クランツ街の散策を終えた頃には、空は茜色に染まり始めていた。
夕陽が街並みを優しく照らし、人々は一日の仕事を終えて家路へと急いでいる。
その光景を眺めながら、レミリアは小さく呟いた。
「……平和ね」
幻想郷が崩壊してからというもの、こうして人々が笑い合い、安心して暮らす光景を見る機会はほとんどなかった。
だからこそ、この街の日常がどこか眩しく見えた。
「この街は、戦うより生きることを選んだ人間が集まってできた街だからな」
クサリが穏やかな口調で答える。
「だから兵士は少ない。でも、その代わりに誰もが自分の役割を持って生きている」
その言葉に、レミリアは静かに頷いた。
「……悪くない街ね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
クサリは照れ臭そうに笑った。
その様子を見ていたフランは、小さく首を傾げる。
(この人……悪い人じゃない。)
最初は人を殺した目だと思った。
けれど街を歩き、住民たちと話す姿を見るうちに、その印象は少しずつ変わっていた。
それでも。
(でも、お姉様は渡さない。)
その想いだけは変わらない。
◇
三人は再び役所へ戻ると、建築担当の職員が待っていた。
「お待ちしておりました、クサリ様。」
「頼みたいことがある。」
クサリは職員へ視線を向ける。
「この二人が住む屋敷を建ててやってくれ。」
「承知しました。」
職員はすぐに設計図を机へ広げた。
「ご希望はございますか?」
レミリアは少しだけ考え込む。
頭の中に浮かぶのは、壊れてしまった紅魔館。
広い玄関。
赤い絨毯。
シャンデリア。
笑い合う仲間たち。
もう戻らない景色。
「……お姉様?」
フランの声で我に返る。
「えっ?」
「どうしたの?」
「……ううん。」
レミリアは微笑みを作る。
「少し昔を思い出していただけ。」
そして設計図へ目を向ける。
「大きさはそこまで必要ないわ。」
「二階建てで、部屋は四つ。」
「地下室もお願いできるかしら。」
「地下室ですか?」
職員は少し驚いたような顔を見せる。
「ええ。保存庫として使いたいの。」
本当の理由は違う。
吸血鬼である自分たちが、昼間でも安心して休める場所が欲しかった。
その事情を説明することはなかった。
「承知しました。」
職員は丁寧に書き留めていく。
「完成まで、およそ十日ほどになります。」
「ありがとう。」
レミリアは軽く頭を下げた。
◇
役所を出ると、外はすっかり夜になっていた。
街灯が一本、また一本と灯り始める。
「今日は宿を用意してある。」
クサリが歩きながら言う。
「屋敷が完成するまでは、そこを使ってくれ。」
「助かるわ。」
宿は役所から歩いて数分の場所にあった。
決して豪華ではない。
だが、木造の温かな雰囲気がどこか安心感を与えてくれる。
部屋へ入ると、フランは勢いよくベッドへ飛び込んだ。
「ふわふわ!」
「こら、靴。」
レミリアが苦笑しながら注意する。
「あっ。」
慌てて靴を脱ぐフラン。
その様子に、レミリアは思わず吹き出した。
「ふふっ……」
久しぶりだった。
心の底から笑ったのは。
「……お姉様?」
フランは驚いたように姉を見る。
「なんでもないわ。」
レミリアは優しく笑った。
「少しだけ……安心したの。」
フランも釣られるように笑う。
「えへへ。」
その笑顔を見ているだけで、レミリアの胸の重石が少しだけ軽くなった。
◇
深夜。
フランが寝息を立て始めた頃。
レミリアは一人、窓際へ立っていた。
街は静かだった。
誰も争っていない。
誰も悲鳴を上げていない。
それなのに。
「……怖い。」
誰にも聞こえない声が零れた。
「また……守れなかったら。」
「また、大切な人を失ったら。」
握り締めた拳が震える。
その時だった。
「眠れないのか。」
背後から静かな声がした。
振り返ると、そこにはクサリが立っていた。
見回りの途中だったのだろう。
「……ええ。」
レミリアは誤魔化さなかった。
「責任っていうものが、少し怖いの。」
クサリは隣へ立つ。
「怖くて当然だ。」
短い言葉だった。
「責任を怖がらない奴ほど危ない。」
「……そうかしら。」
「責任を知ってるから怖い。」
「失敗を知ってるから迷う。」
「それでも前へ進める奴が、本当に人を守れる。」
レミリアは何も答えなかった。
ただ夜空を見上げる。
星が瞬いている。
幻想郷でも見た星。
紅魔館の窓から、咲夜やパチュリーと眺めた夜空。
「あの人たちが見ている空も……同じなのかしら。」
その呟きは風に乗って消えた。
クサリは何も聞かなかった。
聞かないことも、優しさだと知っていたから。
翌朝。
レミリアは新しい一歩を踏み出す。
区域議員として。
そして、もう一度誰かを守るために。
レミリアとフランの家ができ、フランがベッドで爆睡中、レミリアは眠れず、責任の恐怖・守れなかった時のトラウマが彼女の精神を蝕んでいる時、クサリが助言を伝えてレミリアはやっと眠ることができた