あくまのこ   作:江夏ケイ

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仲間だな!

 悪魔の子としてのサスケも血を飲んで夢を見せる要領を掴めてきたらしく、館長さんには悪いけど、ただサスケは血を飲む練習をした次の日に館長さんから今日どんな夢を見たのか聞くのが楽しみなんだ、とサスケなりに今の生活に馴染んできたようだった。

 勉強も遅れるどころか貰った教科書すべて二〜三日で読破して頭に入れているおかげで、授業でも積極的に手を挙げているらしい、と個人懇談で先生から聞かされて、ただ先生もナルト君としか仲良く出来ていない様子が気がかりなようだった。敢えて別々のグループにして体育やグループワークをさせてみているものの、その場ではうまくやっているように見えるが休み時間に他の子と親しくしている様子が見られないんだとか。

 まあ、入学したばかりだし他の子どもたちはすでに同じ保育園や幼稚園出身の子と仲が良かったりするだろうから、時間が解決するだろうと俺は少し楽観的に考えていた。

 俺が言うのも何だけどサスケは優しいし、見た目も良い方だし、運動神経もいいし、勉強もできる。完璧とも言っていいほどよくできた子だし、素直で純粋で魅力もあると思う。

 その証拠に、学校ではナルト君としか遊んでいないようだけど、ナルト君がいない学童では年齢関係なく色んな子と少しずつ接点を持ち始めているようだった。

 ただ、ナルト君が児童館に遊びにきた時はやっぱり二人きりになってしまうようだけど。

 

 「狐憑き」ってのはそんなにも根が深いものなんだろうか。そう思ってこの辺りの土地神様を祀っている神社に話を聞きにいってみたら、神社でもその話は知っているけど管轄はお寺になるらしい。指示されたお寺に伺って住職と話をすることができて、昔狐が表に出たときの伝承についても絵巻物を出して説明をしてくれた。

 何でも、狐憑きの女の人が子を宿すとその子に狐が移るらしい。そして生まれた瞬間に封印の札をお腹に貼らなければいけないところ、思いがけない早産でその女の人は自宅で出産してしまい、封印されなかった狐がその赤ちゃんを依代にして具現化、九つの尾を持つ狐の妖怪が一晩にして辺り一帯を地獄に変えてしまったという。具体的な被害の様子も描かれていた。倒壊した建物百七十六軒、死亡した人二百十三名……。それ以来狐憑きの女の人が身籠ったときにはあらかじめ産まれてくる赤子用の封印の札を肌身離さず持つようにさせたところ、それ以来狐が表に出ることは今のところない、とのことだった。

 ただ、と住職が続ける。

 最近ナルト君の中の狐の力が強まっていて、毎月新しいお札を渡しに行くが、より強い封印の札を渡さないといけなくなっていて、このまま狐の力が強くなり続けたらじきに対応しきれなくなるかもしれない、と話した。

 その時期がサスケと遊ぶようになった時期と重なって、まさか異形同士が呼応して力が強くなる、なんてことがあるのだろうかと考える。

 だけどサスケとナルト君を引き剥がすという選択肢はなかった。ナルト君がひとりぼっちになってしまうし、サスケもせっかくできた友達と仲良くしちゃいけない、なんてのは酷だ。 

