頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで 作:土縁屋
明らかにマズい事態だった。
未だに状況が飲めてないヒイナだが、どうやら二人が殺し合いをしているらしいことは察した。
次から次に目まぐるしく状況が動くせいで、何が起こっているのか把握するのに時間がかかってしまったのだ。
アサヒの攻撃でなんか氷のキラキラした奴がバラバラになったのは幸いだった。これがなかったら、未だにヒイナは呆然としていただろう。
アサヒが腰を落としている。
彼女の周囲に死の気配が立ち込めているのがわかった。何かすごいことをやるつもりだ。
ヒイナは本能的に煌子纏鎧を展開すると、アヤメに向かって弾かれたように飛び出した。
戦いを止めようとかそういう考えがあってのことではない。アヤメに危険が迫るなら、盾になりたい。ただそれだけだった。
──間に合うだろうか? 間に合わないかも。
でも、ヒイナちゃんはみんなの希望なんだから、間に合わせなくっちゃ!
ヒイナが願うのは、二人の会話が終わらないこと。ヒイナがたどり着く前に始まってしまったら、もうどうにもならない。
──ヒイナは願うような気持ちで、駆け抜けた。
アヤメまでもう一歩、もう一歩なんだ!
──二人の声が聞こえなくなった。……でも、これなら間に合う! 間に合わせる!
ヒイナは全力でアヤメに飛び付く。
アヤメの鼓動の音がゆっくり聞こえて、無性に笑いたい気持ちになった。
──そして、雷撃を纏った斬撃がヒイナの背中に直撃した。
(……よかった。今度は、間に合った──)
──
「ヒナっち……?」
アヤメの呼びかけがむなしく響いた。
ヒイナは応えるように身じろぎすると、弱々しい笑みを浮かべた。
──生きている。
けれども、アヤメはそのことを喜ぶつもりはなかった。また無茶をして……傷付いて。ヒイナのことは後で絶対に説教してやらなくてはいけない。
──それとして。
アヤメの周囲を絶対零度の風が逆巻く。
何より二度もヒイナを傷付けた──、
「──お前は、絶対に殺す」
刀を使うなんて手加減はもういらない。アヤメの大切な家族を傷付けた汚物は、凍てつかせて砕いて、ゴミに出さなくてはいけない。
アサヒは冷や汗をかきながらも、笑みを浮かべたまま。アヤメが本気になったことを喜んでいる。
一触即発。次の殺し合いが始まりそうなその時、空気をまるで読まない、場違いすぎるユルい声が割り込んだ。
「いやーん☆ 二人とも、ヒイナちゃんのために争わないでぇ〜☆ そんなにされたらヒイナちゃん困っちゃう☆」
ヒイナはピンピンしていた。
深手は負っていたが、煌子纏鎧という防壁、生来のタフさを重ね持つ彼女にとって、刃物で切り裂かれたくらいの傷は動きを阻害するものにはなり得なかった。
「…………っ。ヒナっちうるさい。自分が何されたかわかってんの?」
「? なんにもされてないよ」
「されたでしょ! 斬られた! 二回も!」
「えぇ……。うーん。最初に斬られたことは気にしてないし、さっきのは横入りしたヒイナちゃんが悪いです。ならほら、誰も悪くない! いえーいハッピー☆」
ヒイナが血まみれのまま、いつもの能天気な笑みを浮かべた。本当の本気で、全く気にしていない。
アヤメはそう、とだけ言った。
当たり前だが、ヒイナの無理くりな理論は、まるで響いていない様子。
「ヒナっちが良くたって、あーしが良くない。腹の虫がおさまらない」
「……うーん、ごめんなさい。心配してくれて、ヒイナちゃんハッピーな気分になっちゃいましたけど、怖いアヤメさん見たくないです」
「すぐに戻るよ。あいつを片付けたら」
冷たく言い放つアヤメの前に、ヒイナは立ちふさがった。自分を防壁としながらも、黙って二人のやり取りを見ているアサヒに声をかけた。
「なんか邪魔しちゃってごめんなさい。でもヒイナちゃん、大切な人に傷付いてほしくない。喧嘩やめてくれませんか?」
「何を馬鹿な。こんな楽しいことをやめられるわけがありません」
「楽しいことならいっぱいありますよ☆ ヒイナちゃんと遊ぶとか、ヒイナちゃんの可愛さを称えるとか☆彡」
「……もしかして、頭のおかしい人ですか?」
ここではじめて、アサヒの声に困惑が混じる。なんだこいつは。普通は見ず知らずの他人に斬りつけられたら恨むものだろう。いや、見知った相手にやられても恨むものだ。あと自己肯定感が高すぎる。
「えーと、アサヒさん、ですよね? ヒイナちゃんキチンと自己紹介聞いてました。偉い☆
……アサヒさん、さっきヒイナちゃんのこと斬りましたけど、アタシ生きてます。殺さなかったってことは、優しいってことです」
「……いえ、殺すつもりでやりましたよ。貴女が無駄に頑丈だっただけです」
それは本当のことだった。
斬りつけられた本人のヒイナはちゃんと殺す気満々の攻撃だったことをわかってたし、煌子纏鎧がなかったら真っ二つになってたのも理解していた。
けれど、それでもアサヒを肯定した。
「それでも、ヒイナちゃんが生きてるって事実は変わりません。……なら、アサヒさんは優しい人です」
「わかりません……なぜ貴女はそんなにも私を庇うのです? 一体何の得があってのことですか?」
「えぇ? そりゃだって、なんてったってヒイナちゃんはみんなの希望ですから☆」
アサヒは絶句した。
なんだその理由は。ふざけているのだろうか。けれどアサヒを見つめるヒイナの瞳はどこまでも真摯で希望に満ちていて──嘘がなかった。
戦っている時に感じる熱が急速に引いて行くのを感じる。何もかも馬鹿らしいような気分になってしまった。
もうダメだ。
こうなってはもう──戦えない。
アサヒは何も言わず、刀を下ろした。
「今更やめるっての? それってちょっと虫が良すぎない?」
アヤメの冷たい声がピシャリと言い放つ。
けれどもヒイナはノンノンと軽く頭を振って、ウインクまでした。
「意地を張ったらダメだよ、アヤメさん☆ ホントは戦いなんかやりたくないんでしょ?」
「そりゃね。……でもソイツはダメ。殺さなきゃあ、おさまんない。さっき言ったでしょ?」
「うーん。……じゃあ、ヒイナちゃんのこと、ギュッ、てしてもいいですよ☆ それでイライラ解消☆ やったねハッピー☆」
アヤメは困惑した。
こんな時に何を言ってるこの娘はと。というか、ソレがなんの交換条件になるというのか。
けれども、ヒイナはどこまでも本気だった。
「ヒナっちさぁ……」
「セラピーですよ☆ イライラした時は可愛いものに癒される。ヒイナちゃんはかわいい。超合理的だね☆」
「はぁ……。もう呆れてモノも言えない。……ヒナっち、治療するよ。こっち来て」
アヤメは、凍てついた表情を溶かすと、殺意を霧散させた。
「あ、あの……」と気まずそうなアサヒが声を掛けようとすると、再び殺意が噴き上がる。
「もう消えて。アンタいると、あーしの可愛い妹分の治療、できないから」
「あ、ぅ……はぃ……」
「あ! ヒイナちゃんのところにはいつ来てもいいですからね! ヒイナちゃんは来るもの拒まないので☆」
「ヒナっち!!」