あくまのこ   作:江夏ケイ

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新生活

 区役所で戸籍やら学校やらの手続きをしようとサスケと出向いたらまずは警察にとたらい回しされ、警察では事情聴取とやらで二時間拘束された挙句、予想通りサスケを保護施設に、という話になった。

 俺は収入もあるしこの子を責任もって育てながら親御さんを探しますと熱弁し、その最中終始サスケが俺の足にしがみついてカカシから離れたくないやだと泣き続けた甲斐もあって、月に二回ほど児童福祉士とやらが家庭訪問に来るという条件でサスケの養育を俺がする、ということが容認された。

 二時間の聴取の間にサスケの捜索依頼が出ていないか全国で探してもらっていたようだが見つからなかったらしい。というわけで逆にサスケの親族の捜索依頼が全国にかけられることになった。

 ということは、タレント事務所だのスポーツだのでサスケを目立たせなくてもお兄さんが警察署や交番でその捜索願を見てさえくれれば連絡が来るはずだ。

 めんどくさかった分成果は出せたからあとはサスケの就学の手続きだ。

 本来公証役場だったかで後見人登記をするべきところだけど戸籍がわからないため手続きができない、ということで特例中の特例扱いでサスケは戸籍がないまま俺が事実上の養育者であり保護者として俺の住んでいる学区の小学校に通うための手続きをしに児童福祉士の人と一緒に民生課とやらで色んな書類に似たようなことを書いてハンコを押して無事に提出が終わった。あとは就学通知が家に届けばサスケは来春から小学校に通えることになる。

 朝に出かけて帰ってきたのは夕方だった。玄関に入ってサスケの頭を撫でる。

「サスケ、ナイス演技だったぞ。いい子だ。」

「だってほんとだもん!」

 くす、と笑い合って部屋の中に入り、買ってきた野菜や肉を冷蔵庫に入れて台所に立つと、サスケはサスケで買ってきた本を熱心に読み始めた。読み始めたと言ってもシステムが学習モードに入っているようだが、今日は子供向けの本というよりはまずは日本語を流暢に話せるようにと思い星新一やら宮沢賢治などの短編や小説を読ませることにした。

 単に覚えるだけの辞書とは違い登場人物の発言の心理的背景や話の流れ、状況の理解も含めて読むように伝えたからか、昨日の辞書よりも読み進めるのは遅かったが、まだ野菜を切っているところでサスケは読み終わったよ! と足に抱きついてきた。

「じゃあ、宮沢賢治の『セロひきのゴーシュ』はどんなお話だったか教えてくれる?」

 サスケは嬉しそうに物語の展開と登場人物がどんな人だったのか、台詞についてそういう考え方があるんだなって思った、等々流暢に話して、もっと色んな本が読みたいと目をキラキラさせていた。

 幼い喋り口調がかなり見た目に近づいてきているのを感じて、明日は古本屋に寄ってまた色々買ってやろうと思いつつ、肉を炒めて塩胡椒を振り、野菜を加えていく。

「じゃあ次は、星新一の『悪魔のいる天国』のお話を聞かせて?」

 そんなやりとりをしながら肉野菜炒めともやしのナムルを作ると、テーブルに並べてご飯をよそった。

「わあ、おいしそう!」

 テーブルに手をついてぴょんぴょん跳ねているサスケにそれはお行儀が良くないよと諭して、クッションを二枚重ねた椅子に座らせて食事をとる。

「おいしいね! 俺これ好きー!」

 おいしそうに頬張るサスケに思わず頬がほころぶ。

 可視化をしてから五十時間以上、姿を保てているが、学校に通うとなると疲れも出るだろうし何があるかわからない。

 食事を終えてから床に腰を下ろしてサスケのシステムに話しかけた。

「システム、アバターの保持時間は残りどのくらい?」

 サスケの瞳がスッと中央で止まった。

『アバターは次の変更まで保たれます。次の変更は00:36:15後です。』

 ……ん? どういうことだ。変更の指示を出していないのに変更が予定されている?

 時計を見た。約三十分後というと、二十時を少し過ぎたくらい。何の時間だろう。二十時過ぎ……だめだ、よくわからん。わからないがともかくその時間にサスケに何かが起きるんだろう。とりあえずテレビを見ながら三十分時間を潰すことにした。

 ニュース番組が終わって報道特集が始まった、ところで一緒にテレビを見ていたサスケのシステムが動いた。

『前回の捕食から七十二時間経過。食糧確保プログラムを起動します。』

 ……捕食、ということはつまり、血?

