◆ 朝、政府庁舎にて
朝日が街を照らし始めた頃。
クランツ協商連合の中央区にある政府庁舎では、すでに職員たちが忙しそうに働いていた。
そんな中、元気よく扉を開けて入ってきた少女が一人。
フラン「おはよー! 今日も頑張るぞー!」
フランドール・スカーレットである。
昨日、姉のレミリアに代わって街の開発責任者を務めたフランは、住民たちの要望を聞き、住宅地の調査や農地の水路修理、工場の設備点検を進める計画を立てた。
初めての大仕事だったが、何とか成功させることができたのだ。
フラン「ふふん! 昨日は大変だったけど、今日はもう少し上手くできるはず!」
フランは胸を張り、開発責任者の部屋へ向かった。
ところが――。
フラン「……ん?」
部屋の扉を開けた瞬間、フランは固まった。
机の上。
椅子の上。
さらには、机の横に置かれた箱の中まで。
そこら中に書類が積み上がっていたのだ。
フラン「…………」
フラン「えっ?」
フランは一度扉を閉めた。
そして、もう一度開けた。
フラン「…………やっぱりあるぅぅぅぅ!?」
昨日よりも明らかに増えている。
しかも、書類にはそれぞれ違う地区の名前が書かれていた。
フラン「な、何これ!? どうしてこんなに増えてるの!?」
職員「おはようございます、フランドール様」
フラン「お、おはよう! ねえ、この書類って……?」
職員「昨日の開発計画が住民の間で話題になりまして。各地区から、相談や追加の要望が届いております」
フラン「そ、そうなんだ……」
職員「皆さん、フランドール様なら話を聞いてくれると期待しているようですよ」
フラン「…………」
フランは書類の山を見上げた。
フラン「……お姉様、これを毎日やってたの?」
もちろん、開発責任者の仕事は書類だけではない。
住民との話し合い、資材の管理、作業員の配置、進捗状況の確認など、やるべきことは山ほどある。
フラン「よ、よーし……。とりあえず、一つずつ片付けよう!」
フランは気合いを入れ、最初の書類を手に取った。
――その直後。
職員「フランドール様! サンブレラ区の農地担当者がお待ちです!」
フラン「えっ、もう!?」
職員「それと、サンナナ区の工場責任者から緊急の報告が!」
フラン「ええっ!?」
職員「さらに、住宅地の代表者から面会の申し込みが届いております!」
フラン「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇ!!」
フランの三日目は、開始早々から大混乱だった。
◆ 次々と舞い込む問題
午前九時。
フランは会議室で、各地区の代表者たちと話し合いをしていた。
農地担当者「フランドール様、農地の水路についてですが、調査したところ、一部が崩れていることが分かりました」
フラン「えっ!? それって、昨日話していた水路?」
農地担当者「はい。このままでは、予定していた農地の整備に支障が出ます」
フラン「そ、そうなんだ……。修理にはどれくらいの人手が必要なの?」
農地担当者「最低でも十人ほど。それから、修理用の資材も必要になります」
フラン「分かった! まずは必要な資材を確認して、修理できる場所から進めよう!」
農地担当者「ありがとうございます」
農地の問題は、ひとまず解決への道筋が見えた。
しかし――。
工場責任者「フランドール様! こちらも問題が発生しました!」
フラン「今度は何!?」
工場責任者「設備点検の結果、修理が必要な機械が想定より多いことが判明しました。予備部品も不足しています」
フラン「うそぉ……」
工場責任者「このままでは、工場の生産量を増やすどころか、今の生産量を維持するのも難しくなります」
フラン「うーん……。すぐに新しい機械を作るのは難しいよね?」
工場責任者「はい。材料も人手も限られています」
フラン「だったら、まずは動かなくなった機械を全部まとめて、直せるものから直そう! 使えそうな部品があれば、別の機械にも使えるかもしれないし!」
工場責任者「なるほど……。部品の再利用ですね。すぐに調べてみます」
フラン「お願い!」
工場の問題も、何とか対処できそうだった。
――ところが。
住宅地代表「フランドール様! 住宅地の候補地について、確認していただきたいことがあります!」
フラン「……はい、どうぞ!」
住宅地代表「候補地の一つですが、地面の状態が悪く、そのままでは建物を建てるのが危険だと分かりました」
フラン「えええええ!?」
フランは思わず頭を抱えた。
