引き取り訓練のときはどうなるかと思ったがその後のサスケの学校生活は順調だった。毎日サスケは今日何があったのかを嬉しそうに話してくれた。予想通り、ナルト以外に友達はいないようだったけどなんら問題はない様子だ。俺は個人懇談会やら授業参観やらの行事も乗り越えて落ち着き、仕事の遅れもどうにか取り戻していった。
夜の異形の力を使う練習も、知っている人ばかりではなくランダムに選んだ家の住民に標的を変えた。
システムが暴走することもなく順調に迎えた一学期の終業式、つまり夏休みの始まり。学童保育に任せていたけどサスケは初日に宿題を全て終わらせてしまって暇そうにしていると聞いて、図書館の本を色々読むようにアドバイスした。物語から図鑑、歴史漫画、色々教えてみたが全てその日のうちに何冊も読破して、次は何の本がいいかと楽しそうに尋ねてくる。
知識欲が旺盛なのは良いことだ、システムメッセージも他の人には聞こえないはずだし、読書中他の子は宿題をしているはずだから読書の様子を変には思われていないだろう。
俺は盆休みに入ったら、サスケと北海道へ行く計画を立てていた。最長五泊六日、飛行機で向かい、現地でレンタカーを借りてアイヌの博物館や資料館に赴きつつサスケの故郷について何かヒントが得られないかと考えた。
盆休みの航空券はめちゃくちゃ高かったがなにぶん遠いから他の移動手段は考えられない、よって今回の旅に夏のボーナスを注ぎ込む事にした。
キャリーケースを買って、寝袋やら携帯枕やらをネットで購入して毎日のように段ボール箱が届き、サスケと一緒に開封して「これは何?」というやり取りをする。
北海道に行こう、と言ってもサスケはキョトンとしていた。それで、サスケは自分の出身がアイヌのコタンである可能性が高いことを伝えてなかったと気がついて、サスケの故郷かもしれない場所に行こうと言い直した。それでもよくわかっていない様子だったから、お兄さんがまだ故郷の近くにいるかもしれないから探しに行こうと言い直して、サスケは嬉しそうに「わかった!」と自分のリュックに荷造りを始めた。
何を詰めているのかと覗いてみたら、ソフビの人形やらお気に入りの本やら。
いや、それはいらないでしょ。と言いたいところを我慢して見守る事にした。荷物が増える、とはいえ大した量でもない。多分、お兄さんに会えるかもしれないと思って東京で手に入れたおもちゃや本を入れているんだろう。
宿に泊まれるかどうか微妙な旅程だったから車中泊することを考えて、ボディシートや拭くシャンプーをドラッグストアで買い込んで、いざという時用の保存食もキャリーに入れた。
スマホで空港からどこを通って資料館に向かうか悩みつつ、単に博物館巡りをするよりもサスケが知っている景色を少しでも見せてやりたいなとプランを練る。
そうしてお盆になって俺も一週間の休みが貰えてふたりの北海道への旅が始まった。
サスケのコタンの手がかりが少しでもわかればいいなと思いつつ、問い合わせで今までに得られた情報としては、
①現存する昔ながらのコタンは2つしか確認できていない
②海辺に近いコタンの存在は確認できていない
というたったのふたつだけだ。
サスケがエビを見知っていた事から、いろんな海産物を見せてみて反応を見たところ、「これ知ってる!」と指をさしたのがサケやマス、そしてホタテだった。
恐らくはオホーツク海側、と目星をつけて海沿いから旅をスタートさせ、途中資料館や博物館に立ち寄り話を聞き、できたらアイヌの人にも話を聞いてみたい、と練ったプランは北海道の観光地を経由せず、つまり宿に泊まれる可能性は低そうだった。
飛行機で四時間ほど、現地でレンタカーを借りてまた数時間。海岸線を走る道に出るとサスケは窓に頬を押し付けて「海ー!」と声を弾ませた。
移動で疲れた様子だったが故郷に似た景色が嬉しいのだろうか? 途中、小さな漁港を見つけて立ち寄った。食堂で海鮮丼を注文して、スマホのナビを見ながら今夜はどこに泊まろうかと検索してみる。
しかし有名な観光地以外は、まあ当たり前だけど宿はない。一応車中泊ができるようにバンを借りたし寝袋や毛布も持ってきてあるから、最悪今日は車で寝ればいい。
その車で寝る、というのもサスケは楽しみにしているらしい。そもそも車に乗ったことがないというのだからはじめて尽くしなんだろう。
新鮮な海鮮丼に舌鼓を打ちつつ、女将さんに尋ねる。
「俺たち、アイヌの人々について知りたいんですけど、さすがにもう昔ながらのアイヌ民族ってのはいないですよねぇ。」
すると女将さんは、手を止めて答えた。
「いえ、普通にアイヌの方もお客さんとして来ますよ。確かに昔ながらの……っていう方は見かけないけど。」
え、いるの?