 サスケの姿がブレて、瞬きをしている間にあの角と尻尾と翼、そして赤い瞳の、最初に会ったときの姿に戻る。その瞳が俺を捉える前に、目を逸らした。

「カカシ、カカシまた食べたい。いい? ごはん食べたからたくさんはいらないから、食べさせて。」

 サスケの赤い瞳を見ないようにしながら、つまり本来なら食事だけで良かったのが、システムによって三日に一度は血を飲まないといけない身体になってしまっている、ということなのかと考える。そしてこのサスケの交渉が失敗すると、前回のようにシステムが自動的に捕食してしまう。

 ……て事は、恐らくあらかじめ血を飲ませておけばこの捕食モードにはならない。なるべくシステムには大人しくしておいてもらいたいから、今後は毎日少しだけ血を与えるようにする、か……。

「カカシ? だめか? 少しだけでいいんだ。」

 強制的に飲まれるよりはサスケの意識がある状態の方が幾分マシだろう。

「いいよ、少しだけね。」

「ありがとう! ちゃんと、夢見せるからね!」

 それはいらない……と言おうとしたら、目の前にサスケの顔があって、その赤い瞳と目が合ったところで、プツリと記憶が途切れた。

 

「なんだよ、また来たのかカカシ!」

 オビトが首の後ろで手を組んで笑っている。その言い方に少しムッときた。

「なに、俺だけのけものにしようとしたわけ?」

「そうじゃなくてさ、俺たちはもうカカシと棲む場所が違うからさ!」

 その俺たちの間にリンが入ってきた。

「オビト言い方! 私たち、カカシと一緒に遊べて、本当に楽しかったよ。」

「だからさ、カカシにはもっと前向いて欲しいんだよ! 俺たちのこと、覚えててくれてるのは嬉しいけどさ!」

 前……って?

「ほら、お前を待ってる奴が呼んでるぜ。俺たちは大丈夫だから、そいつを大事にしてやってくれよな。」

 待ってくれ、それどういう意味なんだ?

「オビト、リン――」

「俺たち、もう行くから。あとは頼んだぜ、カカシ!」

「カカシ、今までありがとう。忘れないよ!」

 二人の姿が透けていく。手を伸ばした、けれどもうその空間には何もなく、伸ばした手は空を切った。

 

「カーカーシ! 約束通りちょっとだけにしたよ、おーきーて!」

 サスケに身体をゆすられて目が覚める。

 ……夢、サスケが見せた、夢。にしては、まるで本当の……。

「前を向け、か……。」

 オビトとリンのことを、こころの片隅でずっと考えていた。もうそんな必要はないんだと言われているような夢だった。

「……サスケ、どのくらい飲んだ?」

「コップ一杯くらい……多かった?」

「いや、……大丈夫。また可視化……アバターの変更出来るか?」

「うん!」

 サスケが目を瞑る。

『可視化プログラム起動、オペレーションシステムを確認中……起動を許可します。アバターの可視化を開始しました。』

 ……しかしこのシステムメッセージ、もし一時保育や学校で喋り始めたら厄介だ。とはいえシステムメッセージがないとサスケの状態を正確に把握できない。

「サスケ、このシステムメッセージを俺にしか聞こえないようにできない?」

「ええとね、マスター……なんとかの……あ! キー登録? だったっけ……なんかそういうのがいるって聞いたよ!」

 ……くぅ、要領を得ない……。キーワードだけ拾ってシステムに確認するしかないか。

「システム、俺をマスターとして登録して。」

『マスターの新規登録にはパスキーが必要です。パスキーをどうぞ。』

 あ――これ絶対わからんやつじゃない……。

 頭を抱えていると、その顔をサスケが覗き込んだ。

「パスキー知りたいの?」

「まさか、もしかして知ってるの?」

「初期設定はみんな同じだもん。1226クンネチュプ!」

 なんだ、なんだか意味深なワードが出てきたな。ともかく言ってみるか。

「パスキーは1226クンネチュプ」

 これで行ってくれ……!