 次の土曜日、公園に出かけてブランコを揺らしながらサスケを待っていたナルト君に、俺も手を振る。

 サスケと遊ぶことしか考えていなかったんだろう、ナルト君はポカンとした顔で控えめに右手を挙げた。サスケがナルト君に駆け寄る。

「今日俺んち来ないか? カカシが呼んでもいいって!」

 ナルト君はパッと嬉しそうな顔になった。

「マジ⁉ ほんとにいいのか? だって俺……その」

「カカシはそんなん気にしねえって!」

 サスケがナルト君の手を引いて俺の方へ来る。

「行こうぜカカシ!」

 満面の笑みで服を引っ張るサスケ、ナルト君は少し戸惑っているようだった。俺はしゃがんでふたりの目線に合わせる。

「ナルト君、よろしくね。俺はカカシ。サスケの保護者だ。」

 にっこり笑って右手を差し出したら、その手を見つめて疑問符を浮かべていた。

「握手、しよう?」

 手を握って、少し上下に揺らす。

 ……握手、というものをする機会が今までなかったのだろうか。それほどまでに避けられ続けてきた、ということなんだろうか。

 握手をして、歓迎しているのをわかってくれたらしい。

「俺、ナルト! サスケの友達だってば! カカシ……さん? よろしくな!」

「よろしくね、カカシでいいよ。」

「じゃあ、じゃあ、俺もナルトでいいってば!」

 人懐っこく笑うこの少年の中に果たして何がいるのか。一応、自分の目で見ておかないと。

「ナルト、こっちだ」

 サスケがナルトの手を引いて先導を切って歩き始める。それを後ろから眺めながら、ナルトの首に紐がかかっているのに気がついた。左眼だけで見てみると、歩いて服が揺れるたびに何かの気配が揺らいでいるのがわかる。住職の言っていたお札……が、肌から少し離れるたびに中の狐の気配が漏れ出ている、のかもしれない。感じ取りやすい人であればこの揺らぎを感じ取るだろう。ただ伝承があるから、だけではなく実際にこうして感じられる子がひとりでもいれば、ナルトを他の子どもたちが避けるのも頷ける。

 どうも、思っていたより根が深そうだ。

 

 家に帰ってきて、サスケの部屋で二人を遊ばせることにした。といってもボールとトランプくらいしか遊べるものはないが、「友達の家に遊びに行く」という体験がナルトにはとても嬉しいようだった。

 頃合いを見て、二人にジュースを差し入れる。

「ナルトは大変だね、狐の伝承のせいで今までつらかったんじゃない?」

 ナルトは顔を伏せながら、ジュースに口をつけた。

「だってホントのことだし、生まれたときからずっと施設からもう慣れっこだってば。」

「お札って、今も身につけてるの?」

「ああ、これがねーとすぐ出てきたがるからさ! 大人になって、どっか外国の誰もいないとこ行ったら、外に出してやるからそれまで待っててくれっていっつも言ってんだ!」

 ……狐と、会話をしている……?

「話せるの? 狐と。」

「もう六年の付き合いだし、俺もこいつもひとりぼっちだし、暇なときはけっこー話すけど。案外、仲良いんだぜ、俺たち!」

 ……意外だった、憑代と憑き物が良い関係を築いているのは見たことがない。暴れ出ると危険ではあるけれど、憑代と良い関係であるのなら、そこまで危険な存在ではないのかもしれない。

「……俺さ、ちょっと見える眼を持ってるのよ。ちょっとだけナルトの相棒を見てもいいかな。」

「いいけど……どうやって?」

「五秒だけ、お札を身体から離してもらえる?」

 ナルトは服をめくって、首からぶら下がっているお腹付近にあるお札を手に持った。

「五秒なら、大丈夫だと思うけど……」

 右眼を閉じて左眼でお腹付近に居ると思われるそれを見る準備をする。

「行くぜ?」

 ナルトが札を身体から浮かせた、途端にとてつもなく大きいプレッシャーを感じて鳥肌が立つ。

 これ、本気でやばいやつだ。絶対に表に出したらだめだ。憑代と良い関係とかそんなの関係ない、少し見ただけでこんなオーラを出すなんてとんでもなく巨大な……それこそ災害クラスの異形。……あの伝承も間違いなく、きっと事実だ。

「……ありがとう、……なかなか、すごいね。本当にナルトはこいつと仲が良いの?」

「くらまって、名前あんだぜ、一応。誰にも教えたことねーけどさ! でも俺はくらまはそんな悪い奴じゃねーと思ってる。だからいつか外に出してやりてーんだ!」

 子どもらしい、というのだろうか。屈託のない笑顔でナルトはそう語るが、五秒で感じたあれは『悪い奴じゃない』とはとても形容できない邪悪な気配を放っていた。狐にいいように言いくるめられているのではないかと心配になる。

「……そっか。」

 サスケの面倒を見ながらナルトまで抱えることはできない。半端に手を出したところで良い結果は生まない。大人になったら、と言っているわけだし、少なくともサスケと付き合いのある間はこの狐がどうこうすることはないだろう。札が外れる……なんてハプニングでもなければ。

 それにしても住職が最近力が強まっていると言っていたのが気がかりだ。異形であるサスケが影響しているのか、成長にともないたまたまタイミングが合ったのか。

「くらまは俺らみたいな人間の中に閉じ込められるのも、そうなるように仕組んだ赤い眼の一族のことも、まだ憎んでるから……次は俺が逆のことしてやりてぇって思ってるんだ。」

 ん、ちょっと待て赤い眼の一族?

