クランツ街に来てから、しばらくの時間が過ぎた。
レミリアは、少しずつ区域議員としての仕事にも慣れ始めていた。
……とはいえ。
「お姉様、書類逆さまだよ」
「…………」
フランの指摘に、レミリアはゆっくりと書類を回転させる。
「……本当ね」
「気づいてなかったの!?」
「気づいていたわよ」
「絶対嘘だぁ」
フランがくすくす笑う。
そんな穏やかな時間を過ごしていた、その時だった。
──コンコン。
扉が叩かれた。
「入っていいぞ」
クサリの声がする。
「失礼する」
扉が開き、クサリが入ってきた。
その表情は、いつもの穏やかなものではなかった。
「レミリア、少し頼みたいことがある」
「何かしら?」
「護衛任務だ」
レミリアの表情が変わる。
「護衛?」
「ああ」
クサリは机の上に一枚の地図を広げた。
「明日の朝、交易隊がこの街を出る。食料や医薬品、それから工場で作った部品を別の拠点へ運ぶ予定だ」
「なるほど」
「問題は、その道中だ」
クサリは地図の一点を指差す。
「最近、この辺りで交易隊を狙った襲撃が何度か起きている」
フランが眉をひそめる。
「盗賊?」
「その可能性が高い。ただ……」
クサリは言葉を濁した。
「何か気になることでもあるの?」
「襲撃された隊の証言が妙なんだ」
「妙?」
「ああ。襲ってくる連中は、ただ物資を奪うだけじゃない。武器の扱いにも慣れているらしい」
レミリアは地図を見る。
「つまり、素人ではない……」
「そういうことだ」
レミリアは少し考えた。
そして、立ち上がる。
「分かったわ。引き受ける」
「本当にいいのか?」
「区域議員として、街の人たちを守るのも仕事でしょう?」
そう言って、レミリアはライフルを手に取る。
フランもすぐに立ち上がった。
「じゃあ私も行く!」
「フランも?」
「もちろん!」
フランは胸を張った。
「お姉様一人じゃ心配だもん」
「私はそこまで頼りないかしら?」
「うん!」
「即答なのね……」
レミリアは少しだけ頬を膨らませる。
クサリはそんな二人を見て苦笑した。
「まあ、二人なら問題ないだろう」
「クサリは来ないの?」
「俺は街に残る。何かあった時に対応できる人間も必要だからな」
「そう」
レミリアは頷いた。
そして、ふと窓の外を見る。
街では、明日の出発に備えて人々が荷物を準備していた。
食料。
医薬品。
生活に必要な物資。
どれも、この世界では決して簡単に手に入るものではない。
「……絶対に守らないと」
レミリアが小さく呟く。
「お姉様?」
「なんでもないわ」
そう答えたものの、フランには分かっていた。
レミリアは、昔と同じだ。
大切なものを失うことを、誰よりも恐れている。
だからこそ。
自分が守れるものだけは、絶対に守ろうとしている。
フランは何も言わず、レミリアの手を握った。
「……大丈夫だよ」
「フラン?」
「今度は、私も一緒だから」
レミリアは一瞬だけ目を見開いた。
そして、優しく微笑む。
「ええ」
その手を握り返した。
「一緒に行きましょう」
翌朝。
クランツ街の門が開かれる。
数台の荷車が並び、その前にレミリアとフランが立っていた。
「それじゃあ、頼んだぞ」
クサリが二人へ声をかける。
「任せて」
レミリアはライフルを肩に掛ける。
フランもアサルトを携え、元気よく頷いた。
「行ってきます!」
門がゆっくりと開く。
交易隊が街の外へ進み始めた。
レミリアは周囲を警戒しながら歩く。
静かな森。
遠くに広がる荒野。
そして、かつて人々が暮らしていた廃墟。
世界は、まだ壊れたままだ。
それでも──。
「お姉様」
「何?」
「なんだか、冒険みたいだね!」
フランが楽しそうに笑う。
「……そうね」
レミリアも微笑んだ。
だが、その直後。
──ガサッ。
二人の足が止まった。
「……フラン」
「うん」
レミリアは静かに前を見る。
交易隊の護衛たちも異変に気づき、動きを止めた。
森の奥。
何かがいる。
一つではない。
「……囲まれてる?」
フランが小さく呟く。
レミリアは目を細めた。
「そのようね」
静寂の中。
遠くから、乾いた足音が聞こえてきた。
一歩。
また一歩。
そして──。
木々の間から、複数の人影が姿を現した。
レミリアはライフルを構える。
フランも隣に並んだ。
「……さて」
レミリアは小さく息を吐く。
「初任務にしては、随分と歓迎が派手じゃない?」
フランがにっこり笑う。
「お姉様、頑張ろう!」
「ええ」
二人は並んで前を見据えた。
新たな街を守るための、初めての任務。
そして──。
この出会いが、クランツ街の未来を大きく変えることになるとは、この時の二人はまだ知らなかった。