吸血姉妹は終末を迎えた世界で生きる   作:ゆっくり那由多豊苑

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 レミリアたちは、崩壊した幻想郷を後にした。
 そして、パチュリーを紅魔館に残したまま、外の世界へと旅立った。
 かつて多くの人間が暮らしていたであろう拠点跡。
 今そこに残っているのは、風に晒された瓦礫と、白骨化した死体だけだった。
 レミリアは、それらを一つ一つ丁寧に埋葬していった。
 名も知らぬ人々だが、せめて土に還してやりたかった。
 拠点の中には、奇跡的に原形を留めている武器も残されていた。
 経年劣化の激しいものがほとんどだったが、使えるものだけを選び、装備する。
 夜になると、二人はその場所で野営をすることにした。
 フランドールが休む間、レミリアは一人、闇の中に立つ。
 静まり返った世界で、彼女は夜の警備に就いていた。
 かつて守るべき「館」があったように――
 今は、妹の眠る背後を守るために。


吸血姉妹の終末旅 2話:怪しい物音

「……全く」

 レミリアは夜の廃墟を見回し、小さく息を吐いた。

「静かすぎるわ。虫一匹、鳴いていないなんて……」

 その沈黙が、かえって気味が悪い。

 そう思った瞬間だった。

 ——がさり。

 近くの茂みが揺れた。

 レミリアは即座にライフルを構え、音のした方へ銃口を向ける。

 呼吸を殺し、周囲に意識を巡らせた。

「…………」

 再び、茂みが揺れる。

「……誰かしら。こんな夜中に」

 次の瞬間、茂みの奥から三つの人影が姿を現した。

「君こそ、何者なんだ?」

「俺たちのキャラバンキャンプの近くで、何をしている?」

「……女、か?」

 矢継ぎ早に飛んでくる声。

 レミリアは一瞬だけ彼らを観察し、ふっと肩の力を抜いた。

「失礼したわね」

 木の枝から軽やかに降り、地面に足を着ける。

「私の名は、レミリア・スカーレット」

 ライフルを肩に背負い直し、形式ばった一礼をした。

「自己紹介、ありがとうな」

 先頭に立つ男が一歩前に出る。

「俺はハイベル協商連合所属、ハイマーだ。よろしく」

 その眼差しは真っ直ぐで、正義感が滲んでいる。

 レミリアは、自然と彼をリーダーだと判断した。

「次は俺だな」

 もう一人の男が、にやりと笑う。

「同じくハイベル協商連合所属、クリスだ。よろしく」

 ——胡散臭い。

 レミリアは、そう直感した。

「最後に」

 三人目の男が、静かに名乗る。

「私はクランツ協商連合の長、クサリだ。よろしく頼む」

 その瞬間、レミリアの表情が僅かに硬くなる。

 ——この男。

 人を殺した目をしている。

「えぇ、よろしく」

 軽く会釈した、その時だった。

「……翼が、生えてる……」

 クリスが言葉を失う。

「見た目も、子供みたいだよな」

 ハイマーが、戸惑い混じりに呟いた。

「子供扱いは心外ね」

 レミリアは頬を膨らませ、拗ねたように言う。

「幼い外見に、翼……」

 クサリが目を細めた。

「お前、吸血鬼だな?」

 空気が、一瞬で張り詰める。

「……どうして、そう言い切れる?」

 レミリアは、圧を込めて問い返した。

「伝承にある」

 クサリは淡々と語る。

「幼い姿のまま翼を持ち、どの妖怪よりも強い存在——吸血鬼」

「……そうね」

 レミリアは微笑み、視線を鋭くする。

「その通りよ。私は吸血鬼」

 そして、一歩踏み出した。

「それで要件は終わりかしら?」

「……人殺しさん?」

 クサリの表情が僅かに変わる。

「……いつから気づいていた」

「最初からよ」

 レミリアは、楽しげに微笑んだ。

「目を見れば分かるもの。

 人を殺した人間の目、っていうのはね」

「……ふざけるのも、いい加減にしろ!」

 乾いた声と同時に、

 クサリの手にした拳銃が跳ね上がった。

 引き金が引かれる。

 ——乾いた発砲音。

「……あら」

