頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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二十六話 黒く滲む百合の毒

「獅子吼が敗戦したぁ?」

 

 そんな馬鹿な、と首を振るのはホムラだ。

 鹿目城下の賑やかな食堂。興奮した様子の噂好きの話をそりゃホラ話だろ、と切って捨てた。

 

 獅子吼は強大だ。

 精強な兵士を抱える軍事力もそうだが、領主の獅子吼緋彩(シシクヒイロ)は武芸百般に通じ、機略縦横の傑物と評判の人物だった。

 対する馬喰田は人望ばかりが取り柄の領主。国力の規模は後者に軍配があがるが、外野が予想していたのはおおよそのところ、獅子吼による蹂躙劇だったのだ。

 

 しかし──。

 ホムラは考えた。

 獅子吼が敗れ去ったというのが万が一本当だったとしたら、かなりまずい事態だった。

 三氏の危ういパワーバランスの上に成り立っていた均衡が崩れて、鹿角も戦火に巻き込まれるかもしれない。

 

 ──探りを入れてみるか。

 

 ホムラ固有の鋭い瞳は、さらに鋭く細められた。

 

 

 ───

 

 

 獅子吼領・黄獅(キジシ)砦。

 

 鹿角領との境目に設けられたそこへ、ホムラは来ていた。あえてボロの装いに身を包み、得物も相棒の大斧でなく粗末な鉄剣を佩いている。

 

 いかにも銭目当ての無法者といった風。

 その姿は、敗戦直後の獅子吼領をうろつくには、あつらえ向きのものといえた。

 

「おい! 兵士の兄ちゃん! 仕事くれよ!」

「黙れ! それどころじゃないのが見てわからんのか!!」

「知らねぇよ! こっちだって生活かかってんだ! テコでも動いてやらねぇぞッ!」

 

 ホムラは慌ただしく走り回る兵士の一人へ、不躾な声をかけた。当然、兵士は腹を立てて怒鳴りつけるが、そんなもの、ホムラにはどうってことない。

 忌々しそうに歯噛みする彼を追い詰めるように、ホムラはさらに畳み掛ける。

 

「これでも腕利きで鳴らしてんだ! 聞いたことねぇか? 竜巻サヘエの名をよ」

 

 口から出任せであった。

 

「──何? いや、聞いたことはないが……」

「はぁ?! モグリかい、アンタ! 情報はキチンと集めとくもんだぜ! 特に兵士様はよ、有能な傭兵の情報は常に持っとくもんだろ!」

 

 そこでわざとらしく言葉を切って、ホムラは声をひそめた。

 

「──優秀な部下を持ってるかどうかってのは、出世に関わるんだろ?」

 

 兵士の喉がゴクリと鳴る。

 ──どうやら、欲望を刺激できたようだった。

 男は警戒するように周りを確認してから、咳払いを一つ打った。 

 

「……う、うむ。そこまで言うのなら仕方ない。少しばかり小間使いを任せてやってもいいだろう」

「お、ありがたいね。どんな仕事だい? できりゃ力仕事だとありがたいが」

「ふんっ。見れば分かることを言うな。心配せずともそういう雑用だ」

 

 ホムラは倉庫整理を任された。

 どうやら彼らは、装備や兵糧を、前線へと大幅に輸送しようとしているらしかった。

 一応物資を検めてみると、妙に質のいい武具が入った木箱が混じっている。

 

(……砦の物々しさといい、獅子吼の奴らが苦戦してるってのは間違いなさそうだな)

 

 砦の兵士たちの食い扶持までひっくり返して、前線に送ろうとしている。ホムラと同じようにして兵士様に雇っていただいたらしい傭兵や、下男が忙しなく荷物を運び出している。

 状況証拠だけでなく、物的証拠や確証になりそうな情報が欲しいところだが、深入りしすぎるのも危ない。

 

「よう、てんやわんやで大忙しだな」

「あ? ああ、そうだな。良くは知らねぇが、なんでも前線の方はとんでもねぇ地獄って噂だ」

「ほお? そりゃヤベェな。死にたくねえし、さっさと逃げ出しちまうべきかね?」

「いらん心配だろ。過程がどうあろうと、最後に勝つのは獅子吼様なんだからよ」

 

 ホムラは下男の一人にきわめて気安く話しかけた。男は最初怪訝そうにしたが、ホムラの身なりを見て、物知らずのチンピラ者と決めつけたらしい。まったくの無警戒で話を聞かせてくれた。

 

(能天気な顔してやがる。……しかし、末端にまで情報が伝わるか……。

 本格的に良くねぇみたいだな。

 敗戦が事実だとして、流石に滅ぶところまでやられたりはしねぇだろうが……)

 

 ホムラはここいらが潮時かと思案した。

 おそらくこれ以上探っても、目新しい情報は出てこないだろう。なにせ、この砦に入っているのは居残りばかりだ。戦場で何が起こったかを探るのは難しいだろう。

 

 ホムラは冷徹に判断を下すと、倉庫整理のチンピラを演じきった。

 そして、密かに獅子吼領を脱出した。

 

 

 ───

 

 

「──つうわけだ。戦が嫌だとか抜かしてらんねぇ。備えが必要だぞ、ユイ」

「……そうですか」

 

 ユイはホムラの注意に答えなかった。

 目を伏せたまま、膝に乗せたヒイナの頭を撫でている。

 

 鹿角領主は数拍の時を置いて、静かに口を開いた。

 

「……鬼気(キキ)使いを──。

 招集せねばいけないかもしれませんね」

「鹿角じゃあ、そう数は多くねえがな」

 

 ん? と、撫でくりされているヒイナは疑問を持った。鬼気ってなぁに?

 ヒイナはめちゃくちゃ気になったが、大人のお話に口を挟んではいけないと思い直してお口にチャック。

 ユイの抱き枕・ラブリーキュート柔らかヒイナちゃんに徹することにした。

 

「……ヒイナ」

「はい☆ ヒイナちゃんですよ☆」

「もしも──。もしもですよ、この鹿角が戦火に包まれることがあったなら、

 ──貴女は戦ってはいけませんからね」

 

 ヒイナは一瞬、何を言われたかわからなかった。

 

 言われなくたって、戦う気なんか最初からない。人間を手にかけるなんて、もう絶対にやりたくなかった。だって人間は人間で、結晶人じゃないのだ。

 

 ヒイナの脳裏に過ぎるのは、花酔で喪った人達。ヒイナの無自覚が殺した人々。

 それだけではない。介錯した卵のカケラ、イノリの破片。ヒイナは静かに心の痛みを抱きしめる。

 

 大丈夫。アタシは忘れないよ。

 

 ──何一つとして。

 

 戦わない。命も奪わない。けれども、ただ大事な人たちの盾になって守ること。

 これを戦うとは言わない。守ってるだけなのだから。自分に言い訳をすると、ヒイナはきわめて能天気な笑顔を浮かべた。

 

「心配ないですよ、ユイ様☆ だってヒイナちゃんはみんなの希望ですもん☆ 無駄に暴力は使いません☆」

「ヒイナ……いえ、やめておきましょう。……けれどね、おしおきですよ」

「キャッ☆ ユイ様ったら大胆☆ でもヒイナちゃんはめちゃんこ可愛いから仕方ないよね☆」

「……帰りてぇ」

 

 ユイはヒイナを膝から起き上がらせると、抱きしめた。壊れ物を扱うような繊細な手つきで、ヒイナの白と桜色が交じり合った髪を梳く。

 二人の空間からきれいに取り残されたホムラは、心底迷惑そうな顔をして、ポツリと呟いた。

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