『双氷の加護 ―世界で一番可愛い弟が、最強の精霊と姉に甘やかされる理由―』 作:can'tPayPay
プリシラが去った後のロズワール邸。エミリアの自室は、彼女の魔力によって外界から遮断された「聖域」と化していた。
「見て、アルヴ。このお部屋なら、あのアナスタシアさんも、プリシラさんも入ってこれないわ。お食事もレムに運ばせるから、あなたはここで、私と二人だけで過ごせばいいのよ……」
エミリアの瞳は、どこか焦点が合っていないような、陶酔した輝きを帯びていた。彼女にとって、これは「最悪の事態から弟を守るための正解」なのだ。アルヴをベッドに座らせ、背後から首筋に顔を埋めるエミリアの腕には、絶対的な拒絶の力がこもっていた。
しかし、アルヴはその腕を、力強く振り払った。
「――いい加減にしてよ、姉さん!」
「……っ、アルヴ?」
驚きに目を見開くエミリア。アルヴは立ち上がり、扉の方へと歩を向けた。
「こんなこと、守られてるなんて思えない。ただ閉じ込められてるだけだ。姉さんが僕のことを信じてくれないなら……こんな風に僕を縛り付けるのが姉さんの『愛』だって言うなら……」
アルヴは一度、エミリアを真っ直ぐに見据えて言い放った。
「僕は、この屋敷を出ていく。一人で生きていくよ」
その瞬間、部屋の温度が氷点下まで急降下した。パックが慌てて結晶から飛び出し、「アルヴ、それは言い過ぎだよ!」と叫ぶが、エミリアのショックはそれどころではなかった。
「……出ていく? 私を置いて……一人で? 嫌……嫌よ、そんなの! アルヴ、お願い、冗談だと言って!」
エミリアは泣き出しそうな顔でアルヴの裾を掴もうとするが、アルヴの視線は冷ややかなままだった。彼は本気だった。自由を奪われるくらいなら、最愛の姉と離れる覚悟すら決めていた。
エミリアは、アルヴの瞳の中に宿る強い意志――自分を突き放すほどの「自立心」を見て、ようやく己の暴走に気づき、ガタガタと震えながら手を引いた。
「……わかったわ。ごめんなさい、アルヴ。私、あなたを失うのが怖くて、我慢できなかったの。監禁なんて、もう言わない。だから……お願い、出ていくなんて言わないで……」
氷壁が音を立てて崩れ、魔法が解ける。エミリアは床に膝をつき、絞り出すような声で謝罪を繰り返した。アルヴも胸が痛んだが、ここで引き下がれば元の木阿弥だ。彼は無言で部屋を後にした。
その後、中庭のベンチで頭を冷やしていたアルヴのもとに、スバルがやってきた。
「よお、アルヴ。……派手にやったな。エミリアたん、今、部屋でパック相手に死ぬほど落ち込んでるぞ。世界が終わったみたいな顔してよ」
「……スバル。僕、言い過ぎたかな」
「いや、お前の言い分は正しい。自立したい男にとって、あの過保護は毒だ。けどよ……」
スバルは隣に座り、空を仰いだ。
「エミリアたんにとって、お前はただの弟じゃない。一度失いかけて、ようやく取り戻した『希望』そのものなんだよ。だから、あいつには加減がわからねえんだ。……でもな、アルヴ。過度な干渉ってのは、結局相手を苦しめるだけなんだって、あいつに教えてやれるのもお前しかいない」
「教えてやれる……?」
「ああ。嫌なことは嫌だと言え。でも、その後にちゃんと『好きだ』とも言ってやれ。あいつが欲しいのは、お前を縛る鎖じゃなくて、お前が隣にいてくれるっていう確信なんだからよ」
スバルのアドバイスは、少しだけアルヴの心を軽くした。
その日の夜。
アルヴの部屋のドアが、遠慮がちにノックされた。
「……アルヴ? 入ってもいいかしら」
入ってきたエミリアは、先ほどの独占欲の塊のような姿ではなく、酷く弱々しく、けれど精一杯「お姉ちゃん」であろうとする顔をしていた。
「あのね、スバルに叱られちゃった。私、アルヴを苦しめてたって。……私、あなたのことが大好きすぎて、あなたの気持ちを置き去りにしてたわ」
エミリアは少し離れた場所に座り、寂しげに微笑んだ。
「これからは、もう少しだけ、あなたの自由を尊重するわ。……だから、時々でいいから、私に甘えてくれる?」
アルヴは少し照れくさそうに、けれど優しく頷いた。
「……うん。でも、姉さんも僕を信じて。僕はどこにも行かないから」
エミリアはその言葉を聞いた瞬間、堪えていた涙をこぼし、再びアルヴを抱きしめた。今度の抱擁は、監禁するための力ではなく、ただ温もりを確かめ合うための、柔らかな愛に満ちていた。
次回予告
反省した(?)エミリアは、干渉を控える代わりに「ご褒美」でアルヴを釣る作戦に!?
「アルヴが頑張ったら、お膝で耳掃除してあげるわ!」
一方、そんな二人の様子を遠くから見つめる、不穏な騎士ユリウスの影……。