 レミリアは、ほんの僅かに首を傾けただけだった。

 弾丸は彼女のこめかみを掠め、

 数本の銀色の髪を散らして闇へ消える。

「……な……?」

 クサリの口が、わずかに開いたまま止まる。

「残念ね」

 レミリアは静かに言った。

「せっかく、見逃してあげたのに」

 その声音には、怒りも恐怖もない。

 ただ、心底つまらなそうな色だけがあった。

「……そんなこと、知ったことか」

 クサリは歯を噛み締め、レミリアを睨み据える。

「はぁ……」

 レミリアは小さく息を吐いた。

「面倒くさくなってきたわ」

 夜の空気が、僅かに軋む。

「……逆に聞くがな」

 クサリは眉間に皺を寄せ、低い声で言った。

「お前は、人を殺したことがあるのか?」

 レミリアは、一瞬だけ黙った。

 そして——

 ほんの少しだけ、目を細めた。

「……あるわよ」

 レミリアはそう答えた。

 その声は平静を装っていたが、

 視線だけが、ほんの一瞬だけ宙を彷徨った。

 誰にも気づかれないほどの、かすかな寂しさが

 その表情に影を落とす。

「少なくとも……ね」

 そう付け足し、

 彼女は小さく、形だけの微笑みを浮かべた。

「ほらな」

 クサリが、鼻で笑う。

「誰しもあるだろう。人を殺したことくらいな」

 その口元が、歪む。

 嫌悪感を孕んだ、ねっとりとした笑み。

「……気色悪いわね」

 レミリアは即座に言い放った。

 冷え切った視線でクサリを見据え、

 先ほどまでの揺らぎを、完全に押し殺して。

「クサリが持っているものは……」

 クリスとハイマーの視線が、

 彼の手元に集まる。

 見慣れないわけではない。

 だが、この世界ではもはや過去の遺物だ。

「拳銃だ」

 クサリは低く言い、

 レミリアを睨み据えたまま続ける。

「世界が崩壊するまでは、誰もが知っていた代物だ」

 その言葉に、二人は無言のまま頷いた。

「……私が持っている武器も、同じよ」

 レミリアは静かに口を開く。

 そして、

 肩に背負ったそれへと、軽く視線を送った。

 闇の中で、金属の輪郭だけが淡く浮かび上がる。

「へぇ……武器の装備品まで、よく揃えたものだ」

 クサリは、レミリアが携える武器へと視線を向けた。

 その目には、感心と警戒が入り混じっている。

「そう?」

 レミリアは肩をすくめる。

「それなら、嬉しい限りだけど……で? どうするの?」

 どこか誇らしげに、

 それでいて探るような視線を向ける。

「やめるさ」

 クサリは、きっぱりと言い放った。

「こんな不毛な争いはな」

 そして、少しだけ口元を緩める。

「実際のところ、俺がやったのは民のために

 悪徳領主を殺した——それだけだ」

 クサリは笑いながら、一歩前に出て手を差し出した。

「よろしくする。レミリア・スカーレット」

 その笑みは柔らかい。

 だが、どこか影を残していた。

「ええ……」

 レミリアは一拍置いてから答える。

「さっきのことは棚に上げて、よろしくするわ。クサリ」

 そう言って、彼の手を取る。

 二人の手が重なった瞬間、

 夜の空気が、ほんのわずかに緩んだ。

「ふぅ……どうなることかと思って、正直ヒヤヒヤしたよ」

 ハイマーは、胸の前で固く握っていた手をほどき、

 安堵するように息を吐いた。

「まったくだ」

 その隣で、クリスは眉をひそめる。

「勝手に争われちゃ困る。

 俺たちは話をしに来たんだろ」

 不満を隠そうともせず、低く呟いた。

「……すまなかったな」

 クサリは短くそう告げ、わずかに視線を逸らした。

 余計な言い訳はない。ただ、それだけで十分だった。

「こちらこそ」

 レミリアは肩をすくめ、どこか皮肉を含んだ微笑みを浮かべる。

「勝手に争ってしまって、悪かったわね」

 そう言ってから、ほんの一瞬だけ、目を伏せた。

「それで──」

 クサリは一歩だけ距離を詰め、静かに切り出した。

「うちの《クランツ協商連合》に来ないか?」

