吸血姉妹は終末を迎えた世界で生きる   作:ゆっくり那由多豊苑

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吸血姉妹の終末旅 16話:姉の不調、妹の決意

 

 護衛任務を終えた翌朝。

 

 クランツ街には、いつもと変わらない朝が訪れていた。

 

 市場では住民たちが商品を並べ、工場からは機械の稼働音が響き、街のあちこちで人々が忙しそうに働いている。

 

 交易隊も無事に帰還し、昨日の任務は成功に終わった。

 

 しかし――。

 

「……うぅ」

 

 役所の一室。

 

 レミリア・スカーレットは、椅子に座ったまま額に手を当てていた。

 

「……頭が痛いわ」

 

 いつもなら、朝から書類を片付けたり、クサリと街の開発について話し合ったりしている時間だ。

 

 ところが今日は、どうにも身体が重い。

 

 昨夜は十分に休んだはずなのに、目覚めた時から身体の調子がおかしかった。

 

 それでも、レミリアは普段どおりに仕事を始めようとしていた。

 

「……これくらい、大丈夫よ」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、机の上の書類へ手を伸ばす。

 

 しかし、文字がうまく頭に入ってこない。

 

 視界がぼんやりと霞み、こめかみには鈍い痛みが残っていた。

 

「……あれ?」

 

 レミリアは不思議そうに目を瞬かせた。

 

 そして、もう一度書類を読み直す。

 

「……駄目ね。全然、頭に入らないわ」

 

 小さく溜息を吐いた、その時だった。

 

「お姉様?」

 

 部屋に入ってきたフランドールが、レミリアの顔を覗き込んだ。

 

「……どうしたの? なんだか顔色が悪いよ」

 

「そうかしら?」

 

「うん。いつもより元気がない」

 

 フランは心配そうにレミリアの額へ手を当てた。

 

「……お姉様、今日は休んだ方がいいよ」

 

「大丈夫よ。少し疲れているだけだから」

 

「昨日の護衛任務の疲れが残ってるんじゃない?」

 

「それくらいで仕事を休むわけにはいかないでしょう?」

 

 レミリアはそう言って、無理に微笑んだ。

 

 しかし、フランは納得しなかった。

 

「駄目!」

 

「……フラン?」

 

「お姉様、昨日だって帰ってきてからずっと仕事してたでしょ? ちゃんと休んでないじゃない!」

 

「そ、それは……」

 

 レミリアは言葉に詰まった。

 

 実際、昨日は帰還してからも護衛任務の報告書を書き、住民たちからの相談にも対応していた。

 

 自分が引き受けた仕事なのだから、最後までやり遂げなければならない。

 

 そう考えていたのだ。

 

「……少しくらいなら、休んでもいいんじゃない?」

 

 フランは姉の手をそっと握った。

 

「私、お姉様が心配なの」

 

「……フラン」

 

「お姉様が頑張ってるのは知ってるよ。でも、無理して倒れちゃったら、もっと大変でしょ?」

 

 レミリアは妹の顔を見つめた。

 

 真剣な表情だった。

 

 いつもは無邪気で、どこか子供っぽいフラン。

 

 けれど、今の彼女の瞳には、姉を本気で心配する気持ちがはっきりと表れていた。

 

「……分かったわ」

 

 レミリアは、ようやく折れた。

 

「今日は少し休むことにするわね」

 

「本当!?」

 

「ええ。約束するわ」

 

「絶対だよ!」

 

「はいはい」

 

 レミリアは苦笑しながら、フランの頭を優しく撫でた。

 

 その直後。

 

 コンコン、と扉が叩かれた。

 

「入るぞ」

 

 クサリが部屋に入ってきた。

 

「……おや?」

 

 レミリアの顔を見るなり、クサリの表情が変わった。

 

「どうした、具合が悪いのか?」

 

「少しね。大したことはないわ」

 

「その顔で大したことがないと言われても、説得力がないんだが……」

 

 クサリは呆れたように肩を竦めた。

 