「その方に会うことって出来ますか?」
「どうだろうねぇ、住んでる場所なら大体わかるけど。」
「差し支えなければ、教えていただけると……。」
女将さんから簡素な地図を貰って車を走らせる。ふたつめの大きな右カーブの先にある小さな交差点を右折して舗装されていない道を少し行くと確かに家がいくつかあった。見たところ全て築五十年以上の平家だ。車を停めてサスケとその内の手入れがされている家の戸を叩いた。しばらくして出て来たのは三十代から四十代くらいの女性だ。
「……どちら様で?」
「アイヌの方だと伺い、ぜひお話をお聞きしたく……お時間を頂けないでしょうか。」
怪訝な顔をしつつ、女性は家に招き入れてくれた。
見た目に反して家の中は洋風だった。パソコンやモニターが沢山並ぶ広い部屋に通されて、机にコップとお茶が置かれる。
「アイヌ、って言ってもうちのコタンは私が幼い頃に無くなってるから、あまりお話しできる事はないと思うよ。」
「元々はコタンで生活をしていたんですね? 夢を見せるカムイのことをご存知ではないでしょうか。」
「悪いけど、わからないな。この家が建ってからは普通の日本人と同じように育ったから。確かに信仰しているものは色々あったけど、夢を見せる、てのは聞いたことがない。」
サスケが身を乗り出した。
「じゃあ、じゃあ赤い眼のカムイは? 知らない?」
「赤い眼? ……ちょっと待って、聞いた覚えがあるかもしれない。」
女性が腕を組んで考え込む。それを固唾を飲んで見守る。少しして、何かを思い出したらしい。サスケに向き合った。
「山で赤い眼の者に出逢ったら逃げなさい、と言われたことがある。それはパウチカムイだから正気を失い果ては死んでしまうと。」
……パウチカムイと赤い眼が繋がった。サスケの仲間の可能性がある。
「どこに現れるか分かりますか?」
「山の中で、としか……。まさかパウチカムイを探しているの? 私は邪悪で危険な存在だとしか知らされてない。あまりお勧めはできないよ。」
山、か。……近くの山に行ってみるかな。
「忠告どうも。じゃあ、その山の近くにコタンはないでしょうか?」
「……コタンって、もしかしていわゆるアイヌのコタン? それともただの村のことを言っているの?」
「とりあえずは、両方とも。」
「……前者はもうないと思うよ。昭和にほとんどのアイヌがコタンから民家に住居を移した。家を建てる為の助成金が出ることになって、うちらもそうだったけどそれを機に近代化している社会に身を移してるから。」
……なるほど、それで現存する昔ながらのコタンが2つしか把握されていないわけか。
でも住家を移しても信仰まで急に変える事は多分ない。まだ希望はある。
「すみません、尋ねてばかりですが最後に……『クンネチュプ』という地名を知りませんか?」
女性は少し考えて、答えてくれた。
「悪いけど、少なくともここらではその地名は聞いたことがない。」
ここら、というのがどのくらいの範囲なのかはわからないが、このあたりにはサスケの故郷の手がかりはないようだ。
パウチカムイに会ってみるくらいしか今の時点では何もできない。
「貴重なお話をありがとうございました。」
「少しでも役に立ったのなら何より。ただパウチカムイを探すのはやめたほうがいいと思うけどね。」
頭を下げて、その古い平屋の家を出る。
木々を潜ってまた元の海岸線の道路に出てから、車を降りて周辺を見回したが、山……と言えるような山は近くには無さそうだ。地図を広げてみると、十五キロほど先に一応山と書いてある場所はある。目視してみると、確かに山……というか丘……まあともかく、小さい山のようなものが確かにあった。
「行ってみるか、山。」
時間的に、その山の近くで車中泊になりそうだ。
コンビニとか商店がある雰囲気ではないが、おにぎりとかお茶は買い込んである。
車に乗り込んで、海岸線をしばらく走った後、山に向かう道に入って行った。
しかし本当に山だ、というか自然そのままだ。遊歩道みたいなものがあるはずもなく、山の斜面は木と草が生い茂っていてとても登れそうにはないし、人が住んでいる気配もない。
山を迂回するように走っている道を取り敢えず進んでみることにした。アイヌの彼女があれだけ言っていたわけだから、そんな危ないカムイがいる山の近隣にアイヌの人が住んでいるわけがなかった。山の向こう側の道に出て、さてどうしようかなと考える。
もしここに本当にサスケの仲間と思われるパウチカムイが居るとしたら、ここに泊まれば俺に目をつけてやって来たりはしないだろうか。
ただ、それは推奨はされていない。どれほど危険なのかはネットで調べてある程度把握しているが、サスケもいることだしどうにかなるんじゃなかろうかと楽観的に考える。
「サスケ、もしお前の仲間が現れたらどうする?」
「話したい! 俺の一族のこと何か知らないか……仲間なら、知ってるかもしれないから。」
よし……、そうと決まれば今日はここで泊まろう。システムのモードを解除して、サスケが力を使えるようにした。
だんだんと辺りが暗くなっていき、車内灯をつけて毛布と寝袋を広げる。サスケは車中泊が嬉しいようでおにぎりを食べるとすぐに寝袋に潜り込んだ。
なるべく起きておきたいが、明日も一日中運転することになりそうだ、と思うと寝ておきたい。
何かがあったらサスケが反応してくれるだろう。そんな楽観を抱えたまま、俺も目を閉じた。この夜が、何かを変える気配をうすく感じながら。