あくまのこ   作:江夏ケイ

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友達

 サスケと生活するようになってだいぶ忙しくなったと思う。朝一時保育へ預けてからの出勤、何としてでも定時で帰るためにガリガリ仕事をこなしてまた迎えに行き、スーパーに寄ってから子どもでも食べられる二人分の食事。

 世の中のお母さんたちは偉大だなぁと思いながら、食後にサスケに腕を差し出す。

 血の与え方に関しては注射器で血をとってコップで飲ませるのも考えたが、なにぶん素人だから針を適当なところに刺しても大丈夫なのかわからず、直接飲ませることにした。

 毎日少しだけ血を飲んでは「おいし~!」と頬に手を当てながら喜ぶ様子を見るのも悪くない。

 ただこの生活には一つ懸念があって、それは一時保育を利用している他の子どもの年齢がサスケよりもかなり幼いことだった。

 小学校に入ったら同年代の子とやっていかなければいけないわけで、事前に同年代の子と接する機会を作りたかった。

 スマホで小学生の遊び場について調べたが、公園、キッズ向け遊戯施設、児童館と出てきたけれど、いきなり公園デビューしてもいいものなんだろうか。

 まあ、今のサスケの様子なら幼さもだいぶマシになってきたから案外上手くやれるかもしれない。

「サスケ、週末は公園に遊びに行くか。年下の子とばかり遊ぶより同じ年頃の方がいいでしょ?」

「公園……『公衆のために設けられた庭園や遊園地』?」

「あー……辞書の知識しかないか……。サスケくらいの子どもたちが遊ぶ場所だよ、近所に……うん、ちょっとした遊具がある公園あるから、行ってみよう。」

 公園が何なのか知らないのでは多分同年代の子との話についていけない。今のうちに行くべきだ。

「遊具? 遊べる? 行く行くっ!」

「おし、じゃあその前に約束だ。お前の一族が連れ去られた、これは俺以外には言うな。家族について聞かれても〝お父さんとお母さんは今はいない〟とだけ言うこと。なんでいないか聞かれたら〝わからない〟で通せ。いいね?」

 サスケが首をかしげる。

「兄さんのことは?」

 お兄さんは……いつ会えるかわからない。どう説明するのがそれっぽいだろうか……。

 腕を組んで考える。

「……海外留学中、ということにしよう。覚えられるか? 海外留学中。」

「海外留学……『外国に長期間とどまって勉学すること。』……わかった! 約束できるよ!」

「よし、いい子だ。じゃあ、土曜日は公園、な。」

 しかし……最近の子どもたちの遊び事情がよくわからない。もし全員携帯ゲーム機を持ってきていて通信対戦で遊んでいたりしたらどうしよう。いやいや、パワーの有り余った子どもなら身体を動かす遊びもするはずだ。多分。……ボールくらいは、用意して持って行った方が良いだろうか?

 ネットショップでサッカーボールほどの大きさのゴムボールを買ってみた。明日には届くらしい。

 スマホの画面をサスケが覗き込む。

「ボール? ボールあるの? ボール遊び好きーっ! ボールどこにある?」

「今注文したばかりだから、ここにはないよ。明日届く予定だ、公園へ持って行こう。」

「やたっ!」

 コピー用紙に何やら絵を描きながら嬉しそうにしているサスケを見つつ、再びスマホで小学校について調べていると、とんでもないことに気がついた。小学校低学年の下校時間は十四時くらい。下校後俺の仕事が終わるまでの間、誰かに見てもらわなければいけない。調べたら、学童保育所というのがそういう子どもの受け皿らしいが、この学区には学童保育所はひとつしかない。……満員で入れない、なんて事ないよな。

 今日はもう時間が遅いから、明日の昼休みに問い合わせてみることにした。

 ……本当に、世の中のお母さんたちは大変だ……。

 

 翌日、仕事の合間にその学童保育所に電話をしてみたら、どうやらまだ空きはあるようだった。が、母子手帳とやらを持っていく必要があるらしい、要は、予防接種や既往歴の確認をしたいと。そんなもの、サスケにあるわけがない。役所や警察にしたのと同じ説明をして、何とか入れて貰えないか涙ながらの演技で交渉したら、本人と会って話して決めるという話になってホッとする。

 そうか、予防接種……集団生活だからそういうの必要なんだな。今からでもした方が良いのだろうか。いや、サスケの身体にどう作用するのかわからないものを入れるのはちょっと怖いな……システムがどう動作するかもわからない。針を刺されたことで攻撃されたとみなして変なことをされても困る。……とはいえ、確か学校で集団予防接種を受けたような記憶がある。今もやっているかもしれない。その時に変なことになるくらいなら、今のうちに挑戦してみて、対処法を検討する方が良いだろう。

 保健所に電話をしてみたら、サスケのことは共有されているらしく、今からでも打てる予防接種を教えてもらい、無料接種券を送ってくれることになった。届いたら休みをとって小児科に行かなければ。