「フラン、レミリアを休ませてやってくれ」

 

「うん!」

 

 フランは勢いよく頷いた。

 

 ところが、レミリアはすぐに口を開いた。

 

「待って。私が休むとしても、街の開発はどうするの?」

 

「……そこか」

 

 クサリは思わず額に手を当てた。

 

「今は自分の身体を心配しろ」

 

「でも、北西区の開発計画もあるし、住居の増設についても話し合わないといけないでしょう?」

 

「それは分かっている。だが、体調の悪い人間に無理をさせるわけにはいかない」

 

「……そう」

 

 レミリアは少しだけ俯いた。

 

 自分が休んでいる間に、仕事が滞ってしまうのではないか。

 

 そんな不安が、胸の中に広がっていた。

 

 すると、フランが一歩前へ出た。

 

「だったら……」

 

 二人の視線が、フランへ向けられる。

 

「私が代わりにやる!」

 

「……え?」

 

 レミリアが目を丸くした。

 

「フランが?」

 

「うん!」

 

 フランは胸を張った。

 

「お姉様が休んでる間、私が街の開発を進めるよ!」

 

「ちょ、ちょっと待って、フラン……」

 

「大丈夫! 私だって、ちゃんとできるもん!」

 

 その言葉に、レミリアは困惑した。

 

 確かにフランは、いざという時には頼りになる。

 

 しかし、街の開発となれば話は別だ。

 

 住民との話し合い、資材の確保、建設計画の調整、予算の管理。

 

 考えなければならないことは山ほどある。

 

「……フラン、本当にできるの?」

 

「できるよ!」

 

 即答だった。

 

「……」

 

「……」

 

 レミリアとクサリは、思わず顔を見合わせた。

 

「……クサリ」

 

「……なんだ?」

 

「どう思う?」

 

「本人はやる気満々だな」

 

「そうね……」

 

 フランは二人の視線を受け、少し頬を膨らませた。

 

「なに? 二人とも、私じゃ無理だと思ってるの?」

 

「そ、そんなことはないわよ?」

 

 レミリアは慌てて否定した。

 

「ただ、街の開発は大変だから……」

 

「お姉様だって、最初は分からないことだらけだったでしょ?」

 

「それは……そうだけど」

 

「だったら、私もやってみる!」

 

 フランはレミリアの手を握った。

 

「お姉様が今まで頑張ってきたんだもん。今度は私が頑張る番だよ」

 

 レミリアは、言葉を失った。

 

 妹はいつの間に、こんなにも頼もしくなったのだろう。

 

 かつては自分が守らなければならない存在だと思っていた。

 

 けれど今は、自分を守ろうとしてくれている。

 

「……フラン」

 

「なぁに?」

 

「ありがとう」

 

 レミリアは微笑み、妹の頭を撫でた。

 

「……でも、無理はしないこと。分からないことがあったら、必ずクサリに相談するのよ?」

 

「うん!」

 

「それから、住民の話は最後まで聞くこと」

 

「うん!」

 

「それと……」

 

「お姉様、注意事項が多いよぉ!」

 

 フランが頬を膨らませる。

 

 レミリアは、思わず小さく笑った。

 

「ごめんなさい。心配なのよ」

 

「もう……大丈夫だってば!」

 

 フランは恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 

 クサリは、そんな姉妹を微笑ましそうに眺めていた。

 

「よし。それじゃあ、決まりだな」

 

 クサリは机の上から書類を数枚取り上げた。

 

「今日からしばらく、フランに街の開発責任者を任せよう。俺も可能な限り手助けする」

 

「本当!?」

 

「ああ。ただし、最終的な判断が必要な案件については、俺と相談して決める。それでいいな?」

 

「もちろん!」

 

 フランは嬉しそうに頷いた。

 

「よーし! 頑張るぞー!」

 

 拳を高く掲げるフラン。

 

 その勢いに、レミリアは少しだけ不安になった。

 

「……あの、クサリ」

 

「なんだ?」

 

