役所へ戻ると、すでに深夜になっていた。
執務室のランプだけが静かに部屋を照らしている。
「戻ったか」
書類を整理していたクサリが顔を上げる。
しかし、レミリアの真剣な表情を見ると、その笑みはすぐに消えた。
「……何かあったな」
「ええ」
レミリアは静かに頷き、机の上へ黒い金属板を置いた。
カラン、と乾いた音が部屋に響く。
「これを見て」
クサリは金属板を手に取り、表裏を確認する。
表面には見慣れない紋章。
裏には数字が刻まれていた。
No.017
「……これは」
クサリの表情が険しくなる。
「知ってるの?」
レミリアが問い掛ける。
クサリは少し黙り込んでから口を開いた。
「十年くらい前だ」
「この辺りの街を襲っていた正体不明の集団がいた」
「誰も顔を見たことがない」
「夜だけ現れ、人を攫い、朝になる頃には跡形もなく消える」
フランが思わず身を寄せる。
「怖い……」
レミリアは妹の肩へ優しく手を添えた。
「大丈夫よ」
そう言ったものの、レミリア自身も胸騒ぎを覚えていた。
「結局、その集団は?」
「突然いなくなった」
クサリは識別票を見つめる。
「だから皆、もう滅んだものだと思っていた」
部屋に重苦しい沈黙が流れた。
レミリアは窓の外を見る。
静かな夜。
平和そのものに見える。
だが、その平和の裏側で誰かが動いている。
そんな予感が消えない。
◇ ◇ ◇
翌朝。
レミリアは区域議員として北西区域を巡回していた。
フランもその隣を歩いている。
「お姉様」
「どうしたの?」
「昨日の人……また来るかな」
レミリアは少し考えた。
「来るかもしれない」
正直に答える。
「でも」
優しく笑う。
「私がいる」
フランも安心したように微笑んだ。
「うん!」
その時だった。
「区域議員さん!」
一人の男性が慌てて駆け寄ってくる。
「どうしました?」
「北西の森で変なものを見つけました!」
「変なもの?」
男性は息を整えてから続ける。
「足跡です」
「人間の?」
「それが……」
男性は首を横に振った。
「普通じゃありません」
◇ ◇ ◇
三人は森へ向かった。
柔らかい土の上には、確かに足跡が残っている。
しかし。
「……大きい」
レミリアがしゃがみ込む。
足跡は成人男性よりも一回り大きい。
しかも異様に深い。
「重装備……?」
クサリが呟く。
レミリアは静かに首を横へ振った。
「違う」
足跡の間隔。
沈み込み方。
どれも不自然だった。
「まるで……」
レミリアは目を細める。
「人じゃない何か」
フランもしゃがみ込む。
「お姉様」
「なに?」
「これ」
足跡の横には黒い布切れが落ちていた。
拾い上げる。
焦げたような跡。
そして、昨夜の人物と同じ黒い布。
「……間違いない」
レミリアは立ち上がった。
「昨日の人物ね」
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
街へ戻ったレミリアたちは、森の出来事を住民へ伝えることにした。
「夜間はできるだけ外へ出ないでください」
住民たちはざわつく。
「何かいるんですか?」
「まだ分からないわ」
レミリアは落ち着いた声で答えた。
「だからこそ警戒してください」
その言葉に住民たちは真剣な表情で頷く。
◇ ◇ ◇
夜。
街から遠く離れた廃工場。
数人の黒い外套の人物が集まっていた。
「報告します」
識別票017の男が膝をつく。
「対象は街へ潜伏中」
暗闇の奥から低い声が響く。
「確認できたか」
「はい」
「吸血鬼姉妹……間違いありません」
数秒の沈黙。
やがて、その人物は静かに命令を下した。
「まだ手を出すな」
「監視を続けろ」
「奴らを泳がせる」
「……了解」
男は頭を下げた。
暗闇の中で、赤いランプが静かに点灯する。
その横には、一枚の古びた資料が置かれていた。
そこには一枚の写真。
まだ幻想郷が存在していた頃の――
紅魔館。
そして、その写真には赤い文字で一言だけ書かれていた。
《最優先監視対象》
誰が、何のために吸血鬼姉妹を追っているのか。
その答えは、まだ誰にも分からなかった。
古びた研究所で、レミリア達を監視する組織があるようだ、だがそれがどこにあるのかはわからない