農地の水路は壊れている。
工場の機械は修理が必要。
住宅地の候補地は安全性に問題がある。
昨日、自分が立てた計画が、次々と難題にぶつかっていた。
フラン(ど、どうしよう……。昨日は上手くいったのに……)
住民たちが悪いわけではない。
誰もが街を良くしようと努力している。
それでも、現場を調べてみなければ分からない問題は、いくらでも出てくるのだ。
フラン「……分かった。住宅地については、無理に建設を進めないで。まずは地面の状態を詳しく調べて、安全な場所を探そう」
住宅地代表「承知しました」
フラン「それから、農地と工場の作業は、必要な資材と人手を確認して、できるところから始めてね。足りないものがあれば、すぐに報告して!」
三人「はい!」
代表者たちは、それぞれの担当地区へ戻っていった。
会議室に残されたフランは、椅子の背もたれに体を預けた。
フラン「……つ、疲れたぁ……」
まだ午前中である。
しかし、フランの頭はすでにいっぱいだった。
◆ レミリアの心配
その頃、宿舎では――。
ベッドから起き上がったレミリアが、窓の外を眺めていた。
昨日よりも体調は回復している。
とはいえ、まだ完全に元気になったわけではない。
レミリア「……フラン、大丈夫かしら」
昨日、フランから仕事の話を聞いたとき、レミリアは妹の成長を嬉しく思った。
住民たちの意見を聞き、それぞれの事情を考え、自分なりの解決策を出した。
それは、レミリアが教えた方法ではない。
フラン自身が考えて、見つけた答えだった。
だからこそ、レミリアは妹を信じていた。
しかし、初めての責任ある仕事は、きっと想像以上に大変だろう。
レミリア「……少しだけ、様子を見に行こうかしら」
レミリアは上着を羽織り、部屋を出ようとした。
そのとき、扉がノックされた。
クサリ「レミリア、起きているか?」
レミリア「ええ。どうしたの?」
扉を開けると、クサリが立っていた。
クサリ「体調はどうだ?」
レミリア「昨日よりは良くなったわ。心配してくれてありがとう」
クサリ「それならよかった。だが、まだ無理はするなよ」
レミリア「分かっているわ。それより、フランの様子を見に行こうと思っていたところなの」
クサリ「……ああ。実は、俺も少し気になっていた」
レミリア「何かあったの?」
クサリ「問題が次々と見つかっているらしい。フランは一つずつ対処しているようだが、かなり忙しいだろうな」
レミリア「そう……」
レミリアは少し考えたあと、再び上着を整えた。
レミリア「やっぱり、様子を見に行くわ」
クサリ「体調が悪化したら困る。無理はするなよ」
レミリア「ええ。少し顔を見るだけよ」
そう言って、レミリアは政府庁舎へ向かった。
◆ 開発責任者、限界寸前!?
正午。
政府庁舎の一室では、フランが書類を整理していた。
フラン「えっと……水路の修理に十人、工場の点検に五人……。住宅地の調査は、地面に詳しい人にお願いして……」
紙に数字を書き込みながら、フランは何度も確認する。
人手を一つの場所に集めすぎれば、別の作業が遅れてしまう。
資材を使いすぎれば、後から必要になったときに困る。
何より、作業する人たちの安全を確保しなければならない。
フラン「うぅ……。考えることが多すぎるよぉ……」
そこへ、職員が駆け込んできた。
職員「フランドール様! 現場から報告です!」
フラン「は、はい!」
職員「水路の修理に使う予定だった資材ですが、別の地区でも必要になっていることが分かりました!」
フラン「……え?」
職員「このままでは、予定していた量を確保できません!」
フラン「…………」
フランは数秒間、無言になった。
そして――。
フラン「もぉぉぉぉぉ!! どうして次から次へと問題が出てくるのぉぉぉ!?」
思わず叫んでしまった。
職員はびくっと肩を震わせた。
フラン「あっ、ご、ごめんなさい! あなたに怒ったわけじゃないの!」
職員「い、いえ……」
フラン「……はぁ。ごめんね。ちょっと疲れちゃった」
フランは椅子に座り直した。
昨日は、みんなで協力すれば何とかなると思っていた。
実際、住民たちは協力してくれている。
それでも、問題は一つ解決すれば終わりというわけではなかった。
フラン(お姉様……。いつも、こんなに大変なことをしてたんだね)
姉の姿が頭に浮かぶ。
レミリアはいつも堂々としていて、難しい話し合いでも落ち着いて対応していた。
しかし、今なら少し分かる。
あの余裕は、何も悩んでいないから生まれるものではない。