 

 バタバタと慌ただしい平日が終わり土曜日の朝、俺はサスケに揺り動かされて目が覚めた。

「カーカーシ! 公園の日だぞ、おーきーろ!」

 眠い目を擦りながら時計を見ると七時前。もう少し寝たいと言いたいところだけど、目をキラキラさせているサスケには敵わない。

 起きて顔を洗い、牛乳をコップに入れて机に置いてから食パンをトースターに放り込んだ。

「あんまり早い時間に行っても誰もいないかもしれないよ?」

「そしたらカカシとボール遊びするからいいよ!」

 公園がよほど楽しみらしい。両手でコップを持って牛乳を飲みながら足をパタパタと動かしている。

 トースターがチン! と鳴ってキッチンに向かった。マーガリンを塗って皿に置くと、それをテーブルに持ってきてひとつをサスケの前に置く。

「わあ、いただきます!」

 サスケは甘いもの以外は何でも喜んで食べてくれる。その様子を見るのが結構楽しい。すぐにペロリと食べ終わって、また牛乳を飲み、ごちそうさまでしたと手を合わせると、ボールを取りに行って俺のパジャマを引っ張った。

「カカシー公園!」

「待て待て、皿洗って着替えてからだ。」

 少しむくれてから、サスケは一人でボールで遊び始めた。その間にささっと食器を洗って着替えると、今度こそと言わんばかりにまた服を引っ張る。

「もういいだろ、公園行こ!」

 まだ八時にもなってないけど……まあいいか。

「じゃあ、行くか」

 散歩がてら、少し遠回りをして公園まで行くことにした。学校はここ、学童はここ……児童館の中に学童保育所があるのか。そして公園は児童館の道を挟んで向こう側。

 そこそこ車が通る二車線道路で、公園の両端に横断歩道がある。……多分サスケが住んでいたところにこういうものはなかっただろう。

「サスケ、道を渡るときはこの横断歩道を渡るんだぞ。渡る前に手を挙げて、車が来ていたら止まってくれるまで待つんだ。いいね?」

「わかった!」

 いちから全部教えるとなると結構難儀だ。交通ルールを教えられるような絵本でも買うか……。

 サスケは教えた通りに左手を挙げて、右左を見てから横断歩道を渡り、念願の公園に着いた。

 誰もいないだろう、と思っていたが、一人だけブランコを揺らしている同年代くらいの金髪の少年がいる。サスケはボールを持ってその子の方へ走って行った。

 ちょっと様子見することにしようか。ふたりは何やら話してから、一緒にボール遊びを始めた。投げ合うだけの単純な遊びだけど楽しそうだ。

 しかし公園に徐々に子どもが集まり始めると、金髪の子はサスケに手を振ってブランコに戻って行った。再びサスケがその子に近づいて話をする。そしてその手を引っ張って、俺のところまで連れてきた。

「なあカカシ、親がいないと仲間外れにされるのか? ナルトがそう言ってる。」

 ……なるほど、何か事情がある子らしい。

「サスケはナルト君と仲良くなりたいんでしょ? 親なんて関係ないよ。さっそく友達ができてよかったね。」

 サスケはナルト君の顔を見る。

「友達? 俺たち友達?」

 ナルト君はニカっと笑った。

「おう! 俺たちもう友達だってばよ!」

 二人は笑い合いながら、ブランコの片隅に置いてあったボールを取りに行き、またボール遊びを始めた。

 子どもが遊ぶ様子を見ているのは微笑ましい……が、ものすごく暇だな……?

 次は本でも持ってきて読むか、いや子どもから目を離すのも良くない気がする。しかし見ているだけ、というのは果てしなく暇だ。

 スマホで「子ども 公園 見守り」と検索するとやはり暇を持て余している親が多いようだった。お母さんであればママ友談義でも始められそうだが残念ながら俺は親でもないし女でもない独身男性だ。

 見たところ、保護者同伴で公園に来ているのはもっと幼い子ばかりで、多分サスケの年頃には親の目が離れても良いくらいの成長をしているんだろう。

 しかしサスケは今日がいわば公園デビューなわけで、さすがに放ったらかしで帰るわけにはいかない。何しろシステムがもしかしたら何かの拍子で動くかもしれないし、サスケ自身が同年代の子に対してどう考えてどう動くのか見ておきたい。

 ……とはいえ、何事も起こりそうになく、平和で、眠くなるほど暇だ。

 さっきの訴えも気にかかる。ナルト君同様、今サスケも両親がいない。その事で、仲間外れにされるのであれば小学校に入った後いじめとかにあわないだろうか。……いや、すでにナルト君という友達がいるんだから、クラス全員と仲良し、よりも少数の気の合う子と深い関係を築く方が良いのかもしれない。

 

 午前中はひたすらボールで遊び続けて、お昼少し前にナルト君はどこかへ帰って行った。公園から子どもたちがパラパラと散っていく。サスケもボールを持って俺の方へ駆け寄ってきた。

「カカシ、お腹すいた! ナルトはしせつでご飯食べるんだって!」

 しせつ? ……施設? 親がいない……そうか、孤児施設にいる子なのか。それで仲間外れにあっているんだろうか?