『パスキーを承認しました。はたけカカシをマスターとして登録します。パスキーの更新が必要です。新しいパスキーをどうぞ。』

 呆気なく成功して、次の新しいパスキーにまた悩む。これは他人、特にサスケたちを攫ったと思われる米軍にはバレないような言葉にしなければいけない。警察から捜索願が出た事で、米軍にもサスケのことが知られる可能性があるわけだから、また居住地を特定されて攫われてしまうリスクがある。考えに考えて、米軍には少なくともわからないだろう、というパスキーにする事にした。

「……もやしのナムル……!」

『もやしのナムル、を新しいパスキーに登録しました。ようこそ、マスターカカシ。この兵器の機能を説明します。六歳、雄、英語の他民族語と日本語に対応。移動手段、歩行、走行、飛行。攻撃手段、特殊な瞳による魅了、体液を奪う事による意識混濁及び意識消失。…………』

 何分かかけてシステムがサスケの仕様を説明してくれたおかげで、色々把握できた。

 それにしても初期設定のパスキーは何だったんだろう。

「サスケ、初期設定のキーって何か意味がある言葉なの?」

「うーん……よくわかんないけど研究所のヒトは時々言ってたよ。」

 え、それってすごい重要な情報では?

 クンネチュプ、をスマホで調べる。アイヌ語で『月』を意味する言葉らしい。さすがにネットにはその名前のコタンがあるかどうかまではわからなかった。けどアイヌ語だからサスケとも何らかの関連がある言葉だろう。

「よし……よし、案外早くお前のお兄さんと会えるかもしれないぞ。……お兄さんがコタンから離れてしまっていたらまたわからなくなるけど、手がかりにはなりそうだ。」

「学校は兄さんと会えてからも通える?」

 どうやら、一時保育で人間の子どもとして他の子どもと一緒に遊んだのがよほど楽しかったらしい。小学校に通うのも楽しみにしているみたいだった。

「それはお兄さんと相談だな! 今後の身の振り方をどうするかも含めて、会えたらお兄さんとお話ししよう。」

 サスケは嬉しそうに笑った。

「兄さんに会えて、学校も行けたら俺すごく嬉しいな。」

「そうだなぁ、どうするのがサスケにとって一番良いのかわからないけど、学校に通うっていう経験はすごく大事だと思うよ、俺はね。」

 さて、仮病の休暇も今日までだ。明日からは四月まで毎日サスケは一時保育に預ける事になる。

 毎日少しずつ血を飲ませて、可視化が解けないようにシステムに確認、あとはサスケが集団生活に慣れることと、この年に見合った学習の並行。

 で、俺はサスケの一時保育代を稼ぐために休んだ分ちょっと頑張らないといけないな。

「よし、いい子は寝る時間だ。一緒に寝るよ、サスケ。」

「俺いい子だから寝る! へへ、カカシと一緒ー!」

 サスケは布団の上にぼす、と飛び込んで、掛け布団を広げてやると中に入ってくる。

「一緒に寝るの……兄さんみたい……。」

 そう呟いて、サスケはすうっと眠りについた。両親よりもお兄さんの方が仲が良かったのだろうか。早く見つけてやりたいな。

 温かいサスケの体温を感じながら、俺も眠りについた。

 

 スマホのアラームで目が覚める。

 まだ眠っているサスケを起こしてトーストを食べ、シャワーと歯磨きを済ませてから久しぶりにスーツに袖を通した。サスケも一時保育に行くのを楽しみにしながら服を着替えて、恐竜のワッペンがついたトレーナーを後ろ前に着ているのを直してやってから早めに家を出た。

 手を繋いで駅から五分ほどのマンションの一室にある一時保育に行き、今日もお願いしますと頭を下げてから会社に向かう。

 デスクにはちょっとした書類の山が出来ていたが落ち着いてそれを片付けてタイムレックスにぎゅうぎゅう詰めのタスクを消化して報告書を上げて……としているうちにあっという間に退勤時間になった。

 早く迎えに行かないと延長料金を取られるからお先に失礼しますとさっさと会社を出て電車に揺られて一時保育に向かう。

 小さい子たちに昨日読ませた本のお話を聞かせていたサスケが、俺を見つけるとパッと笑顔になって駆け寄ってきた。

「カカシおかえり!」

「ただいま、サスケ。いい子にできた?」

「俺いい子だよー!」

 園長先生が今日の様子を記したノートを俺に差し出す。

「サスケくん、すごいですね! 宮沢賢治のお話をいくつも本も見ずに子どもたちに話して聞かせていたんですよ。お給食もたくさん食べていました。一昨日は緊張していたのか、ちょっと幼く感じましたが、今日はお兄ちゃんとして小さい子の面倒をよく見てくれて、とってもいい子でした。」

「ありがとうございます、馴染めているみたいでよかったです。」

 受け取ったノートを鞄に入れて、サスケと手を繋いで家に向かう。

 夕食をとってから、少しだけね、と血を飲ませて、古本屋で買った新しい本を見せたら喜んで読み始めた。それを見守りながら、パソコンでアイヌの民族博物館や北海道で民族史を研究している人のあたりをつける。

 こうして俺たちの生活が始まった。

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