悩みながらも考え、迷いながらも決断しているからこそ、堂々としていられるのだ。
フラン「……よし」
フランは顔を上げた。
フラン「資材が足りないなら、まずは何にどれだけ必要なのかを調べよう。全部を同時に直そうとするんじゃなくて、今すぐ直さなきゃいけない場所を優先するの!」
職員「では、各地区の担当者に必要量を再確認してもらいます」
フラン「うん! それと、余っている資材がないかも調べてみて!」
職員「承知しました!」
職員が部屋を出ていく。
フランは深く息を吐いた。
フラン「……まだまだ、頑張らなきゃ」
そのとき。
レミリア「その意気よ、フラン」
フラン「……えっ?」
振り返ると、扉のところにレミリアが立っていた。
フラン「お、お姉様!?」
レミリア「こんにちは。仕事の邪魔をしてしまったかしら?」
フラン「そ、そんなことないよ! でも、もう起きて大丈夫なの?」
レミリア「ええ。まだ少し疲れは残っているけれど、昨日よりはずっといいわ」
レミリアは部屋の中を見回した。
机に積まれた書類。
何度も書き直された計画書。
フランがまとめた、各地区の問題と必要な資材の一覧。
レミリア「……ずいぶん頑張っているようね」
フラン「うん。でも、問題がいっぱいで……。計画通りに進まないことばっかりなの」
レミリア「そうでしょうね」
フラン「えっ?」
レミリア「計画というものは、立てた通りに進まないことも多いのよ。実際に動き始めれば、新しい問題が見つかるものだから」
フラン「……じゃあ、私の計画が悪かったわけじゃないの?」
レミリア「問題が見つかったからといって、計画が失敗したとは限らないわ。危険な土地を見つけたのなら、事故が起こる前に対処できる。足りない資材が分かったのなら、使い方を考え直せるでしょう?」
フラン「……そっか」
レミリア「大切なのは、問題が起きないように見せかけることではなく、問題が起きたときにどう対応するかよ」
フランは、姉の言葉をじっと聞いていた。
レミリア「それに、あなたは一人で全部を解決する必要はないの。各地区には、それぞれの仕事に詳しい人たちがいるでしょう?」
フラン「うん……」
レミリア「なら、その人たちの力を借りなさい。責任者だからといって、何でも自分一人で抱え込む必要はないのよ」
フラン「……お姉様」
フランの顔に、少しずつ笑顔が戻った。
フラン「分かった! 私、みんなと相談して、もう一度計画を考え直してみる!」
レミリア「ええ。それでいいのよ」
レミリアは優しく妹の頭を撫でた。
だが、その直後。
レミリア「……ところで、フラン」
フラン「なぁに?」
レミリア「あなた、お昼ご飯は食べたの?」
フラン「…………」
レミリア「……まさか、まだなの?」
フラン「……忘れてた」
レミリア「フラン?」
フラン「は、はい……」
レミリア「仕事も大切だけれど、食事と休憩も大切よ。私が休めと言われたとき、あなたは何と言ったかしら?」
フラン「……無理しないで、って」
レミリア「そう。あなたも同じよ」
フラン「……はーい」
フランはしゅんと肩を落とした。
レミリアは小さく笑い、妹の手を取った。
レミリア「まずはお昼にしましょう。仕事の続きは、それからよ」
フラン「うん!」
◆ みんなで街を作る
昼食後。
フランは各地区の代表者たちを再び集めた。
今度は、ただ要望を聞くだけではない。
それぞれの担当者に、現場の状況と必要な資材、作業に必要な人手を整理してもらうことにしたのだ。
フラン「まずは、今すぐ対応しなきゃいけない問題を決めよう!」
農地担当者「水路については、一部の崩れた箇所を優先して修理すれば、当面の農作業は続けられそうです」
工場責任者「工場の機械は、すべてを一度に直すのではなく、部品を生産する機械から修理するのがよいでしょう。そうすれば、修理用の部品も確保しやすくなります」
住宅地代表「住宅については、安全性に問題のない候補地から調査を進めます。危険な場所は、地盤の状態が分かるまで建設を見合わせます」
フラン「うん! それなら、順番に進められそうだね!」
各地区の代表者たちは、自分たちの仕事について説明しながら、互いに協力できる部分を探していった。
農地の担当者は、水路の修理に必要な工具を工場から借りられないか相談する。
工場の責任者は、住宅建設に使える余剰部品がないか確認する。
住宅地の代表者は、道路の整備を担当する職員と協力し、安全な移動経路を確保する方法を考える。
