『双氷の加護 ―世界で一番可愛い弟が、最強の精霊と姉に甘やかされる理由―』 作:can'tPayPay
王都の一件から数日が経ち、ロズワール邸にはいつも通りの穏やかな時間が流れていました。しかし、アルヴの胸の内には、あの日に芽生えた小さな焦燥感が燻り続けていました。
市場で見せた自分の「人誑し」のような力は、決して自らが剣を振るって掴み取った強さではない。姉のエミリアや、パパ(パック)、そしていつも対等に接してくれるスバルにいつまでも守られているだけでは、いつか本当に強い敵が現れた時に隣に立つことすらできないのではないか。そう考えたアルヴは、ある日の午後、中庭の隅でスバルを呼び止めたのです。
「――スバル、お願いがあるんだ。僕に、姉さんたちに内緒で戦い方を教えてほしい」
真剣な眼差しで頭を下げたアルヴに、スバルは面食らったように目を丸くし、それからポリポリと頬を掻きました。
「おいおい、俺に強さを求めるとか、頼む相手を間違えてねーか? 俺の戦闘力なんて、この屋敷じゃ下から数えた方が早いんだぜ? ユリウスやロズワールに頼んだ方が、よっぽど強くなれると思うんだが……」
「ダメだよ。ユリウスさんに頼んだらすぐに姉さんたちに伝わっちゃうし、ロズワール様は……何を考えているか分からなくて少し怖いから。それに、スバルはいつも、泥臭くても絶対に諦めないで道を切り開くじゃないか。僕は、そういう『強さ』が知りたいんだ」
無自覚に発動したアルヴのまっすぐなリスペクトと言葉の破壊力に、スバルは胸を押さえて天を仰ぎます。
「ぐっ……! お前、マジでそういうところだぞ。その無邪気な人誑しビームは俺には特効が入るんだよ……。分かったよ、そこまで言われて突っぱねたら男が廃る。ただし、エミリアたんとパックにバレたら俺の命は文字通り氷点下だからな? 絶対に秘密だぞ」
「うん! ありがとう、スバル!」
それからというもの、二人の「秘密の特訓」が始まりました。エミリアが王選の勉強に集中している時間や、パックがお昼寝をしている隙を狙い、屋敷の裏手にある鬱蒼とした林の奥で、アルヴはスバルから実戦的な身のこなしや、不意を突く動きを教わっていました。
「いいかアルヴ、俺たちみたいに圧倒的な才能を持たない側は、まともに正面からぶつかっちゃダメだ。相手の視線を誘導して、一瞬の隙を突く。体格差があるなら、それを逆手に取る動きをするんだ」
「こう……かな?」
アルヴが木剣を構え、スバルのアドバイス通りに素早くステップを踏みます。エミリア譲りの高い身体能力と魔力の素養があるため、アルヴの吸収は驚くほど早かったのです。汗を流し、自分の力で少しずつ前へ進んでいる実感が、アルヴにはたまらなく嬉しかった。
しかし、そんな幸福な時間は、長くは続きません。彼らを監視する「過保護なレーダー」を欺き続けるのは、一般人のスバルと無自覚なアルヴにはあまりにも難易度が高すぎたのです。
ある日の特訓の最中、突如として林全体の空気がピキピキと音を立てて凍りつきました。
「――みーつけた」
樹木の影から現れたのは、ひどく寂しげに、けれど逃がさないという強い意思を瞳に宿したエミリアでした。その肩の上には、腕を組んでジト目を向けているパックの姿もあります。
「ひえっ、エミリアたん!? パック! いや、これはその、男同士の健全なコミュニケーションというか、断じて怪しいことでは――」
スバルが慌てて手を振りますが、エミリアの視線はスバルを通り越し、汗だくになって木剣を握るアルヴへと注がれていました。
「アルヴ……。最近、私がお勉強している間、いつもどこかへ行っちゃうから、すごーく寂しかったの。まさか、私に内緒でこんなに危ないことをしていたなんて……」
エミリアはトコトコと歩み寄ると、アルヴの手から優しく木剣を取り上げ、それを地面に置きました。そして、自分の持っていたハンカチで、アルヴの額の汗を丁寧に拭い始めます。
「一人で大丈夫、一人で大丈夫って、最近のアルヴはそればかり。お姉ちゃんを頼ってくれないのは、私のことがもう嫌いになっちゃったから?」
「そんなわけないよ、姉さん! 僕はただ、姉さんを守れるくらい強くなりたくて……」
アルヴが必死に弁明すると、エミリアは一瞬だけ驚いたように目を見開き、それからひどく愛おしそうに、困ったような微笑みを浮かべました。彼女の過保護さは、アルヴを縛り付けたいという独占欲ではなく、ただ単に「大切な家族が傷つくのを見たくない」という、純粋で、少しだけ寂しがり屋な愛情から来るものだったのです。
「あなたが強くなりたいって思う気持ちは、とっても素敵だと思うわ。でもね、アルヴ。私にとっての一番の幸せは、あなたが傷つかずに、私の隣で笑っていてくれることなの。……それに、お姉ちゃんを置いて一人で強くなろうなんて、やっぱり少しだけ寂しいわ」
エミリアはそう言うと、アルヴの体をそっと抱きしめました。その温もりはいつも通り優しく、アルヴの頑なだった頑固さを心地よく溶かしていきます。肩に乗ってきたパックも、アルヴの頬に肉球をぽむ、と当てました。
「そうだよ、アルヴ。パパを頼ってくれないのも寂しいな。強くなりたいなら、スバルじゃなくてボクがいくらでも稽古をつけてあげるのに。ね? これからは隠し事なしだよ」
「……うん。ごめんなさい、姉さん、……パック。それに、スバルも巻き込んじゃってごめん」
「気にするな、アルヴ。俺はエミリアたんの悲しむ顔に弱いだけで、お前の心意気には免じてやる。……ただ、これからの特訓はエミリアたんとパックの厳しい監修付きになりそうだな!」
スバルの言葉通り、エミリアはアルヴの手をしっかりと握り直し、嬉しそうに微笑みました。
「ええ! 明日からは私も一緒に林に来るわ。アルヴが転びそうになったら、すぐにお膝で受け止められるように、ずーっと後ろで見守っているからね!」
「……それ、特訓に集中できるかな……」
アルヴは苦笑いしつつも、自分のことをこれほどまでに真っ直ぐに心配し、愛してくれる「お姉ちゃん」と「パパ」の温かさに、結局は甘えてしまうのでした。自立への道のりはまだまだ遠そうですが、この賑やかで過保護な檻の中も、決して悪いものではないと、アルヴは密かに思うのでした。
第14話「王城のお披露目と、親バカの共演」へ戻る:** 特訓を経て少し逞しくなったアルヴが、ついに王選候補者会議(ラインハルトやプリシラ、アナスタシアが集まる場所)へ。
ロズワール邸での日常:** エミリアの手料理(猛特訓付き)や、レムの新たなアプローチなど、屋敷でのドタバタが続く回....の予定