あくまのこ   作:江夏ケイ

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あくまときつね

 家に帰ってさあ食事の支度をするかとコンロに火をつけようとしたら、チ、チ、チと音はするものの火がつかない。何度か試してみたけどだめだったから、多分コンロの電池が切れたのだろう。予備の電池があったかなとリビングに探しに行こうとしたら、サスケがその様子をじっと見ていたことに気がついた。

「火つかない?」

「ああ、多分電池切れ……」

 だと思う、まで言う間もなく、サスケはコンロに向けて口から炎を吹いた。

「あれ? つかない」

「ちょ、ちょっと待て、チチチ、って音がしてる時にそれやってくれる?」

 コンロのスイッチを回して、チ、チ、と音が鳴った瞬間またサスケが口から炎を吹く。見事にコンロの火はついた。しかしちょっと待ってくれ。

「サスケ、お前火出せるの?」

「出せるよ? でも火は神聖なものだからだいじなんだぜ!」

 まだ俺はサスケのことを完全に理解できていなかったらしい、不思議な赤い瞳と、空を飛べる翼、物質にとらわれず行き来できる透明な身体、そして口から炎……他にもまだ何か隠し持ってやいないだろうか?

「……サスケ、火は……そうだな、神聖なものだ。だから他の人の前では絶対に出してはいけないよ、わかったね?」

「わかってる! ヒトは火出せないから俺たちが与えてたんだ、ヒトのふりをするならそんなことしない!」

 状況をよく理解しているようで安心した。

「他に俺が知らないサスケの得意技とかって、ある?」

「んー? 全部知ってると思うけど。」

 システムからサスケの仕様を長々と聞かされたが、その中に炎を出せることは含まれていなかった。システムもサスケの一族の全てを網羅している訳ではないのだろうか。

 辛くないエビチリを作って惣菜のサラダを皿に開けてテーブルに出すと、サスケは「エビだ!」と喜んだ。エビがわかる……ってことは内陸部ではなく海岸に近い地域なんだろうか。

 少しずつ少しずつサスケの故郷に近づいている感じがする。先日メモをとったアイヌの郷土に詳しそうな人に尋ねるにしてもある程度情報が揃ってからの方がいい。

 ご飯をよそって二人で食べ始めると、サスケは「うまーい!」と頬に手を当てた。うまい? あれ、昼まで「おいしー」じゃなかったか。

「言い方変えたの?」

「なんかさ、ナルトにそれガキっぽいって言われたんだ。」

 全体的に口調が少し男の子っぽくなってきている気がする。成長、と捉えていいんだろうか。ともかく幼さが目立たなくなるのはいいことだ。やっぱり同年代の子と接する機会をつくってよかった。

 

 平日は一時保育、週末は公園や児童館、と過ごしてサスケはどんどんわんぱくさを見せるようになった。

 保健所から予防接種の無料接種券が届いて、恐る恐る小児科に行ってみたけれど、懸念していた予防接種は何も起こらず終わってホッとした。しかし小児科の先生から、こってり絞られた。アレルギーの有無を確認せずに何でも食べさせていたけれど、万が一サスケに何かアレルギーがあったら救急車レベルで命に関わるのだと。

 そんなこと考えもつかなかったけど独身の男がいきなり幼い子を育てることになった訳で知らなくても仕方がない面もあるんじゃなかろうか。ましてやサスケは特殊な子どもなわけで。という言い訳すら、怒られそうだった。そういう子を見つけたらまずは医者に連れていって虐待の形跡やアレルギーもそうだし年相応の成長が出来ているか確認するものらしい。

 だって警察も役所もそんなこと教えてくれなかったんだから仕方がないじゃないかと言いたくもなったが、先生の言うこともまあもっともだ、そこまで気が利かなかったのは落ち度として認めざるを得ない。

 

 サスケは公園や児童館にも慣れて、打てる予防接種も打ったし、児童館で遊ぶ様子から学童にも入れることになった。役所からは就学通知も無事に届いて、一時保育を利用しながら毎日のように外食で色んな食べ物を食べさせるのは財布が痛むが仕方がない。

 この調子で四月の入学式……あ、ちゃんとした服がいるのか。くそ、また財布が……まあいい、小学校に入れば少しは生活も落ち着くだろう。

 月に2回来ると言った児童福祉士もサスケが俺に懐いて、色んな勉強もしてるんだとサスケが嬉しそうに話すのを見て安心したのか引き続きよろしくお願いしますと立ち去った。

 万事うまくいっている……と言いたいところだけど、遊ぶ相手だけはやっぱりナルト君だけで、他の子からは避けられているようだった。

 まあその辺りも学校に入ればサスケならうまくやれるだろう、と楽観的に考えていたが、いつものように血を与えていてちょっとした疑念が湧いた。

 俺はサスケを人の子として育てようとしているが、お兄さんがサスケを引き取りに来たらまた元の生活に戻るのではないだろうか。ということは、悪魔……淫魔……吸血鬼……まあいいや悪魔で。悪魔の子としても育てる必要があるのだろうか?

