吸血姉妹は終末を迎えた世界で生きる   作:ゆっくり那由多豊苑

3 / 4
世界は、すでに壊れている。
 かつて人が笑い、妖が息づいていた場所は、
 今では静寂と瓦礫に覆われた。
 それでも、生き残った者たちは歩き続ける。
 守るものがある限り、立ち止まることは許されない。
 新たな場所。
 新たな出会い。
 そして、わずかに残された「日常」。
 だが――
 その穏やかさは、本当に安らぎなのか。
 それとも、嵐の前の静けさなのか。
 少女たちはまだ知らない。
 自分たちが踏み込もうとしている場所が、
 どれほど脆く、そして歪な均衡の上に成り立っているのかを。
 静かな街に、異物が紛れ込む。
 それは、やがて――
 小さな綻びとなって、世界を揺らし始める。


吸血姉妹の終末旅 3話:協商連合の街

 レミリアとフランは、クサリに導かれ、その拠点──街へと辿り着いた。

 瓦礫と死に満ちた外の世界とは対照的に、そこには確かに「生活の気配」が残っていた。

 辿り着くまでに、およそ一日。

「……ここが、そうなのかしら?」

 レミリアは足を止め、隣に立つクサリへと視線を向ける。

「ああ、ここだ」

 クサリは短く頷いた。

 目の前に広がる街並み。

 人の姿もある。煙も上がっている。

 だが……

「……穏やかすぎるわね」

 レミリアはわずかに目を細めた。

 その声には、警戒と違和感が混じっている。

「……だろう?」

 クサリは苦笑した。

 どこか自嘲を含んだ笑みだった。

「この街の連中は、戦いを知らない。いや……知ろうともしない」

 その言葉を受け、レミリアは肩をすくめる。

「……なるほどね。兵士が育たない理由が、よく分かるわ」

 ため息混じりの声音だった。

 クサリは一瞬だけ黙り込み、やがてゆっくりと口を開く。

「……だから、頼みがある」

 その声は、先ほどまでとは違っていた。

 そして──

 深く、頭を下げる。

「兵が育つまででいい。

 この街の兵士として、力を貸してくれないか」

 唐突な行動に、レミリアは目を瞬かせた。

「……頭を上げてちょうだい」

 小さく息を吐き、周囲を見渡す。

「街の長がそんなことをしていたら、余計な注目を集めてしまうわ」

 案の定、通りを行き交う人々の視線が、こちらへと向けられ始めていた。

「……ああ、すまない」

 クサリははっとしたように顔を上げ、頭を掻く。

「余計なことをしたな」

 先ほどの鋭さはなく、ただ一人の男としての気まずさが滲んでいた。

 レミリアは、その様子を静かに見つめる。

 そして……ほんのわずかに、目を細めた。

 

 レミリアとフランは、クサリに案内され、街の中心にある建物へと足を踏み入れた。

 かつての役所のような役割を持つ場所らしく、人の出入りも多い、だが……

 廊下を進むにつれ、視線が集まっていくのを感じた。

「……見ろよ、あの羽……」 「人間じゃないのか……?」 「子供……なのか……?」

 抑えた声の囁きが、あちこちから漏れてくる。

 好奇と警戒、そしてわずかな恐怖。

 そのすべてが、二人に向けられていた。

 レミリアは気にした様子もなく、ただ前を見て歩く。

 こうした視線には、もう慣れている。だが……

(フランは……)

