吸血姉妹は終末を迎えた世界で生きる   作:ゆっくり那由多豊苑

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この街は、穏やかだった。
 人々は笑い、言葉を交わし、
 かつて失われたはずの日常を、確かに取り戻している。
 それは、壊れた世界において奇跡のような光景だった。
 だが――
 平穏とは、時に脆い。
 外の世界には、未だ終わらぬ脅威が残り、
 そして内側にもまた、静かに燻るものがある。
 目に見えない不安。
 言葉にならない違和感。
 小さな綻び。
 それらはまだ、形を持たない。
 だが確実に、そこに在る。
 気づいている者は少ない。
 あるいは、気づいていても――
 目を逸らしているだけなのかもしれない。
 紅き姉妹は、その中心にいる。
 知らぬままか、あるいは気づきながらも。
 静かな街に、わずかな影が落ち始める。
 それはやがて、避けられぬ形となって――
 彼女たちの前に現れるだろう。


吸血姉妹の終末旅 4話:クランツ協商連合

「……ちゃんと寝てね。不安だから……」

 フランドールは、そっぽを向いたまま、小さくそう呟いた。

 視線は逸らされているのに、耳だけがほんのりと赤い。

 「フラン……」

 その様子に、レミリアはふっと微笑む。

 どこか柔らかく、いつもの気高さを少しだけ緩めた笑みだった。

 「ええ……そうね」

 そう言いながら、レミリアはそっと手を伸ばし、フランの頭を優しく撫でる。

 「……っ、ちょっと……」

 フランの肩がびくりと揺れた。

 「クサリがいる前でそれやらないでよ……恥ずかしいよ……」

 抗議の声は小さく、けれど耳はさらに赤く染まっていく。

 「良い姉妹だな」

 少し離れたところで、その様子を眺めていたクサリが、微笑ましげに口を開いた。

 「あ……あの……これは、その……」

 今度はレミリアの方が言葉に詰まる。

 頬どころか、耳まで赤く染まり、視線が泳ぐ。

 「大丈夫だ、やってても構わんさ」

 クサリは軽く肩をすくめ、笑う。

 「まあ、微笑ましい光景を見られるだけだがな」

 そう言って、手にしたカップのコーヒーを一口啜った。

 「あぅ……」

 レミリアは小さく声を漏らし、恥ずかしさを隠すように俯く。

 背に広がる翼も、力なくしゅんと垂れ下がっていた。

 ――その姿を見て。

 「……可愛い」

 フランは、誰にも聞こえないほどの小さな声で、ぽつりと呟いた。

「……フラン、なにか言った?」

 頬の赤みを残したまま、レミリアは怪訝そうに妹の方を見る。

 「あはは、お姉様、まだ顔赤いよ!」

 フランはくすくすと笑いながら、隠す気もなく指摘した。

 その無邪気さが、かえって容赦ない。

 「そ、そう……?」

 レミリアは戸惑ったように視線を逸らし、頬に触れる。

 その様子を、少し離れた位置から眺めていたクサリが、ふっと息を漏らす。

 「レミリアは……案外、照れ屋なのかもしれんな」

 どこか面白がるような口調だった。

 「それに」

 一拍置いて、肩をすくめる。

 「思っていたより、ずっと純粋だ」

 その言葉に、レミリアの肩がぴくりと揺れた。

 「なっ……」

 反論しようとして、言葉が詰まる。

 クサリは構わず続けた。

 「むしろ、無垢すぎてこっちが不安になるくらいだ」

 半ば冗談めかしてはいるが、その視線にはわずかな本音が混じっていた。

 「……もう」

 レミリアは小さく唇を尖らせ、そっぽを向く。

 だが、その耳は、またほんのりと赤くなっていた。

 ――その様子を見て。

 フランは、ふっと笑みを緩める。

 「でも、お姉様って……」

 ぽつりと、呟く。

 「そういうところがあるから、ちゃんと壊れないでいられるんだよ」

 その声は小さく、けれどどこか静かだった。

 レミリアの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。

 「……何よ、それ」

 振り返らずに言う声は、少しだけ柔らかい。