「よし、一度帰るか。何が食べたい?」

「えっとねーうーんと、親子丼!」

「昼から親子丼か……米炊くところからだなぁ……親子丼は夜にして、ハンバーガーでも食いに行くか?」

「はんばーがー? ……『ハンバーグをパンにはさんだもの』……ハンバーグ……『「ハンバーグ ステーキ」の略。ひき肉にパン粉・玉ねぎなどをまぜて、フライパンで焼いた料理。』……んー、よくわかんない……」

 もしかしてサスケは、洋風の料理……中華とかも、食べたことがないのだろうか。……食育も必要、ってわけだな。

「ハンバーガー、うまいよ? 食べたことがないなら尚更行ってみよう。」

 手を繋いで、駅前のチェーン店に向かった。チーズバーガーを注文して食べさせてみたら、案の定ガツガツと食べておいしい~と頬に手をあてる。フライドポテトもはじめて見たらしく、最初のひとつは戸惑いながら口に入れたが、これもおいしいと目を輝かせてパクパクと食べた。

 ナルトにも食べさせたいと言って聞かないからポテトのSサイズをテイクアウトしてまた公園に……と思ったら、ナルト君と午後は児童館で遊ぶ約束をしたらしい。

 学童保育所でもあるし、いい機会だから一緒に行って挨拶をすることにした。

 

 児童館にはいろんな年頃の子どもたちが思い思いに遊んでいた。図書館も併設されていて、熱心に本を読んでいる子もいる。俺は管理室の扉をノックして、館長さんに挨拶をした。すると、どうやら館長さんが学童保育所の所長も兼ねているらしく、先日電話で対応してくれたその人だった。

「急に伺ってすみません、せっかくなのでご挨拶をと思いまして。」

 館長さんは穏やかに笑いながら、サスケの方へ目をやった。

「サスケ君は良い子ですね、『良い子』というのは私たちにとってはあまりいい表現ではありませんが、純粋で偏見もなく……ナルト君とも仲良くしてくれて。」

「……その、ナルト君てのは、そんなに……何というか、訳ありなんですか? 普通の子に見えますが。」

 館長さんは少し考えて、また口を開いた。

「仲良くしてくれるからには、お話ししておいた方が良いでしょう。ここ一帯の集落では有名な『狐憑き』の家の子なんです。生まれた直後に家が火事に遭って、ご両親がどうにかナルト君を助けたんですが、ご両親はその時の火傷が原因で息を引き取られ……彼はそれから孤児院で育っています。本来であればそういう子は養育里親さんのもとで一般家庭と同じように育てられるんですが……『狐憑き』の子だからと里親さんが見つからず、今も施設で生活しています。」

 ……狐憑き? こんな都会でもそんな伝承が信じられているなんてあるんだな。

「狐憑きというのは、具体的にはどういった?」

「その名の通り、その家系の子には悪い狐が憑いている……という伝承です。狐が表に出てこないよう、封印のお札を肩身離さず持っているので、私たちは実際に狐が表に出ている状態は見たことがありません。ただ、過去……ずいぶん古い話のようですが、狐が表に出て厄災と化した、という話があります。その厄災にまつわる数え歌が今も伝わっているくらいですから、『狐憑き』というのは恐らく彼が大人になってこの地域を出ていくまでついて回るんじゃないでしょうか……。私は生まれが九州なのでこの辺りに越してきたのはここ十年くらいですから、普通の子……にしか見えないんですけどね。」

 なるほど、ナルト君は親がいない、だけではなくそんな事情があったのか。試しに右目を閉じて左目だけで見てみても、他の子どもと何ら変わらないように見える。そんな子と仲良くすることでサスケも仲間外れにならないだろうか? ……と思ったけれど、ふたりが仲良く遊んでいる様子を見て、まあサスケも訳ありだしなぁ、とそのまま見守ることにした。仲間外れにされたらその時また考えればいい。

 

 夕方までナルト君と遊んで、施設に帰る時間になったから、とナルト君が帰って行って、サスケはキョロキョロとあたりを見回して他の子に声をかけようとしては避けられて、俺のところに駆け寄ってきた。

「俺悪いことした? ナルト以外誰も遊んでくれない……。」

「良いじゃないの、ナルト君とたくさん遊べて楽しかったろ? 友達はひとりずつ増やしていけばいいさ。帰って親子丼、一緒に食べるか!」

 サスケは目を輝かせて「うん!」と元気よく答えた。 

 帰り際に複雑そうな表情の館長さんに会釈して、俺たちの公園と児童館デビューは終わった。

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