朝のクランツ街は、今日も活気に満ちていた。
市場には新鮮な野菜が並び、子どもたちは元気よく駆け回る。
「今日は住民の皆さんに挨拶をして回りましょうか」
レミリアがそう言うと、フランは元気よく頷いた。
「うん!」
二人は並んで街を歩き始める。
道中では、
「レミリアさん、おはようございます!」
「区域議員さん、この前はありがとうございました!」
と、住民たちが次々と声を掛けてきた。
レミリアは少し照れながらも、一人ひとりに丁寧に挨拶を返していく。
「この街の人たち、本当に優しいわね」
「うん! みんな好き!」
フランは嬉しそうに笑った。
そんな時だった。
「あっ!」
フランの目に、小さな屋台が映る。
「お姉様! あっち見て!」
「え?」
レミリアが振り向いた、その一瞬。
フランは可愛いぬいぐるみを見つけて屋台へ駆け出してしまう。
「わぁ……可愛い!」
夢中になってぬいぐるみを眺めるフラン。
一方その頃。
「……あら?」
レミリアは辺りを見回した。
「フラン?」
隣にいるはずの妹がいない。
「フラン?」
少しだけ早足になる。
「……フラン?」
段々と声が小さくなる。
「えっと……」
今度は自分がどこを歩いてきたのか分からなくなった。
角を一本間違えたらしい。
「…………」
レミリアは真剣な顔で考える。
「落ち着きましょう」
一度深呼吸する。
「まずは来た道を戻れば……」
振り返る。
「……どっちから来たのかしら」
完全に迷っていた。
本人だけは、まだ迷子だと認めていない。
「大丈夫よ、私は冷静だもの」
そう言いながら右へ曲がる。
十分後。
「……さっきもこの噴水、見たような……」
同じ場所へ戻ってきていた。
そこへ通り掛かったおばあさんが優しく声を掛ける。
「どうしたんだい?」
「いえ、大丈夫よ」
レミリアは平然と答える。
「少し街を確認しているだけだから」
「そうかい?」
おばあさんは微笑みながら去っていった。
レミリアは小さく呟く。
「……多分、迷ってないわ」
その頃。
「お姉様?」
屋台から戻ったフランは、辺りを見回していた。
「お姉様ー?」
姿が見えない。
「……え?」
一気に不安になる。
「お姉様!」
今度は本気で探し始めた。
市場中を走り回る。
「お姉様!」
「見なかった?」
住民たちも事情を聞き、一緒に探してくれる。
そこへクサリが現れた。
「どうした?」
「お姉様がいないの!」
「……またか」
クサリは額に手を当てた。
「また?」
「方向音痴なんだ」
「えぇぇ!?」
フランは思わず大声を上げた。
「お姉様が!?」
「本人は絶対認めないがな」
クサリは苦笑する。
さらに十分後。
「……あら?」
レミリアは噴水の前で腕を組んでいた。
「この街、案外広いわね」
「お姉様──ー!」
フランが全力で抱きついた。
「きゃっ!」
レミリアは驚いて尻もちをつく。
「よ、良かったぁ……」
フランの目には涙が浮かんでいた。
「心配したんだから!」
「え……?」
レミリアはきょとんとする。
「私は迷ってなんか」
「迷ってたよ!」
フランが即座にツッコむ。
クサリも呆れ顔で近付いてくる。
「完全に迷子だったぞ」
「違うわ」
「噴水を四周してた」
「…………」
レミリアは黙る。
「しかも同じおばあさんに三回道を聞かれてた」
「…………」
「お姉様」
フランは頬を膨らませる。
「今度から手を離しちゃ駄目!」
「……はい」
レミリアは珍しく素直に返事をした。
「約束?」
「約束よ」
そう言って、小指を差し出す。
フランも笑顔で指を絡めた。
「えへへ」
その後。
街では新しい噂が流れ始めた。
「区域議員さんって強いのに方向音痴なんだって」
「可愛いよね」
「放っておくと迷子になるらしい」
その噂はあっという間に街中へ広がっていった。
「……何だか皆の視線がおかしいわ」
首を傾げるレミリア。
隣ではフランが笑いをこらえていた。
「ふふっ……お姉様、人気者だね」
「……そういうことにしておくわ」
そう答えるレミリアの耳は、少しだけ赤く染まっていた。
迷子になってしまった、レミリアは依然として方向音痴と言う事を認めないが、列記とした方向音痴である。