『双氷の加護 ―世界で一番可愛い弟が、最強の精霊と姉に甘やかされる理由―』   作:can'tPayPay

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第3話:商人の罠と、姉様の鉄壁バリア

 

朝食の狂乱がようやく落ち着き、アルヴが自室で一息つこうとした時だった。ロズワール邸の重厚な玄関ホールに、場違いなほど軽やかな、けれど商売人特有のしたたかさを感じさせる足音が響いた。

「――お騒がせするで。王選候補者の一人、アナスタシア・ホーシンの使者や。エミリア様、それと……『銀髪の弟君』に、主からの招待状をお持ちしました」

届けられたのは、高級な羊皮紙に金細工の封蝋が施された、煌びやかな招待状。内容は、王都にあるアナスタシア所有の高級料亭での「親睦会」への誘いだった。

「……親睦会? 嘘よ。あのアナスタシアさんが、そんな純粋な理由で人を呼ぶわけないわ」

エミリアは招待状をひったくるように受け取ると、それをアルヴから隠すように背後に回した。その瞳には、かつてないほどの警戒の色が浮かんでいる。

「アナスタシアさんは、欲しいものを手に入れるためなら、笑顔で罠を張るような人なんだから。アルヴみたいな、すごーく素直で可愛い子が行ったら、一瞬で丸め込まれて、カララギまで連れて行かれちゃうわ!」

「姉さん、いくらなんでも考えすぎだよ。ただの食事会でしょ?」

「だーめ! アルヴはまだ、世の中の『悪い大人』を知らなすぎるの。特にあの方は、掘り出し物を見つける天才なんだから。……パックも、そう思うでしょ?」

エミリアの問いかけに、パックが結晶から顔を出し、アルヴの肩に座って腕を組んだ。

「そうだねぇ。あのお嬢さんは、損得勘定で動くタイプだ。アルヴという『宝石』を、自分のコレクションに加えたがっているのは明白だよ。お父さんとしても、大切に育てた息子を勝手に査定されるのは気分が良くないな」

エミリアとパック。この二人の過保護フィルターを通すと、世の中のすべての人間がアルヴを奪おうとする誘拐犯に見えるらしい。

「でも、王選候補者からの誘いを無下にするのも、姉さんの立場に響くんじゃないかな。僕なら大丈夫だよ。レムさんもついてきてくれるんでしょ?」

アルヴが背後に控えていたレムに水を向けると、彼女は静かに、けれど殺気を含んだ微笑みを浮かべた。

「はい。アルヴ様に近づく不届きな『狐』がいれば、レムがこの鉄球で……いえ、全力でお守りいたします。エミリア様、ご安心ください。アルヴ様の周囲半径一メートル以内には、風の一吹きも通させません」

「……レムまで物騒なこと言ってるけど、わかったわ。じゃあ、私も一緒に行く! 絶対にアルヴの隣を離れないから!」

数日後。王都の喧騒を見下ろす丘の上に建つ、超一流の料亭。

通された個室の最奥、紫の着物を優雅に着こなしたアナスタシア・ホーシンが、扇子を手に微笑んでいた。

「ようこそ。エミリア様、それに噂のアルヴ君。……ふふ、間近で見ると、写真で見るよりずっと『べっぴんさん』やね。うちの直感が、これまでにないほど激しく鳴り響いとるわ」

「アナスタシアさん、今日はご招待ありがとう。でも、先に言っておくわ。アルヴに何か変な提案をするつもりなら、すぐに連れて帰るんだから!」

エミリアは席に着くやいなや、アルヴの腕をぎゅっと抱き寄せ、アナスタシアをキッと睨みつけた。

「まあまあ、そんなに怖い顔しはらんでも。今日はただの食事や。……アルヴ君、あんた、自分の価値に気づいてへんやろ? その魔力、その容姿、そして何よりエミリア様への『影響力』。あんたを味方につければ、王選のパワーバランスが一気にひっくり返る」

アナスタシアは、テーブルを乗り出すようにしてアルヴに顔を近づけた。

「どうや? うちの傘下に来おへんか? 欲しいもん、全部買うたる。エミリア様を王にするための資金も、情報も、うちが全部工面したってもええ。……その代わり、あんたをうちに『投資』させてほしいんや」

「投資……?」

「そうや。あんたを、うちの隣で最高に輝く『看板』にしたいんや。エミリア様のところにおるより、ずっと広い世界を見せたるで?」

アナスタシアの白い指先が、アルヴの手に触れようとした、その瞬間――。

バキンッ! と、部屋の中の空気が凍りついた。

アルヴとアナスタシアの間に、薄く、けれど絶対に壊れない氷の壁が形成される。

「……触らないで。アルヴは、誰の道具でもないわ。そして、誰の看板でもない」

エミリアの瞳が、冷徹なまでの光を帯びていた。

普段の「天然お姉ちゃん」の姿はどこへやら、そこには大切なものを守るためなら修羅にでもなる「氷結の魔女」の気迫が宿っていた。

「アルヴは、私の隣で、私のために笑ってくれるだけでいいの。アナスタシアさん、あなたは商売の天才かもしれないけれど、一つだけ間違ってるわ。――この子は、世界中のどんな財宝を積まれても、絶対に渡さない」

エミリアはアルヴの肩に手を回し、自分の方へと引き寄せて強く抱きしめた。その抱擁は、愛おしさと、狂気にも似た独占欲に満ちている。

「……ふん。やっぱり、一筋縄ではいかへんね」

アナスタシアは扇子で口元を隠し、愉快そうに笑った。

「でも、執着が強いのは嫌いやない。……アルヴ君、今日はエミリア様に免じて引き下がるけど、うちは諦めへんで。あんたがその『温室』に飽きた時は、いつでもうちの門を叩きや」

帰り道、馬車の中でもエミリアはアルヴを離さなかった。

「……アルヴ、大丈夫? 怖くなかった? あの人の言うこと、聞いちゃダメよ? あなたの居場所は、ここなんだから。お姉ちゃんの腕の中だけなんだから……ね?」

アルヴは、姉様の心臓の鼓動が激しく打っているのを感じていた。

あまりの過保護さに困惑しつつも、自分をこれほどまでに必要としてくれる彼女の熱量に、アルヴの心もまた、深い愛着で満たされていく。

「わかってるよ、姉さん。僕はどこにも行かない。ずっと、姉さんのそばにいるから」

「……本当? 約束よ? 指切り、しましょう。……ああ、もう。本当に愛してるわ、アルヴ……」

月明かりに照らされた馬車の中で、エミリアはアルヴの額に、誓いのような長い口づけを落とした。

アナスタシアという外部からの刺激は、皮肉にも、エミリアの独占欲をより強固なものへと変えてしまったのだった。

 

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