「ただそのせいで誰かが傷つくのはイヤだから、もっと仲良くなって人間も悪い奴ばっかじゃねえって知ってもらわねえとさ! サスケみたいな奴もいるんだぜって、最近はそう言ってる。けどくらまはなんか、サスケのことあんま好きじゃないみたいだ。」

 赤い眼の一族……って、確かに言ったよな。

 一度ナルトのところに向かわせた時、サスケはあの眼を使ったはずだ。……もしかしてそれが原因なのか。

「そうなんだ、元々は封印されてなかったんだね。」

「ああ、最初は暴れたりする奴なんかじゃなかったんだ。赤い眼の奴らに見つかって操られるようになってから……だから根っからの悪い奴じゃねえんだってばよ。みんなは伝承に残ってるくらまのことしか知らねえから……今こんな感じだけどさ。」

 異形を操る赤い眼……サスケの一族の亜種か、それとも全くの別物でそういうのがいるんだろうか。何にしろ、多分ナルト君をターゲットにしたのは失敗だった。

 狐は赤い眼を持つサスケを敵視している、のであればその力が増しているのも頷ける。このまま力が増し続けたら封印のお札ではどうにもならなくなるかもしれない、となると伝承が現実になってしまうだろうし、サスケは一番のターゲットになるだろう。

 最悪の事態を避けるには、サスケが狐の敵ではないことをもう正直に伝えてしまった方がいい。ナルト君もここまで話してくれたわけだから、サスケのこともある程度は。

「……ごめん、ナルト。実はサスケにもちょっと秘密があるんだ。落ち着いて聞いてくれるかな。」

 話が切り替わって、ふたりは何を話すんだろうとポカンとした顔をしている。

「サスケも本当は普通の人間じゃないんだ。目が赤く変化する。その眼で他の人の眼を見ると、その人にとって良い夢を見せることができる不思議な眼だ。一度だけ、ナルト君にも良い夢を見せたいと……夜、忍び込んで寝ているナルト君にその眼を見せたことがある。だからきっとくらまにとって、サスケは赤い眼の一族と同じだと思われてるんだと思う。」

「俺夢みせられるだけで、操るとかできねえよ。なのにあの時少し眼を使っただけで、俺ナルトの相棒に嫌われたのか?」

「……え? 夢? ……赤い眼? ……何言ってんだってば。」

 弁明するサスケとひとり戸惑うナルト、まあ落ち着いてとふたりの肩に手を置く。

「だからサスケはくらまに悪いことをした奴の仲間じゃないんだ。ってことを伝えたかったのよ。そしたら、仲良くなれるんじゃないかと思って。」

 ナルトがお腹に向けて声をかける。

「……そうなのか? くらま、サスケの眼が赤いの、見たのか? ………………でも、違うみたいだってば。何よりサスケは俺と仲良くしてくれるひとりだけの友達だし、サスケは悪い奴の仲間じゃないってばよ。」

 しばらくお腹を見つめてから、ナルトは顔を上げた。

「話は聞いてくれたけど、信用はしきれないって。でもさ! それってこれから信用積み上げてけば良いんだよな! ってかさ、サスケも俺と同じ、ワケアリだったんだな!」

 ニカっと嬉しそうに笑うナルトにサスケもへへ、と笑った。

 俺はそのナルトの言葉にほっとした。本当に……前向きでまっすぐな子だなぁ。狐さえいなければ、友達に恵まれただろうに。そんな同情の念が湧きかけて、自分にストップをかける。異形は……根っからの悪だけじゃない、そういう偏見を俺が持つのは良くない。過去に多大な被害を及ぼしていたとしても、元を辿ればこの狐も悪い異形ではなかったのだから。

