クランツ街で暮らし始めて数日。
少しずつではあるが、レミリアとフランもこの街での生活に慣れ始めていた。
朝。
窓から差し込む柔らかな日差しに、フランはゆっくりと目を覚ます。
「……んぅ」
眠そうに目を擦りながら隣を見ると、そこには既に身支度を終えたレミリアの姿があった。
「お姉様、おはよう……」
「おはよう、フラン。よく眠れた?」
「うん!」
元気よく頷くフランを見て、レミリアは優しく微笑んだ。
「じゃあ、朝ご飯を食べに行きましょうか」
「わーい!」
フランはレミリアの手をぎゅっと握る。
その温もりに、レミリアも自然と手を握り返した。
食堂へ向かう途中、街の人たちが二人に挨拶をしてくる。
「おはようございます!」
「おはよう」
「区域議員さん、お疲れ様です!」
「えぇ、おはよう」
レミリアは少し照れくさそうに会釈する。
まだ「区域議員」と呼ばれることには慣れていない。
そんな様子を見ていたフランは、くすっと笑った。
「お姉様、照れてる?」
「べ、別に照れてなんか……」
言いかけたところで、前を見ていなかったレミリアは──
「きゃっ」
街灯に額を軽くぶつけた。
「……」
「……」
一瞬、静まり返る。
「お、お姉様……?」
フランは目をぱちぱちと瞬かせる。
レミリアは額を押さえながら何事もなかったように立ち上がった。
「……今のは街灯の方が動いたのよ」
「動いてないよ!」
フランは思わず吹き出した。
「あはははっ!」
周りの住民たちも笑いを堪えきれない。
レミリアは顔を真っ赤にしながら咳払いをした。
「……忘れなさい」
「無理だよ、お姉様!」
フランはお腹を抱えて笑い続ける。
そんな二人を見ていたパン屋のおばあさんが優しく笑った。
「本当に仲の良い姉妹だねぇ」
その言葉に、レミリアは少し照れながら微笑む。
「えぇ。自慢の妹よ」
フランは嬉しそうにレミリアへ抱きついた。
「私も、お姉様が大好き!」
レミリアは優しく頭を撫でる。
「ありがとう」
朝食を終えた二人は、市場を歩いていた。
「お姉様!」
フランが屋台を指差す。
「あれ、美味しそう!」
焼き菓子の甘い香りが漂っている。
「食べたいの?」
「……ちょっとだけ」
レミリアは財布を取り出し、二人分を買った。
「はい」
「ありがとう!」
フランは嬉しそうに一口かじる。
「おいしい〜!」
幸せそうな笑顔だった。
その顔を見ているだけで、レミリアも自然と笑顔になる。
「そんなに美味しいの?」
「お姉様も食べて!」
フランは自分のお菓子を差し出した。
「え?」
「はい、あーん!」
周囲の視線が集まる。
「え、えっと……」
レミリアは戸惑う。
「ほら!」
「……じゃ、じゃあ」
小さく口を開ける。
ぱくっ。
「……美味しいわね」
「でしょ!」
フランは満足そうに笑う。
そこへ偶然、クサリが通りかかった。
「何してるんだ?」
「お姉様に食べさせてた!」
フランは満面の笑みで答えた。
「なるほど」
クサリは笑いながら腕を組む。
「相変わらず仲が良いな」
その一言で、レミリアの顔がまた赤くなる。
「べ、別に普通よ」
「普通かなぁ?」
クサリはにやりと笑う。
「顔、真っ赤だけど」
「…………」
レミリアは恥ずかしさのあまり翼をしゅんと垂らした。
その様子を見たフランは、小さく笑う。
「お姉様って、本当に照れ屋だよね」
「うぅ……」
反論できない。
クサリは笑いを堪えながら言った。
「普段は頼れるのに、こういうところは年相応なんだな」
「……年相応じゃないわ」
「そうだったな。五百年以上生きてたんだった」
「そこじゃないのよ……」
レミリアは小さくため息をつく。
その天然ぶりに、フランもクサリも思わず笑ってしまう。
穏やかな笑い声が、平和な街に響いた。
だが、その様子を少し離れた路地裏から見つめる、一つの人影があった。
黒い外套を羽織ったその人物は、小さく呟く。
「……吸血鬼が、この街にいるのか」
その声は風に紛れ、誰の耳にも届くことはなかった。
レミリアとフランは知らない、影で動く危険を孕んだ者が居ることを…