 ……しかし元の集落に戻るのは危険だ、またサスケの言う白い服のやつらに捕まるかもしれない。願わくば早くお兄さんにサスケの家族探しの張り紙を見つけて欲しいが、お兄さんがカムイ……神、として讃えていた人々を放置してサスケを探すのもまた考え難いように思う。今ももしかしたら人々のためにその役割をまっとうしているのかもしれない。ということはやっぱり基本的には俺から探しにいくスタンスでないと二人を再会させるのは難しそうだ。ただ、そのときのために……ナルト君には悪いが、サスケのその力の使い方を忘れないように練習台になってもらおう。

 我ながら酷いことを考えるものだ、が、致し方ない。

 サスケにそのことを話したら、サスケは知らない人よりもむしろナルトがいいと言い出した。サスケの中では血を飲む代わりに夢を見せることは良いことなのだ。確かに考えてみれば元の集落ではその能力からカムイと呼ばれていたのだからそうする事で有り難がられる、良い事だと認識しているのも頷ける。

 

 ナルト君が眠っているだろう、という時間にサスケを元の姿に戻して向かわせた。出来たらその様子も確認したかったが流石に普通の人間の俺には無理だ。

 向かわせてから、サスケが戻ってくるのをソワソワしながら待っていたら、壁をすうっと通り抜けてサスケが帰ってくる。

 どうだった、と話を聞く前にサスケが話し始めた。

「ナルトの血、なんかちょっと他のヒトと違った。どうしようと思ってちょっとだけにして、夢はちゃんと見せてきたよ。」

 他の人間と違う血……? 狐憑き……が関係しているんだろうか。よくはわからないが、ともかくそうであればなるべく普通の人の血を与えたいから、ターゲットを別の人にしなければならない。少し考えて、じゃあ次は児童館の館長さんにしてみるか、と提案してその日は寝ることにした。

 

 四月が近づくにつれ、入学準備のためのランドセル、勉強机もどき、教科書に服に本と、一人暮らしの部屋にはさすがにこれ以上サスケのものが増えるとごちゃごちゃしすぎて収拾がつかなくなってきた。引越しも視野に入れるか、と思い、ネットで部屋探しをしていると格安の物件を見つけた。どうやら前の住人が自殺した部屋らしい、が、サスケと一緒に内見に行ったとき、確かにその人と思われる残滓があったが、サスケが「俺ここがいい!」と言い出した。そしてその残滓に赤い瞳を向けた瞬間、それは忽然と姿を消して、黒い瞳に戻ったサスケが俺に「なあ、いいだろ?」と服を引っ張って、ずるずるとその物件に決めることにした。駅からは多少遠くなるが学校は近くなる。

 引っ越すことを役場や学校や学童に伝えて手続きを終えて軽トラをレンタカー屋で借りて二人で力を合わせて引っ越し作業が終わり、2DKの部屋が新しい家になった。

 一部屋はサスケの部屋にして、もう一部屋はリビング兼俺の寝室、キッチンの隣のダイニングにダイニングテーブル置くことにして……一時保育に外食に引っ越しに家具家電に学校の準備に……十二月のボーナスは綺麗になくなった。むしろ赤字だ。でもまあ、しょうがない。

 ネットでの事前調査によると小学校の入学式後、引き取り訓練やら何やらで、何かと仕事を休まなければいけないらしかった。行事以外にも集団生活だから感染症にかかりやすいだとかで休みを取らざるを得ない機会が増えそうだと知り、俺は意を決して上司に「訳あって遠縁の子を引き取って育てることになり小学校に入学させるためしばらく休む日が多くなります」と伝えた。

 その上司は家庭もあって今お子さんが三年生だ。だからだろうか、「独り身なのに大変だね、なるべくフォローするようにするから、大切にしてあげなさい」と寛大に理解をしてくれて助かった。

 

 緊張した面持ちで小学校の校門の横に立てかけてある「入学式」の看板の横に立つサスケとナルト。俺はその二人に向けてシャッターを切った。

 二人は写真を撮り終えた俺の手を引っ張って、「入学おめでとうございます」と笑いかける中年の女性が指し示す体育館に向かっていく。体育館の前には仮設の掲示板が立っていて、四つのクラスの生徒の名前が書かれていた。

「サスケとナルトは、同じB組だね。」

 名簿の上の方に書かれた名前、同じ「う」から始まる二人のその名前は縦に並んでいる。二人はそれが嬉しいようだった。

「この先は保護者と生徒は別々だ、B組だよ、わかったね?」

「わかってるって!」

「早くいくってばよ!」

 手を繋いで靴を脱ぎ、体育館の中に入っていく二人を見送って、保護者の入り口を探して俺も靴を脱ぎ、用意してきたスリッパに履き替えた。

 ――いよいよ、学校生活か。システムが変なことをしでかさないことを祈るしかないな。

 ナルトと同じクラスになったのは幸いだった。二人で仲良くやっていけるだろう。……と、思っていたが、サスケはまだ六歳なんだと思い知らされることになる。

 

