『双氷の加護 ―世界で一番可愛い弟が、最強の精霊と姉に甘やかされる理由―』 作:can'tPayPay
朝日がロズワール邸の大きな窓から差し込み、磨き上げられた廊下を黄金色に染め上げる。
アルヴは、姉であるエミリアに手を引かれ――というより、指を絡めてぎゅっと握られた状態で、食堂へと向かっていた。
「ねえ、アルヴ。昨日はよく眠れた? 怖い夢は見なかったかしら。もし怖くなったら、いつでもお姉ちゃんの部屋に来ていいのよ。むしろ、最初から一緒に寝たほうが安心だと思うのだけど……」
エミリアが隣で、心配そうに、けれどどこか期待を込めた眼差しでこちらを見上げてくる。彼女の銀髪が歩くたびにさらさらと揺れ、その甘い香りがアルヴの鼻をくすぐる。
「大丈夫だよ、姉さん。もう子供じゃないんだから、一人で寝られるよ。……それに、昨日はパックも一緒にいたしね」
アルヴの肩に乗ったパックが、自慢げに髭を揺らした。
「そうだよ、リア。ボクがしっかりアルヴの寝顔を見守っていたからね。よだれを垂らして寝ている姿も、天使のように可愛かったよ。思わずボクも一緒に添い寝しちゃった」
「パック、ずるいわ! 私だってアルヴの寝顔、ずっと見ていたかったのに……」
そんな平和(?)な会話をしながら食堂の扉を開けると、そこには既に香ばしいパンの香りと、湯気を立てるスープの匂いが充満していた。
「おはようございます、アルヴ様。そしてエミリア様、パック様」
完璧な礼法で迎えたのは、青い髪のメイド、レムだった。彼女はアルヴの姿を見た瞬間、そのわずかに伏せられた瞳に、静かな、しかし情熱的な光を宿した。
「アルヴ様、お席はこちらです。今朝はアルヴ様の健康を考え、レムが厳選した食材のみを使用した特別メニューをご用意いたしました」
「あ、ありがとう、レムさん」
アルヴが席に座ろうとした、その時だった。
「待って、レム! アルヴの隣は私の指定席よ。それに、今日の朝食は……あら、すごーく美味しそうだけど、アルヴにはちょっと量が多いんじゃないかしら? 私が半分、食べさせてあげようか?」
エミリアが素早くアルヴの隣を占拠し、レムを牽制するように身を乗り出す。
「エミリア様。アルヴ様は成長期です。たくさん召し上がっていただかなければ、レムの献身が報われません。……それに、食べさせて差し上げるのは、メイドであるレムの仕事です」
「いいえ、それは『お姉ちゃん』の特権よ! さ、アルヴ、口を開けて。はい、あーん」
エミリアがフォークで小さく切った果物を差し出してくる。その瞳は一点の曇りもなく、「弟を甘やかすのは当然の義務」だと確信している。
「あ、あの、姉さん。自分で食べられるから……」
「だーめ。昨日、騎士の修行で手が疲れちゃったでしょう? ほら、遠慮しないで」
アルヴが困惑していると、反対側からレムが、これまた絶妙なタイミングで温かいスープをスプーンで差し出してきた。
「アルヴ様。スープが冷めないうちにどうぞ。レムが、ちょうど良い温度になるまで心を込めてふーふーいたしました」
「レムさんまで……」
右からはエミリアの「あーん」、左からはレムの「ふーふー」。
逃げ場のないアルヴの背中に、さらなる追い打ちが掛かる。
「やあやあ、朝から熱いねぇ。アルヴ、君は本当に罪な男だよ。お父さんとしては、リアの手料理(?)も捨てがたいけど、レムの至れり尽くせりな介護も捨てがたいな」
パックが空中でお菓子を齧りながら、他人事のように楽しんでいる。
「……おーい、俺の存在、忘れてねーか?」
食堂の隅で、一人寂しくパンを齧っていたスバルが、半眼でこちらを見ていた。
「エミリアたん、アルヴに夢中なのはわかるけど、俺のコーヒーも空なんだぜ。……っていうか、アルヴ。お前、それ以上甘やかされたら、マジで一人で歩けなくなるぞ?」
「スバル! アルヴに変なことを吹き込まないで! この子は一生、私が歩かせてあげるんだから!」
「エミリア様、それはさすがに過保護が過ぎます。アルヴ様を運ぶのは、レムの腕の中だけで十分です」
「レムまで何を言ってるの!?」
アルヴは、目の前で繰り広げられる「自分を誰が一番甘やかすか」という高度な議論(喧嘩)を眺めながら、深く溜息をついた。
スープは温かく、エミリアの差し出す果物は甘い。
けれど、何よりも「重い」のは、この部屋に充満する彼女たちの愛情だった。
「……あの、二人とも。落ち着いて。交互に食べるから、ね?」
アルヴが折衷案を提示した瞬間、エミリアとレムの顔がパッと明るくなった。
「本当!? じゃあ、次は私ね!」
「承知いたしました。では、レムはその次に特製のリゾットを……」
結局、朝食が終わる頃には、アルヴのお腹だけでなく、心までもが彼女たちの愛でパンパンに膨れ上がっていた。
満足げにアルヴの口元をナプキンで拭くエミリアと、それを見つめて「次はもっと手の込んだものを……」とメモを取るレム。
アルヴの受難、あるいは至福の朝は、こうして賑やかに過ぎていく。
しかし、この過保護な「檻」の外では、彼という存在を巡る新たな嵐が、着々と近づいていることを、まだ誰も知らなかった。
「ふふ、アルヴ。今日は一日、何をして遊ぼうかしら。お姉ちゃんと一緒に、お庭でお花を摘むのはどう?」
エミリアの腕が、再びアルヴの腕に絡みつく。
その温もりは、どこまでも優しく、そしてどこまでも逃れられないほどに強かった。
次回予告
朝食後、ロズワール邸に届いた一通の招待状。それは、王選候補者アナスタシア・ホーシンからの「商談」の誘いだった。
「アルヴは絶対に行かせない!」と息巻くエミリアに対し、アルヴはある決意を固めるが……。
第3話:『商人の罠と、姉様の鉄壁バリア』