『双氷の加護 ―世界で一番可愛い弟が、最強の精霊と姉に甘やかされる理由―』 作:can'tPayPay
ユリウス・ユークリウスとの手合わせが始まると、練習場は異様な緊張感に包まれた。
「行くよ、アルヴ君。君の資質、見せてもらう!」
ユリウスが鮮やかな踏み込みから、レイピアの切っ先を突き出す。対するアルヴは木剣を構え、エミリアから継承した魔力と、自らの内に眠る「調和」の力を練り上げた。
しかし、やはり相手は「最優」と謳われる近衛騎士次席。ユリウスのフェイントに反応が遅れたアルヴの肩を、木剣の先が鋭く叩いた。
「――っ!」
アルヴが小さく呻き、体勢を崩したその瞬間。
練習場の気温がマイナスへと一気に突き抜けた。
「何をするの……っ!!」
「パパの息子に傷をつけたね……!!」
エミリアの瞳がアメジスト色の冷徹な輝きを放ち、背後には巨大な氷のつららが出現する。同時に、パックが空中で体躯を膨らませ、その小さな可愛い猫の姿からは想像もつかない、禍々しいまでのプレッシャーを放った。
「ユリウス! 練習だって言ったじゃない! アルヴの肩が赤くなったらどうするのよ! 今すぐそこを凍らせて治療(?)してあげるから動かないで!!」
「そうだよ! パパが直々に、君のレイピアを氷細工にして差し上げよう。アルヴ、今助けるからね!」
絶体絶命。ユリウスは流石に冷や汗を流し、レイピアを構え直す。このままでは王選候補者と四大精霊を相手に、文字通りの死闘が始まってしまう。
だが、その狂気を止めたのは、当の本人だった。
「二人とも、いい加減にしてよ!!」
アルヴの怒声が、凍りついた練習場に響き渡る。
「……えっ?」
「アル、ヴ……?」
エミリアとパックが呆然として動きを止める。アルヴは肩を押さえながら、二人を真っ直ぐに指差した。
「今はユリウスさんと真剣にやってるんだ! 横から口を出したり、魔法を使おうとしたり……正直、邪魔なんだよ!」
「「…………じゃま?」」
エミリアとパックの時が止まった。
アルヴにとって「守られること」が、今この瞬間、一番の妨げであると突きつけられたのだ。
「あ、の……アルヴ? 私はお姉ちゃんとして、あなたが心配で……」
「そうだよ、パパは君を守りたいだけで……」
「わかってる! わかってるけど、今は一人の男として戦ってるんだ! 静かに見守れないなら、二人ともあっちに行ってて!」
アルヴの「正論」という名の鋭利な刃物が、二人の心をズタズタに切り裂いた。
数分後。
練習場の隅っこでは、世にも奇妙な光景が繰り広げられていた。
エミリアは地面に指で「の」の字を書きながら、体育座りで丸くなっている。
「邪魔……私、邪魔だったのね。お姉ちゃんなのに、ゴミ扱いだわ……。アルヴはもう、私がいなくても生きていけるんだわ……」
その隣では、パックが膝(?)を抱えて浮きながら、ぐすぐすと鼻を鳴らしていた。
「パパって呼んでくれたのは夢だったのかな。ボク、邪魔なパパなんだ。粗大ゴミだよ。アルヴにとって、ボクはただの浮いてる毛玉だったんだ……」
二人の周囲だけ、物理的にどよーんとした黒い霧が立ち込めている。
「……はは。とんだ災難だったな、ユリウス」
スバルが苦笑いしながら、ユリウスの肩を叩く。
「……いや。彼らの愛は、私には少々重すぎるようだ。……再開しようか、アルヴ君。邪魔者は、あそこで反省しているようだからね」
「……ごめん、ユリウスさん。……さあ、続きを!」
隅っこで「アルヴのバカー……でも好きー……」「パパは信じてるよー……」と呟き続ける二人を完全に無視して、アルヴは再び剣を構える。
自立への道は険しいが、まずはこの「重すぎる愛情」を撥ね退けることが、アルヴにとって最大の修行なのだった。