 入学式の後、しばらくは引き取り訓練とかいう、ともかく昼頃に下校する新一年生を親が迎えに行くというものがあって、つまりサスケは自分に今母親も父親もいない、正確には米軍に囚われたままであることを考えさせられるきっかけになってしまったらしい。クラスの中で、今日は母さんが迎えにきてくれる……などという会話を耳にして、両親を思う気持ちが大きくなったようだった。最初から親がいないナルトとは違う、特殊な状況にいるサスケならではの悩みだろう。

「父さんと母さん……今どうしてるのかな。」

 暗い顔でそう呟くサスケに、どう声をかけてやれば良いのかわからなかった。

 恐らくはサスケと同じシステムを入れられて、人外兵器として開発が進められている……と推測は出来る。

 そして、サスケが逃げ出してしまったからには、もう米軍はそんな隙は作らないだろう。つまり、サスケと同じように逃げ出す事もできない。

 最悪の場合、だけど、もしこの先再会できたとしても精神を完全にシステムが乗っ取ってサスケの親としての記憶を保持していない可能性だってある。

 米軍ならそれくらいのことはやりかねない。

 そんな悪い想像ばかりが浮かぶのに、サスケを元気付けてやれる言葉をかけることはできなかった。

「……まずはお兄さんと早く会えると良いね。」

 サスケはこくりと頷く。

 サスケの兄さんは今どこで、何をしているのだろうか。サスケと同じように一族を取り戻そうとしているのだろうか。それとも元住んでいたコタンで人々のカムイとしての役割を果たしているのだろうか。あるいは、サスケを探してくれているだろうか。

 しかし、お兄さんが見つかったとしてもおそらくはまだ未成年……サスケを完全に任せる訳にもいかない。異形とはいえ子どもふたりだけで生きていけるほど世間は甘くない。元のコタンに戻るとしても、またいつ米軍が襲ってくるとも限らない。もし見つけたとしたら、そのときはふたりとも俺が保護することも視野に入れておかないと。

「なあ、カカシ。米軍、ってのはどういう奴らなんだ。」

 ああ、サスケはそんなことも知らされず連れ去られたのか。……なんと説明するかな。

「アメリカという国の、軍隊の総称だ。昔日本は戦争でアメリカに負けた。だから日本のあちこちに米軍の基地がある。日本が軍隊を持たない代わりに、何かあったときはアメリカが代わりに守る、という名目だけどね。」

「敵なのか? 味方?」

「一応は、味方だ。ただ、最新の技術を使ってより効率的に……ええと、色んな研究をして一度にたくさん敵を殺すことを考えてる奴らでもある。サスケ達もそういう意味で、目をつけられたんじゃないかと思う。」

「……俺たちを使って、敵を殺そうとしてるのか。」

「多分、としか言えないけど、サスケの話を聞く限りはそうだと思う。」

「……なんで……俺たちは夢を見せるだけなのに……。」

 サスケはそう言うけど、あの赤い眼は夢を見せるだけでなく、強制的に眠らせる力もある。米軍が目をつけたとしたらその部分だ。そして飢えていれば貧血で昏倒するほどの血を飲む。

 眠らせた挙句、数日戦闘不能にさせられる、目に見えないレーダーにも映らないそんな存在が一定数いればひとつの基地の機能を無くす事だって容易い。

 そしてサスケ達のような山奥で暮らす一族が狙われたぐらいだ、他にもそういう特殊な能力を持つ異形を沢山抱えていてもおかしくない。

 実戦投入段階には入っていないかもしれないけど、そんな異形を意のままにするシステムが既に開発されている。そんな場所に行ったところで両親を救えるかどうかはわからない。

 サスケには言えないけど、サスケの一族を米軍から取り戻すのは……正直無理だと思う。

 だからせめて、肉親であるお兄さんには合わせてやりたい。全国の交番に貼られているはずのサスケの写真を見つけてくれたら……。

「ま、仲間を取り戻すにしても今のサスケはまだ幼すぎる。もっと知識をつけて、力をつけなさい。学校ではいろんなことを学べるからさ。」

 励ましたつもりで、背中に手を置いた。

 サスケは元気がなさそうに、「うん……」と答えただけだった。

 

 上司の理解もあって何とか入学直後の学校行事を無事に済ませると、サスケは小学生として毎日学校に通い、俺が迎えに行くまで学童で遊び、そして一緒にスーパーに寄ってから家に帰って食事をとるという新しい生活が始まった。

 俺は休みをもらった分しっかり働いて何とか仕事の遅れも取り戻し、その新生活は順調に流れていった。

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