それぞれが自分の仕事だけを見るのではなく、街全体のことを考え始めていた。
クサリ「……いい方向に進んでいるな」
会議室の後方で見守っていたクサリが、レミリアに声をかけた。
レミリア「ええ。フランらしいわね」
クサリ「最初はどうなるかと思ったが、今では住民たちも自分から協力し始めている」
レミリア「フランは、人の話を聞くのが得意なのよ。少し慌てん坊なところはあるけれどね」
クサリ「ははっ。それは確かに」
そのとき、会議室から大きな声が響いた。
フラン「えっ!? 工場の人たちが、農地の修理も手伝ってくれるの!?」
工場責任者「ええ。必要な部品を作る作業が終わった後なら、何人か人手を出せます」
農地担当者「それは助かります!」
フラン「やったぁ! みんな、ありがとう!」
フランが嬉しそうに笑う。
レミリアは、その姿を見つめながら微笑んだ。
レミリア「……もう、私がいなくても大丈夫そうね」
クサリ「いや、まだまだ助けは必要だろう。だが、フランは確実に成長している」
レミリア「……そうね」
姉として、少し誇らしかった。
妹はまだ経験が少ない。
失敗することもあるだろう。
それでも、フランは自分で考え、自分で決め、周囲の人たちと協力しながら前へ進んでいた。
その姿は、昨日よりもずっと頼もしく見えた。
◆ 夕暮れの帰り道
夕方。
政府庁舎を出たフランは、レミリアと並んで街を歩いていた。
フラン「ふぅ~……。今日も疲れたぁ……」
レミリア「お疲れ様。よく頑張ったわね」
フラン「でも、お姉様が来てくれなかったら、もっと大変だったと思う」
レミリア「私がしたのは、少し助言をしただけよ。最後に決めたのは、あなたでしょう?」
フラン「……うん!」
フランは笑顔で頷いた。
通りの向こうでは、住民たちが明日の作業について話し合っている。
農地の水路修理に使う工具を運ぶ人。
工場の設備を確認する人。
住宅地の候補地を調べるため、地図を広げる人。
街は、少しずつ動き始めていた。
フラン「……ねえ、お姉様」
レミリア「何かしら?」
フラン「私、この街をもっと良くしたい。みんなが安心して暮らせる街にしたいんだ」
レミリア「ええ。きっとできるわ」
フラン「でも、まだ分からないことだらけだよ」
レミリア「最初から全部分かっている人なんていないわ。少しずつ覚えていけばいいのよ」
フラン「……うん!」
フランは姉の手をぎゅっと握った。
フラン「だから、これからも頑張るね!」
レミリア「ええ。ただし、無理は禁物よ?」
フラン「分かってるってば!」
レミリア「本当かしら?」
フラン「ほ、本当だよ!」
レミリアは、くすっと笑った。
そして、妹の頭を優しく撫でる。
レミリア「頼りにしているわ、フラン」
フラン「……えへへ!」
夕焼けに染まる街の中、二人の影が並んで伸びていく。
フランにとって、この二日間は大きな経験となった。
責任者になるということ。
誰かの意見を聞くということ。
そして、一人ではできないことも、みんなで力を合わせれば少しずつ進められるということ。
それらを、フランは自分自身で学び始めていた。
しかし――。
政府庁舎では、フランが帰った後も新たな報告書がまとめられていた。
職員「……クサリ様。北西地区の調査について、少し気になる報告が届いています」
クサリ「北西地区?」
職員「はい。開発予定地の一部で、古い施設らしき建物が見つかったそうです」
クサリ「古い施設……?」
職員「まだ詳しいことは分かっていません。ただ、建物の周囲には、以前の開発記録にない設備も残されているようです」
クサリは報告書を受け取り、じっと目を通した。
クサリ「……明日、詳しく調べる必要がありそうだな」
その施設が街の未来に何をもたらすのか。
このとき、まだ誰も知らなかった。
――第18話 完――
次回予告
ナレーション:
街の開発が少しずつ進み始めた頃、北西地区で古い施設が発見された!
フラン:
「えっ!? こんなところに建物があったの!?」
クサリ:
「以前の記録には載っていない施設だ。慎重に調べる必要がある」
レミリア:
「……何だか、嫌な予感がするわね」
ナレーション:
施設の中に残されていたものとは?
そして、街の知られざる過去が明らかになるのか――!?
フラン:
「よーし! 今度こそ、私が調査を成功させるよ!」
レミリア:
「フラン、先走らないの!」
フラン:
「えへへ……!」
ナレーション:
次回、第19話!
「北西地区の謎の施設!」
お楽しみに!