レミリアが区域議員となって一週間。
街の住民たちからも少しずつ信頼を得るようになり、姉妹はすっかりクランツ街の一員になっていた。
その日の朝も、役所では書類仕事に追われるレミリアの姿があった。
「……この書類は北西区域の開拓計画。こっちは住居建設の申請書……」
机の上には書類の山。
普段なら平然と片付けるレミリアだったが、今日は珍しく眉をひそめていた。
「お姉様!」
部屋の扉が勢いよく開き、フランが顔を覗かせる。
「どうしたの、フラン?」
「今日は何か手伝えることある?」
その言葉に、レミリアは少し考え込む。
すると、ちょうどクサリが部屋へ入ってきた。
「それなら、ちょうどいい」
クサリは机の上に一枚の紙を置く。
「食料庫の備品が足りなくなってきた。市場で買ってきてほしい」
「私が行くわ」
レミリアが立ち上がろうとした、その時だった。
「待って、お姉様!」
フランがレミリアの袖を掴む。
「今日は私が行ってみたい!」
「え?」
「一人でお買い物してみたいの!」
期待に満ちた瞳。
レミリアは少しだけ困ったように笑う。
「でも、一人は危ないんじゃ……」
「大丈夫!」
フランは胸を張る。
「もう子どもじゃないもん!」
その様子を見ていたクサリが笑う。
「街の中なら問題ないだろう。住民も皆フランの顔を知ってる」
「うーん……」
レミリアは悩む。
妹を心配する気持ちと、成長を見守りたい気持ち。
しばらく考えた末、優しく微笑んだ。
「分かったわ」
「本当!?」
「でも約束」
レミリアは指を一本立てる。
「知らない人について行かないこと」
「うん!」
「困ったことがあったら、すぐ戻ってくること」
「うん!」
「それから……」
「まだあるの?」
フランは苦笑する。
「……ちゃんと帰ってくること」
レミリアは少しだけ寂しそうに笑った。
その表情を見て、フランはレミリアの手をぎゅっと握る。
「絶対帰ってくるよ」
「……ええ」
レミリアも優しく握り返した。
◇ ◇ ◇
市場は朝から大賑わいだった。
「フランちゃん、おつかい?」
八百屋のおじさんが笑顔で声を掛ける。
「うん!」
フランは買い物メモを取り出した。
「パン十個、お肉、お野菜……」
一つひとつ確認しながら買い物を進めていく。
「偉いねぇ」
「ありがとう!」
店の人たちは皆、優しく接してくれた。
そんな時だった。
市場の隅で、小さな男の子が泣いているのが目に入る。
「どうしたの?」
フランはしゃがみ込む。
「お母さんが……いなくなっちゃった……」
涙を流す男の子。
フランは少しだけ考えた。
「大丈夫!」
優しく頭を撫でる。
「一緒に探そう?」
男の子は小さく頷いた。
市場の人たちにも協力してもらい、しばらく探していると——。
「あっ!」
遠くから女性が駆け寄ってくる。
「ごめんね!」
「お母さん!」
男の子は勢いよく飛びついた。
「ありがとうございます!」
女性は何度も頭を下げる。
「ううん!」
フランはにこっと笑った。
「見つかってよかった!」
◇ ◇ ◇
一方その頃。
役所では——。
「……遅い」
レミリアが窓の外を見ていた。
「まだ十分しか経ってないぞ」
クサリが苦笑する。
「でも……」
「心配しすぎだ」
「だってフランだもの」
その一言で、クサリは思わず笑ってしまう。
「君たち、本当にお互いが大事なんだな」
「当然よ」
レミリアは即答した。
「フランは、私のたった一人の妹なんだから」
その言葉には迷いがなかった。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
「ただいまー!」
元気な声が役所に響く。
レミリアは勢いよく立ち上がった。
「フラン!」
フランは大きな袋を抱えて帰ってきた。
「ちゃんと全部買ってきたよ!」
袋の中を見ると、頼まれた物は一つも間違っていない。
「すごいじゃない」
レミリアは目を丸くした。
「えへへ」
フランは少し照れ笑いを浮かべる。
「それとね」
市場で迷子の男の子を助けたことも話した。
話を聞き終えたレミリアは、優しく微笑む。
「偉かったわ、フラン」
そう言って、頭を撫でる。
「えへへ……」
フランは嬉しそうに目を細めた。
その様子を見ていたクサリは腕を組み、満足そうに頷く。
「フランも立派になってきたな」
「うん!」
フランは元気よく返事をする。
しかし、その笑顔の裏で。
市場の屋根の上から、二人を静かに見下ろす黒い影があった。
「……吸血鬼の姉妹」
低い声が風に溶ける。
「ようやく見つけた」
黒い外套を翻した人物は、誰にも気づかれることなく街の闇へと姿を消した。
その視線が何を意味するのか——まだ誰も知らなかった。
過保護過ぎるレミリアが何だか、お母さんに見えてきました