ではないその存在を拿捕して周到に用意した部屋に入れ、観察と分析が始まり、作戦は革新的な開発によって実用性を持ち得るものへと変化を遂げていった。
私はその作戦のきっかけを作ってしまった一人として、そして我々ホワイトアングロサクソンが過去に犯してきた過ちを思い、未完成だったシステムの中のひとつにこのプログラムと音声を残すことにした。それが今あなたが、またはあなた方が聴いている私の声だ。
キリスト教、そしてホワイトアングロサクソンはいつの時代も他国の神々を軽視し、信仰を奪い、領地を広げてきた。アメリカという国はそれについて反省の念を少しも持ってはいない事をこの研究所にいると実感する。
たったひとつのシステムにこのような小細工をしたところで何の贖罪にもならない事は理解している。しかし願わくば……この作戦が失敗し、この未完成のシステムをインストールされた何者かが愚かな軍と国に鉄槌を……。……等と言うのも身勝手な事だとは思う。この国にいながらにして、この国の愚かさを思い知らされた、一人のしがない神父の妄言と忘れてくれていい。
ただ、一言だけ、この音声を聴いている誰かに伝えたかった。本当に、申し訳ない事をしたと。私はあなた、またはあなた方の神をお返ししたい。力が及ばず、たったひとつのシステムにしかこれを入れる事は叶わなかった。本来であれば、すべての神々をお返しするべきところを……本当に申し訳ない。この懺悔を受け取って欲しいなどと身勝手な事は言わない。ただ、ただ申し訳ないとしか……。』
音声が途切れた。
イタチは真剣な顔でサスケを見つめている。
これは、イタチにも聞こえていたのだろうか。
軍の中にも、良心を持つ者がいた……そしてたまたまサスケの中に入っていたシステムが、彼が手を加えたものだった。つまり他の者にはこの機能はなく、システムに支配されてしまったらもう元通りには。
「……俺たちの」
珍しくイタチが口を開く。
「俺たちの作戦で最初に発見した敵は、首から鎖で下げた十字架を握りしめながら胸に手を当て、空を見上げていた。……もしかしたらあれは……。」
……この声の主だったのかもしれない。
日本を巡り信仰を研究していた彼の知識は、1226クンネチュプ作戦の中で重要なものだったはずだ。そして神父とはいえ軍の内部の者である以上、命令に従い作戦を推し進めざるを得なかった、のだろう。
でもそれによってサスケが、イタチが家族を失ったことに変わりはない。鬼鮫さんがウェンカムイとなったこともすべて、この声の主のせいと言っても過言ではない。俺は神様じゃないから簡単に許す事はできない。
けれどこの声の主のおかげで、サスケは。
思えば幼いサスケが研究所から脱出できた事が不思議ではあった。デバッグ中だったから警備が甘かったのかもしれない、そう理解してきたけれどサスケは扉が開いていた、と確か言っていた。もしかしたら、それもこの人物の手によるものだったんじゃ……。
二時間が経って、サスケがゆっくりと瞬きをする。天井をぼうっと見つめたあと、サスケを見守る俺たちを交互に見た。