「なら、俺たち仲間だな! 今日話したことは、他の奴には秘密だぜ?」

「ああ! 俺たちだけの秘密な! へへ、ちょっと嬉しいってば。」

 眼を細めて笑うナルトの目のふちに、小さな雫が浮かんだ。涙……嬉し泣き? だろうか。

「俺さ! 家火事んなって、……とーちゃんとかーちゃんがふたりで俺に覆い被さって、……そんで消防隊の人が助けに来てくれたときには、俺は空気がすこし足りないくらいですんで、でもとーちゃんとかーちゃんは火傷がひどくて、そのまま……だったらしいんだ。……とーちゃんとかーちゃんが俺のこと守ってくんなかったら、俺今ここにいねえと思う。だから自分のこと大事にしなきゃって思ってたんだ。……他の奴らが何て言おうと、俺はぜってえ自分を悪く思ったりしないって。みんなから避けられるのはしんどかったけどよ、けどなんかさ! これからはサスケも一緒だと思うと心強いってば! 仲間がいるって思うだけで……っわりぃ、嬉しくて、」

 ナルトは笑いながら、ぼろぼろと涙をこぼした。

 ……狐のことだけじゃない。壮絶な運命の中で、それでもくじけたりしなかったのはご両親の加護があったから、だったのか。

 火事になった家の中で、一番弱い赤ちゃんだけが生き残ったのは、そんな事情で……。

「ナルトがすくすくと元気に成長することが……ご両親の一番の願い、だろうね。きっと。」

 手で涙をぬぐうナルトの頭に手を置いたら、その周囲の空気が揺らいだ気がした。右目を閉じてみたけど、何も見えない。

 ……でもきっと今も見守ってくれてるんだろう。だから、ナルトは大丈夫だ。

 サスケのこともいつかきっと、狐は認めてくれる。ナルトの唯一の友で、ワケアリ同士の仲間だから。

「そういやサスケも……親いないんだよな。外国にいるって。なんでサスケだけ日本に来たんだ?」

 サスケが俺の顔を見上げた。俺はどこまで本当のことを言うべきか……と思っていたら、サスケがナルトに話し始めた。

「いいか、絶対秘密だぞ。俺達家族は元々日本のどっか山奥に住んでたんだ。それが、いきなり悪い奴に全員捕まって外国に連れて行かれた。俺だけ子どもだったから見張りが甘くて、何とかして日本まで逃げてきたところをカカシに助けてもらった。だから、母さんや父さんは……まだ捕まったままだと思う。兄さんだけは捕まらずに済んだけど、……俺は元々どこに住んでたのか、場所がわからないから探しに行けない。……俺はそんな感じ!」

 子どもらしいざっくりとした、しかし詳しいことは全くわからない説明に、真剣な顔でナルトは頷いた。

「カカシは俺が普通の人間じゃないけど、兄さんと会えるまで俺のこと面倒みてくれるって言ってくれたいい奴だ! ナルトのことも避けたりしなかっただろ? カカシは信頼していい大人だぜ!」

「……なんか、見た目頼りない感じだけどさ! 頼もしく思えてきたってば!」

 サスケの話を聞き終えて、ナルトは花が咲いたような笑顔になる。……けど俺、そんなに頼りない顔なのか?

「本人の目の前でそう言うことは言わないの……。まあ、……人とか動物とかそれ以外とか、関係なく仲良くなりたい……とは思ってるよ。サスケも、ナルトも、くらまも、ね。」

「でもさ、俺と友達になってくれたのはすげえ嬉しい! 嬉しいんだけど、そしたらサスケまで俺みたいに避けられるようになっちまうの、……なんていうか、それってサスケ達はいいのか?」

 サスケはナルトの背中をぽん、と軽く叩く。

「気にしてねぇって、俺もカカシも。だから今日家に呼んだんだ。ワケアリ同士なんだし、これからも一緒に遊ぼうぜ!」

 サスケの言葉に、ナルトは安心してまた花が咲いたような笑顔になった。

 ジュースを飲み終えたふたりは、トランプを取り出して何で遊ぶかの相談を始める。

 俺は二人の笑い声を背に、そっと部屋を出た。

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