 その言葉に、レミリアはわずかに首を傾げる。

「……理由を聞いても?」

「兵士が足りない」

 即答だった。

「護衛を任せられる人間が限られている。

 正直に言えば、君の力が欲しい」

 そして、少しだけ間を置いて続ける。

「見返りは用意する。

 君が求めるものには、可能な限り応じよう」

「ふぅん……」

 レミリアは興味深そうに微笑み、問い返す。

「ちなみに、人数は?」

「制限はない」

 クサリは迷いなく答えた。

「君が望むだけ、用意しよう」

 しばしの沈黙。

 やがて、レミリアは肩をすくめる。

「……いいわ」

 そう言って、前へ一歩踏み出し、手を差し出した。

「クランツ協商連合に配属してあげる」

 口元には、余裕のある笑み。

 クサリは一瞬目を見開き、

 それから、ほっと息を吐くように表情を緩めた。

「……ありがとう。感謝する」

 しばしの沈黙が、その場を支配した。

「……お姉様、本当にいいの?」

 ふいに、頭上から声が降ってきた。

 枝葉の影に紛れるようにして、フランが木の上に腰掛けている。

「……誰だ?」

 ハイマーが反射的に問い返す。

「私の大切な妹よ」

 レミリアは、誇らしげとも取れる声音で答えた。

 次の瞬間、フランは軽やかに枝を蹴り、地面へと舞い降りる。

 落下音はほとんどなく、まるで羽が空気をなぞっただけのようだった。

「はじめまして」

 フランはにこりと無邪気な笑みを浮かべる。

「フランドール・スカーレット。

 フランって呼んでね」

 肩には、彼女の体格には不釣り合いなアサルトライフル。

 だが、その持ち方に迷いはない。

「……フラン、って言うんだな」

 クリスは引きつった笑みを浮かべ、額に滲んだ冷や汗を拭った。

「……妹まで武器持ちか」

 目の前の光景に、どう反応すべきか分からず、言葉を失う。

 無邪気な笑顔と、戦場の装備。

 そのアンバランスさが、かえって場の空気を凍らせていた。




静まり返った廃墟の夜に、四人は出会った。
 沈黙が支配する世界で、銃口と視線が交差し、互いの過去が滲み出るように。
 吸血鬼と名乗る少女は、恐れられることにも、向けられる殺意にも慣れていた。
 だが、その瞳の奥には、決して語られない傷が確かに残っていた。
 人を殺した目を持つ男と、
 それを見抜く目を持つ者。
 二つの視線がぶつかった瞬間、争いは避けられぬものとなった――はずだった。
 引き金は引かれ、弾は放たれ、
 それでも夜は、血を求めなかった。
 互いの力を測り、
 互いの立場を知り、
 そして、争いよりも「続く道」を選んだ。
 それは和解ではない。
 ただ、今を生き延びるための選択だった。
 その場に、もう一つの存在が加わる。
 無邪気な笑顔と、戦場の装備を携えた妹――フランドール。
 この世界では、幼さも、純粋さも、
 守られる理由にはならない。
 だからこそ、姉は銃を持ち、
 妹はそれを疑いもせず受け入れる。
 夜は再び静けさを取り戻した。
 だがその静寂の中で、新たな関係と、新たな旅路が、確かに動き始めていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
争いは避けられた。
 だが、それは終わりではない。
 夜の廃墟で交わされた言葉と選択は、
 新たな道を示したに過ぎなかった。
 クランツ協商連合という居場所。
 そこに待つのは、安息か、それとも別の戦場か。
 レミリアは銃を手放さない。
 フランドールは、その背中を信じて歩く。
 人を失い、世界を失い、それでも進む者たちの前に、
 次はどんな現実が立ちはだかるのか。
 静かな夜明けの向こうで、
 彼女たちの旅は、さらに深い闇へと踏み込んでいく。
 ——次回、
 「協商連合の街」
 崩壊した世界の中で、
 人が集い、生き延びようとする場所へ。
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