「フランが張り切りすぎないように、見ていてくれる?」

 

「ははっ、分かったよ」

 

「ちょっと、お姉様! 私、そんなに信用ないの!?」

 

「信用しているわよ?」

 

「絶対、今の間に何か考えたでしょ!」

 

 フランの抗議に、レミリアはくすくすと笑った。

 

 久しぶりに、心から笑えた気がした。

 

 その様子を見て、フランも嬉しそうに微笑む。

 

 ――お姉様が笑ってくれるなら、私は頑張れる。

 

 そう、心の中で誓った。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 その日の昼過ぎ。

 

 フランはクサリと共に、北西区の開発予定地を訪れていた。

 

 そこには、まだ整備されていない土地が広がっている。

 

 崩れた建物。

 

 雑草に覆われた道路。

 

 長い間、人の手が入っていない空き地。

 

 ここを新しい居住区にすることが、当面の目標だった。

 

「……すごいね」

 

 フランは周囲を見渡した。

 

「ここに、新しい家がいっぱい建つんだ!」

 

「ああ。住民が増えれば、それだけ住居も必要になるからな」

 

「じゃあ、まずは家を作ろう!」

 

「その前に、道路と水道の整備が必要だ」

 

「……え?」

 

「それから資材の搬入経路も確保しないとな」

 

「……ええ?」

 

「住民が暮らすなら、排水設備も考える必要がある」

 

「えええっ!?」

 

 フランは思わず頭を抱えた。

 

「街を作るって、こんなに大変なの!?」

 

「今頃気づいたのか?」

 

「お姉様、こんなこと毎日やってたの!?」

 

「ああ」

 

「……お姉様って、すごかったんだね」

 

 フランは、しみじみと呟いた。

 

 今まで、レミリアが机に向かっている姿を何度も見てきた。

 

 書類と睨めっこして、住民の相談に乗り、クサリと話し合いを続ける。

 

 時には夜遅くまで仕事をしていた。

 

 その大変さを、フランは本当の意味では理解していなかったのかもしれない。

 

「……よし!」

 

 フランは顔を上げた。

 

「絶対に、いい街にしてみせる!」

 

 その瞳には、強い決意が宿っていた。

 

「お姉様が安心して休めるように!」

 

 クサリは小さく笑った。

 

「……その意気だ」

 

 こうして、フランドール・スカーレットの初めての大仕事が始まった。

 

 姉の代わりとして。

 

 そして、一人の責任者として。

 

 フランは、まだ誰も知らない新しい街の未来へと、第一歩を踏み出したのだった。

 

     ◇ ◇ ◇

 

 一方、その頃。

 

 レミリアは自室のベッドに横になっていた。

 

「……フラン、大丈夫かしら」

 

 天井を見つめながら、ぽつりと呟く。

 

 心配なのは、街の開発だけではない。

 

 妹が責任を背負いすぎてしまわないか。

 

 困っている人を見つけるたびに、自分のことを後回しにしてしまわないか。

 

 自分と同じように、無理を重ねてしまわないか。

 

「……あの子は、昔から頑張り屋だから」

 

 レミリアは、小さく息を吐いた。

 

 それでも、今は信じるしかない。

 

 フランなら、きっと大丈夫。

 

 そう思いながら、目を閉じた。

 

 すると、不思議なことに、いつもより心が落ち着いていた。

 

「……ありがとう、フラン」

 

 誰もいない部屋で、レミリアはそっと呟いた。

 

 その声は、静かな部屋に溶けていった。

 

 壊れた世界の片隅で。

 

 姉は妹に支えられ、妹は姉の背中を追いかける。

 

 二人の絆は、今日も確かに深まっていた。





 次回 第17話「フラン、初めての大仕事!」

 街の開発責任者となったフランは、さっそく住民たちの要望を聞くことに。

 ところが、住民たちの意見はバラバラ!

 住宅を優先するべきか、それとも工場や農地を整備するべきか。

 初めての大きな決断を迫られたフランは、姉のように街をまとめることができるのか――?
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