 隣を歩く妹の様子を、ちらりと窺う。

 しかし、その表情から何を感じているのかまでは、読み取れなかった。

 やがて、クサリが一つの部屋の前で足を止める。

「ここを使ってくれ」

 扉が開かれ、二人は中へと通された。

 簡素な室内だったが、外に比べれば十分に整っている。

 フランは興味深そうに辺りを見回し、レミリアは静かに椅子へと腰を下ろした。

 背筋を伸ばし、足を組み、手を膝の上に置く。

 まるで、来客を迎える側のような姿勢だった。

 しばらくして、扉が開く。

 戻ってきたクサリは、その光景を見た瞬間、思わず声を上げた。

「お前……律儀だな!?」

 予想外の反応に、レミリアはわずかに眉を寄せる。

「……そう、かしら?」

 本気で困惑している様子だった。

 本人にとっては、これが「普通」なのだ。

 そのやり取りを見ていたフランが、小さく笑う。

「お姉様」

 少しだけ首を傾げて、柔らかく言った。

「たまには、もっと楽にしてもいいと思うよ?」

 無邪気な声音だったが、どこか優しく諭すようでもあった。

 レミリアはその言葉に、一瞬だけ目を細め……

 そして、小さく息を吐いた。

「……こ、こう?」

 レミリアは戸惑いながら姿勢を崩してみせる。

 だが、それは「楽にする」というよりも、どこかちぐはぐで不自然な体勢だった。

「──お、おい……」

 クサリが思わず声を詰まらせる。

「その……見えてるぞ」

 言い終えるよりも早く、彼は咄嗟に視線を逸らした。

「……っ!」

 レミリアは一瞬で状況を理解し、慌てて姿勢を正す。

 だが、その動きはどこかぎこちなく──

 頬には、みるみるうちに朱が差していった。

 沈黙。

 言葉を失ったまま、レミリアはただ前を向いている。

 そんな姉の様子を見て、フランは堪えきれずに笑い声を漏らした。

「あははっ、お姉様、顔赤いよ!」

 無邪気な指摘に、レミリアはわずかに肩を揺らす。

 だが、何も言い返さない。

 ただ、ほんの少しだけ……

 視線を逸らした。

 その夜、レミリアはほとんど眠ることができなかった。

 理由は自分でも分からない。

 だが、目を閉じるたびに、落ち着かない感覚だけが残り続けていた。

 そして──朝。

 吸血鬼である彼女にしては珍しく、目尻にはうっすらと隈が浮かんでいる。

 どこか焦点の定まらない視線と、重たそうなまぶた。

 明らかに、寝不足だった。

 用意された朝食の席についても、その様子は変わらない。

「……ふぁ……」

 小さく欠伸が漏れる。

 すぐに口元を押さえたものの、取り繕うには遅すぎた。

 普段のレミリアなら、決して見せない隙。

 だが今日は、どういうわけか、身体が言うことを聞かない。

 眠気が、思考の端にまとわりついて離れなかった。

「お姉様……今日は眠いの?」

 朝食の席で、フランドールが小さく問いかけた。

 その声には、わずかな心配が滲んでいる。

 レミリアは一瞬だけ動きを止め──すぐにいつもの表情を作った。

「大丈夫よ、フラン」

 柔らかく微笑む。

「私は、いつも通り元気だから」

 その声音は穏やかで、揺らぎはない。

 少なくとも、そう聞こえるように整えられていた。

「……ふぅん」

 フランは短く相槌を打つ。

 だが、その目は細められたままだった。

 無邪気な笑顔の裏で、何かを測るように。

 レミリアは視線を逸らし、何事もなかったかのように食事へと手を伸ばす。

 ……だが、その指先は、ほんのわずかに遅れていた。




穏やかな場所だった。
 人がいて、声があって、日常がある。
 それは、この壊れた世界において、確かに「救い」と呼べるものだった。
 だが――
 その穏やかさは、どこか歪だった。
 戦いを知らない者たち。
 守られることに慣れた街。
 そして、その外に広がる、変わらぬ死の世界。
 レミリアは、それを見逃さない。
 フランドールは、それを言葉にしない。
 だからこそ、二人は気づいている。
 この場所は、安全ではあっても、安定ではないことに。
 そして――
 ほんの小さな綻びが、すでに生まれ始めていることに。
 眠れぬ夜。
 消えない違和感。
 わずかに揺らぐ日常。
 それはまだ、形を持たない。
 だが確かに、そこにある。
 静かな街に潜む影は、やがて輪郭を持ち、
 少女たちの前に姿を現すだろう。
 次に崩れるのは――
 世界か、それとも。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。