 「壊れるみたいな言い方、しないでちょうだい」

 そして、ちらりと横目でフランを見る。

 「私は、そんなに弱くないわ」

 その言葉は、強がりにも聞こえたし、誇りにも聞こえた。

 フランは何も言わない。

 ただ、じっと姉を見つめて――

 「うん、知ってる」

 小さく、そう答えた。

「知ってるんなら、なんで言ったの?」

 レミリアは振り返り、困惑したようにフランを睨む。

 「だって――」

 フランは肩をすくめ、くすっと笑った。

 「からかってみたくなったから」

 悪戯っぽい笑み。

 まるで、わざと火をつけたと言わんばかりの無邪気さだった。

 「……フ〜ラ〜ン〜?」

 レミリアの声音が、ゆっくりと低くなる。

 にこりと笑っているはずなのに、その影にほんのりと圧が混じる。

 「……あっ」

 フランの表情が、一瞬で引きつった。

 「逃っげろ〜!」

 次の瞬間、くるりと踵を返し、その場から軽やかに駆け出す。

 「逃がすか!」

 レミリアもすぐさま後を追った。

 翼がふわりと広がり、地面を蹴る音が軽く響く。

 廃れた街の中に、二人の足音と笑い声が、しばし弾む。

 ――それを、少し離れた場所から。

 「やれやれ……」

 クサリは小さく肩をすくめた。

 「なかなかに手のかかる姉妹だな」

 呆れたように呟きながらも、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいる。

 手にしたカップを傾け、ゆっくりとコーヒーを一口。

 静かな街に、かすかな温もりが戻っていた。

それから、数時間後。

 「いったぁい……」

 フランは頭を押さえながら、とぼとぼと戻ってきた。

 どこか拗ねたような顔で、歩幅も心なしか小さい。

 「――成敗完了、ね」

 その後ろで、レミリアは満足げに胸を張る。

 両手を腰に当て、どこか誇らしげな様子だった。

 「まったく……」

 少し離れた場所で様子を見ていたクサリが、肩をすくめる。

 「騒動は終わったのか?」

 呆れ半分、確認するように問いかける。

 「ええ、終わったわ」

 レミリアは何事もなかったかのように答えた。

 その声音には、ほんの少しだけ満足げな響きが混じっている。

 「……理不尽だよ、お姉様……」

 フランは小さく呟きながら、まだ頭を押さえている。

 けれど、その表情にはどこか笑みも残っていて――

 結局のところ、それもまた、いつもの二人だった。

 

  その頃

 

 人気のない路地裏に、低い声が落ちた。

 「……よくも……自分の地位を奪ったな……」

 擦れたような声音。

 抑えきれない怒りが、静かに滲んでいる。

 闇の中に、ひとつの影が揺れた。

 「……あの、黒い翼の奴……」

 ぎり、と歯を噛み締める音が微かに響く。

 「絶対に……赦さない」

 その言葉だけが、やけに鮮明に残った。

 やがて――

 影はゆっくりと後ずさり、路地の奥へと溶けていく。

 足音は、すぐに闇に飲まれた。

 残ったのは、わずかな殺意と、重たい沈黙だけだった。




小さな騒動は、笑いの中で終わった。
 追いかけ、逃げて、拗ねて、笑う。
 そんなやり取りは、どこにでもある日常の一片に過ぎない。
 だが、この世界において――
 それはあまりにも貴重で、そして儚いものだった。
 レミリアは、変わらず強く在ろうとする。
 フランドールは、それを静かに見つめている。
 二人の距離は近い。
 だが、その内側にあるものは、決して同じではない。
 守る者と、見守る者。
 そのわずかな違いが、やがて大きな意味を持つことを

 まだ誰も知らない。
 そして、街の片隅では。
 言葉にならない憎しみが、静かに形を持ち始めている。
 それはまだ、小さな影に過ぎない。
 だが――
 影は、やがて光を呑み込む。
 穏やかな時間は、いつまでも続かない。
 次に訪れるのは、崩壊か、それとも。
 静かな夜は、確実に終わりへと向かっていた。
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